2012年 2月
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@溺れる人魚
島田荘司文春文庫推理
348頁676円★★★
(1)「溺れる人魚」
 元水泳の金メダリストが自殺した。ポルトガルの英雄だった彼女はその後精神が変調し、晩年は無気力で不自由な生活をしていた。彼女はある日拳銃で自殺したが、その同じ時刻、離れた場所、同じ拳銃で、彼女を手術した医師もが射殺されていたという・・・。

 ロボトミーという用語は知っていたが、チングクレトミーは初耳だった。
 執筆の引き金となったという、日本の事件が興味深い。

 名前は出てこないが、これもキヨシの欧州での記録作家、ハインリッヒのリスボンでの体験談だ。本編では“キヨシ”は登場しないので、探偵役もハインリッヒが担当している。
 それにしても島田荘司<ネタバレ反転>列車をよく使う。アリバイ<ネタバレ反転>トリックではなく物理トリックに使うのが著者の豪快なところだ。と書いてから気づいたが、本作では凶器だけの移動という物理トリックであるとともに、アリバイトリックにもなっている。なかなか面白いトリックだと思うが、たまたま結果オーライだっただけで、非常に目撃されるリスクが高いのが難点。映像が浮かびにくい日本の読者はともかく、現地の警察ならば気づきそうなものでは・・・。

(2)「人魚兵器」
 友人から借りたポルシェ356でドライブしていたハインリッヒは、コペンハーゲンの人魚像の前で、キヨシ・ミタライから聞いた話を思い出した。ベルリン陥落時に地下の要塞跡で撮ったという写真に、人魚にも見える動物の骨が写っていたという話を、知り合った青年から聞いたのだという。作り物の剥製のように背骨が途中で切れていることもなく、ジュゴン等の海洋生物でもない。興味を持ったミタライは写真の持ち主に会うためロシアへ飛んだのだが・・・。

 御手洗潔の驚くべきフットワークの軽さが発揮される一編。
 オチ自体にはノーコメントだが、日本にも残っている、いわゆる“人魚のミイラ”に関する薀蓄が興味深い。

(3)「耳の光る児」
 ポルシェ・カイエンに乗ってドライブしているハインリッヒとキヨシ。中央アジアから帰ってきたキヨシは驚くべき体験をしてきたとハインリッヒに語り始める。ウクライナクリミア共和国シンフェロポリタタルスタンカザン、ロシアのアストラハン、そしてウズベキスタンタシュケントといった、それぞれ遠く離れた所に住み、もちろん互いに面識も共通点もない母親が、短期間のうちに各々耳の光る赤子を産んだというのだ。欧州の各大学が共同で原因を探ることになり、ウプサラ大学からはキヨシ・ミタライが派遣されたのだが・・・。

 医学ミステリといったところか。推理小説ではないなぁ。
 なんでまたポルシェがでてくるのかがさらに不思議だったが、その経緯は著者自身が自作解説で語っている。

(4)「海と毒薬」
 石岡のもとに送られてきたファンレターには、モルジブの海とその色を思わせる鮮やかな青い劇薬の間で揺れる女性の驚くべき体験がしたためられていた。石岡の著作「異邦の騎士」が彼女を救ったというのだが・・・。

 前の三編とは趣が異なり、この一編のみは石岡が御手洗に宛てた書簡という体裁になっている。
 体裁なのだからどうでもいいのではあるが、こんな手紙を送ってくる女が実際にいたらそれは気持ち悪い。
 推理できる何かがあるわけでもなく、御手洗、石岡、そして横浜に郷愁を覚える人以外は何を楽しめばよいのかわからない。

 それにしてもなんというか、自作を読んで救われたという暗い話を延々と(40頁ですが)書けることがすごい。私の中の意地の悪い小市民は、とんだ自画自賛じゃねえかよとツッコンでしまうのですが、どういった心境の下で執筆しているのだろう・・・。
A薔薇の女
笠井潔創元推理文庫推理
353頁600円★★★
 年末のパリで、一週間おきに独身女性ばかりを狙う連続猟奇殺人が発生する。被害者の共通点を探せず後手に回る警察に対して、カケルは苦もなくミッシング・リングを拾う。戦前の女優にまつわる隠された事件とはなにか・・・。

 矢吹駆シリーズ第三作。やはり再読である。
 始まりが前二作と異なり、「ABC殺人事件」「九尾の猫」、あるいは「ホッグ連続殺人」のように被害者間のつながりがない(またはないようにみえる)連続猟奇殺人を扱っているが、副題に“ベランジュ家殺人事件”とあるように、一家内の殺人にどう結びつくのか、そこにまずは興味を惹かれる。
 そして、役者も揃ってからの殺人事件に対しては、<ネタばれ反転>被害者が加害者のためのアリバイ作りに奔走したり、双子の登場や死体の切断が<ネタばれ反転>入れ替わりでなく、アリバイ構築に利用されたりと、とても面白いトリックになっている。

 ところで、それにもかかわらず初読の印象がまるで薄かった(取っ掛かりは被害者フリーな猟奇連続殺人だったなという記憶しかなかった・・・)のは、やはり“犯人”の影が薄いことだろうか。
 一応最後に提示される告白書では、例のニコライ・イリイチの強烈な思想統制や犯人自身がウラに隠し持っていた激情も記述されはするが、なんとも物足りない。数多のテロをはじめとして、思想のために恨みのない対象を殺害するということは有りうるが、合理的な理由付けができるとはいえ、あんな死体損壊までしてしまう(できてしまう)というのは、また別のレベルの話だろう。<ネタばれ反転>しかもそこに愛はなくても、何年にも渡って同居していた間柄だ。

 思想至上主義ですべてを語ろうとする本シリーズに共通の弱点だと思う。
B怪人二十面相・伝
北村想小学館文庫探偵
333頁571円★★★
 八歳の平吉は孤児院に行くことを拒み、サーカス団へ預け入れられることになった。平吉はそこで丈吉という腕利きの男から指導を受けることになるが、ある日丈吉は平吉にこう漏らす。わしはサーカスをやめて泥棒になろうと思うんじゃ・・・。そして丈吉は姿を消し、次いで町では<彼>の噂が飛び交うようになった。

 推理小説でも探偵小説でもなし、悪漢小説とも犯罪小説とも言えず、冒険小説でもないというジャンルに困る小説である。ムリにジャンル分けをするならオマージュ小説としか言いようがないか。基本的には、元本との視点の違いによる世界観の変容を楽しむ本だ。

 二十面相<一応ネタばれ反転>(初代)は、すでに彼の名前が世間の口の端に上るようになり、ロマノフ王朝縁のダイヤの窃盗予告をした後で、ダイヤの基礎知識(なぜ人はダイヤをありがたがるのだろうという質問から始まって、カラットとはなにかとかいったホンマの基礎だ)を得るといった微笑ましさももった、むしろ朴訥な人物として描かれている。
 彼の目的は物欲でも権力欲でもなく、大きな舞台で数多くの人をアッと驚かせたいというそれだけだ。そのためには大きな仕掛けが必要で、その仕掛けを手配するのはそれだけ多くの金が必要、だから一石二鳥策として盗賊をやるのである。

 一方で、明智小五郎は――悪役というわけではないのだが――世俗的な計算を冷徹に計算したうえで、「権力」と「知力」の間を上手く渡っていくことに快感をもっており、探偵は最高の職業だよと嘯いている。客観的な正義は幻想、主観的な正義は妄想、だがその積み重ねによる社会的正義は私の味方だよと豪語する明智と、それを受ける二十面相の対話が本書の読み処だろうか。

 もう一つ本書の特徴を挙げるなら、戦中戦後の世相をより反映していることだろう。二十面相や明智といっても、この大きなうねりから逃れることはできない。
 終戦直後、丈吉を探す平吉は、ほかならぬ明智から隠退蔵(H)物資のことを聞くが、これなんぞなかなか面白い設定なので、さぁこれからエンジンがかかるかというところで終わってしまうのがなんとも・・・。

 本作を原作として、映画「K−20」があるのだが、パッケージをちら見したところでは、とても本書を再現しているとは思えない。まぁそのうちレンタルしてみよう。
Cおとり捜査官2 視覚
山田正紀朝日文庫推理
376頁800円★★★
 深夜の首都高パーキングでトラックの暴走による大事故が発生した。駆けつけた救急の一台は、現場で倒れていた白髪の男と、その傍に転がった女の右足を回収したが、その後乗り捨てられた救急車両からは、その右足を含めすべての人間が消失していた。そして翌未明早朝、首都高各所で女の左腕、首、胴、左足が見つかる。警視庁科学捜査研究所の特別被害者部所属の北見志穂は被害者と面識があったことから、この事件にどっぷり浸かっていく事になるが・・・。

 今回は首都高速の各所にばら撒かれた切断死体という猟奇的なネタだが、冒頭の殺人者目線のシーンもあって、なかなか不穏な展開をみせる。なにせ“オトリ捜査官”だから、被害者を装った志穂が犯人に襲われて陵辱危機一髪のところを、袴田が辛くも救出といったベタな展開が思い浮かぶわけだが、残念ながらそうはならない。彼女のオトリ捜査は被害者周りの捜査からのキャバレー潜入だ。

 本来バラバラ殺人というのは、(実利的な面で考えると)死体の身元を判りにくくするため、あるいは死体を運搬する際の手間を考えての行為だと思うが、本書ではそれが<ネタばれ反転>アリバイ(犯人が意図したものでないにせよ)として機能しているところが面白い。あれっ<ネタばれ反転>「薔薇の女」と同じじゃないか。

 さらに中盤を過ぎると事件の様相が一変し、終盤はスリラーへとジャンル・シフトしている。非常に巧みなストーリー展開だと思うのだが、文量が少ないのでバタバタ感を感じてしまうのが残念なところ。
 徒に長くすりゃあよいというものではなく、むしろ携帯しやすいこの程度の分量はステキなのだが、詰められたネタの量(被害者や容疑者が志穂の学生時代の友人だという設定まである)からすれば、必要十分な分量があるとはいえない。
 これが良くも悪くも山田正紀だよと言われれば、うなずくしかないのだが。
D新シルクロードの旅 2.敦煌・ホータン・クチャ・イーニン
NHK取材班・監修講談社紀行/歴史薀蓄
159頁2000円★★★★
 新疆ウイグル自治区の字のつくりは、上から順に一がアルタイ山脈、次の田がジュンガル盆地、真ん中の一が天山山脈、その下の田がタクラマカン砂漠で下の一が崑崙山脈を指しているんだよと、10年前に旅したときにガイドさんが教えてくれたことがある。
 第二集の本書では、そのあたりの土地が対象だ。

 私が経験したシルクロードは、敦煌トルファンウルムチまでなので、さらに奥、タクラマカン砂漠を囲うように散在するクチャホータンカシュガルといったオアシスの地には一度行ってみたいあこがれも持っていれば、入り口のトルファンや敦煌ですでにおなかいっぱいという気がしないでもない。本作では前作に較べて仏教美術関連が多く、敦煌莫高窟の頁も多い。この「新シルクロード」の際には、超軽量動力機を使った空撮が特長だったが、96窟が目立つ莫高窟の外形をはじめ、空撮の写真がすばらしい。



「敦煌莫高窟96窟」

これは2002年6月に私が地上から撮った写真


 天山北路/南路というように、シルクロードを語っても天山山脈そのものに分け入ることはほとんどないので、これまで私もまったく知らなかったのだが、日本の面積ほどもある天山山脈“群”の中にバインブルグ高原という草原地帯があるらしい。と聞くと隠れ里的なイメージを持ってしまうのだが、なんでも四国と同等の広さということだ。日本人の感覚ではつかみにくいのだが、裏表紙には一面の草原と蛇行する河が。
 こういった本では写真の力は大きい。
Eサムソンの意思決定はなぜ世界一速いのか
吉川良三角川ONEテーマ21ビジネス薀蓄
186頁724円★★★★
 サムソンというと、今でもB級家電メーカーという印象を持つ人がまだまだ多い。私の嫁もそうだ。
 しかし1997年のアジア通貨危機において、韓国はIMFの介入(トムさんが所属する不可能作戦の組織ではない)を受けて、財閥解体や大規模のリストラ等、かなりの荒療治をやって漸くこの危機を乗り越えた際に、該社は日本追随型をやめてグローバル企業へと大きく脱皮している。今では日本の同業八社の合計を超える営業利益をあげているほどだ。(もちろんここには、ウォンと円のトンデモナイ為替不均衡の影響があるのだが)

 著者は日立出身、CAD/CAMの普及に貢献した人で、そのシステムをサムソンに導入するためにヘッドハントされ、10年程度該社の常務を務めたらしい。その著者はグローバル展開における重要な車の両輪として、市場(各販売相手国)の状況に合わせた製品企画と、スピードを挙げている。これらは特に目新しい指摘ではないのだが、それらを具体的に実施する方策については、――長くなってしまうので、ここでは書かないが――なかなか驚かされる内容が多い。

 サムソンが恐ろしいのは、上記の両輪が最重要で、要素技術の開発はそれ以下だと明確に考えていること。つまり今でも日本の最先端技術を狙っているということだ。
 日本企業が国内市場のリーグ戦で勝ったり負けたりしていた時代は過ぎ去り、現代は世界を舞台にトーナメント戦を勝ち続けなければならない時代だ。グローバル・ビジネスでは敗者に次の機会はないのだ。

 つまるところ、日本企業が危機意識を持って体質改善を図っていくことはもちろんながら、要素技術の流出を抑えることも急務である。
 ここはやはり教育の底上げと、それに加えて愛国の指導(この言葉が右寄りに感じるならば、郷土愛でもよい)が必要ではないだろうか。
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