2014年 9月
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@仰天カルト・ムービー100 映画秘宝ex 映画の必修科目01 (2011)
洋泉社MOOK映画薀蓄
254頁1200円★★★

 なにを以てカルト映画かというと、やや考えてしまう。
 マニアックな映画、というのは言葉の置き換えで説明になっていない…。誰でも知っているメジャー作品ではないものの、一部のファンには熱狂的に支持されている映画と言えばよいだろうか。中には、劇場公開当時の興行収入成績は散々だったのに、その後じわじわ評価されてきて、今ではメジャーになった作品も含むだろう。
 冒頭の紹介文では、映画的な欲求に直球で作ったが故に、簡単にはTV放送もできない作品も多いが、逆にカルト映画こそ真の意味で映画遺産と呼ぶべき作品群だと持ち上げている。映画的な欲求とはなんじゃらほいという話だが、作り手が、観客やスポンサーへの配慮を無視して、自分たちの好きなように作ることだろうか。

 そんな映画を、13人のライターが100本選んで紹介している。
 ざっくりそのラインナップを見てみると、前月に読んだSFもの100点に較べると、観た作品、知ってた作品はやはり少ない。映画を観るのは好きだが、趣味が映画だなどとはとても言えないということだろう…。

 上に自分たちの好きなようにと書いたが、一つだけ無視できない厳然たる制約がある。もちろん製作費だ。作り手たちが工面できた範囲内でということになるが、逆にこの制約が様々な工夫を呼び、稀にあっと驚くような傑作を生み出す訳だ。
 そういった工夫が生まれやすい?のがホラー、というか、スプラッター系の血塗れ映画だと聞いた事がある。現在世界的に名を売ったスプラッター映画出身の監督も多い。本ラインアップでも、血塗れ映画が多いように感じるのも、気のせいではないだろう。

 各映画毎に記事の1/4を占めるくらいの写真がつけられているが、「バッド・テイスト」ピーター・ジャクソンの写真は気持ち悪くて、あまり見たいものじゃない…。

  (2016/8/4記)

A花咲ける上方武士道 (1960)
司馬遼太郎中公文庫時代
679頁952円★★★

 公家の少将高野則近は、養子候補として大坂の商家でのんびりと日々を送っていたが、世情は幕末に向けて大きなうねりを見せ始めていた。尊融法親王は、公家ながら剣の使い手でもある則近に、700年以上の間武士に仕切られてきた“世間”を見定める任務を与える。公的な行事以外で、数百年ぶりに近畿から江戸方向へ旅立とうとする少将に、雅客の魔の手が襲う…。

 本書は著者の作品でもかなり初期に位置している。名言はできないが、直木賞を獲ったちょい後から連載を開始したくらいだと思う。もちろんまだ国民作家にはなっていなかった時期の作品である。
 ということは、わたしが然程好きでない時代/忍者小説の範疇ということだ。登場人物で実在なのは益満休之助程度【注1】で、後はほぼ創作の人物なのだが、これが意外にそこそこ楽しめた。
 雅客というネーミングがなんとも粋【注2】だが、この攻撃に対して少将を守るのは、百済の門兵衛に名張の青不動。彼らの造形が助さん格さん、または弥次さん喜多さん、あるいはオットー、グラッグを彷彿とさせる凸凹コンビで楽しい。

 少将高野則近は、自分の危険に対しても俯瞰的に楽しんで眺めているような人物だが、これは著者作品では結構共通すところかな。
 多かれ少なかれ著者作品の主人公はいずれもそんな傾向があるし、起承転結がしっかりしていないことは、後の司馬作品でも共通仕様だ。ただ物語感の強い本作品では、そこのところがかなり気になる。
 しかしその反面、そういったストーリー性を楽しむエンターテインメントとしてではなく、700年近く続いた武士の世を、われわれと同じく化外人である則近が見聞してゆく漫遊記、あるいは市井ものとして読むと、なかなか味わい深い。

【注1】益満休之助は、本書に言及はなかった(筈だ)が、ほぼこの直後といっていい上野戦争で戦死している。
【注2】宮飛脚とかかっている。

(2015/1/28記)

B悪魔は夜はばたく (1977)
 The Vision
D・R・クーンツ創元推理文庫サスペンス
370頁★★★

 メアリー・バーゲンが“ヴィジョン”で視たとおりに連続切り裂き魔が現われ、そして彼女たちの前で警察に射殺された。だが犯人は死ぬ間際に知る筈もない彼女の名を呼んだ。そしてそれ以後、彼女が視るヴィジョンの中身が以前と変わり始める。浮かび上がりそうな犯人の顔に集中しようとすると、それを防ぐかのように彼女の周りでポルターガイストまでが発生するのだ。次第にメアリーは、先日射殺された犯人の霊魂が他に乗り移って殺人を続けているのではないか、超自然の力を使って彼女を察知し、攻撃してきているのではないかと疑い始めるが…。

 1989年というのは、クーンツ作品の翻訳元年だったと言えるほどに、彼の邦訳出版が出回ったらしい。
 たしかにわたしが、「ストレンジャーズ」「ファントム」でクーンツにどっぷりハマったのも89年だったような気もする。本書はそれ以前に邦訳されて、その1980年当時はさほど話題にもならなかったらしいが、あとがきでは著者ブレイク前の重要作品だと持ちあげられている。

 当時の日米の状況やサスペンス小説史の中での位置づけなどは、わたしの能力に余ってしまう処だが、この手の構成は昨今TVドラマでも出てくるようになり、珍しくなくなっている気がする。
 正直な処、姿の見えない不気味な殺人者が<ネタばれ反転>メアリーの夫か兄かの二択だということは、大抵の読者は気がつくだろう。しかもミステリの文法で書かれている(とあとがきで書かれている)とは言うものの、クライマックスで犯人が開示されるギリギリまでは、<ネタばれ反転>どちらを犯人にしても辻褄を合わせられるような作りだ。横溝正史御大が言うところのいわゆるコネコネクチャクチャ小説である。

 後に“ベストセラー職人”と呼ばれる著者の割には――というかこの当時だからか――、前半からのミスリードは巧くないように感じた。あまりに露骨ではないかい。
 また本文のミステリー的ロジックとは別に、クーンツのもう一つの別称である“偉大なるワンパターン”に照らせば、まぁ彼がそう呼ばれることになる以前の作品とはいえ、<ネタばれ反転>配偶者と肉親、どちらがヤバイ奴かは見当がつくだろう。

 といったわけで、著者の持ち味で一気に読めるものの、最初のほうでネタはうっすら読めてきて、違うといいなぁでも<ネタばれ反転>こいつらのどっちかだよなと思いつつ、やっぱりそうだったかで終わってしまう、やや物足りない作品だ。

(2014/10/15記)

Cシミズ式 目からウロコの世界史物語 (2007)
清水義範集英社文庫歴史/エッセイ
437頁686円★★★★

 昔著者の「開国ニッポン」を読んで拍子抜けしてしまったことがあるので、なかなか本書には手が伸び難かったが、こちらは嬉しい誤算であった。

 おおよそ30頁未満の短編が19話。
 小説風、エッセイ風、その混ぜ具合はいろいろだが、概ね時代順に並んでいて、一冊を通すと大急ぎで世界史の概観ができる塩梅になっている。
 この“大急ぎで”の部分がそのままスタイルになった「あわただ史記・前後編」などは、中国の通史を二編あわせて50頁ほどでやってしまう“暴挙”だが、その狭い枠の中にも愚痴をつっこんでユーモアを含ませるという、さすが、著者にしかそんな“暴挙”は無理な技だ。

 それぞれ取り上げられた人物たちが実際にどんなキャラクターだったかはさておき、どの小編もほんわかした雰囲気の中で、世界史を習う中高生には副読本としてぜひにも読んで欲しい一冊だ。

 わたしが好きなシルクロード周辺の話が多い事に加えて、何度覚えても微妙な地理や年代を忘れてしまう中央/南アメリカの王朝(オルメカ/マヤ/アステカ/チャビン/ナスカ/ワリ/インカetc.etc.)や、イベリア半島の五王国(ナバラ/ナスル/アラゴン/カスティーリャ/ポルトガル)からスペインの大帝国が如何に発展したかなども、これまでになく理解できた気がする。

(2015/11/20記載)

D「本当のこと」を伝えない日本の新聞 (2012)
M・ファクラー双葉新書社会薀蓄
221頁800円★★★

 ニューヨーク・タイムスの日本支局長が書いた問題提起本。
 和を以て尊しとする日本民族は、元々が談合が大好きな民族と言える。
 終身雇用制だって、みんなで渡れば怖くないという談合と無縁のものではないだろう。昨今はグローバル・ルールに引きずられて、まず一般企業から談合やら終身雇用やらのシステムは破壊されてきているが、官公庁にはまだまだそういった名残が多く残っているのだろう。
 興味深いのは、その官公庁と、意外や大手出版社の記者たちの出身大学はかなり似通っているということだ。いわゆるエリート大学出身者が多いということだが、給与なども一般会社と較べてかなり高いことなどは、初めての情報だった。たしかにそのような高給取りのサラリーマン記者が、3.11の震災において、政府や東電の“大本営発表”を伝言する程度の事しかできなかったというのは、正直腹立たしい。

 大本営発表をそのまま記事にするシステムが記者クラブであり、本書での著者の日本のジャーナリズム批判【注3】の中心だ。

 談合やら終身雇用やら――護送船団方式というのもありましたな――のシステムがただ悪いだけのものであるのか、個人的には疑問も持っているが、ジャーナリズムが民主主義における体制批判となるべき重要なシステムという観点からすれば、記者クラブというシステムの弊害が非常に大きいことは間違いないだろう。他の本でもこのシステムが問題だということを読んだ記憶もあるが、本書はクラブの外にいる外国人記者の文章ということで、この問題により尖鋭的にツッコんでいる。

 3.11では、まさにこんな時の為に百億円以上の予算をかけて構築したSPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)というものがありながら、その予測を十分に活用できなかったという。技術的というよりは運用側の問題で、管轄省庁の文部科学省原子力安全技術センター、そして(遅まきながら)発信された情報を見逃していた受け手側の市町村に問題がある。しかしそれらのことを、逸早く問題として報道できなかった大手新聞社というものが、その存在価値を疑われても仕方がないだろう。

 しかし日本の新聞社が今後どうしていけば良いのかとなると、その提言には全面的には賛成できない。
 新聞社をはじめとする報道機関が、一般会社と同じように営利追求の組織であってはならないのはその通りだが、しかしそのために、目先の利益を追求しない大富豪にスポンサーになってもらう云々というのは…。
 一概に富豪といっても、その資産規模は日米では大きく異なるし、それがためにあんな格差社会に倣っていくのは間違いだと思う。第一、大富豪は金銭面での利益に対しては融通が利くかもしれないが、自分に都合のよいような情報操作に利用しない保証がどこにあるというのか。富豪が富豪であることを保っているというのは、人一倍抜け目のなさを持っていると思うが…。

【注3】日本には本当のジャーナリズムが育っていないという。

(2014/10/15記)

Eあの日が甦る! 昭和の外国テレビドラマ 完全保存版 (2014)
エンターブレインムックドラマ薀蓄
121頁1500円★★

 海外ドラマファンと言えるかどうかは判らないが、日本のドラマはほとんど見ないというのに、アチラのドラマ(ほとんど米産)にはお気に入りの作品が結構多い。【注4】【注5】
 昨今はトランスフォーマーパワーレンジャーイェーガーといった日本発祥のガジェットがアチラで大きく化けることも珍しくはないが、こと大人向けのドラマの構成については、日本のドラマが逆に真似されるということはないのでは?
 事例があれば、教えて頂きたい。

 わたしの個人的な外国TVドラマ体験は、夕方放映されていた「奥さまは魔女」「大草原の小さな家」に始まって、夜はたしか大坂ガス提供の「バイオニック・ジェミー」「チャーリーズ・エンジェル」。深夜枠でもバディの犯罪捜査物ものはかなり見た。もちろん「刑事コロンボ」も好きだったし、「ナイトライダー」「冒険野郎マクガイバー」を毎週楽しみにしていたのは、もう少し後の時代だったか…。

 まさにそういった作品が本書で取り上げられていて、わたしの懐古趣味にはストライクな企画。スチール写真などはとても懐かしい。そこら辺を本屋でパラパラめくってつい買ってしまったのだが、いざ読んでみると、裏話的なプロダクション・ノートや当時の社会情勢と比較した考察といった、大人が楽しめる情報はほとんどなく、かなりプアな内容だ。
 当然わたしの幼児期以前の番組にも頁は割かれているわけで、期待値からすればより薄まってぺらっぺらの、上っ面をなでただけのムック本であった。

 内容が薄い分、放映番組が網羅されてるならまだしも救いがあるが、「探偵ハート&ハート」「透明人間ジェミニマン」など、一言も触れられていない番組もあった。

【注4】 どちらかというと、わたしはアメリカの文化様式やものの考え方には批判的な方だが、なぜか車や単車はアメリカンなものが好きで、昔は乗っていたことがある。
【注5】 ドラマ作りに関しては、やはり日米のドラマの出来には格段の差があるのは間違いのないところだろう。つきつめていけば、日本語圏に対する英語圏のパイの大きさの違いでもって、製作費、製作期間、その他マンリソースも含めて製作に費やせる資本差が大きいような気はする。

(記載)

F戌神はなにを見たか (1975)
鮎川哲也角川文庫推理/捜査
532頁781円★★★

 東京でカメラマンの小日向が刺殺された。容疑者として浮上した同じくカメラマンの坂下は、犯行当時は仕事で三重県の山中に居たことが判るが、被害者の口中から発見された煎餅が、三重県名張市でのみ販売されていることや、さらに不明だった凶器が、名張の奥にある太郎生という聚落に祀られている戌神将の像からもぎ取られていたことが判明したことにより、坂下が太郎生で小日向を殺害、遺体を東京まで運んで遺棄したものとして逮捕される。だが坂下の無実を信じる従妹のまち江は、婚約者の推理小説家大塚に調査を依頼し、一方鬼貫のチームは、東京の現場に落ちていた珍しいレリーフが、推理作家協会の会員章であったことから、会員章を紛失した推理作家の関係者の中に、事件に関与した人物がいるのではないかと捜査を継続する…。

 土地勘のある場所が舞台だから読んだというのは、推理小説を読むうえでは邪道このうえないのだが、正直なところ本書を読んだのはそれが理由だ。
 しかしその割には(というと失礼だが)、死体の移動<ネタばれ反転>ではなく凶器の移動であったというのが面白いし、他の鬼貫警部シリーズ同様に、いわゆるアリバイ崩しではあるものの犯人が開示されるのは比較的遅く、中盤くらいというのは(アリバイものについて語れるほどの知見がないが)珍しいのではないだろうか。わたしなどは犯人<ネタばれ反転>を本書の探偵役かとしばらくの間思ってしまったくらいだ。
 このように、第一の殺人はなかなか良かったが、残念なことに、第二の殺人はいただけない。未必の故意として成功するまで何度でも試せるのならば良いのだが、確実性が低いうえに、一度こっきりしか使えない手段である。
 受けるインパクトほどに内容に絡んでこないこの題名も減点ポイントと言っていいだろう。

 またすこし勿体ないと感じたのは、せっかく推理作家の業界や乱歩生誕地に筆を及ばしていながら、使い方がかなりあっさりしていること。もう少し深堀りしても良かったのだが。
 とは言え、わたしの苦手なアリバイ崩しで頁数もかなり厚めでありながら、リーダビリティを持続させたままで読むことができた。そういった点で、なかなかの佳品と言っていいかな。

 あと一点、どうしてもツッコんでおきたいのは、三重県には温泉がない、唯一あるのは湯の山温泉だという誤った情報である。
 執筆当時にはすでに商売できてなかったようだが、本作で舞台となったすぐ近くに美杉温泉というのがあったらしい(秘湯として登場させるにはちょうどいい)し、美杉には今では火の玉温泉というのもある。
 かなりマイナーなそれらをフル無視したとしても、太郎生からみて湯の山温泉より遥かに近くに、枕草子にも登場した由緒正しき榊原温泉まで無視しているのはあんまりだ。近鉄電車の駅名にもなっているというのに…。

(2014/10/15記)

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