| 2011年12月 | |||
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| @ | 本へのとびら ――岩波少年文庫を語る | ![]() | |||
| 宮崎駿 | 岩波新書 | エッセイ | |||
| 167頁 | 1000円 | ★★★ | |||
| 前半で著者が岩波少年文庫からセレクトした50冊を紹介、後半は彼のエッセイになっている。岩波新書を読む小中高生がどれほどいるのか判らないが、彼らを想定して中学生あたりに語るような文章になっている。 本の選定にはそれなりに時間をかけて臨んでいるようで、ただし推薦の理由の中には、“自分は読んでいないが〜”なんてトンデモなく正直な文章もあって、巨匠がそれなりに頭を絞って捻出している様子を思い浮かべるとほほえましい。 知らなかったが、「床下の小人たち」(「借りぐらしのアリエッティ」の原作)なんてのも入っている。著者は大学時代に児童文化研究会に入っていたようで、この世界に入る前から、児童文学に対しての造詣は深かったようだ。 後半のエッセイが興味深い。 本作が311以降に出版されたということで、大正の関東大震災や昭和の米空襲による大惨事と同等の影響を与えるものとして、“すさまじい風がふいてきた”という表現で大変に懸念している。著者にとっての児童文学(映画)の定義が、“やりなおしのできる物語”ということがあって、この時代にそういったファンタジーをもはや作ることができないと言い切っているのだ。 潤沢な予算、長い準備期間、豊富な才能のもと快進撃を続けるハリウッド製CGアニメに対して、すでに娯楽性に徹しきれなくなっているジブリ作品の今後が心配だということを、映画感想のほうで何度か書いてきたが、ここにきてこの表明。著者の才能に追うことが大きいジブリ作品の今後にとても興味がある。 本書のような紹介本が出版されたということは、少なくともこの50冊に関しては、現在も入手可能ということだろうか。 | |||||
| C | LOST 運命の啓示 Lost/ Signs of Life | ![]() | |||
| F・トンプソン | 竹書房文庫 | 冒険/伝奇 | |||
| 228頁 | 619円 | ★★★ | |||
| 島に墜落したオーシャニック815便の生存者の一人、ジェフは名の売れた画家。よい条件でグラスゴーの大学に招聘されアーティスト・イン・レジデンスとして恵まれた暮らしをしていた。島でのジェフは、他の皆とは一線を隔して庵に篭り、創作活動に没頭していた。何かに突き動かされるように創作したそれら作品は、以前の自分のものとは異なっていたが…。 「LOST 絶滅危惧種」と違って、島自体の不思議現象も描かれるが、こちらも島の全容が設定される前の執筆?なので、その不思議現象が後にTVで描かれたものと十分にリンクしているとは言えず、物足りなさは変わらない。 | |||||
| E | ファウンデーションの誕生 上下 Forward The Foundation | ![]() ![]() | |||
| I・アシモフ | ハヤカワ文庫 | SF | |||
| 304頁/343頁 | 640円/640円 | ★★★ | |||
| 帝星トランターでは、首相デマーゼルを追い落とそうと画策するジョラナムの勢力が、ダール地区を中心に支持勢力を増やしていた。その流れを止めることはできないと判断したデマーゼルは退陣を表明するが、皇帝クレオン一世は次の首相にハリ・セルダンを指名するのだった・・・。 四十代にはいったセルダンがなんと首相になってしまう第一部から、五十代、六十歳、七十歳とおよそ十年刻みの四部構成で、心理歴史学の進展及び親しき人たちとの別れが描かれる。単巻としてはどうコメントしたらよいか悩むところだが、初期ファウンデーション三部作に繋がる最後のピースを描いた、アシモフの最後の作品だと思うととても感慨深い。 セルダンの孫娘ウォンダが聞いた“レモネード・デス”の言葉遊び的な謎解きが、「黒後家蜘蛛の会」を思わせて微笑ましい。 | |||||
| F | 逆説の日本史13 近世展開編 | ![]() | |||
| 井沢元彦 | 小学館文庫 | 歴史薀蓄 | |||
| 397頁 | 657円 | ★★★★ | |||
| 徳川幕府は鎖国令という法律を施行したことはない。 ということくらいはなにかで読んで知っていたが、後に外国人の命名によって“鎖国令”という名称で知られるようになった個々の取り決めについて、そのなしくずし的なその場しのぎの対応を、現代の先送り体質と重ね合わせるのが井沢流だ。 またポルトガルのように、大航海時代には大いに羽振りがよかったものの、現代ではパッとしない(世界中にポルトガル語を話す人たちは多いが)ことを踏まえて、17世紀前半の“鎖国”の功罪が罪ばかりでなかったかもしれない、というのもわたしには新鮮な見方である。 島原の乱(1637年)、慶安の変(1651年)を最後に、日本ではいよいよ戦国の気風が薄れていくが、本書では歌舞音曲、浮世絵や黄表紙等の文化の流れ(変化)も丁寧に追っている。教科書ではさっぱり興味の沸かなかったエリアだが、そこでも十分に興味深い内容になっていてさすがである。 しかし本書で一番興味を惹かれたのは、1647年の鄭芝龍(“国姓爺”として有名な鄭成功の父親)からの中国への出兵要請(討清復明)が、彼の変節さえなければ幕府に受け入れられて、なんと派軍した可能性があったかもしれないというところだ。なんでも幕府は乗り気だったらしい。 (上の記述からも判るように、由井正雪の事件(慶安の変)が起こる前の話だから、外国への出兵(今回は請われて)はあぶれ浪人対策を兼ねて有効だったろう) (2012年9月2日記載) | |||||
| H | ゼノサイド 上下 Xenocide | ![]() ![]() | |||
| O・S・カード | ハヤカワ文庫 | SF | |||
| 476頁/431頁 | 880円/880円 | ★★★ | |||
| エンダーがルジタニアの地に来て代弁をしてから30年。<スターウェイズ議会>が送り出した艦隊は、M・D装置でルジタニアごとデストラーダを殲滅すべく、刻々と近づいていた。“ジェイン”はアンシブルを妨害し、粛清艦隊が消滅したかのように見せかけるが、遠く離れた惑星パスで神子として尊敬されるチンジャオは、そこからジェインの存在に気づき・・・。 父と子、兄弟姉妹、人と人、人とバガー、人とピギー、バガーとピギー。 コミュニケーションとディスカッションの物語ですな。 “ゼノサイド(種族皆殺し)”という恐ろしい題名、ルジタニア粛清艦隊の脅威の前に、対する主人公たちの動きは驚くほど乏しい。 バガーを種族まるごとほぼ屠った、物理的に強烈無比な武器を積んだ艦隊に対して、エンダー側は何一つ武装を持たず、デストラーダの無害化に向けて思索を続けるだけ。(もちろん物語の裏で研究は続けられてはいるが・・・) 途中どういった流れからアンシブルの仕組みに話が及んでいったのかは覚えていないが、ルジタニアがこの苦境を打開する手段のトンデモなさには驚愕間違いなしである。しかもその驚愕の先に、さらなる驚愕が待ち受けているので、未読の人は注意が必要だ。(少なくとも「エンダーのゲーム」と「死者の代弁者」の二冊は先に読んでおく必要がある。) さて、エンダーたちの思索が生み出す恐るべき現象は、通信の即時伝達に関して、バガーの言うところの(だったっけ?)フィロトとはなんぞやというところから始まるのだが、なんとも妖しい理屈を重ねている。それだけに胡散臭い魅力を発散しているのだが、カードが新興宗教を始めれば、なかなかの教祖様になれるだろう。 (2012/8/14記載) | |||||
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