2011年 8月
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@シャドウ・パペッツ
 Shadow Puppets
O・S・カードハヤカワ文庫
536頁1000円★★★
 その権限はバガー戦役時とは程遠いものの、エンダーの兄ピーターはヘゲモンの地位に就任した。中国政府がアシルを見限り、彼を処刑するという情報を得たピーターは、アシルの奪還作戦を指示する。アシルをも使いこなせると踏んだピーターに対して、身の危険を感じたビーンはペトラとともに身を隠すが・・・。

 ビーン(豆)とあだ名されるほど小柄だった彼は、巨人症のごとく成長し続けている。
 ペトラとの関係は今や友情を超えるものだったが、自分の将来を見越したビーンは二の足を踏んでいる。本書はアシルVSピーター、アシルVSビーンの結末に加えて、ビーンとペトラの関係もファンにとっては読み処だろう。よもやビーンが、“○○”なんて楽しい発言をするとは・・・。

 とはいえ、結果的に自分たちの<ネタばれ反転>受精卵をなにがなんでも取り戻すと決意するビーンの背後に、著者の思想があからさまに見えるようで、少々後ずさりしてしまった。
A荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論
荒木飛呂彦集英社新書映画薀蓄
237頁760円★★★
 あの“ジョジョ”の著者のホラー論であるから、突飛で画的な意見が開陳されるのかと思ったが、意外に素直なホラー映画紹介だった(ゾンビ映画が癒しだというのはちょっとアレだが・・・)。週刊少年ジャンプの読者層を考えると当然だが、この手の映画を一本か二本観て興味を持った小中学生に最適な紹介本で、優しい文章で書かれている。

 著者が最も興味を持っているゾンビ映画が第一章で、それだけ頁も多く割かれて著者自身の思いも多く書かれていて面白い。自身の選ぶBEST20でも、第一位が「ゾンビ(完全版:’78)」であるし、熱の入れ方も一入といったところ。
 ところが第二位は「ジョーズ」で、これに対する章は第六章アニマルホラーだが、サメ映画への言及はあるものの、それ以外の映画への言及がとても少ない。サルものの「リンク」「モンキー・シャイン」、クモものの「アラクノフォビア」だけという寂しさだ。
 個人的には、シリーズ化もされた「アナコンダ」を始めとするヘビもの、子供の頃に観てかなり気持ち悪い思いをした「スクワーム」(ミミズもの)への言及がないので、非常に物足りない。著者的には「スクワーム」はともかく、「アナコンダ」などはホラーではなく怪獣もので別ジャンルなのかもいれないが…。

 しかし読みやすく、読んでいる間は楽しく一気に読むことができるので、初心者向けにお奨めのホラー映画紹介本だろう。
Bゴーレムの檻 三月宇佐見のお茶の会
柄刀一光文社文庫推理
424頁705円★★★
C風雲伝 十兵衛の影
秋山香乃幻冬舎文庫時代
290頁600円★★★
 三代将軍家光の命で弟忠長の行状を調べるため、駿府へ向かっていた柳生十兵衛は、途上乱闘に巻き込まれ、今際の男から和菓子を託される。この和菓子こそ忠長乱心の秘密と幕府転覆の陰謀に迫る重要な鍵であったが・・・。

 事件の背景は家光VS忠長という、それこそ手垢のついた題材だが、面白いことに、ここに十兵衛三厳と弟の左門友矩の関係をダブらせている。自分よりも出来がよく、両親に愛される弟に対する嫉妬である。微かな怖れといったほうが近いかも知れない。
 左門が十兵衛に匹敵する剣客だという設定はたまにあるが、妬心を抱きつつも憎むことができない十兵衛の揺れが新鮮だった。左門の剣の冴えには尾張柳生も絡み、このあたりの設定に非凡なものを感じた。
 ところでこれらの設定は、小説世界を豊かにするものではあるが、エンターテインメント小説として中心にあるべきは、もちろん幕府転覆を企む黒幕と柳生十兵衛の対決である。そしてこちらはどうかというと、これがあまり盛り上がらないのである。いっそのこと、前半に集中する柳生家の裏事情をメインにして、左門あるいは柳生兵庫助との対決(別に十兵衛が勝利せずとも構わない)をクライマックスにしたほうが余程面白くなっただろうに。残念である。
D広重殺人事件
高橋克彦講談社文庫推理
351頁540円★★★★
 津田が安藤広重に関する新たな論文を発表した。天童広重と呼ばれる一連の肉筆作品に関するものだ。しかし一般的には、天童広重という実存作品もありながら、広重が実際に天童へ行ったことがあるのかは、史実上疑問視されてきた。それを証明する絵日記が発見されたのだ。さらには広重作の豪華な朱富士三幅が発見され大きな話題となるが・・・。

 今回のネタは、いち早く<ネタばれ反転>勤皇活動に励んでいた安藤広重が、安政の大獄の始まりにタイミングを合わせて<ネタばれ反転>幕府に暗殺されていた!というこれまた驚愕な内容。
 ここだけを見ると、かなり突拍子もない説のようだが、本書を読んでいくと――この説を補強する“史実”のどこまでが、小説として著者が付け足したものかが定かでなくなってしまうのだが――納得できてしまうところが恐ろしい。
 まぁこの説自体が間違いだとしても、安藤広重は定火消同心(常識とまではいかないが、一般的に知られていること)だから、町火消とは違って<ネタばれ反転>江戸城の防衛が本職で、かつ銃の扱いのプロであった!などと読むだけでも興奮だ。

 この大ネタも非常に魅力的なのだが、それでも本書を読み終わって数年経った時点(書き忘れたが、本書も再読である)で印象に残っていたのは大きな悲劇のほうで、肝心の広重ネタのディテールは完全に忘却していた。
 「写楽殺人事件」の初登場時は普通に活発な印象の冴子が、えらくあっさりと<ネタばれ反転>自殺してしまうことや、浮世絵以外のことはモジモジくんの津田が、<ネタばれ反転>遺書でさえオレ表記であることに違和感を覚えるものの、この悲劇は事件のトリガーでもあるし、作品としての完成度を上げているようには思う。他にも歴史薀蓄だけでなく、浮世絵研究の現状や美術雑誌と美術商の癒着等の問題点を塔馬の口を借りて問題提起したりと、なかなか読み応えのある傑作だ。

 しかしそれでも――能天気に小説を楽しみたい私としては――こんな悲しい顛末を用意しなくても、“広重殺人事件”は構成できたんじゃないかと感じてしまう。
E仏像の見分け方
西村公朝/小川光三新潮社とんぼの本歴史薀蓄
119頁1400円★★★★
 お寺の仏像をみて、これは**時代の像やなって判ればカッコウええぞ、という邪道な気分で読んだ。
 飛鳥時代、奈良前期(白鳳文化)、奈良後期(天平文化)、平安前期、平安後期、鎌倉時代、それ以後、くらいに時代区分して、目、鼻、口、耳といったパーツごとに、デザイン上の変遷を細かく解説してくれている。
 とはいえ、飛鳥時代のすらっとした形態や鎌倉期以降の玉眼などはすぐに判別できるが、奈良後期、平安前期、後期あたりは、違いが微妙で判らない。マンガ絵の比較図もつけてくれているが、それをみてから仏像写真をみてもさっぱり判らない。
 うーむ、このあたりはもっと目が肥えてこないとみえてこないのか。目が肥えてくれば、個々のパーツというよりも全体の雰囲気からみえてくるものがあるのかも。

 仏像を見分けるためには、デザインだけでなく、マテリアルからも多くの情報を得ることができる。
 それらの材料を使った銅像、木像以外にも乾漆像というのがあって、その作り方までが解説されている。たしかにこの言葉自体はこれまでにも見聞きしたことはあったが、漠然と木造に漆を塗ったものくらいにイメージして、ほとんど気に留めていなかった。漆が固まった後で、中身を抜くとは知らなかった。
 木像にしても、一木造りや寄木造りに分けられて、一木造りの場合は木芯に残ったわずかな湿気が完成時の仏像の頭の向きを歪ませるらしく、その対策として内側を抉ったり首をいったん切り離してしまったりと興味深い。一旦はなしてしまうと、一木造りの価値がぐんと下がるように思うが・・・。
 普通に考えると、仏像の材料変遷は木造→金(銅)造へ進むかのように思う。
 ところが日本は仏教伝来時期が遅く、伝わった時点ではすでに鋳造仏がすでに存在しており、舶来品およびそれに倣った国産品でも鋳造された仏像が多かったが、良質の木材が豊富に取れる日本では、自然とそちらの方向に進んだということで、一見逆のように進んでいるところが面白い。
 奈良の大仏がなければ、もっと後年まで銅像時代が続いたのかもしれないが・・・。
Fオホーツク街道 街道をゆく38
司馬遼太郎朝日文庫紀行/歴史薀蓄
402頁600円★★★
 昨今は沖縄出身の芸能人が急増していることもあってか、沖縄方言を目に、耳にすることが多い。それに較べて、北方のアイヌに関する情報はほとんど聞かないというのは寂しい状況ですな。

 ところで南の琉球人と聞くと、北はアイヌ人と比較連想してしまうのが、意外にアイヌの文化が成立するのは、鎌倉時代のあたりらしい。

 東北地方と違って、津軽海峡で隔てられた北海道には米の文化が入ってくるのが遅く、すなわち弥生文化による“汚染”が長らく起こらなかった。そのために縄文時代が長く続いたのだが、北海道考古学の用語を使うと、縄文文化続縄文文化擦紋文化→アイヌ文化と繋がるらしい。つまり擦紋文化というのがアイヌ文化の直系の先祖らしいが、この同時代には、別系統(イヌイットに近い?)の漁労メインなオホーツク文化というのも北海道東北部沿岸に広く分布していて、こちらの文化の流入もあったようだ。

 他巻に較べて、メジャーな歴史に関するトピックが極端に少ない(なにせネタ元のほとんどが考古学だから)ので、とっつきにくい感もあるが、知名度はともかく、アイヌその他の研究もおろそかにされていないようで嬉しい。(もっとも本書には90年代初期までの情報しかないが・・・)
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