
★★★★★4/3★★★★★
朝、Corkへ。はっきり書いてしまうと、Corkはいわば 「リトル・ダブリン」で町自体にそんな魅力はない。よく言われるように、アイルランドの魅力は地方にあり、街にはない。おいらのアイルランドに対する意見がやたらと辛口なのも、ダブリンという都会(アイルランドにしては)にずっと住んでいるからかもしれない。で、Mausiと二人でCorkを昼過ぎまで散策したが、特にこれといって書きたいことはない。
ちなみに昼は、O'Brien'sというサンドイッチバーで食べた。アイルランド中で最近雨後のたけのこのように増殖しているサンドイッチのチェーン店。ま、味も値段もそこそこという、万人受けを狙った無難な店。ちなみに、O'Brienというのはいかにもアイルランド人の苗字。んじゃ、創始者がO'Brienさんだったかというと実はそうではない。なんかアイルランドっぽい名前を見つけようと、 創始者が電話帳をぱらぱらめくって見つけた名前なんだと。この辺のいいかげんさがすでにアイルランド人だね。
昼食後に向かったのは、Kinsaleという小さな町。「アイルランドのグルメの首都」もうすでに昨日おいしい魚料理を食べてしまっているおいらたちにはあまり魅力的な言葉ではない。町をぶらっと散歩して、すぐに、Skibbereen(読み方はそのまんまだが、こんなややこしいつづり、言うまでもなく、地図を見ながら必死に書き写した)へ。この西コーク地方の中心とも言える町Skibbereen自体は実はどうでもよかった。ここから、岬の先にある町、Baltimoreへ行き、さらには、Clear島という島に渡ってみようというのがおいらたちの計画だったのだ。
まずは、Baltimoreのユースホステルのダブルルームを押さえる。ちなみにこの部屋には、ダブルベッドとシングルベッドがひとつづつ。ユース嫌いのおいらだが、友人から、 「おまえがユース嫌いなのは知っている。だけど、騙されたつもりでここに行ってごらん。ホントにいいから」と強く勧められてきたのだ。なるほど、部屋はアイルランドらしくなくきれいだし、どことなくおしゃれな感じがする。(このナゾは翌朝解き明かされるので今しばらくお待ちを)
部屋を押さえたあと向かったのは、BaltimoreとSkibbereenの間にあるLough Ineという汽水湖。(「汽水湖」という言葉が正しいかちょっと自信がありません。要するに、海水の混じった湖だと作者は言いたいのです。)このあたりを散歩するが、あいにくの雨。仕方なく、Skibbereenにて夕食。パスタを頼んだにもかかわらず、パスタと、ポテトフライとサラダがどかんとまとめて出てきた。この辺の人間は、ダブリンの人間に比べて大食いなのだろうか。なんだか九州でうどんを頼んだら、「セット」と称してカツ丼までついてきた感じと言えばおわかりいただけるでしょうか。「こんなに食えるかー!」と悲鳴をあげつつも、物を残すことができないタチのおいらは、黙々とすべて平らげたのでした。
★★★★★4/4★★★★★
今日の目的は、Clear島に行くこと。普段自己主張の強くないMausiだが、どうもこれには思い入れがあるらしい。おいらもそれに対抗する妙案があるわけではないから、Clear島行きには反対しなかった。とりあえず、Clear島についてちょっと予習。この島の正式名称は、Cape Clear島。Baltimoreの南のSherkin島のそのまた南。人口はわずかに 150人。島は北東から南西方向に5キロの長さ。幅は最大でも1.5キロ。小島と呼ぶにふさわしい。この島最大のイベントはバードウォッチング。おいおい、おいらは鳥なんかに興味はないぞ。
まずはユースで朝食。背の高いおいらくらいの年のシェフ氏、元気に"Good morning. How are you?"と中学校の英語の教科書のはじめみたいな挨拶をしてくる。おいらも、"Not too bad. Yourself?"と型どおりの返事。たったこれだけだが、おいらはこのシェフがアイルランド人ではなくドイツ人だと確信した。まず、彼の英語にさほどではないが訛がある点。そして、"How are you?"の聞き方そのもの。
アイルランド人は、"How are you?"と聞いてくるが、実はその答えを期待なんかしちゃいない。レレレのおじさんが「おでかけですか?」と聞くのとちょうど似ている。答えなんか実際どうだっていいのだ。ところが、アイルランド人以外(あるいは英語を母国語をしない人、とまで論理を飛躍させていいかな)は、この"How are you?"に対して、律儀にも答えを期待してくるのだ。このシェフ氏も、”How are you?”といったあとニコニコしながらおいらを見てた。
この後このシェフ氏と話をしたのだが、案の定ドイツ人。彼が10歳くらいの頃、ご両親に 「荷物として」このアイルランドの果てに連れてこられたんだそうな。で、彼のご両親はこのユースホステルのオーナー。これで、このこぎれいな、おしゃれなユースの謎が解けた。アイルランド人が経営していたら、こんな行き届いたユースになっているとは到底思えない。
で、このシェフ氏が言うには、Clear島に行く船は、一日1便しかなく、しかも、それは午後2時だという。あきらめるべえ、と言いかけたが、Mausiはあえて行くといって聞かない。Clear島に先祖の墓でもあるんだろうか?…ってMausiはまじりっけのないドイツ人だった。
船の出航時刻まで、Schullなど周辺の村をドライブして時間をつぶし、2時前にBaltimoreの港に戻ってみると、ポンポン大将に毛が生えた程度の小船が出航しようとしている。甲板には、クレーンで積載した、ボロボロサビだらけのフォードのフェスティバがドンと居座っている。何だ?途中の海中に捨てに行くんかい?
船室は30人収容できるかどうかの小さなもの。地元のご婦人と思われる数人のグループを除いては、物好きな観光客がおいらたちを含め数組。一日1便しかないというので、確認のために甲板にいた船長と思しき人に聞いてみる。 「今日、戻ってくる船ありますよね?」答え。 「たぶんね。6時になるかと思うけど、(ボロボロフォードを指差し)これなんかがあるから、少し遅れるかも、7時かも…」なんともいい加減な返事。
一抹の不安を残しつつ、出航。Baltimoreのビーコンを横目に、船は、Sherkin島をかすめつつ、約45分で、Clear島の港に到着。沿岸をずっと航行していたにもかかわらず、船は大西洋の荒波のせいでよく揺れた。
島に着いた。そこには何もなかった。そういえば、以前、アラン島というとこに行ったことがある。素朴なはずの島は観光客に毒され、なんとも後味の悪さが残ったのだが、ここClear島は、ただひたすらに素朴だった。
港から見えるのは家が数軒のみで、ほかには見るもの聞くもの何もなし。(写真参照:その写真こそがこの島でもっともひらけた場所です)港付近に駐車場があり、車が10台程度止まっているが、よく見ると、その半分は廃車。さっきのフォードみたいに本土でお役ごめんになってこの島で乗り潰され捨てられたのだろう。そうでなくても、現在稼動中の車もひどいもの。どの車も10年以上昔の車で、ぶつけ放題べこべこでさび放題。ひどいのになると、ドアが閉まらなくて紐でドアを押さえていたり、リアガラスがなかったり。全長5キロくらいの島だから、これで充分事足りるんだろうけど。
しかも、おいらを驚かせたのは、どの車も車検はおろか保険が切れている(どちらも車のフロントガラスにステッカーの掲示が義務付けられている)。さらには、キーは挿しっぱなし。 「いつでもお持ちください」状態。いくらボロボロだとはいえ、これはないんじゃあないか。考えてみりゃ、あの港から船に載せない限り車は島外に持ち出せないんだから、心配はないんだろうけど。ふと思い出すと、おいらが中学校の頃、チャリンコには鍵はかけてなかったけど、盗まれたことはただの一度もなかった。(作者がイナカ出身なのがばれようというもの)それと同じ感覚なのだろうか。
アラン島では、船から降りるなり 「島内観光はいかがですか」と魔の手が擦り寄ってきたが、ここではそんなものはなし。地元の女性にお迎えの車が来ていた以外は、後の観光客はほっぽりだし状態。わ、本当に 「素朴で美しいアイルランド」ってのが、こんな地の果てとはいえ、未だ存在したんだわ。よく耳をそばだてると、あ、いまや絶滅したかと思われるゲール語!ちなみに何を言っているんだかまったく想像もつかない。
地図も何もないおいらたちは、適当に歩き始める。丘を越えたところにある美しい入り江を見て、さらに進むと、当然の帰結として、島の反対の果てにある廃墟にたどり着いた。この廃墟の先は断崖絶壁。言葉にするとこれだけだが、ここまでの道のりは、天気がよかったことも手伝って、本当に美しく、楽しかった。
で、6時に出航する 「かもしれない」船の出港を見越して5時30分ごろ、おいらたちは、港近くのパブへ。感激したことに、おいらの好きなカールズバーグがちゃんとあり、しかも、日本の離島でありがちな、法外な割増料金は一切取ってない。考えてみれば、Baltimoreまでの輸送費と、さらにそこから船でかかる輸送費は決してバカにならないはずだ。
輸送費という点から考えると、実は、この島、本土からなら、Sherkin島を経由して、橋をかけることが簡単にできそうだ。実は各島の距離はびっくりするほど近い。だが、 「島民の悲願!Clear大橋の早期着工を!」なんてプラカードが立つわけでなし、島民はその不便さを甘受している。もしかすると、その橋の便利さの裏にあるものを島民は感じ取っているのかもしれない。(あるいは橋をかけるほどの人口がないだけの気もしなくてもないが…。)
で、ビールを飲み干した頃、ちょうど6時に。港へ行ってみるが、さっきの船、確かにぼろフォードは降ろされているが、とても出航する雰囲気ではなし。甲板で一人作業をしていたおじさんに 「いつ行くの?」と聞いたら、 「6時45分、いや7時かも」というなんともいい加減な答えが返ってきた。
いつ出航するとも知れないのでおいらたちは埠頭でぼーっと待つ羽目に。…と書くといかにも聞こえが悪いが、この時が止まったとしか思えない世界の果ての島でぼーっとするのは決して悪い時間ではなかった。
船は7時15分に出港。Baltimoreに戻って来たのは、日も暮れようかという午後8時。昼飯をくいっぱぐれたおいらたちは餓死寸前。車を飛ばして、Skibbereenに戻り、昨日と同じレストランで夕食。ここなら二人を満足させるたっぷりのおいしい料理が出てくると知っていたから。
ここで問題発生。まだ宿を見つけてない。翌日はKerryのDingleというところまで足を伸ばし、そこから一気にダブリンまで戻るというのがおいらの大雑把な計画。ところが、今いるSkibbereenからDingleまでは月ほども遠く(150キロはある)しかも、このあたりの道路事情はひどい。つまり、Skibbereenに宿を取って、翌朝Dingleまで向かったりしたら、とてもダブリンに帰り着かない。考えてみりゃ、Dingleをあきらめりゃ済むだけの話なんだけど、何となく、それはいやだった。
ロンリープラネットをめくり、途中のKenmareという村まで何とか行けば、明日は楽になるだろうということになった。しかしKenmareまでは90キロもある。取りあえず、KenmareのB&Bに電話をすると、部屋はあるとのこと。で、今、Skibbereenにいることを伝えると、 「それは無理よ!車で2時間はかかるわよ!」と言われる。90キロ。道は、N71というBクラスな道。さあどうなることやら。
とりあえず、おいらは夜道を飛ばしました。正直に言います。怖かったです。いやー、日本の道路は優秀です。たとえば、道路のペイント。日本のペイントは車のライトを見事に反射しますよね。あれで自分の進むべき道が見えます。ところがアイルランドのはまったく反射しないんです。頼りになるものはと言えば、センターライン上にある「びょう」。これが反射するんですが、そんなしゃれたものはほとんどありません。
状況をさらに悪くしたことは、この区間、アイルランドらしくもなく、大きな山越えが二つもあったん。しかも、二つ目の山越えに至っては、センターラインなし!ペイントなし!そういえばおいらが小学生の頃、セガの何とか1000というゲーム機を持ってました。そのゲームのソフトに、モナコグランプリというのがありました。F1カーがなんとジャンプし救急車が後ろから捲くって行くという今からすると冗談としか思えないクソゲーですが、当時ははまった。で、そのゲームの中にトンネルがあり、トンネルに入ると視界が極端に狭いライトの中だけに。それをふっと思い出た。何せ、ペイントもびょうも何もないんです。何も見えない。対向車も後続車もない代わりに本当に真っ暗。そんな中90キロも運転する、しかもぶっ飛ばして、というのは無謀以外の何者でもなかった。やはり、こういう無理はしてはいけない。
この90キロを1時間15分と言う記録的なスピードで駆け抜けたおいらたち。(時速72キロ。うわ、自分でも信じられんわ)Kenmareに着いたのは午後10時30分。着いたB&Bのオーナーはなぜか再びドイツ人。聞いたところによると、1960年代にあるドイツ人が人を率いてこのあたりで工業を起こしたのがきっかけで、West CorkやKellyにおいては、多くのドイツ人とその子孫を見ることができるらしい。つまりはドイツ人は…とつまらぬ妄想が始まる前においらは眠り込んでしまった。
★★★★★4/5★★★★★
朝起きてみると、あいにくの雨。嘆いていても仕方がないので、朝食のあと出発。ちなみにこのB&Bさすがはドイツ人オーナーだけあってこぎれいでしたが、シャワーが非常に冷たかったです。Ballaghbeama Gapという、Iveragh半島を縦貫するルートを取る。ちなみに、この半島Ring of Kelly(ケリー周遊路)というのが走っており、ここを走るのがどのガイドブック(地球の歩き方を含む)にも薦められている。がおいらはあえて言いたい、この半島は内陸部にこそ魅力がある!と。離合も困難な道だが、遠く人里から離れた本当のアイルランドを味わいたいならこちらのほうがあるかに野趣がある。実際、Ballaghbeama Gapあたりでは、この世の終わりを思わせる美しい風景に出会った。おいらの下手な写真などでは伝わらない。アイルランドにお越しの際はぜひ足を運んでいただきたい。しつこいけど、アイルランドの魅力は地方にあります。
口角泡吹いての主張はこれくらいにして、おいらたちは一路Dingleへ。ちなみにDingle周辺では、まるで昔のヒット曲みたいな話だが(わかるかな?)イルカと一緒に泳げるところがあるというが、おいらは未だにそれを体験したことがない。Dingleの人口はわずかに1200人。それでもこの半島の中心都市。ただ、この町、観光地としてよく知られる町だけに、夏場の人口はその3倍とかになるのではないだろうか。確かに訪れるだけの価値はある町だと思う。
ここから、Corner峠を抜け、Tralee、Limerickを経由し、おいらたちは一路ダブリンへ。この途中にも、いろいろ興味の尽きない場所があるのだが、時間の関係で一切カット。この辺のあわただしさが、「アイルランド南部引き回しツアー」というタイトルに現われている。実際、おいらたちが旅した区間をもっと真剣に見ようと思えば、最低でも2週間はかかるのではないだろうか。まさに、上滑りをした感のある旅行だが、それでもおいらとMausiは満足致しました。こうやって旅をすると、アイルランドも決して悪いところではない気がしてくるから不思議です。6日間での移動距離は2000キロ。よく走った6日間でした。