2011年9月
トップ頁に戻る “本”の目次に戻る 2011年 8月に戻る 2011年10月に進む
@エンダーのゲーム
 Ender's Game
O・S・カードハヤカワ文庫SF
529頁699円★★★★

2002年8月以来の再読。

Aベルリン飛行指令
佐々木譲新潮文庫冒険
536頁743円★★★★

 1940年9月。日本はついに独、伊と三国軍事同盟を締結した。その余韻覚めやらぬ中、スピットファイアに阻まれ英国本土空襲が思うようにいかないドイツは、日本政府に驚くべき申し入れを行った。実践投入直後の中国戦線で大戦果を挙げた“タイプ・ゼロ”のライセンス生産である。実機二機をドイツへ空輸することを求められた日本政府は、ルート、給油地、パイロットを模索し始る・・・。

 昨年の直木賞作家だが、本作は受賞作の21年前に発表された本である。これも5年ほど前に購入していたのだが、ようやく読むことができた。
 太平洋戦争前デビュー間もない零戦11式を、大英帝国支配下のインドを経由してベルリンまで運んでいたという奇想物語だが、取材した真偽の不確かな歴史奇譚として始める導入部からかなり引き込まれてしまった。

実際に零戦が横須賀から飛び立つのは、なんと2/3をすぎた364頁。しかしヒトラーの思い付きが日本に伝わる過程、パイロットを選定する過程、そして敵国イギリス支配下にあるインドでの飛行場(燃料+整備)の確保といった事前準備の描写がめっぽう面白く、すらすら読み進められた。逆に飛び立ってからのほうがかえって物足りなく感じるくらいだ。

 とても気に入った本なのに、いつものように文句が多くなっていまうのが不思議だが、本書の枠物語構造の外枠は、こちらの気分を高めるよい導入になっているものの、結末をあらかじめ予想させてしまうようにできているのはなせだ。しかも、本田技研の元取締役から資料を託された著者が、小説として発表したという態になっているのだが、カマニプル藩王国の柴田のパート(インドの飛行場確保に関するエピソード)は、とても素人が取材できた範囲とは思えない。枠物語の前提に乗っかるならば、この部分は著者の創作ということになってしまう。これは構成としてはマズイだろう。

 いつものように文句の多い感想だが、飛び立つ前までなら星×5だ。文句なしにお勧め本である。

Bモリナガ・ヨウのプラモ迷宮日記
モリナガ・ヨウ大日本絵画模型薀蓄
95頁2500円★★★

C人間臨終図鑑T
山田風太郎徳間文庫歴史薀蓄
525頁724円★★★★

 “十代で死んだ人々”“二十代で死んだ人々”から始まって、“三十歳で死んだ人々”からは一歳毎に五十五歳まで、ひたすら著名人の臨終時もしくは晩年のエピソードを並べた本だ。例えば三十二歳の章には坂本竜馬が、四十三歳の章には柳生十兵衛の項が立てられるといった具合である。総勢325名、和洋幅広く集められており、二十世紀に活動した人の中には、――文学者や思想家が多いと思うが――よく知らない人も項立てられている。
 なんというか、ものすごく労力がかかっていると思うのだが・・・。
 しかも本書は三分冊の一冊目。比較的若死にした人が中心だが、二巻、三巻と長生きの人にシフトしていくようだ。

 へぇーと感心するエピソードも多いし、とても読みやすい労本だが、あまり一気読みする気分になれず読み始めてから一年以上かかってしまった。

D夏と冬の奏鳴曲
麻耶雄嵩講談社文庫推理
708頁933円★★★

 20年前、一人の少女に惹寄せられて、数人の男女が日本海の孤島で共同生活を始めた。しかしその1年後、偶像だった和音の事故死と1人の追随死を機としてコミュニティーは崩壊し、20年が経過した。そして今コミュニティーのメンバーがその島に集う。京都の地方情報誌の見習い編集者如月烏有とその助手の桐璃は、同行取材のために島へ向かったが・・・。

 賛否両論分かれる問題作として有名で、前から気にはなっていた作品。
 かなり構えて読み始めたのだが、すごく読みやすい本ではあった。なかなか事件が起こらない(起こってもどこか醒めた)展開、かつ視点人物が悲劇を背負ったうだうだ系だというのに、この読みやすさは意外であった。

 パッと見、探偵役と助手役である烏有と桐璃が、そのままの存在でないだろうということは予想できる。「翼ある闇」の驚愕/脱力の展開も経験している。というわけで、終盤に映画“春と秋の協奏曲”の上映以降の怒涛の展開にも、特に怒ることもなく楽しむことができた。
 本書では、キュビズムを中心に置いた理想追求がカルト宗教の代わりとなり、その理論は神父の口を借りてそれなりに説明されるが、はっきり言ってよくは理解できない。もっとも文芸の理論などというものは、どれほど理論だった説明がされようとそれこそ妄想みたいなものだ。

 明示されないという本書の解決について、ある程度のところまではよく解るのだが、黒幕人物の動機がいまひとつ解らない。ネットで調べてみると、二種類の解釈があるようだが、どちらもスンナリと腑に落ちるというところまではいかなかった。計画立案から調査、行動に至るには、信じられないほどの膨大な労力が必要なことは変わらないから、ここの原動力となりうるのは、狂信(信念でもいいですが)しかないだろう。そう考えるとアチラのほうがよいかな。

 ところで、烏有が映画“春と秋の協奏曲”を観て事件が回転し始めるまでは、不可思議興味は真夏に積もった雪道の足跡トリックだったわけだが、こちらは上記の解釈云々の謎とは階層が異なる。足跡トリックの是非はおいておくにしても、別に季節を冬に設定してもよいところを“真夏の雪”である。しかも結局のところ天変地異の一言だ。
 事件の背景には、絶対なる“神”の具現を追い求める行動があるのだが、なんのことはない、この世界では俺が神だよと嘯く著者の姿が見える・・・。

トップ頁に戻る “本”の目次に戻る 2011年 8月に戻る 2011年10月に進む