2012年 3月
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@陸橋殺人事件
R・A・ノックス創元推理文庫推理
271頁500円★★★
 霧のせいでラウンドを中断していたリーヴスたちゴルフ仲間4人は、殺人するならこんな日がぴったりだなどと物騒な推理談義をしていたが、天候が回復してコースを回り始めた途端、本物の死体に出くわしてしまう。場所から察して、陸橋を渡る列車から落ちた/飛び降りた/落とされたと思われるのだが、4人はすわ実地検討だとばかりに、警察に張り合って独自に捜査を開始する・・・。

 ノックスの十戒で有名な著者の作品ということで、かなりのガチガチな(その分面白味に欠ける)話じゃないかと思っていたが、意外なことにとてもユーモラスな作品だった。
 例えば、冒頭に人物紹介される四人組の一人のリーヴスは、「秘密機関」のトミー&タペンスよろしく、新聞に“冒険望む”の広告を載せたが、なんの反応も返ってこなかったという経験を持っている。この界隈では冒険者の需要より供給が多いらしいというコメントにはニヤリとさせられる。警察を出し抜いての謎解きに最も前向きな彼が、4人組の中でも主役といっていいのだが、その彼の終盤での推理が<ネタばれ反転>――流れの上では一番のヤマ場にもかかわらず――最終の解決とはなっていないというところも、推理小説に対する彼の諧謔がみられる。また24章冒頭には、この小説が長すぎて退屈なら、本章は省いてよろしいなどと、なんとも人をくった原注のもと、ゴードンが推理小説の構造を揶揄っている。

 本作が発表?された1925年というと、英国の推理小説はコナン・ドイルG・K・チェスタトンの時代を経て発展を続け、アガサ・クリスティーはデビューを果たしていたものの、後年代表作として挙げられる作品は書かれておらず(「アクロイド殺し」は書かれていたかも)、米国のヴァン・ダインエラリー・クイーンの登場までは数年あるという時期だ。すでにこの時期において、推理小説はこういった作品を生み出すほどに熟していたという見方もできるだろう。

 実は最終的な解明は、少々面白みに欠け拍子抜けすると言ってもいいのだが、このあたりも計算のうえなのだろう。さらに考えると、デヴナントがひどい性格の男だということは、無宗教<ネタばれ反転>だということ以外ではレンダル・スミスのコメントから伺えるだけであるし、この事件で最大の利益を受けた彼女の身の処し方には大いに問題がある。最後にカーマイケルがゴードン宛に送った書簡で匂わせていることを考えると、もう一段(明かされなかった)ウラまで計算されているのだろう。

 ところでノックスは、Wikipediaによるとイングランド国教会の司教の家に生まれたが、後に改宗してカトリック聖職者として活躍し、退職時にはなんとイギリス第二位の大司教であったとか。
Aシャーロック・ホームズの愉しみ方
植村昌夫平凡社新書探偵小説薀蓄
263頁840円★★★★
 シャーロック・ホームズ研究家の著者による解説書。
 前半は過去の有名な先人たちが以前に発表したホームズ考が紹介される。例えばR・A・ノックスD・L・セイヤーズの文章で、これはこれで楽しいものだが、より興味深いのは後半の研究家としての著者の“論文”だろう。
 著者はなかなか翻訳問題に煩いようで、ほとんどの邦訳版に共通して間違っていると序章から息巻いている。

 レストレードとグレグスンの両警部が、“professional beauties”のように対抗したこと、ホームズが“single stick”を嗜んでいたこと、モリアーティがロンドンに出てきて“army coach”の職についていたこと。これ等はいずれも簡単な単語だが、ロンドンの当時の文化的背景を知らなければ意味をとりまちがえてしまう。単純に辞書で意味を引いただけではダメなのだ。商売女でも棒術でも陸軍の教師でもないのである。プロの美人とアーミー・コーチに関しては、ウィンストン・チャーチルを引き合いに出して説明しており、めっぽう興味深い。

 また有名な“baritu”についての論考もある。これは果たして武術起因かバーティツ起因か。
 いや、バートン=ライトという人が、20世紀当初に柔術をベースにした総合格闘術バーティツ(バートン式柔術?)を実際に流行らせていたということは知らなかった。
B図解ボーイング787VS.エアバスA380 新世代旅客機を徹底比較
青木謙知講談社BLUE BACKS飛行機薀蓄
238頁880円★★★
 911テロの影響が大きかったと思うのだが、世界の旅客機の開発ロードマップでは超音速機の開発が影をひそめ、航続距離の長さや積載能力といった運搬効率をアップさせる方向にシフトした。コンコルドも最早引退だ。
 911テロ以降もリーマン・ショックやらなにやらで開発は大幅に遅れていたが、ついにボーイング787が昨年就航したということで、こういった本が出版されている。題名のとおり、ライバルのエアバスのフラッグシップであるA380と比較した図解本だ。

 ところで、エアバスA380はボーイング747を凌駕する、いわゆるジャンボジェットだが、787は中型機で主にハブ空港から衛星空港への運行がメインだ。これは後発のボーイングが戦略上の理由で方向転換した形である。
 だからエアバスA380とボーイング787では直接比較しづらい面も多いのだが、両社それぞれに補完する機種をも開発している。エアバスのA350XWB(中型機)であり、ボーイング747−8(大型機)だ。こちらについても、本書後半でしっかり比較されている。

 細かいところまで数値が挙げられているし図版も多いのだが、いかんせん版形が新書版である。同ページ、同縮尺で並べて比較はできないのが残念。
 少々数字の羅列になってしまい興味が続かなくなったりもしたので、もう少し読み物としての面白みがあればよかったのだが・・・。
Cモデルアート【プラモ・マニュアル】シリーズ2
教えて!1/350艦船プラモの作りかた
モデルアート模型薀蓄
109頁1800円★★★
 これまで艦船モデルなど作ったことがないというのに、ここ数年の1/350モデルの怒涛の展開に酔って、「伊400」「三笠」「赤城」の三隻が我が家に鎮座している(もちろん組立前であることは言うまでもない)。

 一概にプラモデルといっても、ジャンルが異なると段取りや各作業の重みも随分と異なっておもしろい。
 キャラクターモデルでは、ちょいとランクが上がってくると、市販品そのままで塗装せずに、自分で調合して好みの色を作る印象がある(少なくとも作例では)が、艦船の場合は呉工廠のグレーはこれ、佐世保工廠ではこのグレーだというピンポイントに調色された品が市販品として各社から発売されているからか、それらを使用している事例が多い。大面積を塗るということもあって、例えば下面は艦底色の缶スプレーであっさり対応していたりする。

 本書のスタンスは初級から中級までを対象としているようだ。
 艦船モデラーの裾野を広げるための編集として正しいと思うが、艦船の場合は特に、――私がそう思うからだけかもしれないが――退職後に気合を入れて作るぞなどと思っている人は、(できる/できないはさておき)初っ端から凝って作ろうとする人も多いと思う。凝って作る場合の定番であるエッチング・パーツや信号線その他の張り線工作について、もっと情報があればより嬉しかったのだが。
D金三角
M・ルブラン創元推理文庫冒険
386頁534円★★★
 戦場での負傷で療養中のパトリス大尉は、街の食堂でふと漏れ聞こえた会話の断片をもとに、彼の入院中親身に看病してくれたコラリーを暴漢から救うことに成功した。だがなんらかの悪事に巻き込まれている彼女は、パトリスの保護の申し出を拒絶する。彼は彼女へ抱いた愛情から半ば押しかけでコラリーに近づくが、そのことは二人を大きな危難へと導くことに・・・。

 事件の規模は、フランス国家を巻き込んだ3億フランの金貨争奪へと膨らみ、また実は幼少の頃から深く結ばれていたパトリスとコラリーの因縁の謎で、前半は大いに興味をそそられる。(かなりのご都合主義に挫けなければだが・・・)
 この前半が第一部となる二部構成で、後半の第二部ではいよいよアルセーヌ・リュパンが颯爽と登場し、たっぷりすぎる外連味とともに神のごとくの活躍する。

 古い翻訳小説を読むのは、言い回しやなにやで時にむずかしくなるものだが、本シリーズはエンターテインメントに満ちていて、上記したようなご都合主義やパトリスのややラテン系愛情の押し売りが気に障らないように脳内設定さえできれば、意外にすらすら頁を稼げる。
 むしろより気になるのは、ドン・ルイス・ペレンナ(リュパン)の神技と反比例するかのような、パトリスの頭脳の劣化である。

 第一部での彼は、判断力、行動力ともにかなりのもの。しかも冒頭では、“ツカミはOK”とするためのやりすぎな演出で有能さがアピールされているのだが、第二部に入ってリュパンの後を付いて回るようになると、たちまちワトスン以下の頭のキレの悪さを示すようになり下がる。キーパーソンのシメオン(彼のことを三太夫と呼んでいる箇所があって、前後から意味は概ね判るものの、こんなとこが翻訳の古さですな)の変節の謎など、95%(私見)の読者には謎でもなんでもないだろう。さらにのこのこ罠に陥るところなんぞ、“志村っ、うしろうしろ!”のレベルだ。
 このあたり、ルブランはわざとやっている気配があって、リュパン自身が“大丈夫ですか、大尉殿”なんて呼びかけているのだが、少々目立ちすぎで興ざめしてしまう人も多いだろう。
 また第一部では芯のある女性として登場するコラリーは、(私の記憶では)第二部で台詞ひとつなくなってしまう。場面描写なく誘拐され場面描写なく救出されるという影の薄さだ。リュパンと女性を合わせるとたちまち恋に落ちてしまう?からなのか、それにしても極端なコントラストである。

 人助けがスポーツなんですよと豪語しながら、どうみても騙された被害者である門番の男については、その死をまったく悼んでいない等ツッコミ処は満載(流れからすると十分に助ける余地はあったはず)なのだが、ルパンといえば三世しか知らない若男女には、何冊かはぜひ読んでほしいシリーズだ。

 ちなみに本作の時代設定は1915年4月。第一次大戦真っ只中だ。
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