2013年9月
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@逆説の日本史 別巻3 ニッポン[三大]紀行 (2012)
井沢元彦小学館文庫歴史薀蓄
285頁571円★★★★

 三大○○なんて、いまさら著者が書かなくても、よく似た企画の本が山とあるだろう。というのが最初の印象。逆説の日本史シリーズの一冊としてでなかったらおそらくは買わなかっただろう。それでも随分と迷った。

 しかしさすがはシリーズの一冊。日本史を構成する、あるいは日本人を形作ってきた文化を、馴染みの井沢節で紹介する本書はやはり面白かった。
 三重県のが、昔は日本三津に数えられていたというのは、地元民としては逆に信じ難いのだが、1497年の大地震によって地形が大幅に変わり、その結果津(港/湊)としての機能が壊滅してしまったのだという。

 本文だけでなく、荒俣宏の解説もなかなか面白かった。
 江戸時代の相撲の決まり手にある“預かり〜”とか“勝負なし〜”が、いかにも日本人らしいとのこと。決め手ではなく決まり手であることもそうだ。
 三大○○は、必ずしもランキングづけではなくユニット設定だという。老舗ユニットが三という数字でバランスを取っているのだという指摘が御尤もである。

(2013/12/30記載)

A伊勢神宮の謎 (1992)
高野澄祥伝社ノン・ポシェット歴史薀蓄
297頁552円★★★

 2013年はお伊勢さん遷宮の年ということで再読。
 本屋の店頭でも多くの関連本とともに並んでいたが、わたしが再読したのは1993年の発行分。つまりは前回の遷宮時にタイミングを合わせて発行された本である。

 神社の建築様式として、男(の神が祀られた)神社は、千木は外削ぎ、鰹木は奇数本、女神社は反対に、千木は内削ぎ、鰹木は偶数というのが一般的だ。
 ところが伊勢神宮の外宮は男神社仕様であるにも関わらず、主祭神はトヨウケビメという女神である。ここがまず突き当たる謎かなと思うが、推理小説における「〜の謎」とは違って、納得できる回答が与えられるわけではない。不思議だなぁと確認するだけなのが残念だ。
 他では、元伊勢と伊勢の関係などに興味が沸くところだが、そちらにもほぼ言及がない。
 そのあたりは、来る「QED伊勢の曙光」で(トンデモかもしれないが)何らかの解釈が示されるのだろうと期待している)

 中盤以降、伊勢神宮の何某というよりも、伊勢の地史、産物史といった作りで、これはこれで興味深いのだが、遷宮にポイントを絞って本書を取った多くの人にとっては、余分に感じてしまうのではないだろうか…。

(2014/2/9記載)

Bリベルタスの寓話 (2007)
島田荘司講談社文庫探偵
472頁724円★★★

 2006年4月。ボスニア・ヘルツェゴビナの都市モスタルで世にも残虐な殺人事件が発生した。復興も中途のまま残されたビルの一室で四人の男が殺されていたのだが、四人ともに性器を切り取られたうえに三人は首を切断され、一人にいたっては体を切り開かれて心臓以外の臓器を根こそぎ取り去られ、代わりに部屋にあったガラクタを詰め込まれていた。そして程なく、奪われた性器はガラス瓶に収納されて、近傍の大学横の空き地に陳列されているのが発見される。
 捜査に当たったNATOの犯罪捜査課は、未だ戦禍の傷が癒えないこの地において、動機、技術面からここまでの残虐な所業を行える人物として、ディンコ・ミルシェヴィッチというクロアチア人に容疑を絞るが、当人は事件発生時大手術を控えてサラエボの病院に入院中であり、また現場に残された犯人のものと思われる血液型は、ディンコには合わなかった。NATOはミタライの出馬を依頼してくるが、体の空かない彼に代わって、ハインリッヒがモスタルを訪れる…。

 読み始めるまでミタライものだとは思っていなかった。
 不確かだが「21世紀本格宣言」だったか、著者が述べていたと思うが、本作も医療分野での成果を組み込んだ島田ファンタジーになっている。戦争の記憶がまだまだ新しい旧ユーゴスラビアを舞台に選んでいるのが、最大の特色だろう。
 電子メールやFAXで得た情報を分析して、ミタライが電話で謎解きというパターンはこれまででもあったが、NATOの軍事作戦行動中に電話で推理解説という演出には驚かされた。

 モスタルの破壊された橋が架け直されて世界遺産に登録された事や、戦争中の引き裂かれた愛だとかの秘話を、最近TVでタイミングよく見ていたが、橋が架け直されたのは2004年のようだ。

 それにしても、ボスニア、クロアチアといった国はどうしても遠く、悲惨な民族・宗教紛争といっても、そこのところがオンチな日本人はつい対岸の火事のように考えがちだが、本書ではオンライン・ゲームのRMT(リアル・マネー・トレード)という要素を絡めて、ネット関連の管理も脆弱?な日本を関係づけているのが巧みである。

 ただよく判らないのが、ディンコの一人称として書かれている記述。
 本書はハインリッヒの手記という構成の他に、複数の視点者の一人称が混ざっている。ディンコらしき犯人の記述もあるのだが、現実世界なのか仮想世界なのかが良く判らない書き方にされているのだ。
 最後まで読むと、どうやら現実の出来事のように思えるが、そうなると恣意的に仮想ゲームっぽく書いているのが少々気になる。
 あえて記述を省くというのはミステリのテクニックだが、徒に読者を惑わす記述というのはどうかな。クラバッシは火を吐いたりしないでしょ?
 それともディンコの脳内感覚では、こういった認識で現実世界を生きているのだろうか…。

(2013/12/30記載)

(2)クロアチア人の手
 2006年2月。深川の芭蕉記念館に宿泊していた二人のクロアチア人に異変が起こる。前の晩、各々金庫並みに施錠される貴品室に泥酔状態で引っ込んだ二人だったが、次の朝その一人が、ピラニアの泳ぐ水槽に頭と右手を突っ込んだ状態で溺死しているのが発見される。さらに同時刻、記念館の外で起きた交通事故でもう一人のクロアチア人が死んでいたことが判明。石岡がこの不可解な事件の相談を受けるが…。

 「リベルタスの寓話」の途中で本編が挿入されるという妙な作りになっている。(たしかノンシリーズの「帝都衛星軌道」もこのスタイルだったような…)
 クロアチア繋がりということはあっても、両編に特に関連性はない。リベルタスの事件の最中にこの事件が飛び込んできたのならば、いつにもまして邪険な御手洗の反応も説明をつけやすいし、こういった配置の理由にもできるのだが、二カ月ずれてるし…。

 バルカン半島は、ユーゴスラビア時代にはソ連の軍事力を背景としてそれなりにまとまっていたというのに、その影響下から放たれた途端、平和に共存していた三民族が血で血を洗う戦争を開始した。ここには人間という生物の本質、宗教の功罪に関わるなにがしかを読みとることが可能で、日本という島国の枠を越えた社会性をテーマに入れてくるあたり、さすがは島田御大である。
 リベルタス以上に悲劇的な過去がクローズアップされて、それはそれで興味深いが、ことミステリのトリックに絞って感想を言えば、到底納得し難いものだった。

 たしかに昨今の<ネタばれ反転>義手の技術はすばらしく進んできているし、切断部の筋肉の微妙な動きを電気信号として読み取るようなこともかなりできると思うが、本書のように、目視確認できない状態で義手に扉を登らせてサムターンを回すことができるとは到底思えない。
 機械に精密な動きをさせるためには、必ずしも視覚でなくてよいが、なんらかのフィードバック制御が必要だ。この場合は義手の指先や掌からの触角フィードバック(手触り感)ということになるだろう。
 またいわゆる針と糸のようなギミックで外から施錠することはできないことを示すために、何度もサムターンが結構硬いことが示唆されるが、それならば、義手の指を動かす小型モーターとバッテリーにそれだけの仕事ができるかどうかも疑問である。
これらのことへの言及がまるでないということは、大きな欠点であろう。
 もっともそれ以前に、<ネタばれ反転>義手を遠隔操作するための信号ケーブルの配線抵抗がまったく無視されている(地球の反対側からでも操作できるとかいったぶっ飛んだコメントがある)時点で、科学的考証の胡散臭さがプンプン臭っていたのだが…。

 大抵の場合は、“島田ファンタジー”としておおらかに受け入れるように心掛けているのだが、本作はダメだった。御手洗の突拍子もない言動はこのシリーズの魅力なのだが、<ネタばれ反転>義手の発見に繋がる自信満々のコメントもやり過ぎ感がたっぷりだ。
 石岡が準備、送信した図面?をもとにした発言なのだろうが、どれだけ寸法精度の高い図面を送ってんねんという話である。

(2013/12/30記載)

C世にも美しい数学入門 (2005)
藤原正彦/小川洋子
対談
ちくまプリマー新書数学薀蓄
173頁760円★★★

 数学者と作家の数学談義。数学の美しさを語り合っている。
 内容的には、藤原正彦の「NHK人間講座 天才の栄光と挫折 数学者列伝」「心は孤独な数学者」にかぶっていることも多い。それもそのはず、小川洋子はこれらの放送または本を読んで、数学の不思議な美しさに気付いたらしい。いわばわたしと同じく藤原正彦のファンであった。

 そして彼へのインタビューなどを経て、世に出た作品が「博士の愛した数式」。第1回本屋大賞受賞作にして、映画化もされている。
 たしか記憶障害を扱った話で、感動モノのジャンルだと判定した時点で眼中から消えていたが、こういった繋がりがあるのなら、一度読むか観るかしてみるしかないだろう。

 自然対数の底e無理数/2.7818…)をπ(無理数/3.141592…)虚数)乗してやると、−1になるという。(オイラーの公式
 数学者はこういったところに美しさ、エレガントさを感じるのか。

(2013/12/30記載)

D逆説の日本史 別巻1 ニッポン風土記[西日本編]
逆説の日本史 別巻2 ニッポン風土記[東日本編] (2010)
井沢元彦小学館文庫歴史薀蓄
381頁/311頁676円/619円★★★

 本屋でこの別冊のシリーズを初めて見た時には、巷に県別のお国柄本が数多く存在することもあって(例えば「江戸300藩県別うんちく話」)、こんな本まで出して稼がなくてもいいじゃないかと批判的な印象を持った。
 しかし前書きを読んでみると、歴史の記述方式として、個人の影響が強い古代は人物中心に、個人の権力が相対的に小さくなる近代以降は、年代史的に記述するのがベター。しかしそうしたところで、史記本記以外の様々な列伝があるように、歴史を立体的に考察するためには別の目線(で記述した歴史)を用いることはとても有効だとある。
 なるほど卓見である。さすが井沢元彦、説得がうまい。

 といった訳で、本書と数多の類似本との相違は、まず“県別”であることをやめて、旧国別で分類していること。ただし各々の国ごとに位置が判る簡易な地図と、どのような分離統合で今は何県になるのかも書かれているので、とても解りやすい。例えば筑前筑後豊前豊後備中備後上総下総上野下野etc.etc.。何県のどこ地方とか、今そこに住んでいる人以外は、結構判らんのではないだろうか。

 次に、著者が従来の日本史記述の大きな欠点だと常に主張している宗教の軽視に対応して、寺、神社に関する記述が多いこと。
 例えば、各国にはそれぞれ国分寺一の宮が存在するが、国分寺は国府と同地域に置かれていることが普通(仏教勢力が大きくなった奈良時代の創建だから)だが、それ以前から存在する一の宮は別の場所にあったりするという。こんなことは、これまで疑問に思ったことさえなかった。どこまで正しいかは別にしても、キッチリ説明してくれると気持ちがいい。

   残念ながら、お国によっての記述の疎密はある。著者の出身である尾張をはじめとした三河、遠江駿河といった東海道の国々と、地方の国(例えば伊勢はほぼ神宮のことしか書かれていない)とでは随分厚みが異なっている。まぁある程度やむをえないところではある。

 また本書には、鎌倉あるいは室町時代に著された「人国記」と、江戸時代に著された「新人国記」なる書の現代における改訂版だという意気込みがあるらしい。下巻末には「新人国記」の抜粋が載せられている。かなり口が悪いことが人国記の特徴らしいが、神君家康公絡みの土地は結構褒めているではないか。さすがは江戸時代版。江戸幕府に気を使っている。  古い方ではどうなのかな?

(2013/10/12記載)

E透明人間の納屋 (2003)
島田荘司講談社文庫推理
275頁524円

 1977年夏、9歳のぼくは真鍋さんの工場に入り浸っていた。優しい真鍋さんは物知りで、ぼくになんでも教えてくれたが、透明人間になる薬がすでに発明されているんだよと真顔で語った。一方真鍋さんの工場にたまに顔を出していた真由美という幼馴染の女の人が、婚約者と泊まっていたホテルの部屋から忽然と姿を消した。その部屋は視線の密室になっており、誰にも姿を見られずに部屋を出ることは不可能だったが…。

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