2012年 6月
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@ファウンデーションと混沌 上下 新・銀河帝国興亡史2
 Foundation And Chaos (1998)
G・ベアハヤカワ文庫SF
351頁/332頁720円/720円★★★

 トランターでは公安委員長のリンジ・チェンが実権を握っていたが、皇帝の顧問官であるファラド・シンターが勢力を伸ばしつつその座を狙っていた。シンターもまた帝国の影にはロボットの存在があることを嗅ぎつけ、秘密裏に容疑者の暗殺を始めていた。ところが被害者はロボットにあらず、セルダン計画に携わる精神感応能力者であった。一方R・ダニール・オリヴォーは、デマーゼル首相としての表の活動を退いた後も、第零法則に基づいて、セルダン計画の実現に向けて奔走していたが、彼の長年に渉る同士のロボットが、思いがけない中性微子の本流を浴びて僅かながら陽電子頭脳に変調を来し・・・。

 “キラーB”の三名による新銀河帝国興亡史の第二弾は、グレッグ・ベア。
 本作に「ブラッド・ミュージック」「凍月」といったトンデモなく広がるヴィジョンといったものはない(できない)が、いくつかのグループに分かれて展開する群像劇が終盤にひとつ処に集まっていく展開等、アシモフ以上にエンターテインメントな処理がされているようだ。
(余談ながら、たしか本文中に、“凍った月のように〜”というフレーズがあった。著者自身の茶目っ気なのか、訳者の茶目っ気なのか、気にかかるところだ。いやまあどうでもいいか。)

 作中の時期が、原典たるアシモフの「ファウンデーション」の第一部「心理歴史学者」とまる被りであるところも大いに興味を惹くところだ。

A小説の読み書き (2006)
佐藤正午岩波新書小説薀蓄
232頁740円★★★★

 以前著者の「ジャンプ」を読んでウッチャリをかまされたことがある。
 面白いかどうかといった話ではなく――わたしが油断していたことに違いはないが――、ミステリだと思って読んだら全然違っていたということだ。

 小説ではない本書についても、ズバリ小説を書くというワークに対してのテクニック本だと思って購入したが、まったくの勘違いだった。

 あとがきには、小説の書き方ではなく、小説家の書き方であると書いてあった。
 しかも取り上げられている作家、本は、いわゆる文学作品なので、わたしの読書体験と照らして、なるほどともならないのである。

 しかしプロの作家が他作家の書いた本を読んだただの感想文などを本にするわけもなく、総括した批評でもない。それは、注意深くそうならないようにしているわけで、重箱の隅をつつくような個所を抜き出してのエッセイといったところ。(すでに鬼籍に入った作家をピックアップしているものの、いわゆる大作家を取り上げているので、批評がましい文章にならないようにコントロールされている)

 ただし、その重箱の隅が、さすが作家といった目線から捉えられているので、そこから分析、想像したエッセイは、それなりの作家論、テクニック論になっていると言えないこともない。

 個人的には、句読点のつけ方に正解などはなくその作品の内容に、テンポに合っているかどうかだというのが、なるほど目から鱗であった。

(2014/2/17記載)

Bおとり捜査官3 聴覚 (1996)
山田正紀朝日文庫推理
427頁880円★★★★

 生後二週間の新生児が誘拐された。巧妙な方法で電話指示を行う犯人は、なぜか特別被害者部の北見志穂を身代金の運搬役に指定し、周囲の捜査官は志穂を信頼しきれない。一方彼女は、前の事件で<ネタばれ反転>親しい友人であった犯人を自らの手で射殺してしまったことから、カウンセリングを受け続けていたが、存在しないはずの双子の妹の影に怯えるノイローゼ状態となっていた・・・。

 個人的には、誘拐モノはあまり好きではない。なぜかというと、犯罪が現在進行形となる誘拐モノでは、残された家族の悲嘆、苦悩、捜査陣側では行動の的確さやスピードを問われることからの焦燥が描かれることに繋がるからで、脳天気なわたしとしては、推理小説の犠牲者はパズルのピースと割り切って、謎解きを楽しみたいからだ。
 しかし本書は、誘拐された赤ん坊はそれこそピースで、家族の描写はばっさりと割愛されたうえに、捜査陣の焦り、苛立ちは描かれるものの、それ以上に、カットバックされる志穂自身の“存在しない双子の妹”の謎が強烈で、それこそ一気に読んでしまった。

 フーダニットに関しては、かなり前のほうで割れてしまうし、“世界最小の密室に挑む!”のコピーは噴飯モノの惹句と言わざるをえないが、誘拐、身代金の要求、受け渡しと進むタームに対しての犯人の高い計画性にはまったく脱帽だ。

 さらにその計画の先にある目的が<ネタばれ反転>身代金受け渡しの失敗による赤子の殺害だとは恐れ入った。(こないに複雑な犯罪計画で隠蔽する必要があったのか・・・。いや言うまい言うまい)

 このモンスターな知能犯に引導を渡す志穂の行動こそ不気味だが、これは次作の“嗅覚”にどう繋がっていくのか・・・。

(2012/8/14記載)

C海賊と闘うゾンガー レムリアン・サーガ6
 Thongor Fights The Pirates of Tarakus (1970)
L・カーターハヤカワ文庫ヒロイック・ファンタジー
281頁340円★★★

 ゾンガーが死の世界から舞い戻って3年。パタンガ港に不気味な船が迷い込んだ。
 ツァルゴル王カルム・カルヴスを載せていたと思われるその船に王はおらず、“互いに殺しあった”と思われる船員たちの無残な死体のみが残されていた。後日タラクスの海賊でゾンガーと親交のある赤鬚のバリムからの情報から、タラクスの海賊の長カシュタルが、古代の恐るべき魔法兵器を駆使してゾンガーの統べる王国群への挑戦を企てていると知った彼は、その企てを挫き、盟友カルム・カルヴスが生きているならば彼を助けるために、一船乗りとしてバリムたちとともにタラクスへ向かう・・・。

 レムリアン・サーガ最終巻。
 本棚に並べてから、とっくに読んでいると思い続けて30年余り。感慨も一入である。

 前作がかなりの異色編だったのに較べると、冒頭部こそマリー・セレステ号を少しだけ思わせる気の利いた演出はともかく、その後の冒険は個人戦、団体戦をソツなく配した、かなりオーソドックスな展開だ。よく評されるように、まさにE・R・バローズR・E・ハワードの中間といったところだ。1巻から6巻まで、時系列がはっきり判るところが特徴だろうか。
 もちろん他の巻にもみられるご都合主義が甚だしい展開は、大人に薦めるには少々気がひけるが、俗事を忘れて異郷に楽しむことも時に好しである。

 いかにも大団円という幕引きは、著者も本書で打ち止めだとはっきり意識していたのだろう。著者がこの後に発表した緑の太陽シリーズ(昔ハヤカワ文庫で出ていた)は、よりバローズに近いらしいが、残念ながら一度も読んだことがない。挿絵が武部本一郎でなかったからだろうな。やっぱり。

Dカラー版徹底図解 パソコンが動くしくみ (2009)
新星出版社PC薀蓄
223頁1500円★★★★

 PCの雑学というとソフト面での仕組みのことが多いが、本書はハード面での仕組みがメインだ。なので、メカニカルな部分を(ある程度)理解するのに、カラー図版がとても役立っている。

 それにしても、PCについては、仕組みを知れば納得できるかといえばそうでもなく、わたしにとってはやはり魔法だ。
 50年ほど前のSFを読むと顕著にわかるが、この50年というもの、移動技術などと比較してコンピュータは作家の想像をもはるかに超えるスピードで進化してきている。

 表紙の人物はアラン・チューリングと思われるが、さすがのコンピュータの父も、自分の死後僅か50年で、これだけ社会が変わるとは想像できなかったのではないだろうか。

(2012/8/14記載)

E神狩り (1975)
山田正紀ハヤカワ文庫SF
243頁560円★★★

 機械翻訳研究のエキスパート島津は、新たに発見された遺跡である文様を見せられる。それが文字ではないかというのが、島津を誘った男の考えだったが、突如遺跡は崩れ、その男は死んでしまう。さらに謎の組織から誘われた島津は、その文様の機械翻訳に取組み、それがもし文字だった場合、とても人間の操れる文字ではないと考察するが、それは“神”の言葉なのか・・・。

 二つきりの論理記号と十四重の関係代名詞を含み、各語は多義を持たない文字体系、というのが、本書で開示される謎の文字のすべてである。“神”についても、現実に登場人物の前に姿を現すわけでもない。第三部にやや唐突にNASAなんてものが介入してくるが、そうでもなければ、“神”が<ネタばれ反転>人間の行動をたっぷりの悪意をもって左右し、楽しんでいるというのは、登場人物たち皆さんの集団妄想とみることも可能だ。

 「神狩り」なんていう思い切った題名(“狩り”というのはJAROに連絡レベルのハッタリだ・・・)でありながら、僅か250頁で終われるの? というのが大きな興味だったのだが、なるほどこういった処理をしている訳だ。本作は神の本格的な究明への取っ掛かり、プロローグでもって終わってしまうのである。しかしこれは正解だろう。
 ここで調子に乗って、島津が<ネタばれ反転>神である高次生命体?と会話するような展開にでもなっていれば、大いに興ざめになってしまったことは想像に難くない。

 私は著者を語れるほどに作品を読んでいるわけではないが、「崑崙遊撃隊」「機神兵団」のように、怒涛の展開のあとになにやら尻切れに終わってしまう後の作品よりも、その前に筆を置いた本作のほうが一般的には評価が高くなるだろう。
 という訳で、本書の30年ほども後にあって、「神狩り2 リッパー」が発表されているのだが、これを読むべきなのか、大いに迷うところだ。

 蛇足ながら、著者20代で若書きされた本書、連想コンピューターはそのまま現代基準の最先端コンピューターに置き換えれば問題ないのだが、ストーリーに学生運動が絡んでくるのは参った。連合赤軍事件後の70年代には、学生運動も下火になっていたと思うのだが。

 書きながら気づいた。20代前半でよくこんな本を書こうという気になった(デビュー作だし)なぁと漠然と思っていたのだが、学生運動華やかかりし時代の気分の中からは、神の不在あるいは<ネタばれ反転>神が人類に悪意をもった敵だという考えも出てきやすかったのかもしれない。
 神の存在に<ネタばれ反転>気付いて近づく人間を排除するようにコントロールする一方で、古代文字の解読に迫るキーパーソンである島津が一向に身の危険にさらされない矛盾について、(神は)賭けのベットをあげてゲームを楽しんでるのさと言わせるあたり、とても秀逸だ。

F教えて!飛行機プラモの作りかた (2008)
モデルアート模型薀蓄
109頁1800円★★★

Gジェリコ公爵
 Le Prince De Jericho (1930)
M・ルブラン創元推理文庫冒険
288頁580円★★★

H田中克自流飛行機模型筆塗り塗装術 (2011)
田中克自大日本絵画模型薀蓄
95頁3400円★★★

I週刊HMSヴィクトリーを作る1 (2012)
DeAGOSTINI帆船薀蓄
190円

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 自慢ではないが、DeAGOSTINI社には、今までに二度も痛い目に遭わされた。

隔週刊「クラシック・コレクション」…1994年スタート。全180号。
 たしか100号までで終わらないことに気づいた時に気持ちが折れた。

週刊「ワールドウェポン」…2002年スタート。全120号。
 たしか80何号だかで歯抜けになって、その後気を取り直して在庫注文するも入手できず。

 といって、該社が悪いわけではないのだが、基本的に出版スピードに読むのがおっついていかないものだから、(在庫取り寄せは)まぁ急がんでもと油断しているうちに、まんまと在庫もなくなってしまうのである。

 ともあれ、わたしの時間管理能力では該社のシステムに沿ってシリーズをコンプリートするのは難しく、況や失敗したときのダメージがより大きくなる模型モノはやばい。
 初号がいくら200円そこそこだろうが、計算すれば10万円オーバーコースになるのは小学生にも判る話だし、100号続けば二年間は工作場所を確保しなければならない。
 しかも一部の恵まれた人でなければ、完成品を飾るのも大変に困ること必定だ。

 というわけで、こんなものに手を出すべきではないことは理の当然と言っていいだろう。

 週刊「零戦をつくる」では、今にも手を出しそうになりながら辛くも踏み留まり、(※1)
 週刊「蒸気機関車D51を作る」にも心惹かれて嫁にその旨を上申したりもしたが、なんとか抑え込んできた。
 そのときこう言い聞かせて、踏ん張ったのである。

“そのうち74門艦の帆船が出りゃ購うたるわい”

 74門艦どころか104門艦が出るとは…。


 最初にTVでCMをみたときはあっと声をあげてしまったのだが、うーむ、それでもかなり逡巡したよ、うん実際のところ。
 104門艦は重すぎるので、総合戦闘力では74門艦のほうが上だよななどとウジウジ考えたりもしたが、ついにやってしまった。それまでの帆船云々の言い訳は嫁にも話していたので、しゃあないなーと特に反対もなく。
 今度は途中で入手できなくなると話にならないので、しっかり定期購読の手続きもとった。

なんといっても全120号、2年5か月の長丁場である。


部屋の模様替えまでかまして造船所を開設。


助手Yとともに、さぁいよいよスタート。




とりあえず、船首の骨組みはただ組み合わせるだけの数分仕事。


本号の作業のメインはこの12ポンド砲

このポンド重量の砲は主に船首楼甲板船尾甲板という最上部に配置されていたらしい。
若干面倒臭いのが、上画像の40mmほどの真鍮線と画像右下隅のちっちゃな木片だ。
真鍮線は車軸と砲身軸になるのだが、15mm、14mm、9mmに切れと書いてある。
まぁやってみると大した作業ではないのだが…。

木片のほうは、短辺側の高さをそれぞれ1mm、1.5mmに削れとのこと。
こちらは不器用だとイラッとくるかも。
下の画像でもよくわからないが、砲尾の高さ調整をしている。

実はこのモデル、基本的に木造になるので
オイルステインというツヤの出ないニスのような塗料を主に使用する
「ナチュラルモデル」の仕様も紹介されている。
そっちでいこうかと考えていたのだが
助手Yと協議したところ
「カラーリングモデル」仕様で進めることになってしまった。

で、この12ポンド砲では砲架を塗装するのだが、
DeAGOSTINIはLiquitex社アクリルガッシュを推奨している。
イエローオキサイドとピーチと水を1:1:1で溶くよう指示だ。
うまいことに、以前戦車兵のフィギュアを塗装しようとTURNER社のアクリルガッシュを
何本か買っていたので、黄色はネープルスイエロー、桃色はジョンブリアンで代用する。
白色下地剤のジェッソ(これは推奨のLiquitex社製)は近所のアピタの画材屋で購入した。

ジェッソが乾いた後に、ネープルスイエローとジョンブリアンと水を
指示どおりの1:1:1で混ぜて砲架を塗装する。

意外といい感じに仕上がった。
(背景に移っているのは、3号についてくるカロネード砲のパーツ。
砲台のほうを実は間違って接着してしまっている)

あともう一色、アイボリーブラックで砲軸とその固定用金具を塗るように
指示されているのだが、これを買い忘れてしまった。
ところが今号に折込まれていたビギナーズガイドには
塗料はラッカー系でもエナメル系でも可だと書いてあるではないか!?

ガンプラなんかを作っていると金属パーツにラッカーのベタ塗りなんぞありえないのだが、
こいつは大味でも問題ないかと早速やってみた。
まぁ厚塗りも気にならないので、二度塗りすれば大丈夫だ。


本号で用いた塗料と工具一式。



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(2012/8/28記載)

J燃え続けた20世紀 分裂の世界史
〜かくてエゴ剥き出しの時代が始まった〜
 The Course of Our Times
 The Men And Events That Shaped The Twentieth Century (1977)
A・L・サッチャー祥伝社黄金文庫歴史薀蓄
472頁695円★★★★

 「燃え続けた20世紀」三分冊の最後の一編。
 本書も変わらず面白かったが、前巻からなんと10年も空けてしまった…。

 世界のリーダーたちの人物像に迫っているのが、大層興味深いこのシリーズ(というか元は一冊)。
 しかし残念なことに、原書は1977年の発行である。20世紀を謳うには、23%も足りないのはちょっと問題だ。

 日本に対しても一章が割かれているのだが、わずか19頁ではさすがに書ききれるものではない。
 岸信介佐藤栄作、そして田中角栄というリーダーを中心に背景が描かれるが、東京裁判自体の是非には触れられていないこと等不満も多い。
 といったことを敷衍して考えると、わたしなどは日本以外の章には感心しきりで読んだのだが、それぞれの当事国の人々が読むと、それなりに不満も多いのかもしれない。

 日本よりも前に、人口世界4位(本書当時は5位)のインドネシアの章が設けられているが、晩年スハルトに権力の座から遠ざけれたスカルノをコントロールする手段の一つとして、彼の第六夫人、デビ夫人が登場している。
 世界史を動かした数十人のリーダーを紹介する本書で登場しているわけだから、ちょっとした驚きだ。

(2014/3/28記載)

K司馬遼太郎が書いたこと、書けなかったこと (2010)
小林竜雄小学館文庫評論
354頁638円★★★

 わざわざ書くまでもなく、「竜馬がゆく」は数ある司馬作品の中でももっとも親しまれている作品の一つだが、これを連載執筆する際に司馬遼太郎が集めた関連資料は、なんと三千冊/1トン/一千万円だったらしい。そして自分の元職場サンケイ新聞からの原稿代は月百万円だったという。サンケイ新聞は自社の身内からスター作家を出したかったのだろうと著者は分析しているが、それにしてもすごい話である。当時の公務員の初任給が一万五千七百円だった時代である。
 因みに「竜馬がゆく」はもちろん小説作品だが、自作品の小説的キャラクターの“竜馬”と資料からみられる史実的“龍馬”を、漢字の使い分けからカッチリ分けていたようだ。

 まずはこういった執筆裏話に興味が沸くが、本書のキモは、司馬遼太郎が“書いたこと”よりも“書かなかったこと/書けなかったこと”にある。
 つい先日「本郷界隈」の感想をアップしたが、著者は「三四郎」関連の文脈等に現われる夏目漱石論には、連載当時不満を覚えたらしい。
 曰く、「坂の上の雲」などでは割愛された明治後期社会の世相に対する分析がやはりされていなかったとのこと(「三四郎」の舞台は、まさに日露戦争後である)。わたしなどは、司馬遼太郎の博識に毎度感心するだけだが、さすが本書のような本を書く人の読み方は深い。

 本書の論を展開するにあたって、ソースになっている司馬遼太郎の発言は概ね活字になっていて、それらの書は読んでいたりいなかったりだが、「人間の集団について〜ベトナムから考える〜」は在庫になっている。今年中には読んでみたい。
 読んでみたいと言えば、司馬遼太郎が書けなかったノモンハン小説に対し、それを書いたのが村上春樹「ねじまき鳥クロニクル」(これまで食わず嫌いで一冊も読んでいない)らしい。食わず嫌いはやめて、こちらもいずれは読むべきか…。

 世界的にみれば、司馬遼太郎以上の人気作家である村上春樹ではあるが、内容のよくわからんこんな題名で、よく読む気になりますなぁ。

(2014/1/14記載)

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