2014年 2月
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@ナヴァロンの要塞
 The Guns of Navarone (1957)
A・マクリーンハヤカワ文庫冒険
389頁740円★★★

 地中海ケロス島に残された1200名の将兵を無事に撤退させる。この作戦を成功させるには、足の速い駆逐艦を使って機雷の敷設されていない水域を/敵航空機に襲われない夜間に/速やかに行動せねばならないが、ケロス島の南方に位置するナヴァロン島に設置された敵要塞と巨砲が、この作戦をも実現不可能にしていた。島の断崖の洞窟を利用して作られた砲台は、空爆作戦や島への降下作戦も寄せ付けない。そして独軍はいよいよケロス島への最終攻撃を計画し、察知した連合軍は最後の打開策として、戦前世界的に名を馳せた登山家マロリー大尉以下数名の精鋭に、ナヴァロン島南崖からアクセスし、島を縦断して要塞への潜入・爆破する作戦を命ずる…。

 WWUが舞台の本書は、おそらく50歳代以上の人には映画で知名度が高いと思われるが(わたしもまだ観てないので、近いうちにレンタルしたいと思っている)、兵器蘊蓄や歴史蘊蓄の要素は少なく、個々人主体の純粋な冒険小説と言える。
 以前読んだ「荒鷲の要塞」 (1967)はもっとするっと読めた気がするが、本作にはかなりてこずった。作戦のスピードが早い割には、読みづらくて読書スピードは上がらなかった。面白くないわけではないのだが…。
 たしか「女王陛下のユリシーズ号」 (1955)も読みづらかった記憶があるので、執筆時期が早い作品は文章が硬かったのかもしれない。これを確認するためには、本書の続編「ナヴァロンの嵐」 (1968)を読めばはっきりするだろう。(訳者の確認もいるね…)

 期待値ほど楽しく読めなかった理由はもう一つあって、<ネタばれ反転>裏切り者の存在だ。その設定がマズイのではなく、この仕掛けに早くに気付いてしまったのが敗因だ。やはり作者の仕掛けには気付かないでおく方が、エンタメとしては面白く読める。

(2014/2/21記載)

A処刑御使 (2005.4〜2006.2)
荒山徹幻冬舎文庫伝奇/時代
418頁686円★★★

 1856年。三浦半島の剣崎砲台に出仕していた伊藤俊助は、湾を横断した安房ヶ崎砲台との定期連絡業務に寒風の中舟を漕いでいたが、突然現れた裸の女に命を狙われる。その場はなんとか切り抜けた俊助は、以後も続けざまに命を狙われ、被害は剣崎砲台の長州藩士を巻き込む大規模なものになる。逃げ惑う俊助は間一髪のところを雪蓮という女に救われるが、彼女は俊助に、7人の処刑御師が51年後の朝鮮から彼を殺すためにやってきたのだと告げる…。

 著者作品の幕末モノを初めて読んだ。
 近現代を著者が扱うならば、キーパーソンとして伊藤博文を選ぶのは当然といったところかもしれない。
 簡単な朝鮮史の啓蒙は著者の大目的として、日本史の歴史的事実のしがらみにはあまり囚われたくないのだろう、彼がまだ何者でもなかった(高杉晋作にも桂小五郎にも会っていない)若干16歳時点の僅か数日を舞台にしているのが、まず予想外であった。
 桂小五郎は登場するものの、まさか<ネタばれ反転>あっさり大百足に喰らわれてしまうとは、この予想外の仕儀には本当に吃驚した。桂小五郎の歴史的事実としての功績を挙げるのでなく、小説内の行動で桂が有能であったことを示しているのが、寡聞ながら本書が初だったので尚更の驚きだった。

 いかにも山風忍法帖を思わせる処刑御師の面々。しかしトンデモ妖術使いと普通の人間の混成チームであったり、物語構成の大筋がみえたあたりですでに何人も脱落していたりと、なまじ忍法帖に似ているだけに意表をつかれるが、任務中であれば、いつでも朝鮮(最初に術を施した地)に瞬間移動できるとか、任務中は言葉の困難がないとか、施術者の安巴堅を殺せば、すべての被害をなかったことにできるとか、乱暴なマンガルールが気になるが、日韓史の貸借関係を見直す著者のワークからすれば、意義の高い流れを作った。
 俊助と雪蓮を追って漢城に舞い戻った風伯たちが、51年後の自分たちの見知った土地との差に慄然とする件である。その間には、もちろん日本の(強制には違いないが)莫大な資本投下と改革の実が生っているというわけだ。
 “なかったことにするルール”も、「仮面の忍者赤影」を思わせる巨大怪獣たち【※1】にあれだけ派手に暴れさせているので、事態を収拾するには仕方のないこと…か?

【※1】さしずめ風伯の大武仏は甲賀忍群の金目像、雲師の大百足は根来忍群の使役獣といったところ。

(2014/2/21記載)

B武将列伝 戦国揺籃篇 (1959〜1963/1966)
海音寺潮五郎文春文庫歴史薀蓄
448頁733円★★★

 歴史の大きなうねりを考えるには、編年体からの研究がかかせないだろうが、歴史の面白さを味わうには紀伝体のほうが向いているように思う。中でも人の顔がよく見えるという意味では、列伝形式が最も歴史の面白さをダイレクトに伝えることができるのではないだろうか。
 歴史小説の大御所の著者もそんなことを考えたのか、Wikiによれば、生前は200人程度の列伝を書きたいと言っていたらしい。
 実際のところは、「悪人列伝」と合わせて57人分しかないらしい(それでもすごい!)が、その中で8人を取り上げた本書が、わたしの列伝シリーズの初読である。

 やはり当方に知識が少ない毛利元就足利尊氏楠木正儀の項が特に興味深い。毛利元就に関しては、大河ドラマの記憶と照らしながら読んだ。足利尊氏は「天皇になろうとした将軍」に収録された尊氏考の記憶がまだ新しいが、大河ドラマ「太平記」サナーが尊氏を演ったやつね)を見たくなったりもした。
 楠木正儀に関しては、悲しい事にこれまで何も知らなかったが、逆説の日本史には登場していたのかなぁ、やっぱり…。

 冒頭から登場する太平記時代の二人に続いては、北条早雲斉藤道三が取り上げられている。それならついでにトリオで松永弾正があってもよいのだが、おそらく彼は悪人列伝で取り上げられているのだろう。悪人と武将の境界基準は解らないが…。

 なんといっても、わたしが生まれる前の文章なので、例えば斉藤道三の仕業だと言われていたことは、現在では親子二人の業績だと定説が変わってきている筈だが、そういった記載はなかったりする。
 しかし全体的には、解釈の違和感というのはほとんど感じず、十分興味深く読めた。一冊8人として、残り6冊。がんばって読むしかないか…。

 ちなみに、に関する記述があったので、ついでにネットで調べた内容も含めて、ここにメモっておく。

1貫=銭1000文
1石=10斗=100升=1000合=150Kg

16世紀前半の京都では、銭1000文で米10斗30升(195Kg)買えたらしい。
2014年現在、10Kgの米はピンキリだが2000〜3000円といったところだ。間を取って2500円とすると、
150Kg=37500円(本書では15000円)
10000石の料地なら、3億7500万円分の取れ高が見込める。
6:4で年貢を取り立てて、2億2500万円。
これが藩士の俸禄を含めた総収入として過不足ないのかは判らない。
不足だから、後年、米以外の産物で商売のできなかった藩は、貧乏したのだろう。もちろん16世紀前半の交換レートが19世紀まで適用できたのかも判らないが…。

(2014/3/10記載)

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