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Summer Capital Baguioの新しいページです
1990年7月16日午後4時26分の大地震に耐えた「カビテ」の画像を付け加えました
カビテはライステラスと呼ばれる棚田の壁面には必ず使用されて有ります
カビテーロ(カビテを作る人)はとても尊敬されています
山岳都市バギオ市ではカビテの石積みを良く見かけます
カビテ−ロはバギオを作った人と言っても過言では有りません
朝の市場・住宅の内部・等も新しく掲載しました 2001年2月25日更新
『OH! マイ フィリピン』〜バギオ通信〜 ←クリックすれば購入ページが出ます
「フィリピンから 学ぶものなど無い、と言うのは 大間違いである。 日本が失ってきたもの
窒息状態の日本が、 がんじがらめで 自らを追いつめている 日本人が
謙虚に 教えてもらうべきものが、フィリピンには たくさんあったのだ。」・・作者 小国秀宣
この本を読むと今迄不思議に思っていた事や 知らなかった事が
明確に記載されてフィリピンが良く理解できます
うなずいたり 苦笑いをしたり して一気に読んでしまいました
フィリピンの事を知りたい貴方の必読書です・・tama
これがカビテと呼ばれる強靱な石垣です 一見ランダムに並んでいますが垂直に立っているにも関わらず永年の間崩れずに堂々としています 1990年のバギオ大地震にもビクともせずに頑丈さは世界中に証明されました イゴロット族出身のカビテーロ 遠い祖先から受け継いだ技術は地震にも強く地元の人たちは一目おいて尊敬をしています 大工の「頭領(かしら)」フィリピン版??堂々とした態度が立派です 5時30分に起きて眠たい目を擦りながら市場に出かけました 6時を少し回った頃なのにもう大勢の人でお祭りのようでした 午後と違った活気が溢れていました 新鮮さは抜群で魚は寿司のネタに使えるのが納得できます 買い物をする人や開店の準備をする人が目まぐるしく動きます フィリピンの人は働き者が多いのです バギオの朝はとても寒く熱帯のフィリピンにいる事を忘れます バギオでは穏やかな顔をした人を大勢見る事ができます マニラなどの都会から故郷に帰る人が増えているのは近辺の町の風土と環境が優しいからでしょか?? バナナの花=プソ ナン サギン ピ−ナッツ味のスープ料理「カレカレ」の主となる食材で美味しくて・・残念ながら今回は巡り会えませんでした カレカレは何処に有るのでしょう?? 元気なナマズ君・・・ 元気なナマズ君はくし焼きにされました・・蒲焼き風に仕上がって味はウナギを連想させました バギオを旅行する人は是非探してください テラピアと言う淡水魚で空揚げで美味しく食べれます これから小売りの業者に配分されます 路上で広げたのでジプーニ−が通れなくなりしばらく渋滞しましたが 慌てないのがフィリピン流・・マニラのようにうるさくホーンを聞く事はありませんでした 日本人の家の台所とお風呂 総タイル張りでとて良いセンスです 手前のラップの掛かったお皿の中身はプルプルとした海草で美味しいものです 海草の名前は「ブラマン」で季節のある食べ物です・・今が旬かも・・2001.1.10. 上と同じ家屋の室内 セント・ニ−ニョ(幼いキリスト)と呼ばれるキリストの像 原形はマゼランがフィリピンに持って来た物でセブのサン・オーガスチン教会にあります 尾辻 ヨシさん 「ルソン戦記−ベンゲット道」(高木俊朗著、文春文庫)の主人公の1人でバギオの戦前から戦後を知る「かたりベ」です シスター海野メモリアルホールの有る アボン
ABONG(北ルソン比日友交会館)を守り 話される言葉は穏やかです もし大平洋戦争がフィリピンに飛び火しなかったら日比の関係の深さはもっと親密な物となっていたはずです 南国ムードたっぷりの喫茶店 ほとんどが現地の人たちが利用しています・パンを主体にした軽い食事も出来ます 内部のテーブルと椅子は分厚い木製で落ち着きがあります Cafe by the Ruins クリスタルケイブの鍾乳石 出口付近で売っていました・700ペソでしたがかなり値切って買いました 買う人がいるから洞窟から取ってくるのですが・・弁解無用ですね 福岡県大牟田市立甘木中学校の理科の教材として寄贈しました 持ち帰りの苦労話しもありますが知りたい人にはメールでお知らせします・・(汗・汗)














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