そして。。
僕に何が出来るのか。
その答えを求めて僕は走り出した。
色んなイベントや団体に顔を出し、関連の本を読みあさった。
そしてウリミレと出合った。
ウリミレを一言では語りつくせないが、在日コリアンと日本人の相互理解を目的とした集まりといったところだろうか。
ウリミレを通じて僕は数多くの在日青年や日本人と出会い、語りあった。
そして、自身でも「自分のアイデンティティーや名前とは何か」をテーマとした企画を催したりもした。
いつしか僕は、彼よりかなり在日について詳しくなっていた。
でも僕はそのことをわざわざ彼には話さなかった。そんなある日、僕はいつもの様に彼と電話で話をしていた。
その中で僕は「チェサ」という何気ない言葉を使った。
「チェサ」とは韓国式の法事のことである。
僕にはかなり当たり前の言葉であったが、彼は相当不意をつかれたらしい。
「なんでお前がその言葉知ってんねん!」
その言葉にかなりの警戒感と不信感を感じた。
そういえば確かに彼は、僕には「法事」という言葉しか使っていなかった。次の機会の時に、なぜか韓国式の苗字の話になった。
韓国では結婚しても女性の苗字は変わらないという話を僕はした。
彼は全く知らなかったらしい。
「お前韓国のことよう知ってんな〜。なんでそんなに知ってんねん?」
この頃には、彼の言葉に警戒感はなく、ただ本当に不思議そうだった。
「まあ、在日の知り合いが一杯おるからな〜。。」
と、僕は少しおどけてみせた。
僕は少し不思議な気分になった。
なんで僕が韓国のことを彼に教えてんねんやろう?最近、彼の言動に変化が現れたはじめた。
以前は、「なんで俺生きてんねんやろう、生きてたってしょうがない」といった事をよく口走っていた。
しかし、最近は「ホンマに俺幸せやねん。」といったことを言うようになった。
どうやら乗り越えられつつあるのかもしれない。
なぜ、彼がそう思えるようになったのかは分からない。
少し前に入った宗教の影響かもしれない。
30歳にもなると、そんなことにもある種の免疫みたいなものが出来てきたのかもしれない。
それとももしかすると、僕が手渡した「在日韓国・朝鮮人」という本や、
僕の何気ない一言が良い影響を与えられたのかもしれない。
でも、もう原因なんてどうでもいい。
ただ、「良かったなぁ」そう思うのである。