2016年11月
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@日本が国債破綻しない24の理由 (2015)
「国の借金問題」という<嘘>は、なぜ、広まったのか?
月刊三橋スペシャルレポート
三橋貴明経営科学出版経済薀蓄
62頁0円★★★★
§§ いい加減、財務省の嘘に騙されるな §§


(2016//記)

E385The Three Strangers and other stories (2003)
Oxford Bookworms Stage 3
C・ウェストゥ
(T・ハーディ)
Oxford University Press
0-19-423025-2
英語多読教材
56頁図書館11,680語/YL3.4
語彙1000語まで

(1)The Three Strangers
(2)What the Shepherd saw
(3)A Moment of Madness

E386As The Inspector Said (2000)
Oxford Bookworms Stage 3
J・エスコットゥOxford University Press
0-19-422995-5
英語多読教材
54頁図書館9,600語/YL3.4
語彙1000語まで

(1)As the Inspector Said... (Cyril Hare)
(2)The Railway Crossing (Richard Marsh)
(3)The Blue Cross (G.K. Chesterton)
(4)Cash on Delivery (Edmund Crispin)

Aメタルギア ソリッド ファントムペイン (2015)
野島一人角川文庫ゲーム
594頁950円★★★
§§ ゲームだと圧倒的なビジュアルでごまかされるけど・・・ §§

 You Tube でゲーム実況を流しながら作業するという悪癖を覚えてしまって困っている。
 そんな中で、PS4の本作実況も流し視聴してしまった。これがまったくの初見であり、1987年のMSX2用のゲーム『メタルギア』から28年分の肉付けがされてきたサーガだとはまったく知らずに見ていた訳だが、最後のほうの思わせぶった場面の意味が解らなくてWikiをみて設定の量に驚愕したクチだ。
 そんなこんなでノヴェライズまで買ってしまった…。

 1984年。ある病院で9年間昏睡していた男が目覚めた。男は片目、片腕を失くし、手術でも取り出せない金属片が額に生えている。しかも昏睡以前の記憶も覚えていない。しかし嘆く間もなく、殺し屋、燃える男、ガスマスクの宙に浮く少年、そして武装勢力の襲撃を受ける事に。
 絶体絶命の男を助けたのは、同じ病室の包帯の男。彼は自分をイシュメール、おまえはエイハブだと告げる・・・。

 ゲーム動画では、なんといってもこのプロローグに衝撃を受けた。いやはや怖い。
 このサーガをストーリーの時系列に並べると、『メタルギアソリッド4』が最終の完結篇であるらしいが、本作(ゲーム名は『メタルギアソリッドVファントムペイン』)は主役キャラが一世代前の、未だ冷戦構造に世界が二分していた時代が舞台だ。なんと本作の時系列上の次作になるのは、87年にMSX2用に発売された『メタルギア』だというからニクイ演出だ。
 念のために書いておくが、『メタルギア』はドットのキャラがピッピコピッピコ動く、いかにもファミコン/スーパーファミコン的なゲーム。コンピューター・ゲームの進化はそら怖ろしいものだ。

 本作が興味深いのは、二足歩行兵器メタルギアだの、ウランを濃縮する細菌メタリックアーキアだの、あるいは宿主の使用言語を選択して発症、死に至らしめる声帯虫なる寄生虫兵器やスーパーソルジャーを生み出す寄生虫セラピーだのといった、80年代前半という時代を考えると???とハテナが並ぶガジェット【注1】【注2】に、当時の世界状況や紛争を絡めていることで、とにかく情報量が多い。
 本書を切っ掛けにして、アフガン紛争コンゴ動乱、それに限らず、中東やアフリカの紛争のほとんどの根っこに、15世紀から脈々と繋がる先進国(白人国と言い換えても構わない)の略奪と欺瞞があることに興味を持つのもお勧めだ。【注3】

 知識が増えてくると、例えば昨今知名度も上がってきた民間軍事会社(PMSC、本書ではPF)は、冷戦終結後に各国で削減された軍人を吸収しながら急成長してきたのであって、破壊されたビッグ・ボスの組織が母体となったというしれっとした説明にツッコミを入れるのもいいだろう。
 ツッコミ処は多いが、わたしはなんといってもガスマスクの少年に魅かれた。
 あれに勝てるのはバビル二世くらいだろう。

 ただし、あちらこちらで引っかかりを覚える箇所が多かった。
 ひとつは、いろいろな要素をぶち込んだゲームを言葉で説明するのが至難なこと。小島秀夫べた褒めしているほどには、成功しているとは思えない。

 はっきり書いてしまうが、主人公たちは所詮テロリストである。
 ゲーム展開上さらなる上位の?テロリストの思惑を壊滅させて世界を救ったみたいな気分になることも可能だが、そもそも論として、一武装組織が国家の枠を離れて、核武装するなど許されることではない。
 ダイヤモンド・ドッグなどと自称してみようと、所詮は戦争の犬たちである。
 どの国においても、何百万、何千万の一般国民が仮想標的として裸で曝されているからこそ、核は使えない兵器として機能するのである。各国で使い捨てにされた兵士の安寧の場所がどーたら言ったところで、兵隊のみの組織が核武装することなど許されるものではない。
 正直言って、<ネタバレ反転>嘘に嘘を重ねて追放されるエメリッヒの言のほうが正しい。

 もう一つは、三人称視点の切り替え。
 それぞれの視点で心の裡を語る描写もあって、かなり煩雑である。
 しかもラストでは、『白鯨』にあわせてイシュメールが語っているような記述もあるので、その方向で構成するなら、もう少し描写を工夫すべきだった。それがうまくいけば、ラストでびしっと決まったかも。

 しかしまぁ、現代紛争史の薀蓄などもあってなかなかに読み応えがある。なにしろゲームのミッションをかなり整理しながらも【注4】600頁に近い厚みだ。


 【注1】寄生虫とはおもしろい。醒めた見方をすれば、ナノマシンとは謳えなかった苦肉の策かもしれないが。

 【注2】スーパーソルジャーのスカル兵士たちのビジュアルは、間違いなくTNGボーグから来ているのだろう。

 【注3】にもかかわらず、隣の嘘つき国家の宣伝に乗っかって、日本人は過去に酷い事をしたなんて言ってくる輩には、へらへらせずに論破してやらねばいけない。

 【注4】パスにまつわる件はかなり衝撃度が高く、題名のファントムペインとも深く繋がるのだが、なぜか本書では割愛されている。

(2016/11/28記)

E387Three Adventures of Sherlock Holmes (2000)
Penguin Readers Level 4
D・マウル
(A・C・ドイル)
Longman
978-1-4058-6242-4
英語多読教材
59頁(347円+257円)15,431語/YL4.0
語彙1700語まで

 Longman Crassics の同名作品と、収録短編まで同じだが、Penguin Readers として再編される際にか、別作家にRetold されたようだ。
 こちらは、原作どおり三作品ともにワトスンの一人称に戻っている。
 冒頭のワトスンの語りによる導入が、このシリーズの魅力のひとつなので、やはりこのスタイルのほうがぐっと良い。

(1)The Speckled Band (The Strand Magazine/ 1892.2)
 ホームズ作品のうち知名度で一、二を争う有名作。
 コナン・ドイル自身も本作をベスト1に挙げていて、たしかに印象的だが、ツッコミ処もかなり多い作品。

(2)The Five Orange Pips (The Strand Magazine/ 1891.11)
 ホームズが過去の失敗の一つとして認識している事件。
 大人になって読み直すまで、<ネタバレ反転>依頼者が助からなかった事はすっかり忘れていたが、子供の頃に初めて読んだ時に衝撃を受けた事だけは記憶があった。
 
(3)The Crown of Diamonds (The Strand Magazine/ 1892.5)
 この短編には、ホームズ、ワトスン、そして実行犯の他に四人の人物が登場するが、軒並み低能で困る。
 ホームズ作品には多くのMary が登場するが、碌な役どころがない。因みにドイルの母親の名前がMary である。【注5】

【注5】『QED flumen ホームズの真実』より。

(2016/11/17記)

Bミャンマーの柳生一族 (2004.8〜2005.10)
高野秀行集英社文庫社会薀蓄
232頁430円★★★★
§§ ミャンマー軍事政権=徳川幕府 §§

 柳生マニアには、『十兵衛ちゃん2 ―シベリア柳生の逆襲―』の次くらいに衝撃的な題名。この題にはポチらずにはおれない。

 さては、山田長政時代に柳生の係累の一人がタイ経由でミャンマーに入って・・・、てな秘話を一瞬妄想してしまう訳だが、まぁ著者の本は初めてではないので、これが妄想したような本でないことは、買う前から判ってたよ。

 本書は、著者が作家の船戸与一とともにミャンマーを旅した時の紀行文だ。2004年のことである。【注9】
 当時はもちろんミャンマーには軍事政権が敷かれていて、鎖国に近い状態だった。ビザの取得にも手間がかかり、取材旅行となると当然のように当局の監視が張り付く。【注10】

 その軍情報部の事を柳生一族になぞらえているわけだ。

 一行の中の「柳生三十兵衛」なんてあだなをつけたガイドが、ソニチバ(千葉真一)のファンだったなんてのはネタのような楽しいエピソードで、チャイナとの国境の町ムセーでは、さすがの彼も目つきが鋭くなってきた…、それは監視レベルが上がったのではなく、ヤンゴンより安いチャイナ製の電化製品を狙っていたなんて、微笑ましくも生々しいエピソードが続く。
 当初は監視対象と被監視対象として会話もややよそよそしかったところを、共通の敵「ペ・ヨンジュンくそったれ」「アメリカくそったれ」で意気投合して打ち解けたなんてのは、最高のエピソードだ。

 一方で、軍情報部を柳生一族になぞらえるなんて、なにをふざけてんだかと思ったりもしたが、読み進めるにつれ、著者の慧眼に驚いた。
 ポイントは、軍情報部が柳生だということよりも、ミャンマー軍事政権が徳川幕府だということである。
 ミャンマーは多数派のビルマ族の他に多くの少数民族を抱える国家で、それら少数民族が大勢を占める州が、タイ、ラオス、チャイナ、インド、バングラデシュとの国境付近には多くを占めており、著者はそれらを江戸時代の外様藩に例えている。
 統制の強い軍事政権というと、さては北朝鮮のような怖ろしい独裁国家かと思ったりするが、著者の描写ではすごく大らかで、五人組のような相互監視制度もありながら、息苦しさはなく、全般的には貧しくものんびり暮らしている印象が強い。感動エピソードとして、著者がタクシーに忘れ物をした際、そのタクシー運転手は、ホテルまでそれを届けてくれたという。これは仏教徒に共通する美徳が生きている証拠だ。
 軍事政権が以前反乱分子を大量に殺した話も、ある程度は事実のようでもあるが、殺伐さはまるで感じられない。
 余談だが、『ランボー/最後の戦場』(2008) は、明らかに恣意的に捻じ曲げたプロパガンタである。
 あんな極悪非道な軍事政権が、自ら国民投票を実施(2008)、アウンサン・スーチーの軟禁を解除(2010)し、総選挙で民主化政党に委譲(2015)するとでも?

 著者の経験からは、ミャンマー人はとても社交が上手いという。
 半ば鎖国しているというのに。
 この理由を、ミャンマーが多くの少数民族やヒンズーやイスラムの他宗教を抱えて、そのような異文化が入り混じった中で日常的にでコミュニケートしているからではないかと著者は考える。
 そしてここが慧眼の真骨頂だが、そんなミャンマーの状況は、日本の幕末ではないかという気付きにある。
 中央の徳川政権にかしずきながらも、各藩の運営は半ば自治であって、文化や言葉はかなり独自となっていた。実際東北の人間と九州の人間では、会話するのも大変だった。そんな中で、幕末には多くの人間が互いにコミニュケーションを図り、大きなうねりになっていったのだ。
 実は、現代のわれわれよりも、幕末から明治にかけての日本人の方が、真に国際人だったのではないか?
 そんな風にも思わせてくれる素晴らしい一冊だ。

 エピローグ風に、著者たち一行が帰国した直後に大きな政変があって、軍情報部は消滅してしまったことが紹介される。柳生三十兵衛たちは、どうしているのだろうか…。
 さらにそれから10年が経ち、ついに曲者アウンサン・スーチーの政権が始まった。
 井本勝幸のような傑物も尽力されているが、民主化勢力が実権を握ったとはいえ、ミャンマー内の少数部族の抗争が解決したわけでもない。
 往年の援蒋ルートを、逆に大量に流入するチャイナ資本にただ々々飲みこまれてしまうのかも解らない。
 著者は、近年アジアの納豆文化に魅せられてるらしいが、最新のミャンマーレポートを期待したいところだ。

 最後にどーでもいい話だが、著者の柳生に関する知識の源は、小池一夫『子連れ狼』隆慶一郎荒山徹の諸作品だという。
 前二人はともかく、荒山先生を知っているとはさすがだ。


 【注9】道中メモを取るでもなく悠然と旅していた船戸与一が、題名を閃いたからもう書けたも同然だと言った。その本が『河畔に標なく』だという。どんな本になったか興味あるなぁ。まあ在庫の『龍神町龍神十三番地』(←なんか暗そう)を先に読んでからの話だ。

 【注10】著者曰く、密入国でなくミャンマーに入るのは十年ぶりだったとか。笑える。

(2016/12/13記)

C秘剣、柳生斬り ご落胤若さま武芸帖 (2014)
中岡潤一郎廣済堂文庫時代
310頁280+257円★★★
§§ 落とし胤の若さまというには格不足では? §§

 浪人乾剣之進は、懇意にしている豪商河村瑞賢から、さる武家の妻とその息子の敵討を手助けしてほしいと頼まれる。その後家と僅かに縁があったことと、剣之進の押し掛け家老山田有左衛門の言もあって、彼は手助けを了承するが、そこから尾張藩と幕閣の暗闘に巻き込まれることに…。

 実はシリーズ第三巻だった。だって、前の二冊は題名に柳生がつかないんだもの。
 さて、主人公の乾剣之進は柳生十兵衛の落し胤で、奈良柳生の里で父から風斬り秘剣を教えられた後、今は江戸できままな浪人生活を送っている。本巻の時代設定は1661年だから、父の十兵衛はすでに死去しており、江戸柳生家は叔父の宗冬が継いでいるが、石高は減らされ、旗本扱いの頃ということになる。
 その江戸柳生とは過去の巻でも闘っているようなので、剣之進の生活の財源がどこから出ているのかは謎だ。

 上にも書いたように、本作は尾張と江戸の暗闘話だが、尾張家には神君遺文なる秘密が伝わっており、それを解読する鍵が、なんと剣之進が持っているらしい。(本人にまったく覚えはないが)
 そこに江戸柳生(柳生宗冬)や尾張柳生(柳生七郎兵衛厳包)が絡んでくる。
 なかなかお膳立ては出来上がっているが、読後の感想は微妙だ。

 まず良い処を挙げると、脇キャラの造形がそうステロばかりでないこと。剣之進本人はなかなかステロなんだけど、敵討の手助けを頼んだ波江は、ただの良妻でもなく、鬱屈した心情を抱えているし、幕閣や尾張家の政治家たちも、誰が突出した悪党というわけでもない。その中で、あくまで幕府の安寧を第一に考えているのだが、走り過ぎというか老害が始まったのか、松平伊豆守信綱が裏で糸引く役回りで、一般的に悪名の方が高い酒井忠清に、“物分かりの良い上司”の役処を与えているのは新鮮に感じた。300頁そこそこの活劇では、なかなかではないだろうか。
 剣戟描写で、うりゃ!とかありゃ!とかの低レベルな台詞があまりないのも、個人的には嬉しい。

 とは言え、台詞には気になることも。
 乾剣之進が会話で使う一人称は「俺」である。いやいやそれはないでしょ。
 ついでに書くなら、宗冬は「私」…。
 剣之進は浪人でありながら、松平信綱、酒井忠清、尾張家付家老の竹腰正晴とは、飛び込みで面談を求めて、サシで議論できる仲である。太いコネを一体幾つ持ってんだよ。いつでも就職できそうだ。

 そしてもう一つ気に入らないのが、やはり剣戟描写。
 風斬り秘剣がまさにそうだが、剣の腕前は“速さ”に収斂される。そして殺気の感得と強弱のコントロール。
 剣技のヒエラルキーが、乾剣之進<柳生十兵衛<柳生七郎兵衛であるのは高ポイントなのだが、本書で最高に位置する七郎兵衛にしてからが、達人である説明描写が上のとおりというのでは、少年マンガと変わらない。

 ちなみに柳生新陰流といえば、如何に拍子を取るか崩すかが真髄だとわたしは考えている。
 その上での速さであれば、それはそれで良いのだが…。

 そして神君遺文。『子連れ狼』で中盤の謎となった柳生封廻状を期待させるアイテムだが、剣之進が振るう風斬り秘剣の太刀筋に神君遺文の鍵が隠されているという。
 七郎兵衛が剣之進と立ち会うことで、七郎兵衛は「それだっ」とばかりに謎を解くのだが、なにがそれなのかさっぱりわからん。(神君遺文の内容ともども、具体的な記述がない)

 正直言って、本書で一番の謎は神君遺文などではなく、山田有左衛門だ。
 ネタバレでもなんでもなく、この押し掛け家老の正体はなんと松平忠輝なのである。
 彼がなんでまた配流先から忍び出て、“ご落胤若さま”の“家老”をやっているのかは次巻に持越しの謎である。
 乾剣之進は、場合によっては江戸柳生家の相続もありえたかもしれないし、1万石前後の家のご落胤若さまと呼べなくもないが、ありえた云々で言えば、忠輝は秀忠から嫌われさえしなければ75万石の大々名である。
 なんでまた忠輝が剣之進に敬語で仕え、剣之進もまたそれを受け入れて家臣のように接しているのか、こちらのほうが最大の謎の気もする。前2作で、そこのところ説明があったのかどうか…。
 と今ひとつ信用のおけないところがあって、続きを読みたいかと聞かれると微妙だ。

(2016/12/13記)

E388Through the Looking-Glass (1871/2000)
Oxford Bookworms Stage 3
J・バセッ
(L・キャロゥ)
Oxford University Press
0-19-423019-8
英語多読教材
57頁図書館10,645語/YL3.3
語彙1000語まで

D崩壊朝日新聞 (2015)
長谷川熙WAC社会/歴史薀蓄
307頁1600円★★★★
§§ やはりこの会社は新聞社でなくプロパガンタ組織だった §§

 帯文の「この本を書くために、私は「朝日」の記者をやめました」を見て購入。
 昨今朝日新聞がいかに外道な新聞社であるかは、すっかり常識となりつつあるが、内部にいた記者からの告発本であるということに惹かれて読んだ。

 帯には、「朝日新聞は、この時、崩壊した!」とも書かれている。この時とは、2014年8月に、過去の一連の慰安婦報道に関する記事の虚偽を認めた時のこと。
 一般には謝罪したように伝わっているかもしれないが、実はこの時、朝日は謝罪はしていない。
 戦中済州島で女性狩りをして、強制的に慰安婦にしたという吉田清治の証言がまったく根拠のない作り話だったことを認めただけで、話をすり替え、開き直っているのである。
 そしてこの問題で社長は退任したものの、新社長の杉浦某は、編集担当の取締役。
 おいおい、悪いと思ってないだろ。

 実は、朝日珊瑚破壊捏造事件 (1989年) の時も社長交代となったが、この時新社長となった中江某も編集担当の取締役だった。
 つまり、より現場に近く、現場に対する影響度はある意味社長より大きかった人物が、次なる社長になっているのだ。社会を騒がせたから社長は交代しますが、なにも反省はしてませんよと、全身で表しているわけで、その体質はなんにも変っていないということだ。

 そして、著者は2014年から2015年にかけて、社内の記者に取材するのだが、その反応はごく一部を除けば、

@単なる一過性の事だと思っている。
A反朝日の攻撃に怯んではいけない。
Bそれほど大きな事件だと思っていない。


 のが大勢だったという。
 これはわずか20頁目の記述だが、これだけでも、本紙がオウム真理教以上に破防法を適用させたくなる救いがたい組織だということが判る。
 Aなどは、プロ左翼として隔離すれば良いのだが、@Bのバカ具合も糾弾すべきである。
 想像力が足りず意識の低い一般人には、そう思っているのが多いことは容易に想像できるが、十年に亘るパン・ギムンの権力下で劣化の著しい国連の対応(クマラスワミ報告など)や、国民総病人のお隣の主張には、朝日新聞の吉田証言拡散が未だに巨大な影響を与え続けているのである。
 丁度発表から一年が経った、政治的手段としての10億円拠出には今でも賛否が分かれるが、例えわずかな額に過ぎなくとも、朝日新聞が払えという主張が聞かれるのはこのためだ。

 本書の前半には、吉田証言絡みの朝日側の窓口だったらしい北畠清泰や、マレー半島虐殺報道に関して、「構わないから(虐殺は)日本がやったことにしときなさい」と現地人に指導していた松井やより、あるいは母親にキーセン養成所に、養父に日本軍慰安所に連れて行かれた金学順の話を、父母の働きを隠して日本軍の非道さとして伝えた植村隆などの話が紹介されるが、著者の目的は個人の攻撃にはない。

 彼らの異常な行動を正当化させてきた、朝日新聞社という組織に醸成された雰囲気の本を探ろうとしている。
 なぜ朝日新聞社内では、非マルクス、反マルクス主義者だと「右翼」と呼ばれ、旧日本軍は「悪」だという大前提でしか物を見れないパブロフの犬的人間が蔓延るのか。

 といった訳で、中盤からは戦中戦後の朝日新聞の歴史が紹介される。
 一概にマルクス主義者の巣窟といっても、親ソか親中の派閥で争ったりするので、いろいろと興味は尽きないが、いや正直言うと、途中からはおなかいっぱいでゲロ吐きそうになる。
 いくら挙げてもキリがないので、特に印象に残ったことを二点。
 二・二六事件皇道派統制派というのがクローズ・アップされるが、これまでは今一つ理解し辛かったが、スッキリ解消。

皇道派…反ソ連で、満州経営重視。 ←朝日新聞は批判
統制派…反英米で、天皇制社会主義を目指す。 ←朝日新聞は支持

   二・二六事件を起こした皇道派の青年将校たちが朝日新聞社を襲った事に対して、この会社はなにやら戦争反対を唱えていたかのようなすり替えを今でもしているが、真っ赤な嘘であり、戦前戦中は戦争拡大に世論を誘導し続けていた。
 わたしは、戦中戦後の朝日新聞の変わり身のことは知っていたが、やらしいと思うだけで、その考え方の正当化は解らなかった。  ところが、コミンテルン的思考法で考えると、これまたスッキリと解るのだ。
 尾崎秀実に代表される共産スパイたちは超国家機関であるコミンテルン(世界は国を越えてひとつ。美しい!)を支援するために、支那事変を泥沼化させて、既存の日本を粉砕するというシナリオを持っていたが、朝日の動きはまさにこのシナリオにぴたりと重なる。
 ちなみに、元朝日新聞社員の尾崎秀実は、同期の朝日新聞社員田中慎次郎から日本は北進しないことを、せっせとソ連に伝えていた。スパイたちがそれらの情報を伝えなければ、独ソの東部戦線の結果は大きく変わっていただろう。戦中の暗号情報だだ漏れを含めて、日本の情報管理がへなちょこだったことは大いに反省しなければならない。
 このあたりは、「和を以て尊しとする」日本の談合主義や、起こって欲しくないことは考えずに棚上げする癖といい、戦中も現在もまったく変わっていないことに愕然とする。
 日本人は戦前戦中の反省の方向が間違っている。というか、戦後の言論・教育界を牛耳った似非リベラルにそういった方向に誘導され続けてきたわけだ。

 もう一つは、戦後すぐのエピソード。
 正力松太郎巣鴨に収監されて読売新聞の紙面は一気に共産主義礼賛となったが、敵に塩を送っていたおバカなGHQもさすがに読売に圧力を加え、社内の左翼は社を追われた。この時、新聞労組はゼネスト支援に動こうとしたが、朝日新聞は同意せず、この企ては失敗した。
 つまり、実力行使による共産主義革命を否定して、容共リベラル路線が始まったということだが、もし大規模ゼネストが起こっていれば、GHQは遠慮せずに叩きつぶしていただろう。
 この時朝日新聞が無傷で残ってしまった事が、返す返すも残念である。

 いずれにせよ、思い込んだ観念から日本を裁き、その観点から反日連携を海外とまで企て始める。
 言い換えれば、社論のために報道を歪める。
 この新聞社は――朝日だけではないが――まったく健全な権力批判勢力ではないし、今後もそのように脱皮できる可能性はないと思う。一日も早く潰れるべきだ。

(2016/12/31記)

E389Moondial (1987/2000)
Oxford Bookworms Stage 3
J・エスコッ
(H・クレスウェゥ)
Oxford University Press
0-19-423009-0
英語多読教材
57頁図書館10,650語/YL3.4
語彙1000語まで

E二十世紀の闇と光 司馬遼太郎歴史歓談U (1964.12〜1993.8)
司馬遼太郎中公文庫歴史対談
326頁724円★★★
§§ 国民作家が胡散臭く思えてきた(その2) §§

(1)「近世」の発見 (『中央公論』1988.10/30頁)★★★
 日本学者ドナルド・キーン/劇作家山崎正和と対談。
 そもそも英語に「近世」という言葉がなくて、「近代」と「現代」の区別もないというから驚きだ。
 一般的に、江戸時代は身動きのできない階級社会だというが、江戸期も後半になると、金銭でもって侍になる家も出てくる。勝海舟坂本龍馬も祖を辿ると侍ではないわけだ。
 世阿弥近松門左衛門の悲劇の一番の違いは、お金だというのも興味深い。
 世阿弥のでは、もう少しお金があれば悲劇は回避できたといったものはないが、近松の浄瑠璃などでは、お金さえあれば心中する必要はない・・・。なんだかんだ言って、江戸時代はかなり貨幣経済が浸透していたわけだ。

 また儒教の話になるが、江戸期の庶民の識字率はかなり高かったが、同時代のチャイナやコリアでは10%以下だという。
 次男坊、三男坊は都会に出て番頭などを目指す道があったが、そのためには文字が読めて計算できる事が必須だったからだ。こういったところにも繋がるのだなぁ。

(2)近世人にとっての「奉公」… (『日本の近世』1付録1991.7/15頁)★★★
 歴史学者朝尾直弘と対談。
 ここでも、田舎の若い者の結構な数が、都会に出て奉公する話が出てくる。かなり普遍的な生活スタイルとして定着していたようだ。
 ここで本来武家で使う「奉公」という言葉が、平気で商売人たちの言葉に下りてきているのがおもしろい。
 こういった感覚は、新選組隊士に代表されるように、江戸後期に新たに取り立てられた侍(元農民)などに、より武士たる者はこうあるべしといった気分が濃厚にあったことに繋がると思う。
 武士道の規範は、思う以上に庶民の間まで下りていたのではないだろうか。
 日本人の中にも、われわれには道徳規範となるたる宗教がなかったなどと言う人がいるが、ちゃんちゃらおかしい。

(3)日本人の行動の美学 (『日本の名著』17付録1969.12/18頁)★★★★
 歴史学者奈良本辰也と対談。
 武士道というと『葉隠』を想起して忌避する人が多いが、それは戦中の思想統制に利用されたからで、大正時代までは、地元の佐賀県ですらポピュラーではなかったらしい。というか、佐賀人で『葉隠』を正当に評価した人はむしろ少ないという。
 例の「武士道とは死ぬことと見つけたり」を捉えて、アホなマゾヒズムかと一蹴するのは間違いで、見事に生きるために美意識を研ぎ澄ませろと言ったところか。
 たしかに、薩長土肥としながらも、幕末の肥前にこんな急峻な思想に準じた人物はいなかったようだ。もし一人でもいれば、良かれ悪しかれ有名になっていただろう。
 ついでながら、作者の山本常朝は25、6歳まで頑張って童貞だったらしい。
 ここからの流れで、衆道に話が及ぶ。
 佐賀には、星野了哲という衆道の家元がいたとか・・・。

(4)維新変革の意味 (『日本の歴史』20付録1966.9/16頁)★★★
 歴史学者井上清と対談。
 学者というのは、言葉選びまでいろいろと考えなければいけないので大変だ。
 明治維新は「革命」か。「変革」か。
 たしかに低位の階級が上位の階級を破ってひっくり返すのが「革命」であれば、明治維新はそうとも言えない。
 しかし、同じ階級の中で大きな変化があっただけかと言うと、それも違う。
 結論的には、「革命」と「変革」の間で、かなり「革命」に近いあたりかな。
 司馬遼太郎は、「このごろになってなおかつ、日本には愛国心がないんじゃないかと……。」と話しているが、そらそーだ。GHQの方針に乗っかって、共産主義者たち左翼と恨みがましい在日コリアンが束になって教育、弁護士界隈やマスコミを牛耳り、いまだに日本を貶める事に血眼なんだもの。愛国心とか言おうものなら、「極右だぁ〜、戦争したいのかぁ〜、軍靴の音が聞こえるぅ〜」と騒がれる異常な世の中が続いてるんだもの。

 えーえー、わたしは持ってるつもりですよ。愛国心。

(5)幕末よもやま (『中央公論』1967.8/20頁)★★★★
 作家子母澤寛と対談。
 『新選組血風録』は司馬作品の中でも上位にくる名作だが、それでも子母澤寛の新選組三部作には及ばない。
 司馬遼太郎自身が、敵わないなと悟って新選組三部作を参考にさせてもらう許可を子母澤寛に貰いに行ったという。昭和の初めには幕末維新を潜り抜けた人がギリギリ生きていて、子母澤作品には、それらの人を直接取材して得たこぼれ話が豊富に入ってくるのだから、こればかりは仕方がない。
 子母澤寛が新聞社にいた頃、例えば仙台の事件を調べたかったら、仙台支局に電話して調べてもらったという。

「申し訳ない話だけれども、支局じゃ社用だと思いますよ(笑い)


 対談全編が貴重なこぼれ話である。

(6)坂本龍馬の魅力 (『中央公論 歴史と人物』1978.4/26頁)★★★
 文学者芳賀徹と対談。
 こちらもこぼれ話が楽しい。
 龍馬乙女姉さんに宛てた手紙の「世の中には風呂から出る時にキンタマをぶつけて死ぬ運の悪い男もいるのに、自分は運の良い男だ」とかなんとか書いていたというのもおかしいが、龍馬はどうやら長崎のお龍を捨てるつもりだったのではないか、なんて発言を司馬遼太郎がしているのが興味深い。

 幕末当時、例えば咸臨丸で渡米した一行の中に村垣淡路守なんて人がいて、はなかなか面白い日誌を残しているらしいが、レコーダーではあっても、時代を動かすラウドスピーカーたりえなかったというが、含蓄あるコメントですな。

 幕府の医学の家、桂川家今泉みねという人物が書いた『名ごりの夢』という本がいい文章で、福沢諭吉の面白いエピソードなども載っているというから、手に入れてみようか。(←手に入れてしまいました。2016/12/13追記)

(7)近代日本を創った宗教人10人を選ぶ… (『中央公論』1965.4/25頁)★★
 宗教学者小口偉一/思想史学者武田清子/歴史学者松島栄一/宗教学者村上重良と対談。
 日本人の基本的な宗教観を創ったのは、アニミズム神道だと思うが、もとより個人名を挙げることなんてできない。
 中世の例えば、空海親鸞といった仏教指導者たちを加えることもできるが、近代となるとそんな宗教人なんているのかと思ってしまう。

 しかしながら、明治の日本は廃仏毀釈でスタートしてから、伊勢神宮出雲大社の争いや、仏教側の巻き返しキリシタン禁制の撤廃などの流れには、それぞれに優れた宗教者がいた訳だ。わたし程度でも、新島襄内村鑑三大谷光瑞なんて名前は知っている。
 この対談末に、どういった経緯か判らないが、対談者5人の他に5人加えた10人でひとりずつ、10人の近代宗教者を挙げている。

 内村鑑三の非戦論なんて、お花畑の戦争反対論者とはレベルがまったく違う。格好いい。
 この対談に書かれていたのではないが・・・。

(8)清沢満之と明治の知識人 (『中央公論』1965.4/17頁)★★★
 (7)で司馬遼太郎は、近代日本を創った宗教人として清沢満之の名を挙げている。
 そこで上の座談の後に、エッセイを寄稿したようだ。

 浅学にして、清沢満之なんて名前はこれまで知らなかったが、彼が本願寺の教団臭から離れたところで、『精神界』という雑誌を発行し、親鸞の思想を深く求道しなければ、今の世に、日本の思想界において親鸞を最高とするような考えは出なかっただろうという。
 そんな彼は、本来、哲学者として世界に名を残してもおかしくなかったほどの才能だったらしいが、ただで学問のできる道ということで、東本願寺の僧の世界へと入った。最初は宗教の情熱などなかったというのだ。
 彼は実験ほどこの世で面白いことはないと語っていたらしく、「実験」によって宗教に近づこうとしたというから面白い。

(9)哲学と宗教の谷間で (『日本の名著』43付録1970.11/18頁)★★★
 哲学者橋本峰雄と対談。
 開口一番、またしても清沢満之の名前が飛び出してきたが、そもそもこの稿は、対談者橋本峰雄が編集した「清沢満之 鈴木大拙」という文章の中の付録としてあったらしい。5年前の(8)を踏まえての対談だ。
 親鸞が示した二つの教え(人格)のうち、『教行信証』だけを抽出して教団を作ったのが蓮如で、『歎異抄』を重視したのが清沢満之だと・・・。
 難しくてわたしには、これだけ読んでもよく解らない。

(10)敗者復活五輪大会 (『中央公論』1964.12/18頁)★★★
 評論家大宅壮一/作家三島由紀夫と対談。
 前回の東京オリンピックの年の年末に収録。
 戦後というのは、貧しさからの復興の面でのみ語られてきたように感じるが、GHQ日教組洗脳が大変に成功していて、オリンピック当時は、日の丸なんて見るのも嫌アベベが優勝したエチオピアの国旗より三位の日本の日の丸を長く映すのはおかしいなんて狂った議論が、若い人を中心に真顔で出てきたという。
 そんな風潮が自然なナショナリズムを取り戻す方向に動いたというのが、三島由紀夫を含めた三人の印象のようだ。
 ただ残念なのは、この三人の中で司馬遼太郎が一番左翼思想なこと。
 学徒出陣で非情な言動を自ら聞いてしまった体験者なので、やむを得ない部分もあるが、核爆弾による抑止下での制限戦争という可能性に気付けず、どうせ核爆弾など持たなくても、世界戦争が始まれば日本人は被害者になるだけでいいじゃないかという思考レベルの極めて浅い暴言を吐いている。それじゃあバカな井筒監督と変わらないよ、司馬さん。
 大宅壮一からインポ礼賛なんて言われて、そうだと開き直っている。

 ちなみにわたしは、唯一の原爆被害者国というアドバンテージを有効に使うためにも、原爆保持には反対だが、国内の放射性物質保持量原子力関連技術ロケット技術からして、外国からは、日本はその気になったら極めて短期間で原爆を作れると分析されている。発電レベルと兵器レベルでは、ウラン235の濃縮レベルがまるで異なるのでどの程度“簡単”かはわからないが、その印象をより強く与えるように積極的に情報拡散する事が大事だ。

 この対談では比較的おとなしかった三島由紀夫は、このオリンピックには相応の価値を見出していたが、6年後には日本人に絶望して、割腹自殺を遂げてしまう…。

(11)革命史の最高傑作 (『世界の名著』37付録1968.1/18頁)★★
 仏文学者桑原武夫と対談。
 ミシュレという人が書いたフランス革命の歴史を、桑原武夫が『フランス革命史』として抄訳したらしい。
 歴史家と歴史学者は違うという桑原武夫の発言に、司馬遼太郎も同意しているのだが、違和感を感じた。
 分析・図式化して提示するのが歴史学者で、その意味合いをある描写に象徴させて語るのが歴史家だと・・・。
 その操作に高い見識を持っているのが優れた歴史家であり、ミシュレがそうだという文脈である。

 高い見識(「坂本龍馬の魅力」に出てきたボンサンス?)なのか、はたまた色眼鏡による偏向なのか、ほんに紙一重ではないだろうか。
 著者と読者の基本思想が近ければ高い見識だと捉えられるだろうが、それはあくまで相対的なもので、絶対的な評価にはなり得ない。客観的に検証できるように、細かい事実を積み重ねて分析・図式化することが大切なのではないか。
 もちろんその時代の人々の感情をマクロなものとして集合し、時代の雰囲気を掴むことはとても重要だし、重要な役割を演じた個人の感情を推測していく事も必要だが、マラーを殺した少女の白い服装から、“多少文学的に”読み取るのはマズイと思う。

 桑原武夫は、フランス革命に(明治維新とは違って)人類的な視野があったとも語っているが、どうもトンチンカンである。
 その“人類的な視野”には、白人以外の人種は入ってなかった。
 さもなければ、ご立派な共和国がインドシナを搾取するなんてありえない。

(12)英国の経験 日本の知恵 (『中央公論』1991.4/31頁)★★★
 外交官ヒュー・コータッツィと対談。
 戦後の天皇は象徴天皇だとは誰もが知ってるが、戦前の天皇も象徴天皇だったという。
 もちろん、前憲法の制度上のトップは天皇だが、欧州のエンペラーやカイゼルと違って、なんでも思うがままに命令する事なんてできなかった。
 このあたりは、戦前の資料を宮内庁が開示すればハッキリする筈だが、それをしない。
 陵墓の調査も許可せず、高齢の今上天皇の御公務を利権化したりと、まったくもって愚かな役人集団である。
 天皇は英語でemperor と訳されるが、その語源であるエンペラートは「軍を率いる者」という意らしい。
 天皇とエンペラーは全く違うので、なぜtemnoh 、あるいはmikado としなかったのか?

 英国人の元外交官コータッツィが、開口一番さらっと、鎖国期の日本が「みじめな状態」だなんて聞き流せない発言もするが、最後に爆弾を投下したのは司馬遼太郎だった。
 この対談は1991年の1月か2月の収録だろうが、湾岸戦争砂漠の嵐作戦から砂漠の剣作戦へ続く最中であり、3月からはいよいよ日本のバブル崩壊が始まっている。
 こんな歴史の転換点の直前のタイミングで、司馬遼太郎の発言はこんなだ。

フセインという信じがたい人物が出てきて、とんでもない紀元前の爆発のようなものが中近東で起きてしまった。
日本は貧乏しきるまでお金を出すべきだ。

 今からみると、信じられないくらいバカな発言だ。
 そこには、裏で欧米諸国がどれほど利己的な都合で第三世界を牛耳ってきたかの考察はなく、また後日批判されることになる日本の姿勢を、欠片ほども想像できてない。
 大量の文章資料になった歴史では、あれだけ深い洞察力を示せる司馬遼太郎といえども、インターネットがなかった時代には、同時代に対する情報収集能力はなかったということだ。欧米目線の海外報道をただ受け売りで垂れ流す日本メディアの言い分しか耳にしないと、そーなるわな。
 以前より、実体のない土地高騰をとても嘆いていた筈なので、そんなあぶく銭は全部なくなってもええわという勢いだったのかな。
 ついでながら、対談の途中で土井たか子のバカっぷりをコータッツィが批判して、社会党はダメだねぇとの話になった際、彼らに今の日本で力を得るチャンスはないと断言している。――わずか3年後には村山富市がまさかの首相に・・・。

 晩年の司馬氏がどんな発言をしているのか、逆に興味が湧いた。
 例えば『対談集 日本人への遺言』『この国のかたち(六)』はその辺りの文章だと思うけど、まだ読んでないのよね。

(13)二十世紀末の闇と光 (『中央公論』1993.1、『井筒俊彦著述集』1993.8/39頁)★★★
 哲学者井筒俊彦と対談。
 この題名からすると、二十世紀も残り10年を切ったので総括を試みるのかなと思いきや、井筒俊彦がイスラム哲学の大家ということで、やはり哲学と宗教の話になる。こういった内容は深く突き詰めた認識の在り方というか、テクニックというか、とにかく難しくてよく解らない。
 少しでも理解しようと思ったら、PCで用語を調べながら読む羽目に…。

 対談当時は東西冷戦が終わって数年が経ち、それまで押さえつけられていた民族や宗教起因の紛争があちこちで噴出し始めていた。その世界を救うには、言葉を超えたところ(メタ・ランゲージ)で文化のパラダイム・シフトが欲しい。そこには哲学的アプローチが役に立つのではとかなんとか・・・。

 司馬遼太郎はそこに東洋思想が入るべきだと思っている。
 所々で経年劣化を見せている西洋世界の基準を修繕するのに、東洋思想の考えを取り入れようという意図は悪くはない。だがしかし、おそらく彼の周辺には、さぞや親チャイナ・コリアのサロンであったとわたしは邪推しているので、彼の言には胡散臭さがぬぐえない。
 そんな中で醸成された論は、耳には心地のよい理想論だが、現実のチャイナはそんなに甘ちゃんではない。
 チャイナの考えはこうだ。
 

これまでの欧米のルールを解体し、これからはチャイナがルールを作る。


 悲しくも、欧米のルールの中で努力し最適化を追求し続けて(そして都合が悪くなると、ルールを変えられ続けて)きた日本からみると、かなり羨ましい思考ではある。もしチャイナが儒教の理想である徳目に則った社会を作れるのなら、日本は彼の国に追随するのもいいだろう。  だが明らかに、チャイナがルール変更を企てるのは、欧米に変わってこれから世界を支配するのはオレだという覇権主義以外の何物でもない。
 こういった事が、当時の彼を取り巻くサロンでは判らなかった・・・。

 東洋思想や中東思想を取り入れるのは結構。
 しかしゴリ圧し中共を除いたと力を合わせないといけない。もちろんコリアは問題外だ。
 そういった意味で、中東と深く議論するのは大事なのだが、井筒俊彦が語った挿話が興味深くも悲しかった。
 彼が若い頃教えを乞いに出向いたイスラム学者は、イスラムの学問で必要な本の内容は、すべて頭に入ってると語ったという。彼がある本について習いたいと希望を伝えると、その学者はその1000頁はある本をまるっきり暗記していたというのだ。
 それは凄いエピソードとして紹介されるのだが、凄いと思う反面、だからイスラムは世界をリードする事なんてできないんだよ思った。
 もちろん温故知新は大事だが、絶えず現代の新状況とつきあわせてリフレッシュさせていかねばならない。高い思考力はそのために使われるべきであったろう。

 古典をまるごと暗記して、重箱の隅をつつくようにあーだこーだ論議しても、その時々の現代状況にはそぐわない事が多い。
 他人事だと思ってはいけない。
 日本でも、六法全書を暗記して司法試験をクリアし、弁護士や憲法学者になって視野の狭いお花畑思考をする輩が多いではないか。

(2016/12/4記)

E390Stallion by Starlight (2013)
Magic Tree House #49
A Mealin Mission
M・P・オスボーンRandom House
978-0-307-98044-1
英語多読教材
108頁図書館語/YL3.5
語彙800語まで

 昔ミツビシに、

「 ヘラクレスの愛馬アリオンが今、星になって帰ってきた! ――スタリオン♪」


という車があったが、Stallion =種馬(牡馬)じゃあないか。【注6】【注7】


【注6】いや、車の方はStarion 。とはいえ、日本語の「リ」の発音は、RよりLに近い筈。外人がこの車名を聞けば、種馬としか連想できなかっただろう。

【注7】ついでながら、当時は安彦良和アリオン君は馬やったんか!と、別の意味で衝撃だった。

(2016/11/29記)

Fすべての疲労は脳が原因 (2016)
梶本修身集英社新書生化学薀蓄
190頁700円★★★★
§§ 疲労の軽減には、鳥の胸肉が有効 §§

 激しい運動して疲れた時、「乳酸が溜まるぅ〜」なんて台詞をたまに聞くことがあるが、真っ赤なウソだという。
 有酸素運動の場合は脂肪が使われるが、無酸素運動の際にはを分解してエネルギーを作る。その際にできる中間物質が乳酸であって、その後はさらに分解されてエネルギーとなるらしい。

Q.では、疲労の元とはなにか?
A.活性酸素である。


 どうやらわたしが知らなかっただけで、何年も前から複数のTV番組でぽつぽつ特集されてきたらしい。
 疲労しているのは、体の各部位の筋肉ではなく、間脳視床下部大脳辺縁系前帯状回といった自律神経を司る処だという。こういった部位は、一日24時間、休むことなく心臓の鼓動、消化器の運動、体温の調節といった管理をしている。交感神経副交感神経をアクセルとブレーキのように選択しながらコントロールしているのだ。なんとこの管理を1/1000秒単位で行っているというからご苦労様である。

 本書では、疲労のメカニズムにもう少し筆を割いていて、疲労因子FF疲労回復因子FRといったタンパク質を紹介しているが、後半はいよいよ疲労を回復させる方法についてである。

 まずデマについて。
 飲酒、栄養ドリンク、それに運動!
 もちろん適度な運動は健康維持に不可欠でもあるが、疲労の回復という面では役に立たないという。
 これらでリフレッシュしたように感じるのは、エンドルフィンやその他によるマスキング効果で、疲労を感じ難くしているにすぎない。【注8】

 特に飲酒してそのまま眠った場合、眠りの質が悪くなって、疲労回復因子を多く発生させるノンレム睡眠のステージV、ステージWにほとんど入れないという。

Q.では、具体的に疲労回復に役立つ物質はあるのか?
A.渡り鳥の胸肉や遠洋回遊魚の尾びれ付近に多く含まれるイミダゾールペプチドである。


 このアミノ酸の集合体(ペプチド)がそれだけ強い抗酸化作用を持っているという事だが、実は抗酸化作用では、ポリフェノールのほうが強いという。ところが、ポリフェノールは水溶性で効果が長く持続しないうえに、活性酸素は体中で発生するので、肝心な脳にどれだけ届いてくれるか心もとない。
 イミダゾールペプチド(イミダペプチド)は摂取後ヒスチジンβアラニンという2種類のアミノ酸に分解されてから、BBB(血液−脳関門)を通過して脳内で再度イミダペプチドに合成されるという。それだけ脳内の抗酸化に効率よく持続的に効くのだという。

 慢性的な疲労に悩んでいる身としては、ここはイミダペプチドと、本書には載っていなかったが、高濃度水素水に期待をかけてみたい。

 【注8】疲労を感じるのは、大脳の前部の下側、目玉の入る穴の上に位置する眼窩前頭野らしいが、本書では感知のメカニズムにはほとんど触れてない。

(2016/12/6記)

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