2016年 3月
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@別冊映画秘宝
新世紀怪獣映画読本 (2014)
洋泉社MOOK特撮薀蓄
239頁1400円★★★

 表紙のロゴはエヴァンゲリオンのパロディだが、題名から21世紀の怪獣特撮についてのムックだと判断してポチった。
 そうには違いなかったが、この出版年(発行月が2月なので、執筆・編集は2013年と思われる)から想定すべきだったのは、同年に日本公開された「パシフィック・リム」の大衝撃を受けての企画本という面が強い本であった。

 わたしのような一怪獣ファンですらパシリムには大きな衝撃を受けたのだから、日本で特撮に携わり、怪獣を愛する業界人が受けたショックは、(何人かがそう証言しているが)まさに幕末の黒船襲来であったようだ。
 ローランド・エメリッヒが撮った「GODZILLA」(1998) で既に、映像のリアルさ、迫力においてはすでに日本特撮が敵わない域に達していたものの、普通の日本人が思う怪獣ではなく、ましてやゴジラではなかった点において、やっぱり外人に怪獣映画は撮れないよねと再確認させるに至った。さらには、翌年公開の「ガメラ3/邪神覚醒」で、まだまだ日本の怪獣映画もやれるやん!と期待を大きくしたものだ。
 ところが21世紀に入ってから、そのセンで発展していったかというと残念ながらそうは問屋が卸さず、ミレニアムゴジラシリーズの何本かで部分的には熱くなるシーンなどもあったものの、全体ではGVを越える作品を作ることすらできずに窄んでいった…。

 そこに襲来したのがパシフィック・リムだ。本書でもまだ“怪獣”に対する感覚が日本と異なるといった感想もまだちらほら見られたものの、監督ギレルモ・デル・トロの日本の怪獣、ロボット、アニメに対する愛情と敬意は間違いなく、全体的には敗北宣言の書であった。これまでもハリウッドと日本とでは、映画製作のシステムと集金力の差が如何ともし難い事は散々知らされてきたが、“怪獣”モノだけは外国人にはできないという日本特撮界の信仰は打ち砕かれたわけだ。

 何人かがCGにはない特撮(ミニチュア・ワーク)の魅力に言及しており、そこに一縷の光を求めている意見もあった。
 ただただ実物と区別できない映像が至上に良いという訳ではなく、それがミニチュアだと分かった上での魅力は間違いなくある。ドールハウスやプラモデルを想像すれば解りやすいだろう。
 しかし私見を述べれば、「サンダーバード」が人形アニメであったように、ミニチュアと生身の俳優との相性はひどく悪い。これは特撮“道”の匠の技を使ってもとても覆いきれるとは思えない。これは他の人が言ってるのを聞いた事がないが、ミニチュア特撮の生きる道は、アニメキャラ、もしくはCGキャラとの組み合わせしかないのではなかろうか。

 本書で一番気になった点は、資金面に関する点がほとんどなかった事。
 いや、こういった特撮業界において、資金調達が如何に大変かという泣きは幾つもあったが、じゃあ海外からも集めましょうという方向のコメントがまるでないというのは異常ではないか?
 それとも外国語でのコミュニケーションといった壁以外に、なにか素人には窺い知れない途轍もないハードルがあるのだろうか?
 自ら日本を飛び出して、アメリカを拠点にしている映画解説者の町山智浩でさえ、たしか日本での大ヒットは30億円だから、そこから逆算して製作費はせいぜい10億円が限界と発言していたように記憶しているが、なぜ日本国内に絞る? 不思議だ。

 因みに日本映画の興行収入について、面白い話があった。
 初代「ゴジラ」のヒットのおかげで、東宝は一時期特撮作品に力を入れており、「モスラ」「キングコング対ゴジラ」には、通常映画の三倍以上となる1億2千万円以上の製作原価をかけていた。その額は、黒澤明の作品と近かったという。「モスラ」の同年が「用心棒」、「キングコング対ゴジラ」の同年が「椿三十郎」である。
 ところが、近い製作費に対して興行収入では黒澤作品との間に大きな差があった。だからハイリスク・ローリターンの特撮ジャンルの映画でスポンサーを見つけて集金するのは難しいという結論で、このコラムではそれ以上俯瞰から見た考察はない。
 わたしとしては、ここにはこういった怪獣作品、特撮作品を裾野の一部とした、SFというジャンルに対する地位には、日本とアメリカで大きな差があることに言及したい。
 米国では、第二次世界大戦後にロバート・A・ハインラインが一般誌にSF作品を連載したのを皮切りに、アシモフクラークといった御三家を先頭に、50年代にSFが広く一般に認知されていった一方、日本でのSFは手塚治虫がマンガで発信していったのが中心で、もちろん日本人作家による優れたSF小説もあったが、劇画ブームによる手塚SFの敗退や、またTVでは怪獣ブームによる粗製番組の乱立が、本来社会問題や哲学さえ担える広義のSF系ジャンルの日本での地位を低くしたのだと思う。

 実は推理小説の世界でも、事件の意外性より社会問題を前面に出した小説の流行後、廃れてしまう危険があった。
 70年代後半に角川映画横溝正史を“再発見”してヒットさせ、80年代後半の新本格ブームに繋がり、御大島田荘司危惧を尻目に裾野の開拓に成功、現代でも推理小説やそれを基にした映画は後を絶たない。

 唐突に話を戻すが、日本という限られたパイの中で特撮文化の消滅を食い止め、再発展に繋げるには、映画界の努力以上の大きなムーブメントが必要であると言いたいのだ。
 それよりは、困難とは言え最初から海外興行での収支を織り込んだプロデュースを計画する方がラクであろう。特撮技術の継承・発展はもちろん大事だが、海外展開を初期から織り込み、収支をマネージメントできるプロデューサーの登場のほうが、より重要であると思う。オタクに親和性の高いIT系富豪に資金協力をお願いしよう。

 本書の出版から二年。既にレジェンダリー版ゴジラも公開された上で、東宝が新作を製作中である。
 過去の実績での海外知名度や、先行作品への愛やハッタリを効かせたオマージュ表現に長けた庵野秀明が監督というのは期待したい処だが、偉大な才能とは言え本来は絵画き。せめて脚本はチームを作って数年かけるべきだと思うが。
 樋口真嗣は特撮以外に口を出さない事を期待。
 平成ガメラシリーズで大きな実績を残した金子修介ですら、「ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃」で十分に力を発揮できたとは思えない。東宝からの有形無形のパワハラは大変なものだと想像する。どーか負けずに頑張って欲しいが、やっぱり金は出すけど口は出さない好事家の富豪をなんとかできればなぁ。
 うーん、期待が3なら心配が15くらいか。

(2016/3/6記)

E335A Stranger at Green Knowe (1961/1994)
Oxford Bookworms Stage 2
D・モワト
(L・M・ボストン)
Oxford University Press
0-19-422987-42
英語多読教材
41頁図書館6,300語/YL2.7
語彙700語まで

Aゲド戦記外伝 ゲド戦記別巻
 Tales from Earthsea (2001)
U・K・ル=グイン
(清水真砂子)
岩波書店ファンタジー
381頁図書館★★★★

(1)カワウソ(The Finder/186頁)
 ハブナー港の船大工の息子カワウソは、幼少期より魔法の素養を顕していたが、両親はそんな能力をひた隠させていた。だが当時ハブナーを勢力下に置いていたローゼン配下のイヌに見破られ、彼は親元から拉致されてしまう。イヌはカワウソの探し物の才を利用するために彼を鉱山へ送り込み、そこで魔法使いゲラックの支配を受ける事になる…。

 著者のまえがきによると、ゲドの時代より300年ほど過去の物語という。
 当時はローク島に魔法学院などなく、魔法使いは術師と呼ばれて私欲の為に能力を使う者が多かったようだ。
 まさにそのローク島に魔法学院が創立する時代のお話。このシリーズでは、魔法を使う者たちの中では完全に男尊女卑にあって、後期作品は特にそれが中心テーマになっているが、本編の時期にはそういった差別があまりないようで興味深い。

(2)ダークローズとダイヤモンド(Darkrose and Diamond/The Magazine of Fantasy and Fiction誌1999.10/61頁)
 ハブナー西部の町が舞台。裕福な商人の息子ダイヤモンドと魔女の娘ローズの恋物語。
 息子に魔法の素養がある事を知った父親は、彼を南港の魔法使いヘムロックの下に修行に出すが、ダイヤモンドはまじめにその期待に応えようとするものの、音曲への興味やローズを忘れられない…。

 ロークの魔法学院は既に存在しているようだが、それ以外の年代を示す情報はない。著者もここ200年以内ならどこでもいつでも起こり得たラブ・ストーリーだと書いている。

(3)地の骨(The Bones of the Earth/35頁)
 ル・アルビの魔法使いダルスは、新しく若い弟子をとることになった。その若者ダンマリは、その名のとおり無口だが有能な職人であり弟子だった。ダルスはかなり年老いており、体にガタもきているが、ゴント島はすでに体の一部となっている。そんな彼はある日大きな地震が起こる予兆を感じ取り、ダンマリと協力して災害を食い止めようとする…。

 前巻までを注意深く読んだ読者なら、本編の趣向を早めに掴めるかもしれないが、著者自身がまえがきでネタバレするのはいかがなものか。いや、それとも既巻で<ネタバレ反転>オジオンがダンマリとも呼ばれていた事は書かれていたような気もする。まぁできればまえがきを読まずに臨むほうがよいと思う。

(4)湿原で(On the High Marsh/58頁)
 セメル島の湿原地にある村にある日一人の男がさ迷い込んできた。町はずれに住むメグミは、そんな男を家に泊めてやり、彼の穏やかで物欲のない性格に好意を持つが、一方で彼からはおかしな雰囲気、暗い過去のようなものも感じ取っていた。折からその一帯を家畜の伝染病が襲っていたが、男はそれを鎮めて回るという…。

 本編に対しても、なぜか著者自らまえがきでネタバレしている…。
 本シリーズをここまで読んできた読者なら、すでにアースシー世界にかなりはまっている筈。いくら静かで動きが少ないとは言え、十分に楽しく読めるだろう。そのうえで多少のサプライズを味わえるほうが良いので、<ネタバレ反転>ゲド本人が登場することは伏せたほうが面白いと思うのだが。

(5)トンボ(Dragonfly/Legends誌1998.10/124頁)
 ウェイ島の古い領主の一族に生まれたトンボは、領内の魔女バラから「この子にはなにかわからないが特別な力がある」と評されていた。この島に雇われてきた青年、自称ロークに戻れば正式の魔法使いになるゾウゲは、トンボを騙ってローク島へと連れ出すが…。

 時系列で「帰還」の後に続く話。
 おそらく本書の5編の物語は時系列に並べているのだろう。
 宮崎駿と著者の関係もあるので、トンボと聞いて丸メガネのタンタンみたいな少年を思い浮かべずにはいられないが、本編のトンボは女性である。なにより「魔女の宅急便」は1989年の作品でこちらの方が後出だが、トンボの英単語自体が本編のキモに繋がる事を考えると、まぁ偶然であろう。また邦訳がいつのタイミングでだか「ドラゴンフライ」という題名に改題されているが、どうにも痛し痒しである。ドラゴンフライと聞いて自然にトンボが頭に浮かぶだけの最低限の教養がなければ、これまた重要なネタバレとなりうる…。
 そのトンボ(女性)が男性原理のローク島に乗り込むというのが、まさに後期アースシー作品に共通のテーマに則っているが、結末もまた「帰還」と呼応する。
 ビジュアル的に強烈な姿変えが何度も機能しているところをみると、わたしが妄想しているような、地球の遠い未来にアースシー世界があるというのは、ちょっと無理が大きすぎるか…。【注1】

 しっかりと落ち着いた、豊かな世界観がこのシリーズの魅力だが、本書の時代や場所の異なる5つの短編で、さらにきめ細かく織り重ねられているようだ。
 特に本書で何度となく感心させられたのが、脇に配される人物の造形。有りがちな人物造形では、一人のキャラに特徴的な性格を一つ配してOKとしてしまう事が多いが、本書のサブキャラは一味も二味も深みがある。
 例えば、「カワウソ」のイヌなどは、普通ならただのちんぴら悪役の役処だが、彼の思考も記号ではなくてある種カワウソの導き手でもあるし、ゲラックすらただの悪役というには人間らしい隙がある。【注2】
 一方でダイヤモンドの父親や魔法の師匠ヘムロックはむしろ善人だが、大いなる魔法の才を秘めていたダイヤモンドの良い導き手にはなれない。
 圧巻なのはゾウゲの造形で、本来彼は自分勝手で無責任な性格で、トンボに便宜を図るのは彼女を抱く目的であったが、トンボのペースに巻き込まれて大きな役割を果たす。
 守りの長が、「だから彼を学院に入れたのかもしれないな」と述懐しているのが意味深だ。

 その後のゾウゲはどうなったんだろうか。カバノキの末娘、具合の良くないバラのその後も気になる。

(6)アースシー解説(A Description of Earthsea/56頁)
 著者による世界観解説。
 アースシー世界は産業革命を迎えておらず、生活単位が海で細かく分かれているので、島単位で領主がいたりするものの、大きな権力に蹂躙される事も少なく、島によっては原始民主主義のような緩やかな行政が行われている。そんな社会でありながら、飢饉はなく、貧困も深刻な事態へ進むことがないと明記されているのが興味深い。本解説にも書かれていないが、多数の魔法使いや魔女たちの有形無形の魔法が、気象の操作や情報の伝達に影響しているのかもしれない。

 前から思っていた事だが、ゲドが登場する時代、伝説に従って王の復活を期待する雰囲気は醸成されていたとはいえ、レバンネンの黄泉の国からの帰還から戴冠へのスムースすぎる展開が気になっていた。
 普通に考えれば、重大な社会不安もない世界で既得権益を打破して王権を樹立するには、強大な軍事力の誇示と時にはその行使が必須だが、そのような描写がまるでない。というか、そもそも軍隊の影がかなり薄い。
 その軍事力の大きな部分も魔法使いたちが占めていて、大賢人始めロークの魔法使い達の後押しが、本文中の描写以上に影響力を持っているのだろう。

【注1】これをクリアするためには、リングシリーズ「ループ」のような構成にするしかないかな。

【注2】主人公を追い詰める行動に隙があるというのではない。そんなのは逆に敵側の定番。

(2016/3/9記)

E336Dark Day in the Deep Sea (2008)
Magic Tree House #39
A Mealin Mission
M・P・オスボーンRandom House
978-0-375-83732-67
英語多読教材
106頁図書館11,247語/YL3.0
語彙800語まで

E337The Swiss Family Robinson (2000)
Penguin Readers Level 3
M・D・ヴィヴィア
(J・ウィス)
Penguin Longman
978-1-4058-5548-80
英語多読教材
50頁760円13,480語/YL3.5
語彙1200語まで

Bイニシエーション・ラブ (2001)
乾くるみ文春文庫恋愛/ミステリ
255頁580円★★★

 大学生の鈴木夕樹は代打でやむなく参加した合コンで、歯科衛生士の繭子に惹かれる。奥手の夕樹は積極的なアプローチなど取れなかったが、意外に彼女の方が彼を気に入ったようで、何度かの食事デートの後につきあうようになるが…。

 本来わたしが手に取る類の本ではないが、いわゆる“最後の一撃”の衝撃で、絶対に読み直したくなるという評をやたらに耳にするので、そういったミステリ的な面白さがあるのならちょっと興味があるかなと考えていた折も折、妻が買っていたので、それはそれはと借りた次第。
 端っからミステリ的なところに興味を求めて読むのは邪道なのかもしれないが、その売り方でヒットしているのだし、現に妻が購入してわたしまで読む理由はそこに尽きるのだから、仕方がない。

 昔懐かしいカセットテープのA面/B面になぞらえた二部構成になっていて、各章の題名も80年代後半らしきJ−POPの曲名になっている。
 さて、そういったミステリ的に構えた読み始めると、まずは繭子が夕樹(たっくん)を気に入った理由が判らないために、彼女に胡乱な計画でもあるのかと疑ってしまう。しかし繭子は結構純情な感じもするので、方向はハッキリしない。このあたりはいい感じだ。
 恋愛初心者の夕樹の目線でたどたどしく恋愛模様が語られていくので、最後までこの調子でいくのはかなりしんどいぞと思った。しかし時代設定がわたしの大学時代とも被るので、わたし自身の初心者時代とも被るわけで、意外に興味が失せずに読み進める。女性の著者が童貞の一人称目線で初夜を描写するってスゲーなと感心もする。
 物語の年月日は明示されないが、スティーブン・キングかっとツッコミを入れたくなる程に当時の社会事象が描写されるので、調べりゃすぐに限定できるなと思いながら、A面は快調に読んだ。

 ところが濃い疑念はB面に入ってすぐに浮上。
 どうやらA面から半年ほど経っているようだが、たっくんの“成長”は著しい。
 このあたりの描写とA面の構成から、ははぁんと思ってしまうのよね。ミステリ読みは。
 一気に最後まで読むのに苦労はしなかったが(残り硬貨/度数を気にしながら公衆電話で女の子と話す醍醐味が懐かしぇー)、疑念が確信に変わる中、残念ながら問題の最終頁に衝撃を受けることも読み返す必要もなく…。
 まぁ若干の勝利感は感じました。
 ご丁寧に、当時の社会用語辞典まで巻末についているので、自分でチェックする必要もございません。

 小説ならばこその最期の一撃なので、TVの推理ドラマしか見ないようなミステリ初心者にはお薦めだが、中級以上はダマせないだろうな。
 ミステリとしては、<ネタバレ反転>貫井徳郎「慟哭」に近いわけだが、結果的に誰も犯罪はおかしてないし、傷ついてもいないのにはとても好感が持てる。
 わたしとしては、やはり恋愛小説としてのほうに価値を感じる。
 J-WALKか誰かの歌になかったっけ?
 ♪あなたには到達でも、わたしにははじめてだったの♪的な。
 <ネタバレ反転>逆ですが。繭子は夕樹に処女を装った訳だが、そこはよく判る。どちらかというと、夕樹は童貞であるが故に、事後にシーツの汚れを気にしそうなものだが、まぁまぁ、そんな迂闊もあるでしょう。

 しかし映像化不可能なはずの映画の評価も高いので、これはまた気になる。彼の批評はコラムの面白さほど信用がおけないのだが、技術面の事なので、これはレンタルして確認しなければならないだろう。
 いや、もうすぐTVで放映されるかな。

(2016/4/6記)

E338The Fugitive (1993)
Penguin Readers Level 3
M・ネイションPenguin Longman
978-0-582-41793-9
英語多読教材
40頁(257円)7,212語/YL3.3
語彙1200語まで

C道を視る少年 上下
 Pathfinder (2010)
O・S・カードハヤカワ文庫SF/冒険
398頁/403頁900円/900円★★★

 ガーデンと呼ばれる星。辺境の森の中で父親と罠猟をして生計を立てている少年リグ。彼は人の過去の行跡をいつでも視覚で辿れる特殊能力を持っている。事故で父親を亡くした彼は、父の遺言に従って、母と姉を探すために、中央の都アレッサセッサモに向かう。同行するのは幼なじみのアンボと途中で知り合った旅籠の親爺ローフ。中世程度の文明世界で、彼ら一行は囲壁の向こうを目指す事になるが…。

 リグだけでなく、アンボやアレッサセッサモで出逢う姉のパラムにも時間関連の特殊能力があって、それらの能力を彼らの旅にどう役立てるのかという試行錯誤が物語の中心となる。
 議論の応酬でそれら能力の範囲と組み合わせを探っていくのだが、かなりのトンデモでついていくのに努力がいる。  エンダーシリーズのフィロトもまたトンデモな設定だったが、あちらが空間の支配だったのに対して、本書では時間の支配というわけだ。Time & Space 、まさに宇、宙を司る法則の大拡張である。
 あいかわらずこんなトンデモ設定を緻密に書くのは大したものだ。「ゼノサイド」の稿でも書いたが、カードはいつでも新興宗教の教祖になれますな。サイエントロジーのヨタ話よりは余程それっぽい宗教を作れるだろう。

 達者な語り部なので、トンデモ超能力をそれなりに咀嚼できればそれなりに楽しむことはできるが、いかんせん本書の主人公も少年で、やはり滅法頭がいい。良すぎる。悪い性格ではないが、しっかりしすぎていて可愛くないことはたしかだ。

 実は本書の特徴はもう一つ。25に分かれた章の頭に数頁ずつ挿入される、ある宇宙船内での青年パイロットのラムと消耗体との会話である。
 ラムの船には、地球からの移住者が数百人?も冷凍睡眠状態で乗っており、どうやらリグたちの惑星がその移住先であるらしい。ここの件もなかなか咀嚼するのが難しいが、むしろ本編の冒険より面白かった。
 折り目を通過する際に、一部のラム達は空間を逆に進む事になるが、それでもエネルギー保存則をどう全うするのか、今一つ解らない。本編でのリグたちの能力にしても、どこからエネルギーを供給しているのかトンと解らない。

 本書では、リグたちが囲いの外に出るところまでで幕となり、多くの謎は続巻に持ち越されることになる。
 いかにラム達のストーリーをリグ達につなげてワンダーを説明するのか、地球からの第二次移住船とのコンタクトはあうのか。惹かれるものはあるし、本書も決して面白くないわけではないが、在庫の溜まり具合と死ぬまでに読める本数からいって、次巻を読むかどうかは微妙。

 ふと思ったが、パラムの時間分断能力は、「魔法少女まどか★マギカ」のほむらの能力描写(さやかの宝石を追っかけるシーン)に通じるものがあるように思うが、本書の日本での出版は2014年なのでそこは偶然か…。

(2016/4/6記)

E339The Count of Monte Cristo (1844〜1846/2000)
Penguin Readers Level 3
K・ホームズ
(A・デュマ)
Penguin Longman
978-0-582-42701-03
英語多読教材
47頁(1+257円)13,000語/YL3.5
語彙1200語まで

D人間の集団について ベトナムから考える (1973.4〜7)
司馬遼太郎中公文庫社会エッセイ
301頁705円★★★



(2016/記)

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