2013年11月
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@雪密室 (1989)
法月綸太郎講談社文庫推理
269頁466円★★★

 めずらしく一週間の休暇を取って、長野県の『月蝕荘』を訪れた法月警視。篠塚真棹なる女性の招きによるものだ。そこには彼以外に8人の男女が集まっていた。遅れて到着した真棹とともに夕食は始まり、何事もなくその日は終わったが、次の日の早朝、離れで彼女の死体が発見される。はからずも昨夜は初雪が一時降り、母屋と離れの間には一面降り積もった雪。その上に発見者以外の足跡はなく、県警を含めて自殺だと判断される。しかし法月警視は一人他殺を主張し、東京にいる息子綸太郎を呼ぶ…。

 なんでだか島田荘司の御手洗モノ以外の初期作品を、何冊か勢いよく再読しているが、その流れにあってちょっとつまみ食いといった感じで再読した本書。デビュー作の「密閉教室」は少し敬遠して、D・カー「白い僧院の殺人」へのオマージュであることが堂々と謳われた本書を取ってみた。(事前に注意喚起されているが、本文中にこの本のネタばれがあるので注意。)
 初読は14年前だが、トリックを含めてまるでド忘れしているところが情けない…。

 著者自身のあとがきによると、デビュー二作目の本書は作家としてやっていけるかどうか確信のない中、職を辞して臨んだ作品ということで、著者自身の鬱屈が法月警視の言動にも反映しているらしい。キャリアの皆さんにとっての警視というポジションが、どの程度のものなのかはよく判らない(いや彼がキャリアなのかどうかは明記されていないが、ノン・キャリアならそれこそ大出世だろう)が、シリーズ初作だというのに彼と綸太郎の過去が取りざたされ、妙に居心地が悪い中で話が展開する。
 これも著者があとがきで語っているのだが、エラリー・クイーンへの極端なエピゴーネンの枠設定の中で、著者が企んだ+αは初作から話を重い方向へと向けているようだ。

 二十代前半の青年が書いた出版二作目である。野心的であるべきだが、そんなことを斟酌しない読み手として勝手に書かせてもらえば、そういった装飾は省いた純粋パズルの短編あるいは中編であったほうが、よりピュアにトリックを楽しめたと思う。
 <ネタばれ反転>兄弟で雰囲気が似ているとか、逆光だったとか、あるいは早朝五時半の寝起きだとかの屁理屈はいろいろと述べられてはいるが、<ネタばれ反転>法月警視が沢渡冬規を恭平と誤認した(犯人が誤認させるように仕組んだ)という回答は、トリック全体の魅力を下げてしまう残念ポイントだ。
 ここを改良した短編があれば、もっと名作として認知度が上がったように思う。

(2013/11/30記載)

A誰彼(たそがれ) (1989)
法月綸太郎講談社文庫推理
428頁641円★★★

 1989年5月、新興宗教汎エーテル教団の教祖に脅迫状が送り付けられ、その犯人捜しを法月綸太郎が依頼される。教祖は9日のうち3日間の周期で、80mの塔の上にある部屋で断食瞑想する課を組んでおり、綸太郎との面談の後もその塔へと姿を消した。一方新宿のマンションで首なし死体が発見され、綸太郎の父親法月警視等が捜査を開始したが、やがてその死体がどうやら瞑想中の教祖である疑惑が生じ…。

 本書が発表された80年代後半は、多くの新興宗教が発生し、法人化された時期である。
 もちろん著者に社会派ミステリを書く意図はこれっぽっちもなかっただろうが、例の世界を震撼させたテロ事件(この教団の法人化はまさに1989年)を経験したわれわれが読むと、若干物足りなく感じてしまうのは仕方のないところか。本書にはジャパゆきさんなんて懐かしいキーワードも出てくるが、もちろんそれも主要なテーマではない。

 といったところで、本書には新興宗教組織の蘊蓄という観点ではさほどの情報はないのだが、冒頭の甲斐三兄弟の生い立ちの簡単な説明が、不可能犯罪と論理的な謎解きが好きなミステリ・ファンにとっては、なかなかリーダビリティを高めてくれる。
 このプロローグといいこの題名といい、ミステリの定番アイテムを真っ向から提示しているところがすばらしい。
 こういった場合、このあからさまな提示自体をレッド・ヘリングとしてウッチャリをかけてしまいそうだが、さすがは本格ミステリ界保守筆頭と言うべきか、入れ替わりネタの範疇でこねくりまわしてくれる。
 ただし上記の情報がアドバンテージとして与えられる分、読者に真相は見えやすくなっている。探偵法月綸太郎が辿りつくよりも早く、気付いてしまうかもしれない。

 本書において、綸太郎は次から次へと思いつきを並べ立てては覆される。
 著者があとがきでコリン・デクスターを意識していたと書いているが、これでは法月綸太郎がさほど賢くみえないのが残念なところ。
 また、甲斐三兄弟を三つ子にしなかったことは、それではさすがに趣向がバレやすいと考えたのだろうが、真相のひとつ手前、つまり<ネタばれ反転>甲斐辰朗と安陪兼等の入れ替わりは、遺伝子も共通でなければ育ちも環境もまるで接点がない訳で、なかなか納得し難い。綸太郎があっさりその解釈に飛びついていることも、彼が賢く見えない理由の一つだ。しかも<ネタばれ反転>兼人と実際に一卵性?双生児の誓生があっさりだまされているのもどうかと思う。
 これは探偵法月綸太郎というよりも、作家法月綸太郎が人物の入れ替わりを安易に利用しすぎなのではないか。前作もそうだ。

 登場人物紹介欄での綸太郎が、“探偵”でも“推理作家”でもなく、“詭弁家”であるところが確信犯的といったところか…。

(2013/11/30記載)

B頼子のために (1990)
法月綸太郎講談社文庫推理
333頁544円★★★

 1989年8月22日。頼子が死んだ。
 そう書き始められた西村悠史の手記には、通り魔の犯行で片付けようとする警察に業を煮やし、独自に犯人を特定し、復讐することが記されていた。手記通りに一人の男が殺され、西村自身も自殺を図るが、発見が早く一命は取り留める。この事件で校名に傷がつくことを怖れた学校側からの裏要請で、法月綸太郎が事件の背景を再確認に動くが…。

 前作は人物入れ替りのパズルに徹していて、被害者への哀悼もなければ、加害者のモンスターぶりへの怖れも誰一人感じていないようだった。謎解きパズルとはいえさすがに少々興ざめたが、本作は冒頭から父親の悲しみが爆発していて、なかなか悲しいスタートである。
 ところが手記が終わって綸太郎の再調査が始まると、西村の手記には恣意的に事実と異なることが書かれていることが判ってくる。他でもない法月作品なのだから、見えていた様相ががらりと変貌することはウェルカムなのだが、しかしどうせなら(個人的な好みに過ぎないが)<ネタばれ反転>明るい方向へ、いや頼子が死んだという事実がくつがえせなければ、なにがしかの光明を見いだせる解明を見せてほしかった。頼子に手をかけたのは父親、そしてその父親は娘に愛情をまったく抱いていなかったという結論はあまりに悲しい。そこに追い込みをかける綸太郎の容赦のなさも気持ち悪い。
 また百歩譲って、ここまでは了解するとしても、<ネタばれ反転>観念の化け物の傀儡師を設定する必要はなかったと思う。
 このような構成をついしてしまったのは、当時25歳の著者の若すぎるがゆえの女性感が反映していたのだろうか?

 いずれにしても、探偵法月綸太郎の感覚がよくわからない。
 服毒が見せかけならばともかく、警察の事情徴収前になにがなんでも西村に事実を突き付ける必要があるとは思えないのだ。彼の自己満足以外に何の理由があるのだろう?
 最後の<ネタばれ反転>海絵との面談まで、綸太郎は傀儡師の存在に気付いていなかったが、彼の雇い主は女子高の理事長ではなく海絵だったのかと思えるほどの動きっぷりだった。

 どうも長編に出てくる法月綸太郎は好きになれない。

(2013/11/30記載)

C保存版 昭和を飾る栄光の7人ライダーと怪人を解説! 制作秘話も満載!
大人の仮面ライダー大図鑑 栄光の7人ライダー編 (2013)
MAGAZINE HOUSE MOOKヒーロー薀蓄
112頁933円★★★

 題名のとおり、“大人”向けに作られた仮面ライダー本である。
 本書が企画されたこと自体は、昨今の平成ライダー作品に旧ライダーたちが活発にゲスト出演し始めたことにあるのだろうが、本ムックに平成ライダーたちは取り上げられていない。それ以前のライダーたちも、ビデオ媒体の数人はもとより、ブラック(RX)スカイライダースーパーワンゼクロス(雑誌媒体のライダー。TV登場はたしか特番が一回放映…)も割愛されている。

 要は立花藤兵衛が登場する初期5作品(7ライダー)のみ。
 視聴者の世代的にも妥当な選択だろう。因みにわたしの場合は、旬がV3で、ストロンガーは観た記憶がない…。

 そう深く掘り下げられているわけでもないが、制作当時のウラ話やあまり見た記憶のないスチール写真も豊富だ。つい先日読んだこちらよりも楽しく読めた。¥1000以下の価格も嬉しい。

 スチール写真で特筆すべきは、ゾル大佐死神博士地獄大使ブラック将軍ドクトルGまでの幹部が揃い踏みした写真。A3サイズだよ!
 ドクトルGのドーランのテキトーぶりがナイスだ。

(2014/2/9記載)

D逆説の日本史15 近世改革編 (2007〜2008)
井沢元彦小学館文庫歴史薀蓄
436頁657円★★★★

 本巻は六代将軍家宣以降。
 前巻は、まだまだ殺伐さの残っていた武士の思想を文治主義に相応しいものへ大々的に洗脳した実績を五代綱吉に求め、彼を名君とする“逆説”に驚かされた。本巻はその反対、一般的に名君と思われている享保の改革八代吉宗寛政の改革松平定信を特に取り上げ、決して改革なんて言葉で表現されるような良いものばかりではなかったということを説いている。特に松平定信のことは何度もバカ殿だと断じており、明治維新で幕府が消滅したことの最初の責任が彼にあったと指摘している。彼が田沼意次を目の敵にして、彼の治績を悉く否定したからだ。
 言うまでもなく、著者は意次の農本主義から商本主義への転換政策を大いに評価している。ここでの舵取りがうまく継続できていれば、ペリーが黒船に乗って居丈高にやってきた時も、あたふたせずに幕府主導で対応できた可能性があるという考えだ。

 逆説の日本史シリーズには批判も多いだろうが、説得力があるなと感じるのは、施政者の思想的(宗教的)背景を分析しているところだ。本巻は、初代家康が自家安泰のための遠望として採用した朱子学が、その後の施政者にどのような影響を与え、具体的に政策をどう左右したかを説明している。

 またこれまで知らなかった一橋治斉(はるさだ)や光格天皇が大きく取り上げられていて滅法興味深かった。
 一橋治斉は江戸時代の最大のフィクサーと言うべき人物で、八代吉宗の孫にあたる(松平定信も同じ)。尾張嫌いの吉宗が、将軍家を自分の系統から他へ(尾張へ)奪取されないように御三卿を設定したのはよく知られているが、治斉は独立採算の藩ではないので、代替わりが一旦途絶えてもすぐには御家断絶とならないという御三卿のメリットを十分に活用し、将軍家、尾張、紀州、水戸、一橋、田安、清水の7系統のうちなんと水戸を除く6系統を自分の血統で占めることに成功しているのだ。水戸家も十一代家斉の息子(治斉の孫)を押し付けられそうになったが、なんとか逃れることができた。このとき水戸家の家督を継いだのが、幕末史を語るうえで省けない水戸斉昭である。この流れを知れば、後の斉昭の動きなどがさらに興味深くなる。
 光格天皇も知名度はかなり低いが、現天皇家の直接の先祖(の始まり)だという。900年程度途絶えていた“天皇”の称号を復活させる等、後の尊王運動に大きく影響を与えた人物らしいので、もう少し知られていてもよい。

(2014/2/10記載)

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