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南へ!(2001年8月ドイツ旅行記)3

写真26オーストリアに入ったものの風景は相変わらずの高原。狭い道幅なのにみんな飛ばす飛ばす。

 

写真27Innsbruckにて。前の夜の激しい雨とひょうのおかげで川が増水している。

 

写真28Innsbruckのメインストリート。

 

写真29Market Squareにある塔に登ってみた。山に囲まれた町なことがすぐわかる。

 

写真30:塔から足元のMarket square写す。建物の感じがやはりバイエルン地方に似ている。

 

写真31Innsbruckの裏道にて。

 

写真32Schwasの追突事故現場。橋の上の石像をよく見ると、「静かに!」のジェスチャーをしている。(人の不幸ながら)笑える。

 

写真33:坂を登ったところに見つけた湖。あまりに美しかったので、とても素通りなどできなかった。

 

写真34:上と同じ湖。冬にここに来れば、スキー天国になるそうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

アルプスの山々を見ながらのドライブは快適そのもので何の不満もないのだが、ただ一つ気がかりなことがあった。それは、今晩の宿の問題。もう午後8時近くになっており、Innsbruck、までたどり着くことはまず無理。そんな訳でどこかの村で宿を捜すことを決意。

 

二つ目の山を超えたところに、奥多摩周遊道路の今は使われなくなった料金所と見まがうような(多摩地区ローカルネタですいません)建物を道のど真ん中に発見。何のことはない、それが国境。国境を警備する人間もおらず、おいらたちはあっけなすぎるほどに国境を通過。

 

国境を越えても道にほとんど変化はなし。強いて言えば、道路標識のフォームが若干変わった程度か。どちらもドイツ語の国なのだからまあそんなものなのかも知れないが。

 

国境を越えると今まで緩やかながらも登り続けていた道が一転して下りになる。峠道を下ったところにはT字路。もはやMausiに道を聞く気はないので、道端のレストランの前に車を停めて自分で地図をチェック。

 

さっきも書いた通り、彼女の車にはエアコンはついていない。ゆえに、車を停めると窓を全開にせざるをえないのだが、窓を開けると、レストランから聞こえてくるのはヨーデル。

 

「ああ、さすがはアルプスだね」なんてMausiに話し掛けようとしたのだが、話しかける前に、このヨーデルが究極に音痴なことに気がついた。見なくても想像がつく。地元のおっさんが、レストランで酔った挙げ句に調子こいてヨーデルを歌っているのだ。このヨーデルは、歌声喫茶でオヤジの無縁坂を聞くのと同じくらい苦痛。まだどっちに進んでいいか自信がなかったけれど、勝手に左だと決め付けて再発進。ヨーデルも公害になり得るという発見をした。

 

いくらしょぼくても国境を超えればそこは確かに別の国。今のところ(20018月現在)ユーロは一般に流通していないので、どうしても両替をせざるをえない。…夕飯も食べていないし、いかんせんいなかの話、宿でクレジットカードが使えるか自信がないので、とりあえず必要最小限の現地通過をおろすべく、銀行のキャッシュディスペンサーの前で止まる。

 

キャッシュディスペンサーの前でおいらはたたずんでしまった。「100シリングっていくらやねん」一度、取消を押し、周りに何か為替レート表でもないかと探すが、その類のものは全く見つからず。仕方がないので、適当な金額を押すと「この金額は XXユーロになりますが、よろしいですか?」と確認画面。こんな画面があるなら最初からみせんかい!

 

で、必要最小限のオーストリアシリングを手においらたちはInnsbruckにむけ旅を続ける。いいかげん午後8時を周り、そろそろ宿を捜さねば…と思うがなかなか適当なのが見つからない。なぜか誰もいなかったり満室だったり、午後9時を回り、レストランすら見つからないおいらたち。空腹は苛々を呼ぶ。なんとなく無口になった車内に沈黙が訪れる。

 

そんな状況に追い討ちをかけるように、怪しかった空からついにぽつりぽつりと雨が降ってきた。アルプスの山中にはあまり村もなく、宿もない、飯も食えない、夜遅い、という最悪の事態に陥ってしまった。

 

再び村を見つけ、宿を捜すがようやく探し当てた宿も満室。事態はますます最悪に。

 

ついつい、飛ばし気味で走っていると何時の間にか、日は完全に暮れInnsbruckまであと50キロの地点に。しかも、高速道路まである。仕方なくInnsbruckまで行くことにするが、高速に入ったとたん、おーい、冗談だろう?ひょうが降ってきた。前が見えない!というわけで、80キロくらいの超徐行運転をする羽目に。

 

ひょうと戦いつつ、ようやくInnsbruckに着いたおいらたち。

おいら愛用のガイドブック「ロンリープラネット」彼女に片っ端から電話をさせるが、なかなか宿は見つからない。中には、「部屋は空いてるけど、今更ねえ(現在午後10時)」と正直に言ってくる人もいたとか。だめもとでと、飛び込みで偶然見つけたユースホステルに行ってみる。「ああ、4人部屋、No Showが居るから個室として使っていいよ」というわけで、シャワー付きの4人部屋をゲットしたのでした。やれやれ。

 

 

第5日:InnsbruckからAchenseeへ。

 

翌朝、Innsbruckの観光へ。市の中心の観光スポットとなるようなところは狭いので、簡単に歩いて見てまわれる。Market Squareにある塔に登ってみるとInnsbruckは人口11万人と、オーストリア西部の中核都市なのだが、それにしても町自体は小さい感じがする。

 

おいらたちにとって嬉しいことは、昨日の雨が、涼しさを連れてきてくれたこと。連日のように汗をかきかき歩き回らずすみそうな気配。

 

しばらく増水した川岸を歩いて(写真27)次なる目的地、Munchen(ミュンヘン)へ向かうことにする。途中、Schwasという町で昼食。ここの道路脇のcaféの歩道の上のテーブルでランチを待っていると、

 

キィィィィィィ

 

というけたたましいブレーキ音。「あーあーあー」と見ていると次の瞬間

 

ガシャン!

 

という音。そう、飯を食う人の目の前で追突事故。信号で停車した前の車に後ろからおばさんが突っ込んで行った。

 

おいらが知る限りでは世界でもオーストリアだけの話なのだが、オーストリアの信号は、

 

黄色

 

と信号が変わらない。なぜかオーストリアは、

 

青の点滅黄色

 

と変わるのだ。青の点滅は「もうすぐ黄色になるよ」という親切心のつもりなのかもしれないが、これのおかげで、青の点滅でスピードを上げる人と、逆に止まろうとする人と二通り出てきてかえって危険な気がする。今回の事故を一部始終見ていたおいら、これが原因としか思えない。なお、この事故怪我人などはなかったようですので念のため。

 

気を取り直して、再び車に戻ったおいらたち。Munchenに向かい北上を始めた。再び山越えになるため、道路はぐんぐんと山を登っていく。で、山を登り、急に視界が開けたところで、突然目の前に美しい湖が広がった。そして、道はこの湖畔の脇をずっと並走。この自然の誘惑にはとても勝てなかった。「ここ、泊まっていこうか?」

 

実際Lindauと違い、ほとんど人は居ないし、水も澄んでいる。なんでLindauで湖水浴なんかをして時間を無駄にしたのかと悔やまれるくらいのまさに桃源郷。

 

ここの湖畔を散歩して、この日は初めてテントに泊まることに。

 

この続きはその4へ。