2011年 5月
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@ミステリーズ≪完全版≫
山口雅也講談社文庫
418頁667円★★
 音楽CDになぞらえた章立てになっていて、著者はこの自薦短編集を、並々ならぬこだわりで編んでいることが、自身の言葉で紹介されている。

 これも著者曰く、本短編集のテーマは“「狂気」ないし「逸脱」”ということで、それは理解できる。
 しかし恥ずかしながら、なにがミステリーズなのだかさっぱり解らない・・・。  面白いと思える作品もほとんどなく、「蒐集の鬼」はそれなりに興味深く読んだが、これにしたところで悲喜劇的なオチ話といったもので、到底“ミステリー”だとは思えないのである。

 とは言うものの、本書が95年度の「このミステリーがすごい」で一位を獲得しているということが、私をモーレツに心配させている。私の読み方はなにか足りないのだろうか?
A写楽殺人事件
高橋克彦講談社文庫歴史ミステリ
362頁563円★★★★
 篆書家の嵯峨が、東北の海に身を投げて死んだ。浮世絵研究者の津田は、師の西島の論敵だった彼の葬儀に代理出席するが、後日彼の弟から秋田蘭画の写真集を貰う。何気なく写真集を見ていた津田は、近松昌栄という無名の蘭画家の署名に、信じられない文字を発見する。そこには東洲斎写楽改近松昌栄とあった。津田は西島と相談し、東北へ調査旅行にでかけるが、この発見は浮世絵界を揺るがすことになる・・・。

 昭和58年の江戸川乱歩賞受賞作。
 歴史ミステリとは、歴史上のミステリを種入り小説風に謎解きするものを指すが、そういった歴史事件の謎解きに並行して、“現代”の殺人事件を物語に絡ませることも多い。この場合は、概して現代の事件は付け足しになることが多いのだが、本書はそのバランスが高いレベルで絶妙だ。仮に歴史研究のパートをさらっと短縮しても普通の推理小説として水準以上だし、歴史研究と物語上現代の事件の絡み方が密接である。肝心の歴史推理の説得力もすごい。もっとも浮世絵の歴史に詳しい人などそうはいないが、そういった素人でも無理なく読めるし、俄然興味が湧いてくるだろう。
 江戸川乱歩賞の受賞作品が、毎年こんなレベルならとてもすごいのだが・・・。

 ちなみに、本書を再読したのは、写楽ミステリーを扱ったNHKスペシャルを視たからだ。
 数年前にイタリアで発見された写楽の肉筆画から、有名絵師の別人説は否定され、画題の分析から蔦屋重三郎説(出版元)も否定される。そうして脚光が中ったのは、昭和初期までの定説だった斎藤十郎兵衛(阿波のお抱え能役者)で、これで決まりだと結論づけている。
 推理小説風に疑えば、イタリアで発見された肉筆画の扇絵が写楽のものだと認定される説明が不十分で、肉筆の線を比較された三重県津市に残る別の扇絵も、これまでは証拠不足で写楽とは断定されていなかったようだし、耳の描き方の癖が同じだという理由は、発見された扇絵が、ユリウス・クルトの評価以後(注1)の贋作ではないことを証明しなければならない。
 まぁ番組上ではということで、実際の研究では、そのあたりもしっかりとおさえているのだろう。

 そもそも昭和初期までの定説が隅に押しやられていたのは、能役者風情に“写楽”ほどの絵が描けるはずがないという訳のわからん理由なのだが、そこが以前から疑問だった。写楽で有名な作品はなんといっても大首絵だが、線の少ない漫画絵での斜めからの顔というのは極めて簡単な画題で、ちょっと絵の巧い中学生程度でも描ける。能役者風情でも十分に描けるだろう。しかも写楽の肉筆の線は、プロとは思えないほどガタガタだ。番組で取材された日本画家は味のある線だなんて言っていたが、写楽の絵だと伏せて感想を求めても同じことを言うのか訊いてみたいものだ。しかも大首絵が描かれた初期の作品は、紙質、サイズともに中後期よりも上等で、しかも雲母摺りの高価な仕様なのだが、それだけ浮世絵版画という絵師・彫師・摺師の分業作業の中で、絵師の占めるパーセンテージが低くなるということだ。

 この場合、なぜ蔦屋重三郎が、大した力量もない素人にリスクの伴う高価な仕様の作品を描かせ、それをいきなり出版したのかが疑問となる。実際、絵の評判は悪かったらしい。
 NHKスペシャルでは、まるで蔦屋に光を当てていないので、写楽の活動期がわずか十ヶ月と短く、またその中でも、初期・二期、三期、四期とどんどん薄利多売の凡庸な作品へと変化していくことについては、斎藤十郎兵衛の情熱がどうのこうのと中村獅堂に言わせていた。

 本書では近松昌栄はともかく、秋田蘭画の画家の中に写楽がいるというのが著者の主張だが、無名の画家を突然起用した背景には、田沼政権下で頭角をあらわした蔦屋たち文芸サロンの、松平定信に代表される弾圧政治への意地という動機が、斎藤十郎兵衛説にもそのまま適用可能だ。秋田藩とは別にパトロンを考えなくてはならないが、これは研究すれば代案が出てくるのではないだろうか。みなさん、如何に?


(注1) 明治43年に彼が浮世絵の価値を高らしめたことで、日本でも浮世絵の評価がされるようになった。こんなんばっかしや。
Bあいまいな日本の問題点がスッキリわかる本 辛坊のニュースななめ読み
辛坊治郎幻冬舎社会薀蓄
239頁★★★
 著者の講演で抽選に当たってサイン本を頂戴した。それからすでに1年3ヶ月が経っているがやっと読みました・・・。
 ここには書かない(というかあらかた忘れてしまった)が、著者の講演は、まぁ見事である。これまでに聴いた文化講演ではダントツの面白さだった。音声レコーダーを装備していなかった(そもそも持っていない)ことを悔やんでいる。

 さて本書だが、わかりやすさを追求するあまり、本文のフォントがでかすぎることが気になる。一方で、特に後半、項目ごとに、関連法律の条文を載せているのだが、その文のフォントはちっちゃすぎる。そろそろ老眼が始まっている私には結構つらい。
 もちろん内容は為になる。
 すでに4年前の本なので、その後が気になるところだが・・・。
C北斎殺人事件
高橋克彦講談社文庫歴史ミステリ
437頁621円★★★★
 シカゴで孤独に暮らしていた日本人老人が、自宅アパートで首を絞められて殺された。一方、津田は浮世絵研究から離れて盛岡で高校教師をしていたが、義兄の国府が遺した研究資料を出版する企画に協力し、義兄のアイディアであった北斎隠密説に沿った調査を進めるが・・・。

 前作の「写楽殺人事件」は歴代の江戸川乱歩賞受賞作の中でも出色の出来だと思うが、執筆にはよりプレッシャーがかかるであろうその続編に、「写楽殺人事件」に勝るとも劣らない作品を書き上げるあたり、著者の並々ならぬ才能に関心する。
 今回津田は“現実”の殺人事件とは距離が遠いのだが、この殺人事件も――個人的にはこんなどろどろした背景は嫌いだが――うまく作っている印象を受けた。

 本書を読む限り、葛飾北斎が武士であり隠密であるのは、作中で塔馬が「これだけの証拠が揃って〜」と言い放っているように、自明のごとく感じられるし、シーボルト事件鳥居耀蔵の名前まで挙がってくると、その展開には震えがきてしまうくらいだ。

 ところで一方、著者は「総門谷」「竜の柩」といった古代史を奔放に書き換えるトンデモ冒険小説を手がけていて(あれはあれで面白かったりもするのだが…)悪名もなかなか高い。本書で出てきた“証拠”どこまで信用してよいものやら。
 「写楽殺人事件」でも、近松昌栄自体は実在の人であるにせよ、彼を膨らませて写楽に結びつかせた部分は創作なのだから、本書で北斎隠密説を補強している“証拠”の一部は創作なのだろう。そのあたりをぜひ教えてもらいたいものだ。

 以下<ネタバレ反転>
 ・北斎の出身は川村家なのか?
 ・川村家は徳川吉宗が紀州から連れてきた時代から、本当にお庭番十七家に含まれてるのか?
 ・北斎の父親、(川村)仏清の死後、北斎の旅が繁くなり、それは海防関係の隠密の役目を引き継いだからなのか?
 ・北斎の次男は本当に武士の家に養子入りし、鳥居耀蔵の下の徒目付として薩摩に潜入したことがあるのか?


 うーん、どうでしょう。
D「分かりやすい文章」の技術 読み手を説得する18のテクニック
藤沢晃治講談社BLUE BACKS作文HOW TO
171頁800円★★★
 買うときにはうっかりしていて気付いてなかったのだが、本書はホウレンソウ(報告/連絡/相談)のような文章のためのテクニックが書かれている。すなわち業務関連の実務文を書く際のノウハウだ。

 どれだけこなせているかは別にして、本書の内容のほとんどは、社会人にとって目新しいことではないだろう。私がこういった内容で始めて指導を受けたのは、大学で実験レポートを書く際だったと思う。

 ひとつの文章は、基本的に述語とそれを修飾する形容詞句、あるいは形容詞節からなっている。(英語では主語と動詞が必須だが、日本語の場合は主語が省かれることも多く、それ自体が述語を形容する句だと考えたほうがわかりやすそうだ。)
 自然な文章とするために、多くの形容詞句/節の順番を推敲しなければならないが、このあたりがそもそも私が知りたかったことだ。
 本書では最終章の○○がそれにあたっており、私としてはもっと比重を大きくしてほしかったが、形容詞句よりも形容詞節を前に持ってくる方がよい等々、参考にさせてもらいたい。
E面白いほどよくわかる日露戦争
近現代史編纂会日本文芸社歴史薀蓄
275頁1300円★★★★
 概ね時系列に沿った章区切りで日露戦争を説明しているが、一般の日本人にとっては屈辱的と映ったポーツマス講和条約の章(戦争の時系列の流れとしてはこれが最終の筈)の次に、準備期間から戦争期間を通じての戦費調達についての章が、独立して立てされている。このあたりは「坂の上の雲」でも詳しいところだが、日本がいかに綱渡りで大国ロシアと渡り合ったのかはぜひとも知っておくべきだ。
 つい夢想してしまうのは、この白人帝国主義の膨張に一矢を報い、アジア社会のリーダーとして期待された日本が、この綱渡りとかなりの幸運で得たポイントで増長することなく、紳士的に周辺諸国をまとめることができた世界だ・・・。

 白黒ではあるが、当時の写真が多く採録されているのはありがたいが、「坂の上の雲」の補完用として本書をみた場合、地理、地形図は少々足りない気がする。
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