ある製品がユーザーの手元に届くまでには、実に様々な流通過程を経ることになる。その製品が工業製品であれば、こんな感じだろうか。
原材料生産→輸送→部品製造→輸送→製品製造→輸送→販売店→輸送 →ユーザー
この「→」の前後ではそれぞれ担当する企業だったり業者だったりが異なる(ことが多い)ので、そこには商品の材料/形状/性能には直接関わらない取引コストが発生している。この要素はもちろん最終的にユーザーが払う全体の「コスト」の中に反映されるのだが、「コスト」に占める原価の割合は、われわれが一般的にイメージするよりも随分と小さかったりする。
因みに「コスト」とカギ括弧つきで書いたのは、この中にはユーザーがお金で払う売価だけでなく、彼らがその商品を得るために払った労力――販売店へ出向く時間的/エネルギー的な手間だったり、複雑な価格体系を読み解いたり情報を入手するために使う手間だったり――が含まれるからだ。
ユーザーはこの全体の「コスト」を、その時その時でもっとも節約するように判断している。ある商品をより安く手に入れる方法を知っていても、時により高い売価を支払ったりすることがあるというのは、そこに時間がもったいない/面倒くさいといった取引コストのパラメーターを含めて、トータルで“安い”ものを選んでいるというわけだ。
そして各企業は取引コストを安くする様々な工夫で多くのユーザーをつかもうと鎬を削っている。大量仕入れ、返品なしで安く仕入れるというのも工夫のひとつだし、ケータイやスマホのややこしい価格体系というのも、取引コストの観点から説明できるのが面白い。
本書には「価値と生活の経済学」という副題がついているが、この取引コストの考え方は、生活全般においていろいろと為になる考え方だ。
例えば、子供の医療費をタダにしましょうという選挙公約が掲げられることがままあるが、芸がないけどまぁ悪いことじゃないよねと感じてしまう人は要注意である。タダになれば、本来なら病院にいかないようなレベルでも子供を病院に連れていく輩が激増して、待ち時間がさらに長くなるだろうことが容易に想像できるからだ。診断だけでなく、市販品よりも効果を期待できる薬を安価で入手できるのだから尚更である。
またこのとき、待ち時間が長くなることは皆すべからく望まないことではあるが、よりダメージが大きくなるのが、多忙な仕事に追われていて時間の融通をつけ難い、付き添いの保護者だ。同じ待ち時間であっても、時間に縛られる仕事がなく悠々自適に暮らしている人とでは、取引コストの一部である「時間コスト」の価値がまったく違うからだ。もちろん待ち時間が長くなれば、より症状が重くなるかもしれないことも考慮すべきである。
投票する際には注意しよう。
因みに二言目には“消費者の目線で〜”と連呼する政治家にも要注意だ。
こういった、直接経済学と関係がないようなことまで書かれているのも本書の魅力といえる。
因みに著者が名づけた本書のタイトルは副題のほうだと思われるが、出版社がつけたであろう本書のメインタイトルはあまりに扇情的だ。堅実な内容とイメージの齟齬が大きいことに少々腹が立った。
しかし副題が主タイトルとして背表紙に書かれていたら、おそらく手に取ることはなかったということを考えると、このキャッチーなタイトルは“成功”だよな・・・。
(2013/3/11記載) |