著者得意の言霊、怨霊史観による「源氏物語」の読み解き。
いつもとは異なる読者層(文学として源氏物語に接する人たち)が考えられるからだろう、国文学者でも歴史学者でもない著者がなぜこのような本を著すのかということを、いつも以上に前書きで強調している。余談ながら、著者のこれに類する説明を読むと、「宇宙船ビーグル号の冒険」を思い出す。主役のグローヴナー博士は総合科学者という設定だが、ビーグル号には、個々のジャンルでグローヴナーより該博な学者が大勢搭乗しているにもかかわらず、互いにばらばらの専門領域を関連付けることで、事件を解決するのはいつもグローヴナーというストーリー構成だった。
もちろんだから井沢説が正しいとは限らないが、説得力はあって感心する。
本書でも「源氏物語」を読み解くにあたって、当時(平安時代中期/藤原氏全盛)の政治情勢を詳しく解説してくれる。解説は源氏物語と平安中期に限らず、同様に怨霊鎮魂の意図を持った(という)「平家物語」や「太平記」も登場するし、政治的には藤原摂関政治から院政、そして武家政治の流れにまで筆が及んでいる。
「源氏物語」の文学側面にしか興味のない人からすれば、あきらかにオーバースペックの内容だが、本書で歴史の面白さに目覚める人も多いのではないだろうか。歴史の読み方入門としてもとても面白いので、わたしも母親に薦めたくなった。
因みに、歴史学者の狭視野角の一例として、道路舗装率の話が挙がっている。
2005年の統計で、日本は79%。これは中国、韓国、タイ、エジプトと比較しても低いという。これはわたしも意外だった。
文脈では、この舗装率の低さは日本では馬車の使用が進まなかったことが原因。他国に比べて近代まで舗装道路の必要性が低かったからだということになる。こういった日本特有の歴史条件に気付いていない、学校教育に反映されていないというのは、歴史学者の怠慢だという文脈だ。
一方で、少し調べてみると、この統計の数字というのも基準が少々怪しいことが判る。本書では注意深く例から外されているのだが、英国その他の欧州各国の道路舗装率は軒並み100%である。しかし実際に英国に行けば、結構な未舗装の道路があるという。
この矛盾、判りますか?
そう、彼の国々では、舗装された道を“道路”だと定義しているのだ。そら100%になりますわな。
逆に日本の数値に対しては、道路工事で利権を得ている族議員や公団の思惑が影響しているのではないかと邪推してしまう。田んぼのあぜ道程度なものまで“道路”にカウントしないと、79%なんて低い数字は出てこないと思うのだが…。
と余談が長くなってしまったが、こういったツッコミを考えながらも、とても面白く読めた。長大な「逆説の日本史」の敷居が高ければ、まずは本書をどうぞ。
(2014/2/13記載) |