2013年10月
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@メデューサの嵐 上下
 Medusa's Child (1997)
J・J・ナンス新潮文庫冒険/パニック
383頁/366頁―/―★★★★

 スコットエア航空は古いボーイング727貨物機一機きりの零細航空会社。倒産間際に政府との契約をなんとか取り付け、オーナー兼機長のスコットと二人の社員は、安堵に胸を撫でおろした。ところが搭載貨物の取り違えが発生、本来の契約ではなかった荷を輸送することになってしまう。その貨物とは、偏執的な天才科学者が開発に成功したと主張する強力なEPM爆弾であった。当の科学者はすでに死んでいたが、彼が計画した悪魔的な復讐計画は、二年の時を刻み進行を始める。一方北米大陸の東海岸には、記録的なハリケーンが襲おうとしており…。

 この著者のことはまったく知らなかったが、核となる727の機内のみならず、FBIオフィス、管制塔、エアフォースワン、そしてスコットと管制塔の無線を傍受した記者等々、多彩な場所、登場人物が奔走するシーンが細かいカットで切替わり、緊張感が持続して倦むことのない傑作サスペンスであった。

 「HOBBYジャパン」だったか「電撃HOBBYマガジン」だったか、10年ほど前の模型雑誌の文庫本紹介コーナーで評価の高かった本だ。整理をしていて目にとまり、他の何冊かとともにアマゾンで古本を入手したが、本書に関しては評判どおりであった。
 周辺から本屋が消えていくことにわたしは大いに危惧を感じているが、ネットの本屋がなければ本書は手に入らなかっただろう。古本屋を廻るのは時間や体力といったトータルコストがかかり過ぎる。便利な世の中だ…。

(2013/11/30記載)

Aショッカー軍団マル秘作戦レポート (2000)
勁文社仮面ライダー薀蓄
126頁★★

 2年に渡って98話が放映された「仮面ライダー」のストーリー紹介本。
 題名から想像できるが、ショッカー側からの記述になっているところが最大の特徴だ。
 各話のサブタイトルが作戦名で、続いて作戦概要、作戦経緯(これがストーリー紹介)に加えて、監督官の見解なんて枠があってにやりとする。

 とはいうものの、作戦経緯が@⇒A⇒B…と箇条書き風に詳しく書かれていることもあって、ショッカーの間抜けさ具合が余計に際立つのがなんともいえない。
 同じ失敗を繰り返し続けているので、最初は面白かった監督官コメントも、98話のうちにそれすらマンネリとなってしまう。言わずともよい情報を何度もライダーに漏らし、秘密基地に侵入、破壊されるショッカーもアレだが、何度となく拉致されながら一人も殺されない立花レーシングの面々もすごい。

 わたしがショッカーなら、所在の判明している立花レーシングにミサイルの一発でもぶち込んでやるのだが…。

 そう言えば、ショッカーが起案する凶悪なテロ作戦は、成功間近までいったものも多いというのに、日本の公安はなにをしているのかな?滝が所属しているFBIはたしかにショッカーを認知している筈だが、日本政府にはなにも伝えていないのか…!?
 ショッカーの悪事を目撃した子供が、周りの大人に目撃証言しても信じてもらえないあるあるも、結構イラッとくる。

 こうして考えてみると、あらためて「仮面ライダークウガ」は革命的に偉大ですな。

(2013/12/23記載)

B確率2/2の死 (1985)
島田荘司光文社文庫推理
236頁408円★★

 198*年9月8日晩、巨人軍選手の息子を誘拐した犯人の指示により、吉敷は新宿の街を公衆電話から公衆電話へと走っていた。しかし何度目かの呼び出し時、すでに疲労困憊の吉敷に電話口の男は意外なことを告げる。子供は解放、身代金も放棄するというのだ。一体犯人の目的はなんだったのか。
 一方この誘拐事件に先立つことひと月前から、主婦甲斐佳子は火曜日毎に現れる白いワゴンの謎と、夫への不信感に悩まされていたが…。

 吉敷たち捜査側のパートと、いわゆるゼロアワーへ向かう甲斐夫妻のパートが交互に描かれる構成。島田荘司作品の光文社文庫化の幕開けを飾る書き下ろし作品としての趣向だ。
 <ネタばれ反転>野球賭博が外れた場合に、阿佐田は最終的にどのように身代金を受け取るつもりだったのだろう。担当する刑事の脚力、体力という未知数を織り込んで、通話間隔、通話時間を決め打ちで実行して上手くいくとはとても思えない。フィードバック制御のないロボットのようなものだ。失敗する事間違いなし。
 二人目の死者についても、ストーリー的にクライマックスの舞台演出に繋げてはいるものの、題名(2/2の死)に寄せるための無理矢理感を強く感じてしまう。<ネタばれ反転>賭けに勝つか負けるか、1/2の確率を2/2に引き上げるための企てというのは面白いのだが、総じてストーリーの煮詰めが甘いように感じた。
 <ネタばれ反転>野球の試合が絡んでいることに見当がついた時点で、読者はともかく、吉敷や小谷は野球賭博の可能性に思い至るべきという気もする。
 因みに<ネタばれ反転>野球賭博に関しては、北尾トロ「怪しいお仕事」にレポートがあったな。たしか。

 一応は被害者でもある甲斐夫妻が、人間的に揃ってイケてないというのもモチベーション的に楽しく読めない一因でもある。夫の親族と交流を図れない嫁なんて、結婚する資格なし。

(2013/12/23記載)

C寝台特急「はやぶさ」1/60秒の壁 (1984)
島田荘司光文社文庫推理
339頁563円★★★★

 1984年1月。浴室で死んでいるのを発見された女は、顔の皮をごっそり剥がされていた。猟奇的な事件に警察は色めき立ち、警視庁捜査一課の吉敷刑事が所轄の成城署とともに捜査を開始するが、被害者の姿を死亡推定時刻以降の九州行き寝台特急「はやぶさ」内で目撃したという証言が相次ぎ…。

 記念すべき、吉敷竹史シリーズの第一弾である。久方ぶりにこのシリーズの初期作品を読んだが、吉敷の外見に関する描写が多いことにあらためて気づいた。スーツもキマった長身で、二重のぱっちり目、なんとハーフのモデルのようであり、聞き取り調査を受ける側は例外なく、刑事のイメージにそぐわない容姿にまずは驚くのである。
 うーん、80年代でハーフのモデルっぽいと言えば、イメージソースは羽賀研二といったところか…。(今なら城田優とか?)
 余談だが、二時間ドラマでは加賀丈史が吉敷を演じていたが、ハーフのモデルというよりは島田荘司本人に似てるとは、妻の弁である。たしかに生年や生まれ故郷は同じだ…。

 比較的最近読んだ(といっても6年以上は経っているのだが)「涙流れるままに」「光る鶴」「龍臥亭幻想」(←こりゃ電話だけか…)では然程外見描写はなかったように思う。さすがに50歳代では描写も不要ということか。若林豪みたいになってんのかな?)

 本書の前に書かれた「死者の飲む水」で、著者は当時より一般受けしやすかった社会派トラベル・ミステリへと舵を切った訳だが、本作ではさらにビジュアル系の主人公を投入したうえで、列車名+分数の題名と、さらに舵を深く切って売れセンを狙ったといったところ。
 目論見どおり、本作でぐっと著者の知名度は上がったらしい。

 本書のトリックには十分堪能したが、寝台特急の特性を使用したトリックは前例があるような気がしないでもない。トラベル・ミステリは然程読んでいないので、知ったかぶりは言えないが、<ネタばれ反転>被害者によるトリック構築というところが新味なのかな?
 誰か知っている人がいれば教えてください。

(2013/12/23記載)

D死者が飲む水 (1983)
島田荘司講談社文庫推理
366頁563円★★★★

 1983年1月。札幌の実業家宅に送られてきた二個のトランクから、宛主本人のバラバラ死体がとび出した。送り主は東京と水戸に暮らしている被害者の娘夫婦たちで、毎年同じ時期にそれぞれ結婚祝が詰められたトランクを送っていたという。被害者はトランクが発送される直前まで彼女らの下に身を寄せていたのだが、死亡推定日には、会う予定だった昔の同僚との約束をすっぽかして失踪していた。また遺体と遺留品の解析から、死因は海に近い利根川の水で溺死させられたことが判明する。利根川の河口にある銚子というに土地にはどんな意味があるのか。札幌署の牛越刑事は、執念の捜査で銚子の殺害現場を特定するが…。

 早々に<ネタばれ反転>沢入が捜査圏外に置かれるのは少々甘いように思う。彼をいきなり単独犯として謎解きするのは難しいだろうが、彼はトランクをすり替え得る位置にいるのだから、彼と東京、水戸のメンバーが共謀しているという可能性は追う必要があるだろう。しかし関係者が住んでいる東京、水戸、そして犯行現場の銚子が概ね正三角形の頂点に位置する等の設定で、読者の興味をうまく逸らされた。ただし関東在住でなければ、イマイチ土地勘がつかめないだろうから、地図で位置関係を把握するのがよいだろう。(そのこと自体がレッド・へリングに喰いついてしまう第一歩だが…)
 いずれにしても、時刻表も出てくるものの、そこを斜め読みしても本書のトリックは十分に堪能できる。凡百のトラベル・ミステリでは味わえない技だ。

 デビュー三作目の本作では、初めて普通型の刑事が探偵役を務めており、時刻表トリック以外にも、犯人の動機に社会性を持たせる等当時のスタンダードな推理小説への歩み寄りをみせている。しかし“動機の社会性”には著者得意の日本人論がすでにみえるところがさすがか。
 もう一人の普通型刑事である中村吉三も牛越の東京出張で協力者として顔を出す。時系列からすると、中村は「火刑都市」の事件を捜査中であった。この二冊と「寝台特急はやぶさ1/60秒の壁」は時系列的にかなり接近しており、このあたり、どこまで著者が事前に計画していたのか、あるいは出版時期に前後はあれど、並列に執筆していたのか興味が尽きない。

 さて犯人の動機だが、昭和三十年当時の社会見学の状況が不明で、ハチ巻き男のような対応が可能だったのか(リアリティがあるのか)不明だが、犯人の父親の判断にも大いに問題がある。一番悪いのはハチ巻き男であろうが、だからといって、最終的な責任の所在はやはり犯人の父親であろう。許容人数を大きく超えて子供たちを船に乗せるべきではなかった。子供たちの動きを統制できないなら尚更だ。

 著者が現役でバリバリやっているので、本書も古典作品という気はしていなかったが、執筆時期とほぼ同時と思われる時代設定からは早30年が経過している。自分の記憶している時代からそれだけの時間が経過していることに憮然としてしまうが、本書に登場する“青年”の生まれが昭和二十年代であることにさらに驚いてしまう。
 当時50代?のモーさんは今では退職していることは確実。もしかして鬼籍に入っているかも…。

(2013/12/23記載)

E火刑都市 (1984)
島田荘司講談社文庫警察
396頁602円★★★

 1982年12月。四谷の雑居ビルが放火され、当直していた一人の若い警備員が焼け死んだ。消防に通報もせず、騒いだ様子もなく静かに焼かれており、睡眠薬を服用していたことが明らかになるが、いつもの勤務態度からは彼が自ら飲んだとは信じ難い。警視庁捜査一課の中村刑事は、死んだ警備員には一緒に暮らしていた女がいたらしいことを訊きこみ、その女は一切の痕跡を残さずに消えていることから、乏しい手掛かりを追って女を追う。
 一方場所を変えながら、毎月のように同一犯と思われる放火事件が発生していた。火元の部屋は発火時には施錠されていたが、時限装置と思しき燃え残りは発見されず、また壁には「東亰万歳」と書かれた貼紙が残されていたが…。

題名からも東亰の単語に代表されるように、東京の成り立ち(都市論)に踏み込んだ内容が特徴で、実際に初読の印象はそちらのほうが強かったが、再読してみると上記の特徴を内包する放火事件は終盤になるまでは放置されたようなもので、前中盤のリーダビリティは消えた“カンコ”の生い立ちと人間性への興味が繋いでいる。
 この消えた女が本書の主役である。地方出身の貧しい少女が東京で徐々に身を堕しながら、結局は女を武器に成り上がりを謀った訳だ。彼女の人生をなぞった中村は、ラストで彼女にやさしい言葉をかけているが、考えてみれば、<ネタばれ反転>菱山との間にできた子供の存在を相手に伝えるよりも殺すことを選択した訳で、睡眠薬を盛ったうえで土屋を焼き殺させた事に至っては、まったく酌量の余地がない。モンスターと言うべきだろう。

 今回の再読では人物に印象的なものを感じた分、都市論に対しては前回ほど印象的には感じなかった。以前読んだ時より江戸、東京に対する知識が多少ついているからか…。

 人物では、一度登場したキリの中村の奥さんが気になった。
 2014年現在、中村と二人、仲好く老後を楽しんでいるのだろうか?

 それにしてもこの時期の著者は、中央に対する地方(この時期なら裏日本というほうがマッチするか)を好んで設定している。「寝台特急はやぶさ1/60秒の壁」で、中村が吉敷に語っていた“おれも去年〜”がまさに今回の事件である。出版時期は本書の方がかなり後だが、執筆時期はかなり近いようだ。むしろ重なっていたというのが自然かもしれない。

(2014/2/9記載)

Fハリー・ポッターと賢者の石 (1990)
J・K・ローリング静山社文庫ファンタジー
269頁/249頁580円/580円★★★

 ロンドンで伯父伯母夫婦に養われていたハリー・ポッターは、彼らや従兄から虐げられて生きてきたが、中等学校へ進む段になってホグワーツ魔法学校からの入学案内を受け取った。ホグワーツから使わされたハグリットの助けもあって伯父夫妻の妨害をなんとか振り切り、無事魔法学校の新入生としてホグワーツに到着したハリーは、自分が魔法界ではすでに伝説の有名人であることを知る。実父母が死と引き換えに強力な悪の魔法使いヴォルデモートを封じた一大事件の“ただひとり生き残った男の子”だというのだ。ハリーは次第に魔法使いの才能を現し始めるが、ホグワーツには巨大な三頭犬をはじめとしたトラップで厳重に守られているなにかがあって、それを巡って陰謀が進んでいるようで…。

 ファンタジー分野では、随分と昔「カメレオンの呪文」(魔法の国ザンス・シリーズを読んで以降は、さほど面白いシリーズに出会っていない。ザンス・シリーズ自体はもダジャレが話の中心になってから自然卒業したし、(L・M・ビジョルド五神教シリーズは巧いとは思うものののめり込むほどではないし、死者の短剣シリーズ「惑わし」から「地平線」まで未だ読むことなく在庫温存中である。

 一方でファンタジーに飢えながら、それを癒してくれるシリーズには出会えないという感覚が常にあったので、そんな中での本シリーズは、――大々的に映画化されるほど原作の人気が高かったわけだから――当初よりとても気になっていた。しかし文庫化されるまでは読むまいと、長い間じっと横眼でながめていたのだ。
 とは言うものの映画は適当に観たり観なかったりで、今となってはさほどに惹かれているわけではないのだが、せっかくの文庫化なのだからとりあえず一作読んでみた。

 普通一冊の長編小説を二時間程度の映画にするには、思い切ったエピソードの刈り込みや、場合によっては構成やテーマまで変えないと良い映画にはならないものだ。だから映画に原作小説がある場合、原作小説のほうが情報量が多いし、大抵の場合は面白い。

 さて本作の場合、最初に映画版を観た時に感じた不満は、驚いたことに原作小説を読んでも何ら解消されなかった。つまり映画で感じた不満は、すべて小説版に内封されていたということである。
 ハリポタは基本的には試練に立ち向かう成長の物語だろうが、児童向け小説なので夢も必要。遺産が都合良くハリーに残されていたり、ホグワーツの食事がなんとも豪勢だとかにはとやかく言うまい。子供らにまで立派な談話室があるのは、これは英国ではそういうものか?
 クィディッチのルールにはかなり納得し難いが、それもまぁいいだろう。
 子供らへの罰則として、実際に身の危険のある夜の森に行かせるのはさらにマズイが、この際それにも目をつぶろう。

 わたしが我慢できないのは、次の二点。

(1)年度末の寮対抗杯の得点発表で、スリザリンを持ちあげてから落とすのは、教育者の演出としてはいかにもマズイ。クィディッチもそうだが、ホグワーツの得点基準はあまりに大味だ。それはともかく、全員列席の式場で旗の色まで一斉に変えるとは、スリザリンから闇の魔法使いが多く輩出されるのもむべなるかなだ。

(2)ハリーは物心がついてから十年以上、いじめに耐えながら小さく身を処してきた。自己形成上かなりの影響がある筈だが、ホグワーツに入学してからの彼にそういった環境からのマイナスがまるでみられない。

 これはむしろ、マグル界(ダードリー家)の設定が極端すぎる印象なので、てっきり映画版で追加した(誤った)脚色に違いないと思っていたが、むしろ小説のほうがひどかった…。

 総じて、本作だけではこれだけのヒットに繋がった理由は解らなかった。
 次巻以降に手を出すか熟慮が必要だ。
 「秘密の部屋」「アズカバンの囚人」はまぁいいが、「炎のゴブレット」以降は上中下の三分冊、「不死鳥の騎士団」に至っては四分冊で、文庫本とはいえ¥2000を超えてしまう。
 それだけ深みを増していることを期待したいが…。

(2013/12/23記載)

Gあなたの医学書
脳梗塞 名医の言葉で病気を治す (2009)
富田博樹成文堂新光社医療薀蓄
191頁

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