2016年 5月
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@市川崑と「犬神家の一族」 (2015)
春日太一新書映画薀蓄
206頁720円★★★

 巨匠市川崑というフレーズは何度か聞いたことがあるが、悲しい哉わたしは「犬神家の一族」しか観た事がない。
 その「犬神家の一族」を、彼は晩年に再度映画化したが、正直なにをしたかったのか解らなかった。しかも同一台本でというのがまるでミステリーで、この謎を解明してほしかった。

 第一章は市川崑の作品の半生を振り返って、彼の作風、そして変遷を解説している。
 第二章では、いよいよ「犬神家の一族」に絞って、ミステリの小説を映画化するのがとても難しい理由、そしてそこを打破するために監督がどう演出したのかが詳述されている。
 さらに第三章では、一、二章を補完する形で、石坂浩二へのロング・インタビューが掲載されている。

 ところが、この先鋭化した題名からして、わたしの以前からの疑問に答えてもらえるだろうという強い期待からすれば、完全に不完全燃焼と言わねばならない。疑問は解消されなかった。
 もちろん1976年版の映画で満足できなかった事に、リトライしたかったという思いは当然あっただろう。
 だが巨匠とは言え、ほとんど同じ台本で、同じ人間がメガホンを取る映画を、誰がどんな理由で企画し、どういう経緯を経て実現の運びとなったのか、これだけの頁がありながら、まったく触れられていない。どーゆー事だ?

 ただし、これだけなら当然★×二つなのだが、そうでないのは、他の部分で★×四つの面白さがあったということでもある。

 これまで不勉強にもまったく知らなかったが、市川崑の最高の軍師であって、プロデューサー、マネージャーであって、ついでに妻でもあった脚本家和田夏十という存在がいた事。市川崑を巨匠に押し上げた多くの仕事が、和田夏十との二人三脚と言える。彼女はどんな心理劇でも、あるいは哲学でも、映画化して成功する事は可能。不可能だというのは、まだその方法が見つかっていないだけだとの信念を持っていたという。
 そして本質的に好奇心旺盛で前向きだった市川崑が、彼女亡き後にはある意味で暴走、ある意味では映画業界に食い潰されたという指摘が面白い。著者自身の最初の疑問(巨匠と言われながらも、著者が映画を見始めた頃に接した市川作品が、まるで面白くなかった)に対する回答になっている。

 わたしにとってのサプライズは、市川崑がアニメ出身だという事。
 彼のクールでスタイリッシュだと言われる徹底した画面作りの源は、戦前に触れたディズニーアニメだとは。
 たしかにアニメでは、役者の演技力にまかせるような事はできない。登場人物のどんな一挙手一投足も、すべて画面設計に含まれる。役者も絵作りの構成要素のひとつに過ぎないわけだ。

 特撮でもそれは同じ。
 未だに自分の目で確かめた訳でもないので、まことに勝手な放言だが、映画「進撃の巨人」がいろいろな処で酷評されたのは、ここに問題があるのだろう。
 市川崑がそうであったように、役者を完全に支配下に置ける暴君でなければ、いくらアニメや特撮で実績を積んだ監督でも、実写映画で真価を発揮する事はできないという事だ。

 トークショーによく著者を呼ぶ町山智浩も、あらためて思い知ったのではないだろうか。

(2016/6/12/記)

E349Mr. Majeika (1984)
Majeika Series #1
H・カーペンターPuffin Books
978-0-140-31677-9
英語多読教材
95頁図書館10,000語/YL4.5
語彙?語まで

E350Go, Lovely Rose (1989)
Oxford Bookworms Stage 3
R・ボーダー
(H・E・ベイツ)
Oxford University Press
978-0-19-423004-X
英語絵本
54頁図書館8,065語/YL3.3
語彙1300語まで

(1)Go, Lovely Rose

(2)The Daffodil Sky

(3)The Dam

Aシャープ崩壊 名門企業を壊したのは誰か (2016)
日本経済新聞社編幻冬舎文庫
255頁1600円★★★★

 興味があったので、つい買ってしまった。
 ブラウン管(CRT)を自社で作れなかった該社が、そこにどれほど劣等感を持っていたかは知っていたので、社運をかけて液晶にのめり込み、一時は液晶のシャープ世界の亀山モデルとブランド化に努めたのは応援していた。
 一方、液晶のデパートなどと自称し、様々なカテゴリーに限られたエンジニア・リソースを分散【注6】させるのは???だった。

 に進出した時には、わたしの父などは調子に乗り過ぎとちがうかとコメントしていたが、設備産業なので他国の猛撃を振り切るための戦略としては間違ってはいないと擁護したものだ。
 そして大失敗の後も、まぁリーマン・ショックは読めなかったよなと好意的に考えていたのだが、そこから現在に至るまで、よもやこのような経営者の人災があったとは…。

 本書は2月の出版で、その後にホンハイへの身売りが決まってしまった訳だが、さぁどーなってしまうのか?

【注6】一概に液晶パネルといっても、スマホPCIAカーナビ/クラスターアミューズメントアビオニクスなどの分野で求められる性能、顧客の要求はまるで異なる訳で…。

(2016/5/19記)

B九尾の猫
 Cat of Many Tails (1949)
E・クイーン
(大庭忠男)
ハヤカワ文庫推理
403頁520円★★★

 男女、人種を問わず、絹の紐で無差別に絞殺して回る連続殺人犯が、WW2も過去となり繁栄を続けるニューヨークに跳梁していた。クイーン警視を始め、ニューヨーク市警が一丸となって捜査体制を敷くも、犯人は杳として姿を現さない。
 前の事件(「十日間の不思議」)で心に傷を負ったエラリーも、市長直属の特別捜査官に任命されるに及んで、いよいよ腰を上げる。
 しかし事件は終息せず、ニューヨークには不穏な空気が流れ…。

 こちらで書いた理由で、一見無差別殺人を扱った推理小説の名作を再読してみた。
 名作と言いながら、見事にストーリーを忘失していたので、ほぼ初読とかわらなかったが、本書はその“一見無差別”の中にミッシングリングが見つかるパターンであった。

 クイーン作品は、初期のパズルメインの作品であっても、そうクローズド・サークル感はないのだが、本書は広いニューヨークを舞台にして、容疑者も絞り込めない五里霧中が長く続き、ニューヨーク市民に広がる不穏さがかなり描出される等、クイーン作品全体をみても異色作と言えよう。
 いわゆる後期クイーン的問題(その2)への言及も多く、彼の作品中でもなかなか頁数の多い作品である。【注1】

 訳者あとがきでは、後年来日したフレデリック・ダネイが、自著の中でベストを選んだ際に、本書をベスト3以外の番外として取り上げたというのも、上記の異色な部分に愛着を持っていたのだろう。
 またその際、どうも本書は日本人好みじゃないみたいだと首をかしげたとある。
 訳者は絶版が長かった所為だろうと片付けているが、そーではないだろう。

 本書で印象に残るのは、なんといっても、謎の連続殺人犯“猫”への恐怖からニューヨーク市民が暴動を起こすシーンではないだろうか。
 なんせ、最終的に“猫”の被害者は9名に及ぶのだが、この暴動での死者は♀19名、♂14名、そして子供6名の合計39名、他重症者多数。暴動の扇動や略奪での逮捕者127名。物的被害額がおよそ450万ドルなのである。

 49年に発表された本書がいつ日本に紹介されたのか詳細は判らないが、昭和30年までには紹介されていただろう。
 戦後10年足らず。
 東京10万、名古屋、大阪、神戸は各1万程度、広島10万、長崎8万程の非戦闘員の老若男女が、アメリカの非情な判断によって大虐殺されてから、10年経っていないのである。

わずか9人が殺された程度で、なに暴動なんか起こしとんねん。
ニューヨーク市民はどんだけ甘っちょろいんじゃ!

 というのが、意識するしないに関わらず、普通の日本人の心に芽生えた思いではないだろうか。
 ついでに現代の日本人から一言申し添えておくと、日本人は非常時でもあんな暴動、略奪は起こしません。
 まぁ司馬遼太郎言うところの人種のるつぼではない、決して混ざりきれない人種のサラダボール(←人種だけじゃないですわな。民族、宗教、各種の格差…)社会では、なにかあった時の不満の爆発が怖ろしい。

 また推理小説の面からは、――サプライズを求めるこのジャンルの構造からしてとても難しいのだが――最後の最後になって、何かの手がかりかミスから犯人のAさんが急に登場してもつまらないわけで、中盤までには何らかの形で顔を出しておいてもらわなければならない。実際そういった僅かなキャラクターの中でミッシング・リングが繋がり、犯人が割り出されるのだが、それがまだまだ中盤、後ろに200頁近く残っている!
 いやもう、真犯人は明らかだ。
 浮かび上がる動機がなかなか良いだけに、残念なところだ。
 というか、ミッシング・リングが繋がった時点で、エラリー達は次なる被害者と被疑者を監視して犯人を罠に嵌めようとするわけだが、その時点で監視対象が不十分だと気がつかないといかん。
 どうも、端々で<一応ネタバレ反転>女性軽視が滲んでいるような印象を受ける。

 そーいえば、これはディクスン・カーに習ったのか、コメディ・リリーフというか、アホウな男女が捜査に協力する事になり、終盤でその女性が活躍する事になるが、これって、当時のニューヨーク市警に女性刑事がいなかったという事ですわな。

 初読では気付けなかったいろいろな点を見つけるのも、時に古典を読み直す楽しさだ。

【注1】探偵が事件に関わる事によって諸所に影響を与え、別の被害が生じた場合、探偵はそこに責任を負えるのか?
 ここにエラリー君は思い悩むわけです。


(2016/5/12記)

E351Stories from Shakespeare (2000)
Penguin Readers Level 3
A・コリンズ
(W・シェイクスピア)
Penguin Longman
978-1-4058-5549-5
英語多読教材
52頁(150円+257円)13,000語/YL3.5
語彙1200語まで

 英米人にとって、シェイクスピア劇は基礎教養だと思われる。日本人にとってはそれほど重要でもないのだが、アチラの映画や小説の中に特に説明されることなく、物語状況や登場人物の感情、行動を比喩的にシェイクスピア劇に即して示される事がままある。
 かといって、元のストーリーをまるごと読むのはとてもとても労をこなす気力はないですわな。
 そこで、小学校向けとは言え、本書のようなダイジェスト版は最適…かもしれない。

 さて、どれも題名は絶対に聞いたことのある有名作品だが、どーもどの作品を取っても、先の事をまるで見通さずに目先の感情で行動するアホウが多すぎて辟易する。
 ダイジェスト版のゆえかもしれないが、あるいは1600年前後という情報ソースの極めて限られた社会では、こういった思考、行動というのは、特に無理を感じないのであろうか。
 わたしに同時代の日本文学と比較ができれば良いのだが、もしかしたら、あまり適当な作品がないのかもしれない。過去作品(例えば「源氏物語」といった王朝文学)の注釈書はあれど、軽く検索しても、この時代の小説と呼べる有名作品が出てこない。近松門左衛門井原西鶴の登場は半世紀以上後なので、年代に固執してみると、かぶき踊りと比較すべきなのか。ちょっと違う気がするが。

 そうそう、これはわたしの不明を恥じるしかないが、「ベルセルク」に登場する妖精のパックは、「真夏の世の夢」がネタ元なんですな。

(1)The Merchant of Venice (1594-1597?)

(2)A MidsummerNight's Dream (1594-1596?)

(3)Hamlet (1600-1602?)

(4)Julius Caesar (1599?)

Cサンダイバー
 Sundiver (1983)
D・ブリン
(酒井昭伸)
ハヤカワ文庫SF
513頁(100円+257円)★★★

 人類の恒星間宇宙船が地球外生命体に遭遇してから半世紀。
 知性化センターでイルカの研究・指導を行うジェイコブ・デムワは、知人のカンテン族、ファギンの誘いで、他のET達も集う会合に誘われる。そこで彼は水星の研究所で推進されているサンダイバー計画の事を知らされる。既に研究者たちは、地球術と異星人の技術をない混ぜて建造されたサンシップで、太陽の彩層へとダイブを何度も繰り返しており、なんとそこに生命体を発見したというのだが…。

 昨年読んだ「スタータイド・ライジング」より200年ほどさかのぼった時代。
 人間とはまるで異なる形状の異星人が数多存在する事を知って、人類の宗教は大きく減退したが【注2】、その代わりに、人類が果たして自らの進化のみでここまで来たのか、あるいは過去地球を訪れた異星人に知性化されていたのか、二つの勢力に分かれて論争が絶えない。またある種の性格テストにより暴力性向を計られ、差別化もされている。こういった中で異星人たちに対する知識もまだまだ限定的で、自分たちが銀河系の知的生命体の中で如何に特殊な存在であるか【注3】も十分に理解していないようだ。

 有名なドレイクの方程式のパラメータの多さを考えると【注4】スタートレックのように山ほど異星人が登場する話はまるでファンタジーに思ってしまうのだが、この知性化シリーズの設定はそこを上手く説明している。
 
本書が知性化シリーズの初巻だが、この知性化の設定が魅力的なだけに、本書でも話の中心がそちらにシフトしている気味。燃えさかる太陽に生命体が!?というトンデモな設定【注5】も魅力なだけに、そちらに多くを求めて読むと、少々消化不良感が否めない。

 それはともかく、本書のもう一つの特徴は、主人公のデムワが知性化の専門家で、異種族コミュニケートにも造詣が深いという他に、元科学捜査官という履歴がくっついている事である。しかも過去の事件でのトラウマにより、裡に別人格を持っているという…。
 正直またかと思ったが、いや待てよ。
 本書が発表されたのは1983年。困った時に別人格が登場して問題を解決してくれる(あるいはかき回してストーリーを作る)設定が、マンガやアニメなどに溢れるよりも遥かに以前。確認してみると、ダニエル・キイス「五番目のサリー The Fifth Sally」が1980年、「24人のビリー・ミリガン The Minds of Billy Milligan」が1981年なので、このエンターテインメントな面に逸早く着目し、SFという別ジャンルに取り込んだ事を讃えるべきかも。

 思ったよりもSFミステリの面が強く、フーダニットホワイダニット、そして太陽の彩層内探査中のサンシップの特殊な構造下での活劇と進むなかなかのエンターテインメント。ハードSFとして様々な宇宙用語、物理用語が出てくるので、そのあたりがまったく疎い純・文系では少々読みづらいかもしれないが、ミステリファンが読んでも面白いかもしれない。
 ただ視点人物がデムワに統一されておらず、時に別人目線になるのが少々煩わしかったので、いっそSFミステリに寄せるなら、デムワの横にワトソンを配置しても良かったかも。

 そうそう、本書はエンターテインメントとは言え、現役科学者が書いたハードSFなので、最新の科学に基づいて二百数十年後が想像されているが、コンピュータからのデータは、細い紙に表示されて出力されてたりするのがご愛嬌。

【注2】“神は自らに似せてヒトを創造した”という記述と異なるから。言うまでもなく一神教に限った話であり、仏教等の多神教についての記述はない。著者が親日家だという割にはちょっと杜撰。

【注3】他種族からの知性化を受けずに星間移動技術を持つまでに進化しただけでなく、コンタクト前に他種族(チンパンジー)を知性化していた。このこと故に、人類は銀河系の多くの種族からは鬼子扱いされている。

【注4】私見では、銀河中心からの距離に関する変数もパラメータに必要だと思うけど。

【注5】先行作品に、キャプテン・フューチャー「太陽のこどもたち(Children of the Sun (1950) 」なんてのも。

(2016/5/19記)

E352The Jungle Book (2000)
Oxford Bookworms Stage 2
R・モワト
(R・キプリング)
Oxford University Press
978-0-19-422977-7
英語多読教材
41頁図書館6,512語/YL2.7
語彙700語まで

E353A Good Night for Ghosts (2009)
Magic Tree House #42
A Mealin Mission
M・P・オスボーンRandom House
978-0-375-85649-5
英語多読教材
109頁図書館12,336語/YL3.0
語彙800語まで

D南軍騎兵大尉ジョン・カーター (2005)
吉岡平ソノラマ文庫異境冒険
249頁476円★★★

 ヴァージニアの農場主の次男坊ジョン・カーターは、陸軍中尉として

(2016//記)

E網走発遥かなり (1987)
島田荘司講談社文庫謎解き
330頁571円★★★



(2016//記)

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