2011年 7月
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@御手洗潔のダンス
島田荘司講談社文庫探偵
346頁505円★★★★
(1)山高帽のイカロス/1989年/104頁
 1982年5月。御手洗と石岡はある青年から奇妙な相談を受けた。知人の画家宅を訪れた彼は部屋の中からのうめき声を聞いたにもかかわらず、彼が扉を破って中に入った時には画家の姿はなかったという。ただし窓は開いており、青年の印象では、その窓から宙へ飛んで消えたのではないかという。その画家は以前から自分は空を飛べると広言してはばからず、自分らしき山高帽の男が空を飛ぶ絵ばかり好んで描いていた。奇想天外な青年の言葉にもかかわらず、一夜明けた朝、画家は隣接マンションとの間に張られた電線の上に、腹這いで両手を横に突き出し、まるで空を飛んでいるかのような姿態で死んでいるのが発見される。さらに同時刻、近所の公園を発狂して彷徨う画家の妻と、さらには電車に引っ張られたちぎれた腕が発見されるが…。

 島田ファンタジー爆発の一遍。初期の著者が好んで用いたタイプのトリックが使われている。
 ここまでくればあまりケチをつけたくないのだが、湯浅青年が画家の部屋に踏み込んだ時に、<ネタばれ反転>窓から垂れた紐にも雨どいから屋上への脱出ルートにも気付かなかった理由が、ラリっていたからというのは、あんまりな結論ですな。

 不満要素はこれ以外にも結構あって、御手洗のなぞ解き実演に刑事たちは感心して拍手までしてしまうが、もう一度電車の屋根上のベンチレーターに紐をひっかけちゃうのはかなりマズイ。逮捕されても仕方ないような気がする。

 結局文句を垂れてしまった。
 メインの謎は常人では看破不可能だと思うが、宙へ消えた妻のほうは、間取り図を見れば(現実的にどうかはメインの謎と共通して?だが)一目瞭然だろう。

(2013/12/23記載)

(2)ある騎士の物語/1989年/61頁
 1989年2月に、石岡が世話になった知人の結婚披露宴で聞き込んできた話。
 1972年の2月、その知人秋元静香の弟が、ヤクザに受けた暴行が原因で死んだ。しかし原因は彼女の恋人藤堂の裏切りであった。彼女は弟の仇を討つために捨て身で拳銃を入手し、藤堂殺害の計画を立てる。しかし計画当日、思わぬ積雪で交通は麻痺し、時間どおりに藤堂が現れる場所に行くことができない。彼女は泣き崩れ神に祈ることしかできなかったが、次の日、射殺された藤堂が発見されたという。当時彼女の周りには、彼女を女王と崇める四人の男たちがいたが…。

 御手洗の(いや作者のか?)女性感がよく出た一遍。少々厳しすぎますなぁ。こんな考え方をしているうちは、とても結婚できないだろう。そう言えば、著者の配偶者情報はまったく聞こえてこないが、やはり独身なのかな?

 といったような事が気になってしまうが、ビジュアル的に印象的な作品。
 貧弱な記憶力の常で、細かな設定は忘れていたが、<ネタばれ反転>深夜の国鉄武蔵野線上をカートで疾走するシーンだけはしっかり覚えていた。

(2013/12/23記載)

(3)舞踏病/1990年/121頁
 1988年11月。御手洗たちは、二階に下宿している老人の挙動がおかしいと相談を受けた。二階の窓に映る老人の影は、狂気が乗り移ったとしか思えないような激しさで踊ることがあるという。なんでもその老人をひと月程度下宿させるために、息子夫婦が部屋の改装費を含めて170万円近くも支払ったらしい。奇妙な相談に御手洗は嬉々として浅草の現場へと向かう…。

 プロローグからもかなりの奇想を予感させるが、事件の構造はやはり突拍子もない。いわゆる「赤髪連盟」テイストの事件である。

 浅草十二階(陵雲閣)を知っている人ならば、プロローグも合わせて、かなりな無理をして問題の老人を依頼者が営む食堂の二階に下宿させるWHYのアウトラインには気がつくかもしれない。
 上機嫌に躁状態の御手洗に引っ張られて、なかなか楽しんで読めるのではあるが、題名になっている舞踏病自体はこの犯罪に付随するものではなく単にこういった病気があるよという紹介にすぎない。
 そこが不満と言えば不満である。途中が面白いだけに、やや拍子抜けである。

  (2013/12/23記載)

(4)近況報告/1990年/44頁
 1990年当時の御手洗潔の近況報告。
 犯罪事件の絡まない短編で、本短編集が編まれた際のボーナス・トラックであったようだ。熱心なファンとはいえないわたしは、最初に読んだ折にはなんだこれと思ったが、当時の最新科学や世界情勢を著者が紹介するエッセイと思えば、面白く読める。

 それはそれで興味深いのではあるが、御手洗潔の台詞として捉えた場合、当然ながら当時の著者の知見以上のものを御手洗が語れるわけではないので、若干不満が残る。

 例えば当時はバブル景気の真っただ中(終盤に近付いていた)であったが、御手洗は東西イデオロギー対立の終焉も含めて、すべてはマネーの力学だよなどと語っている。しかし近いうちにバブルはバブルらしく泡と消えるだろうとは残念ながら予測してくれないし、大きな戦争がなくなった今後、無邪気に戦争はなくなるのかいと問う石岡に対しては、なくならないよと語るものの、続けてLIC(低強度紛争)が始まるのさと述べている。
 ご存知の通り、現実には世界戦争こそ起こっていないが、LICよりも規模の大きい限定戦争は後を絶たないので、これなどは甘い予想と言わざるをえない。

 現時点で御手洗が日本に居住している理由の一つが、北朝鮮の動向をウォッチしていることだというのは、少々筆が走りすぎたのではないか…。

 十年以上も後に「透明人間の納屋」がノンシリーズとして書かれたことを思うと、彼が北朝鮮絡みで活躍する話はもう書かれることはないのかな?

(2013/12/23記載)
A時の果てに立つゾンガー  レムリアン・サーガ5
 Thongor at the End of Time
L・カーターハヤカワ文庫異境冒険
251頁★★★
Bシャドウ・オブ・ヘゲモン 上下
 Shadow of the Hegemon
O・S・カードハヤカワ文庫SF
333頁/322頁700円/700円★★★★
 対バガー戦争の英雄となった子供たちは、それぞれの親元へ帰った。しかし共通の敵が去った人類には、またぞろ勢力争いを始める気配が顕れ、戦略、戦術能力に秀でたバトル・スクールの生徒たちは危機にみまわれる。中でもエンダーの下でドラゴン隊として活躍した子供たちは、ペトラをはじめ謎の組織に誘拐されてしまう。唯一命を狙われながら辛くも逃れたビーンは、ペトラたちを救出するために、エンダーの兄、ピーターとの接触を図る・・・。

 本書の読みどころは、なんといってもエンダーなきあとの地球での頭脳ツートップとでも言うべき、ビーンとピーターの邂逅だ。ビーンはあいかわらずで、彼が主人公の推理小説を読んでみたい江戸川コナン以上の名探偵になれるだろう。いや世俗のことにはまだまだ疎いからダメか・・・)ものだが、ピーターの設定も肉付きが増えて魅力を増している。その他のキャラも設定が膨らんでいて、さすがはカードだ。

 しかし、シリーズとして便宜的にSFとしているが、本書のどこがSFなのかはほとんど不明だ。
Cドイツ戦闘車両戦場写真集
広田厚志光人社軍用車両薀蓄
198頁2000円★★★
 少数派だと思うが、私はWWU当時の戦車ではドイツよりもソ連が好きである。もちろんデザインだけの話だが、ティーガー(昔はタイガー)やパンター(昔はパンサー)よりもT34/76が好きだった。しかし装甲車や装軌車は――ソ連製の車両があまり面にでてこなかった所為か――ドイツ車両が好きだ。初めて買ったタミヤMMSdkfz222である。

 というわけで、別に集めるつもりはないが、このシリーズも二冊目。著者の本では三冊目となった。
 もちろん写真メインだが、文章も「ドイツの傑作兵器駄作兵器」で貶したようなことはなくなっている。

 読む前から判っていたことだが、こういう写真集をみると模型がほしくなる。もう少し待てば、ケッテンクラートは新金型のリニューアル版をタミヤが出してくれるかな!? 
D図説 地図とあらすじでわかる! 邪馬台国
千田稔青春新書INTELLIGENCE歴史薀蓄
204頁990円★★★
 前に読んだ「邪馬台国の秘密」のような小説ではないので、これで決定だ!といった寄せ方はしておらず、様々な説やその時代、地域の周辺情報を幅広く紹介している。
 ベッド・ディテクティブの「邪馬台国の秘密」では、当然ながら「魏志倭人伝」「三国志」「魏誌」「東夷伝」の「倭人条」解釈がすべてなのだが、本書では考古学関連の情報が多いところがポイントか。

 前掲書のようなカタルシスはないが、このネタに興味があれば、押さえておくべき情報はたっぷりである。

(2013/2/26記載)
E九マイルは遠すぎる
 The Nine Mile Walk
H・ケメルマンハヤカワ文庫推理
292頁740円★★★
(1)九マイルは遠すぎる(The Nine Mile Walk)/1947年/16頁
 「推論というものは、理屈に合っていても真実でないことがあるのさ」
 ニッキィはこう言って、わたしに適当な文章をあげてみろと迫った。思いがけない推論を論理的に導いてやるというのだ。「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、ましてや雨の中となるとなおさらだ」
 わたしはふと思いついた言葉をあげたが、そこからニッキィが導き出した結論は・・・。

 このあまりに有名なお題は、著者が新聞でふと見た、ボーイスカウトのハイキングに関する記事内の文章らしい。
 もちろん本編も鮮やかではあるが、それよりも本編の成り立ちを語った序文が興味深い。
 本書にリスペクトを捧げる西澤保彦の妄想推理を何冊も読んでしまった後なので、感動度はかなりスポイルされてしまったのが残念だ。

(2)わらの男(The Straw Man)/1950年/31頁
 「犯罪捜査はインスピレーションではなくてパースピレーション(努力)だよ」
 郡検事クラブで長老格のジョンストンは最近届けられた脅迫状の写真を手にそう言った。その事件は、身代金を払うことで誘拐された子供は無事に返され、ひと段落ついていたものの脅迫状は警察の手で分析中だった。光沢紙を使った雑誌から切り取られた脅迫状の語句には、五本の指の指紋がくっきりと残されている点が奇妙ではあったが、ジョンストン検事はそこに拘るのは間違いだという。そこに折りよくニッキィが現れて意見を求められ・・・。

 「簡単なことだよ、ワトスン君」とホームズが語る推理は、昨今では、そんなにうまくいくかいとツッコミのネタにされることが多いのだが、そのツッコミを前に持ってきて批判をかわす?ようにしているのは、(1)(2)で共通している。本作ではアウェイの空気の中で始まることで、ニッキィの鮮やかな推論に溜飲が下がる。

(3)10時の学者(The Ten O'clock Scholor)/1952年/39頁
 ニッキィも審査官を務める博士論文審査試験。同審査官には対立している二人の教授も就いていたが、今回試験を受けるのはその一人の専門分野であるバイイントン文書の研究に関しているという。だが受験者は試験会場に現れず、死体で発見される・・・。

 細かいことはさておき、事件の背景だけで誰が犯人かを類推できるところが少々物足りない。
 導入部をみると、ニッキィと“わたし”は意外に悪趣味ではないかい。

(4)エンド・プレイ(End Play)/1950年/27頁
 軍関係の研究をしていた教授が突然死に、“わたし”と陸軍情報部のエドワーズ大佐が捜査にあたっていた。大佐はある物的証拠から、それを自殺と主張するが、ニッキィは現場写真をよく見てみろという…。

 大佐のパラフィン・テストの結果をくつがえすニッキィの着眼がさすがだと思ったが、火薬の付着した分布から、エドワーズもしっかり導くべき範囲にある気がする。
 大戦当時前線にいたらしいニッキィは情報部という後方の所属に冷ややかな印象を持っているらしいが、それを言うならば、日本軍の歩兵のほうがさらに主張できるだろう。

(5)時計を二つ持つ男(Time And Time Again)/1962年/27頁
 ニッキィたちが教職員クラブで聞いた奇妙な事件。英作文の講師が避暑先で知り合った男が、「あんな伯父貴ははくそくらえだ。階段から落ちて死んでしまえばいい」と吐き捨てた時、離れた自宅に居たその伯父が本当に階段を踏み外して転げ落ち死んだという。一座の一人は、これをして超自然作用の顕われだと主張するが…。

 郡検事クラブだの教職員クラブだの、米国ではこのような職場のクラブがあるのは一般的なのか?
 それはともかく、本作品はむしろ、ネタがどうのよりも一座の教授連の頭の悪さが気になる。というか、大真面目に心霊研究の肯定的な論文を書く人物が教授に名を連ねていることがさらに疑問だが。

(6)おしゃべり湯沸し(The Whistling Tea Kettle)/1963年/23頁
 大学で主催される学会のために、界隈のホテルのみならず教職員の下宿にまで、短期同宿の参加者たちがつめかけていた。ニッキィの隣室にも二人の学会参加者が入っていたが、その隣室で突然鳴り響いた湯沸しの鋭い蒸気音から、彼が推理したこととは…。

 普通なら疑問にも思わないようなちょっとしたことから、ありうべき犯罪の可能性を導き出し未然に納めるといった点から、「九マイルは遠すぎる」に並ぶ鮮やかな推理を楽しめる一編。

(7)ありふれた事件(The Bread And Butter Case)/1962年/28頁
 観測史上初めての寒波で数週間も溶けなかった雪が漸く緩みだした町で、一人の男の他殺死体が発見された。長い間雪の中に埋まっていたと思われるその男は堅気ではなく、犯人もまた犯罪常習者であろう、丁度出所して間もなく、被害者に恨みを持って彼を探し回っていたという男がいたという。担当検事のジョンストンは、ありふれた事件だよというが…。

 出所したばかりの容疑者は、服役中に恋人を寝取られたということで被害者を探し回っていたという動機が述べられるが、逆説的な推理がおみごと。犯人を示唆するニッキィの推理は緻密とは言えないが…。
 金物屋の話が出た直後に被害者名ミスター・ジョンとはずっこけた。今ではコメリに吸収されてしまったが、ミスター・ジョンはホームセンター名である。完全にローカルネタだが。
 「わらの男」に引き続き、ジョンストン検事登場。前作で長老格として登場したが、台詞の訳文の雰囲気がかなり違っていて、読み直すまで同じ人物とは気がつかなかった。ふと表紙をみると翻訳者が二人。分担は記載されていないが、このニ編は訳者が別とみた。

(8)梯子の上の男(The Man on The Ladder)/1967年/61頁
 学術書のヒットで学者としての評価と知名度を上げたジェントルマン・ジェニィが工事中の穴に落ちて死んだ。ニッキィは教授会主催のチェストーナメントで、ジェニィの共同執筆者だったダイクス助教授と戦って敗れたが、その席上に現れてダイクスと僅かばかり会話した修理屋のレッサーが死んだことをニュースで知ると、わたしの事務所を訪れて…。

 ニッキィ・シリーズの最終作にして最長の作品。
 「九マイルは遠すぎる」から実に20年後に書かれた作品だが、まるでギャップを感じさせないところがすごい。  犯人は“飼い主のほうは疑いもなく賢い男だね”なんてニッキィに評されているが、わざわざ彼を自宅に招いたり、わざわざ彼の前で最後の一手をかましたりと、イマイチな行動が目につく。まぁチェスの試合の最中にレッサーが来たことは不可知ではあったが…。

(2013/3/11記載)
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