南へ!(2001年8月ドイツ旅行記)2
|
|
|
|
ホホナビに泣かされつつも、ようやく着いたはRothenburg ob der Tauber(ローテンブルク)に着。着いてみて気がついたのだが、人口1万2千人程度の小さな街ながらこの街は中世の要塞都市で、街の周りには延々城壁が巡らされている。で、ドイツらしくもなく家屋の多くは中世からほぼ完全な形で残っているという。 散々迷ったせいもあり、Rothenburgに着いたのは午後7時過ぎ。目に付いた民宿に飛び込みで泊まる。ここ、1週間のうちで一番きれいな宿だった。 で、シャワーを浴び、汗を流したところで街の探索へ。街中に出ると、すぐにひとつの事実に気がついた。「日本人観光客だらけだ」あたかもロンドンかパリにいるような錯覚を覚えるほどの日本人観光客の多さ。ショーウィンドウの表記は独・英・日。面白いものだと思う。「日本人の出現ポイント」というのはある気味決まっているのだ。これはガイドブックの表記の偏りか何かのせいなのだろうか。ただ、ある意味、「ポイントをついた」観光をしていることも否定はできないのだが…。 街中のパブの道端に出しているテーブルで夕食。完全に観光客モードに入っているおいらはソーセージとビール。バイエルン地方を観光する観光客の基本です。 第3日:RothenburgからUlmへ 快適なベッドで十分眠り翌朝、おいらのたっての希望で、城壁巡りへ。朝早い(っつっても10時)こともあってか観光客もまばら。もしかすると、街中のショーウィンドウには来ても、こんな地味な城壁巡りなどしたがるやつは少ないのかもしれない。 民宿のところから城壁を時計周りに周りはじめる。どうもこの壁、最近補修工事が行われたらしく、壁に寄付した人の名前と寄付した額が補修された壁の長さによって表わされている。日本からも、個人・法人を問わずたくさんの人が寄付をしてた。こういうお金の使い方も悪くないなと思いつつ、実はそんな人に寄付する余裕など全然ないのでした。 で、城壁を歩くと当然その塔にたどり着く。何度も書くとおり、馬鹿と煙と馬鹿にされようと、おいらは高いところに上がるのが大好き。という訳で、(写真12の)塔に上がる。塔の上から街を見ると、(無論それが目的なんだろうけど)街が一望できる(写真16)階段を登ったことで噴き出てきた汗が、今日も暑くなることを教えてくれる。 再び車に戻ったおいらたちは、さらに高速道路を南へと向かう。 次なる目的地は、Ulm(ウルム)。 よく、自動車評論家が「日本の高速道路はドイツのアウトバーンに比べて…」なんてしたり顔で語っているけど、別にドイツのアウトバーンが、日本のそれよりはるかに優れているとは思えない。というより、むしろ、日本のそれの方が安全なんじゃないかと思う時すらあった。 たとえば、かなり長い下り坂の果てにあった緩い左カーブ、その途中から橋になっていたのだが、その橋のつなぎ目のところがかなり激しい段差になっていてハンドルを取られひやりとしたりもした。 で、確かに乗用車は150キロ超の高速でばんばん飛ばしているが、反面、トラックやキャンピングカーなどは80キロ程度の低速で走っている。で、たいがいのところは片側2車線だから、トラックが追い越しをかけてきたりすると、追い越し車線の車は急にスピードダウンせざる得なくなる。車間距離を詰めた状態でこれが怒ると結構恐いしイラつく。しかもみんな車間距離は取らないし…。 アウトバーンのいい点を上げれば、あまりアップダウンやトンネルのないこと。これはドイツの国土の多くが平野や大地だからにほかならないのだが。ちなみにこの話は、もう1回旅の終わりに出てきます。 ま、何だかんだ言いつつも、おいらは130キロくらいの安定したスピードで走り、その横で彼女はぐうぐう寝ている。Ulmの市街地へ向かう高速のインターを降りたところで再びナビを頼むが、また再び、ホホナビの本領を発揮。彼女のナビを信じて着いたところは、Neu Ulm…あのー、突っ込むのも空しいんですが、ここ、隣り町なんすけど…。 そのまま立ち去るのも悔しいんで、街の散策を始めるも、特に目につくものは何もなし。仕方がないんで、街のアイスクリームパーラーで、ミルクシェークを頼み、そして、彼女の言うことに耳を貸さず、自力でUlmへ。…簡単に着いた。 市内の地下駐車場に車を停め、商店街をしばらく歩くと、そこには街の中心Market PlaceとUlmの街のシンボルの教会。この教会の塔の高さは何でもヨーロッパ一なんだそうな。そんな塔に登らないテはないのだが、Mausiが「私、一日に2回も塔に登りたくない!」とのたまうので、結局断念。で、家に帰ってから、Mausiの父ちゃんにその話をすると、彼は呆れ返ってきた。徒然草の「仁和寺のある法師…」の話と同レベル。おいらの今回の旅行に大きな遺恨を残す。 ちなみにUlmが有名なもうひとつの理由は、アインシュタイン。彼が生まれたのがここUlmなんだそな。 そんなこんなで、次に選んだのはConstance湖。Mausiの説明するところによれば、有名な湖でドイツ人が避暑に行くんだと。湖で泳ぐということを、この旅の目的の一つに勝手に決めていたおいらは諸手を挙げて賛成。さっそく車をさらに南へむけ発進。 途中の国道がなぜだか知らんが全面通行止めで、「迂回路」の表示にそっていくと、ついにはセンターラインのない鬱蒼とした森の中の道ににたどり着く。Mausiはくうくう寝ているし、どうせ聞いたって迷うだけと思って寝かせておいたら、ちゃんと元の道に着いた。「寝た子を起こすな」とはよく言ったもんだ(意味が違うか)。 で、おいらたちが向かったのは、湖の北側にある、とある街(白状すると、名前を覚えていないのだ)。時刻は午後7時過ぎ。まだ明るいものの、そんなに有名な避暑地なら、宿が見つからない可能性も否定できない。まず見つけたユースホステルに行ってみると、ドミトリーでもひとり3000円。しかもがきどもが走り回っており、ほとんど修学旅行生で収集のつかなくなった旅館状態。おいらたちはそそくさと退散。 で、湖畔の小さな村をあたるが、その辺にある宿はみな、中・長期滞在者むけの宿で、一晩だけ貸してくれそうなところはなかなか見つからない。念のためにと持ってきておいたテントセットが役に立つ日が来たのだろうか。 湖畔を走っていると、何時の間にか、Lindau(リンダウ)という街に着いていた。そこの町外れに、見るからに小汚いホテルがある。「どうせ高いだろうなあ」と思いつつ、Mausiを偵察に行かせる。数分後、彼女が帰ってきて、「部屋、あるって」 受付のカウンターでチェックインをする。この時のおじさん、Mausiとドイツ語で何やらやりとりをしているのだが、にこりとも笑わない。仏頂面というやつ。「なんだか愛想の悪いやつだなあ」と後ろで思っていたのだが、実はとんでもないブラックユーモアの持ち主なことが判明。Mausiが後から言うには、こんなことを言っていたらしいのだ。 Mausi:「部屋(ダブルルーム)ありますか?」 おっさん:「湖の見える素敵な部屋が空いてますよ」 Mausi:「いくらですか?」 おっさん:「一晩13000円」 Mausi:「もう少し安いのないですかね」 おっさん:「ああ、安い部屋でよければ、駐車場に面した半地下の部屋が空いてるよ。一晩7000円。まあ、愛があれば、眺めなんて関係ないんだろうからねえ」 さらに… おっさん:「朝ご飯はどうします。つけます?」 Mausi:「いくらか安くなるんですか?」 おっさん:「1000円びき」 Mausi:「じゃ、なしで」 おっさん:「まあ、愛があればお腹なんて空かないだろうからねえ」 で、「駐車場に面した半地下の部屋」は掃除は行き届いているものの、建物自体の古さは隠せず、しかも、半地下という特性上、どうしてもじめじめしている。で、彼女の苦手なクモまでいる。 「まあ、一晩なんだから」と互いを納得させあい(これもおっさんのいうところの愛なのか?)、シャワーを浴びて、夕飯へ。 夕飯は、ロードサイドのギリシアレストラン。いきなり頼みもしないのにスピリッツ(やたらとあるコールドの高い酒)をやたらと陽気なギリシア人ウェイターが持ってきた。ついでにビールまで飲み、楽しく過ごす。 第4日:LindauからInnsbruckへ 朝、愛のあふれる(…でも汚い)ホテルをチェックアウトし何はともあれ、Lindauの街へ。地下駐車場に車を停めて、街の散策。この日も暑い。町並(写真21)や、港の周り(写真19・20)を見て、それから、「じゃあ、泳ぎに行こう」ということに。 駐車場に戻って自動清算機の前で駐車券を探すが、…ない。どこにも、ない。ポケットの中にも、財布の中にも、車の中にも、どこにもない。ポケットの中から車のダッシュボードまでくまなく捜すが、ない。…やっちまった。 で、とってもアホなおいらたち、入口でもう一枚駐車券を取ろうとするが、車なしでは当然駐車券は発給されない。何だかミスタービーンまがいのことまでしたが、うまく行かず、諦めて、事務所へ。係のおっちゃん、おいらたちがよほど貧乏にみえたのか、「ホントは20マルク罰金取るけど、いいよ、ただで」と言ってくれる。結局得をしてしまった。 それから、ついに、ようやく、泳ぎに出る。 まあ、この海(湖?)水浴場は湘南の海とタメを張るほどに混んでまして、不当のようなところから飛び込むと、すでに水深は3メートル以上、水温は快適。 …がとんでもないことに気がついた。湖底が汚い。ヘドロなどが明らかに溜まっているのだ。考えてみれば琵琶湖と同じで、湖畔の町の生活雑排水がみんなこの湖に流れてきて、しかもまともな出口がないのだ。汚くない方がどうかしてる。 まあ、それでもしばらく泳ぎ、しばらく横になり、一休みしたところで、次なる目的地、オーストリアのInnsbruckに向かうことに。「次なる目的地」という言葉をずっと使っているけど、別に途中の町に泊まったって構わない、「何も考えない旅」というのが基本なのだから。 おいらはこの日、Innsbruckまでたどり着くとは思っていなかった。まず、Lindauを出たのがたっぷり泳いで午後5時過ぎ。さらにこの区間に高速道路はなく、冬季閉鎖になる峠が二つ。「日本アルプス」などではない、本家の「アルプス」を超えるのだ。時間がかかるに決まっている。 ところが、「本家アルプス」の道は思いがけず快適だった。もっと激しい極端に言えば日光いろは坂のような道があるのではないかと思っていたのだが、一部の区間を除けば、のどかな高原の道が続く(写真23〜25参照)。 この続きは次のページへ。 |