第3章 ドラッグ戦争勃発!?


問題の中庭。 (写真は問題の中庭)


ドロボー騒動から数ヵ月後のことです。スウェーデン人二人は国に帰るとやらで出て行ってしまい、私は誰か同居人を探さなければならない、という状況になりました。相変わらず、ガキどもは、中庭でクスリを含めてやりたい放題をやっています。反面、人間「慣れ」というものは恐ろしいもので、「こんなに会社から近いアパート他にないんだからいいじゃん」と開き直っています。そんな私にドローボー事件をさらに上回る大事件が私を待ち受けていたのです。


それは夜の11時30分くらいのこと。「またかよ」と言われればそれまでですが、街で飲んできた私は、ベッドの中で頭痛と戦いながら眠っていました。先ほど説明したとおり、スウェーデン人はすでに出て行っていましたので、家の中は私一人でした。突然、夢から覚めるには充分すぎる大音響がアパートのホールから響いてきました。


このアパートは、まず、鍵つきの外玄関を開けて、中のホールに入ります。そしてホールには吹き抜けと階段、各世帯へのドアー、そして、数ヶ月前にコインドロボー目的で破壊されたきりの公衆電話があります。余談ですが、この公衆電話、あまりにも頻繁に壊されるので、大家は「もう直さん!」とさじを投げてしまったらしいのです。


話がそれましたが、そのホールから何かを蹴る音はそれはそれはすさまじいものでした。


ドン!
バコン!
ドン!
バン!



私のそれに対する反応はさすがは酔っ払い。この上なくマヌケです。それでも半分夢の中だったのでしょう。なんと、"Leave me alone"と独り言を言い、毛布を頭からかぶってしまったのです。再び、眠りに落ちました。


翌朝は、日曜日。昼ごろのそのそと起き上がり、ふっと昨日の出来事を思い出します。気になって、家のドアーを開けてみました。


あっちゃー。


そこにあるはずのものがないのです。それは、お隣のドアー。なんと、お隣のドアーが蹴破られて、中には放心状態の若いカップルがいます。家の中はすさまじい荒れよう。何が起こったのかは火を見るより明らかです。


私:「あの、ど、ど、どうしたんですか?」


男:「昨夜ドロボーにやられて…」


女:「何か昨夜物音を聞かなかった?」


私:「え?」



「酔って寝てました」とはとても言えない状況です。下手なウソで取り繕い、その場を逃げ出しました。


そして、その日の夜。事件はさらに続きます。夜の7時をまわったころ、突然今度は、


パリン!


というガラスが割れる音がします。昨日の事件で若干神経が過敏になっている私は、すぐに窓の外を見ました。すると、昨夜ドロボーが入ったお隣のお隣(つまりは二軒どなりねん)の家のガラスが割れています。そして、石を投げたらしきくそガキどもが走って逃げるのが見えます。夏でまだ日は高く、彼らの人相はしっかりと見えました。いつものくそガキの一人です。


信じられますか?わずか数ヶ月のうちに、1階の住人の3世帯すべてが、何らかの犯罪被害にあっているのです。さすがの私も危機感を感じ始めます。次に投石をされるのはうちとも限りません。私が会社にいるうちに、投石をされてドロボーでもされた日には…考えたくもありません。


そういった意味で私がすぐにケータイから友人とタクシー会社に電話をしたのは当然のことと思います。すぐに大き目のかばんに金目のものを入れてタクシーで友人の家に行きました。金目のものと言っても、所詮はパスポートとプレステだけでしたが…。友人は快くそれを預かってくれました。


泊めてくれるという友人に礼を述べつつ、私は家に帰ります。何となく家を留守にすることに不安があったのです。そろそろ薄暗くなってきています。アパートに戻ると、とりあえず私の部屋は無事でした。(そんなことで喜ぶ自分が情けない)


ふと私の正義感が騒ぎます。面識はほとんどありませんでしたが、ガラスを割られた部屋へと向かいました。そう、誰がガラスを割ったか伝えるためです。


コンコンコン


ドアを数回ノックするとドアーは開きました。中には私くらいの年代の男が二人。言葉のアクセントからしてイギリス人のようです。それにしても、部屋の中は戦時中の灯火管制よろしく真っ暗です。


真っ暗な中進んでいくと、割られたガラスにはとりあえずベニア板が張られ、応急処置はなされているようです。それにしても、なぜこの家は真っ暗なのでしょう。真っ暗な部屋の中で映るテレビのニュースがなかなか不気味です。


私:「さっきガラスを割ったやつですが…」


男:「くそガキどもだろ」


私:「あ、見たんですか?」


男:「ん。ところで、昨日の事件知ってる?」


私:「あ、どなりの部屋に入ったドロボーですね?」


男:「何も知らないんだ?」


私:「へ?」


男:「あれはドロボーなんかじゃないよ」


私:「はい?」



待て待て待て。あれがドロボーじゃないとなると一体なんだというのでしょう。次の彼の言葉には再び絶句するしかありませんでした。


男:「あれはケーサツだよ」


私:「はぁ?」



戦時中の特高警察じゃあるまいし、どこの民主国家に一般市民のドアーを蹴破って家に押し入る警察がいるのでしょうか?ハトが豆鉄砲を喰らったようなバカ面の私に彼は続けます。ああ暗くてよかった。私のバカ面は彼には見えていないはずです。


男:「本当に何も知らないんだ。あれは、ドラッグサーチ(クスリの手入れ)だよ。あいつら、地元のドラッグディーラー(クスリの売人)なんだよ。で、実は俺がケーサツにたれこんだわけ。それを知って怒ったガキどもが報復としてうちのガラスを割ったわけ…。残念ながら、クスリは見つからなかったらしい。家に居るとガラスがまた割られるから、部屋は暗くしてある」


これで話はつながりました。夜な夜なガキどもがうちの庭で使っているヤク、それはお隣から供給されているもので、お隣はヤクの売人。そういえば、Eastwallの唯一のパブ、波止場のいかにも怪しいパブは怖くて近寄れないもんな。なんせ、「欲しいものは何でも手に入る」という噂(あくまで噂なので真偽確認はしていません。真偽確認はご自分でなさってください。ただし命の保証はいたしません)。ここでいう「欲しいもの」とは、銃に偽パスポートにヤクに…(以下省略)


とりあえず、私が必要なものは平和に眠れる家で、こんな、留守にするのも居るのも怖いようなところ、もう居られません。


再び、家探しが始まりました。


第4章 いくら急いでいたからといって…


今度の家探しは、以下の点が前回と違います。すなわち、


(1) 自分ひとりで探さなくてはならない

(2) 仕事をしている身。時間がない。

(3) 家はとってもキケンが危ない。この点でも時間がない。



家探しの一番の方法が何といっても「口コミ」です。不動産屋は悪徳、新聞の物件は宝くじにあたるような確率となると、一番信用できるのは、「XXの家に空きが出たよ」とか、「うちに一部屋開いてるよ」といった口コミにおのずとなってくるのです。このときの私の不幸は、まだ会社に勤め始めて間もなかったために、こういった口コミのアンテナが会社内に張り巡らされて居なかったことと言ってよいと思います。


というわけで、自分での家探しが始まりました。一番最初に書いたとおり、この国で一人で住むということは(とりわけ私のような薄給では)ほとんど不可能です。それでも何とか探そうとしました。


まず最初に行ったのは、私の働くビジネスパークの公園をはさんで反対側のエリア。一人暮らし用のアパートが300ポンドであるというのです。指定された時間に行くとそこには定年退職した年の頃の男性。ふつう、家を見せてまわり、どんなに魅力的な物件か知らせると思うのですがこの人は違いました。


私:「こんにちは」


男:「写真つき身分証明書を見せてください」


私:「まだ、借りると決めたわけでは…」


男:「写真つき身分証明書を見せてくださいと言ったんです」



私が身分証明書を見せると…


男:「ここでの家のルール。その1、夜は静かに…」


と突然とうとうと紙に書かれたルールを読み始めます。私はとにかく逃げる機会だけを窺って、ころあいを見て逃げ出しました。ちなみにこの人あとから聞いたところでは元警察官だったんだと。納得。まあ、どうしようもなく汚いアパートだったのでそれ自体に後悔はなし。


次。ビジネスパークの向かい岸のClontarfというエリア。大きなお屋敷の立ち並ぶ素敵な場所。ここにもやはり一人住まいのアパートがある。月350ポンドは明らかに予算オーバーですが、もし本当にいい物件なら逆立ちをしてでも借りる価値はあると思いました。


結論。逆立ちをしても借りたくない。古い、汚い、シャワーほか設備が何もない。冬は露骨に寒そう。狭い。暗い。もうひとつの結論として、やはり一人でアパートを借りるのは無理。


そうこうしてるうちに友人から電話。月180ポンドの物件があるとのこと。場所は、ここよりもさらに郊外。都落ちの感は否めなかったが、この安さの前には文句は言えない。で、行ってみた。言うまでもなく、暗い、汚い、冬は露骨に寒そう。さっきと同じ。ところが、この大家のおばさんは典型的調子のいい口先ババアで、感覚も麻痺していた私はなぜか「ここにします」と言ってしまったのでした。


同居人は、スロバキア人のおじさんでした。私よりあとから入居したくせに、1週間で突然予告もなしに消えました。その次は地元大学の学生二人組でした。


枯れ木も山の賑わい。本文とは関係ございません。 それはともかく。この家の汚さは永遠に忘れません。家中カーペット敷きなのに掃除機すらありません。大家のババアが、「一週間に一度掃除にくる」という話だったのに、来たのは三ヵ月後でした。典型的ウソつきアイルランド人です。のみならず、トイレの便座はなく、シャワーも掃除したためしがなさそうです。ベッドは寝台車のそれのほうがよほど快適と思われました。今書きながら思い出して鳥肌が立ってきました。よくもまああんなところに住んでいたと思います。


そこから引っ越した直接のきっかけは「寒さ」です。徐々に寒くなってきたにもかかわらずこの家にはヒーターすらないのです。アイルランドで日本人凍死など、いいスポーツ紙のネタになりそうなのでここからの脱出を決意しました。


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