その1 その2
Cさんの投稿体験記
home
(その3)
62日目 1999年3月22日 (月曜日)
気分を変えて仕事探しに戻ろう…とするが、なぜか気分の切り替えができない。自分で決めたデットラインまであとわずか。このまま負けてしまうのだろうか。
63日目 1999年3月23日 (火曜日)
某銀行のアプリケーションフォームを書く。それ以外にさしたる進展はなし。
64日目 1999年3月24日 (水曜日)
とある女の子とデートの約束をするが、見事にすっぽかされる。んなことをしてる場合じゃないっうの。
65日目 1999年3月25日 (木曜日)
ダブリンばかりでは埒があかぬと朝一番のバスでベルファストへ。
ここでベルファストについて説明しないといけないだろう。ベルファストと聞いて、タイタニックが建造されたところと思う人はわずかだろう。おそらくほとんどの人はIRAを思い浮かべ、そして、怖い、触らぬ神に祟りなし、と思うのではないか。
自信を持って断言するがこのイメージは間違っている。人のやさしさから言えば、ベルファストほど人情にあるところはアイルランドにはない。多くの旅行者が敬遠するためか、ベルファストの人間は観光客擦れしていないし、ダブリンの人間のように口先ばかりでない。彼らは愛想笑いをしない。が、おいらの話を真剣に聞いてくれる。そして約束を破らない。ダブリンの腹でバカにし顔で笑うという偽善がない。いまだにおいらはダブリンにすむくらいならベルファストのほうがはるかにいいと信じて疑わない。
この日もとにかく目につく限りのエージェンシーに飛び込んだ。自分が以下に必死かを伝えた。それに対しエージェンシーの人間が、いかに真剣においらの話を聞いてくれているかがひしと伝わってきた。おいらはベルファストの人間の言うことなら信じることができる、そう思った。
さしたる進展はなかったものの、人を信じることを思い出させられた日帰りベルファスト仕事探しツアーだった。
65日目 1999年3月25日 (木曜日)
日本の実家に電話。どういう大ボケかは知らないが、なにやらアイルランドから手紙がきているという。差出人は、ダブリン空港で免税店を営む会社。聞けば面接の日時はすでに過ぎているとのこと。ダメでもともとと、この会社に電話をする。どうなるかは分からない。
66日目 1999年3月26日 (金曜日)
突然思い立ちプリペイドケータイを買う。どうも電話がないことでチャンスを逃していた気がしてならなかったので。某Xで始まる名前の会社より手紙。言いたいことは「今のところあなたに適した仕事はありません」と言うだけだったが丁寧な文体に素朴に感動する。
67日目 1999年3月27日 (土曜日)
特に何もしないまま過ぎる。週休二日が徹底しているこの国で土曜日に仕事探しをしようというのは土台無理な話。
68日目 1999年3月28日 (日曜日)
まして日曜日などやることがあるはずもなく…。
69日目 1999年3月29日 (月曜日)
三度目のベルファストへ。結論。ベルファストには仕事はない。まず第一に、仕事自体がないということ。第二に、いろいろ話を聞いて分かったのだが、北アイルランドは政治上イギリスの一部。で、イギリスでビザを取るのはアイルランドよりはるかに難しい。というわけで、ベルファストでの数日間は単なる徒労に終わったのでした。いや、徒労ではない。忘れかけていた人の暖かさを再認識できただけでも良かったとしよう。
70日目 1999年3月30日 (火曜日)
ダブリンのエージェンシーを再び駆け回り始める。なけなしの金で買ったケータイには2件のメッセージ。一応役に立っているようだ。
71日目 1999年3月31日 (水曜日)
自分の中で決めていたデッドラインは今日。結局結論は出ず。分かった、あと1週間だけがんばってみよう。…と最後の悪あがきをすることに決める。
72日目 1999年4月1日 (木曜日)
今日は特別な日。エープリルフール、でもあるが、それよりも何よりも、おいらの誕生日なのだ。だが、友人からメールは来ていないし、おめでとうコールもない。そりゃそうだ。誰にもメールアドレスもケータイの番号も教えてないのだから。
73日目 1999年4月2日 (金曜日)
今日は仕事探しはお休み。といってもサボった訳ではない。イースターの前の金曜日は、「グッドフライデー」と言う休日なのだ。
74日目 1999年4月3日 (土曜日)
自宅で友人を招いて夕飯を作る。パスタ。おいらはこれ以外何も作れない。
75日目 1999年4月4日 (日曜日)
M&Mが夕飯をご馳走してくれるというので行ってみれば、パスタ。パスタは料理のできないやつが作る免罪符なのだろうか。
76日目 1999年4月5日 (月曜日)
今日からいよいよ仕事探しに戻るか、と思いきや、今日はイースター明けの祭日。アイルランド人の怠け者!!
文句を言っても仕方がないので、映画、"Patch Adams"を見てくる。典型的アメリカ型メロドラマ。その後友人と、7時間ロングランパブ巡り。戦いの前には燃料補給が必要なのよん。…その燃料が使われずに下腹部にたまり始めている事実は直視しがたく忘れることにする。
77日目 1999年4月6日 (火曜日)
USITでのメールのチェックからいつもの通り一日は始まる。お、メールが着てる。それは2ヶ月ほど前に訪れた某リクルートエージェンシーからのお呼び出し。早速、Upper Gardiner Streetという、市内でも屈指のガラの悪い通りへと向かう。この通り、市中心部にもかかわらずお手ごろ価格なB&B(民宿)が多いのだが、犯罪も多い。ダブリン滞在予定の方、この通りは避けましょう。
閑話休題。そのガラの悪い通りのエージェンシーの中の人間も当然ガラが悪い…というわけではなく、親切な対応。やはり日本人を探しているとのこと。それは日本の某私鉄の名前のついた物流会社。ダブリン空港付近にオフィスがあるそうな。おいらのCV(履歴書)を先方に送って返事を待つとのこと。やったー、9回の裏からの奇跡の大逆転か?
さらに事件は続く。夕方、アパートにおいら宛の電話がかかってくる。
おいら:「もしもしー」
電話の向こうのおねえさん:「ああ、Snigel(おいらの名前)さん、まだ仕事探してますー?」
おいら:「はい(おいらが出しえる最も嬉々とした声で)」
おねえさん:「なら今度の金曜日、面接をしたいのですがー」
おいら:「まじっすか?住所教えてください」
おねえさん:「(住所)です。金曜日の午後1時、大丈夫ですか?」
おいら:「もちろんですー(もはやプライドも何もあったものではない)」
おねえさん:「じゃ、金曜日の1時、お待ちしてます」
おいら:「はーい」
電話をガチャっと切ってふと思う。 「あれー、今の、どこの会社なんだー?」言い訳だが、このおねえさん、夏木豊よりも早口だったのだ。ダブリンの訛った英語にはある程度免疫がついているものの、あそこまで早く話されると、こっちとしてはついてゆくのが精一杯。どうなるんだ?この面接。
78日目 1999年4月7日 (水曜日)
昨日の謎の面接通知。いても立ってもいられなかったので、その住所の場所へとスパイに向かう。何のことはない。うちから歩いて5分のところにあるビジネスパーク。1月26日にも某ドイツ系航空会社にCVを置きに行った例の大規模ビジネスパーク。
さすがに会社に向かうのは気が引ける。しょうがないからそのビジネスパークの入り口の守衛さんに、 「この住所の会社って何ですか?」と聞いてみる。すると告げられたのは、コンピュータのプリンターの会社。んじゃ、と、電気屋へ行ってプリンターのカタログを手にしようとするが、なんと、アイルランドの電気屋にはカタログを置くという概念がない!仕方がないからネット上でその会社のホームページにアクセスするも有益な情報はなし。書店へ行き興味のないコンピュータマガジンを買って帰る。
79日目 1999年4月8日 (木曜日)
何かがおかしい。と友達に言われる。いわくそのプリンター会社が日本人を必要としてるとは到底思えない。おいらも同感。もうひとつ腑に落ちないのは、この会社にCV(履歴書)を置いた記憶が全然ないのだ。
おいらは赤っ恥を覚悟で例のビジネスパークへ。この住所にはビルの名前が書いてあれど、会社の名前が書いてない。ビル自体は3階建てで結構大きい。ここで、おいら、情けない質問を守衛さんにする。 「あのー、ここの会社、なんていう、名前ですか?」
状況を想像してみてほしい。会社の受付に突然日本人がやってきて、 「この会社の名前なんですか?」バカ丸出し以前に危ない人だと思われた気がしてならない。
そうして聞き出した名前。聞いたことがない。しかも、やたらめったら長いのだ。その会社名をメモして帰り、ネット上で調査開始。ああ、知ってるわ。この会社。マルチリンガル向けのリクルートフェアのときに何気なくCVを置いてきた会社だわ。この会社名を出すわけに行かないのでちょっと回りくどい説明になるが、たとえば、 「芙蓉グループ」と聞いて、いったい何人の人が日産などの大企業を思い浮かべるだろう。それと同じ。そのグループ自体の名前は知らずとも、その関連会社の名前なら良く知られている。慌てまくって、その会社のことを調べる。
それだけじゃ不安だから、アパートの同居人のスウェーデン人にも聞く。するとこいつがとんでもないことを言う。 「あれ、その会社、俺も明日面接だよ」そう、聞けば、おいらより少し前に面接を受けるとのこと。偶然にしてもできすぎだよ、それは。
80日目 1999年4月9日 (金曜日)
そして面接の日。その会社に行ってみれば、例の守衛のおじさんが「また来たの」といった目でおいらを迎える。そして面接。面接は、人事部のマネージャーと部門マネージャーの二人により行われた。おいらはまあ、数回しか使ったことのないエクセルを 「問題なく使えます」とか香ばしいウソを連発し、そして、以外にも落ち着いて、自分でも感心するようなできの面接に成功。そして結果は 「なるべく早く」知らされるとのこと。
自宅に帰ってみればスウェーデン人が「たった今採用の電話がかかってきた!」とハッピームード全開。そしてわずか1時間後、おいらの香ばしいウソを見抜けなかったこの会社より、 「採用」の電話。そう、仕事探しは、80日目をもって、ようやく、その苦労が報われたのでした。
そして…。
一応話はここまでなのだが、後日談を少し。
まず、日本の物流会社、その後、なしのつぶて。その後、アメリカ系のクレジットカード会社の面接を義理で受ける。(採用の連絡の前にこの会社から面接の通知がきていた)こちらもその後なしのつぶて。
で、このあと就労許可証の申請となったのだが、これが取れるまで2ヶ月の長い期間が必要で。実際に働き始めたのは、6月21日のこと。んで、働き始めたその週にこんな電話が、
「(アメリカ系の適性検査を受けた銀行名)で働きませんかー?」
一言。 「遅いんだよ!バカ!」
ここまで読んでいただきありがとうございました。で、最後に、もし、真剣にアイルランドで仕事探しをしようとしている人がいたら、こんなおちゃらけた文章だけでは誤解を招く恐れがあるので少しだけまじめな話をさせてください。(それ以外の方は読み飛ばしてくださいな)
アイルランドで仕事をしている日本人は少ないです。で、おいらの経験は、 「奇跡に近いくらいラッキーだ」と言われます。わずか3ヶ月で仕事を見つけ出した日本人と言うのはほとんどいないようです。中には2年かかったという(!)つわものもいます。
実際のところ、アイルランドでのビザは、ちゃんとした企業がちゃんとした形で申請する限り、よほどのことがない限り却下されることはありません。ところが、ビザを申請する手間を嫌うばかりに、たとえ日本人が必要でも採用を諦めてしまう、そんなケースも多いようです。つまり、企業はビザと手間暇をかけてまでガイジンを採用したがらないのです。
よくよく考えてほしいのは、自分に、企業に採用されるだけの実力があるかどうか。そりゃおいら以上に運がよければ実力がなくても採用されることもあるかもしれません。でもやはり、それなりの英語力、そして、できればコンピュータの技能が必要です。
英語力に関して言えば、TOEICが何点とか、そんなのは関係ありません。面接のときにそのテのことを聞かれたことはただの一度もありません。逆に質問したんです。 「英語の資格は必要ないんですか」と。その答え、 「口を開けばわかるよ」つまり、資格よりも経験が重視されます。
そしてコンピュータ。 「ああ、コンピュータさえ知ってれば」と泣かされたことは何度あったでしょうか。 「じゃばぷらぷら」だの何だのが分かる人、この人はアイルランドでの就職の可能性はぐんと広がると思います。(おいらはいまだに何のことだか分からない、だからひらがなで書いた)
あとは、コネ。情報を提供してくれる人が必要です。ここではあまり出てきませんでしたが、毎日新聞を見て、何かあるたびに連絡をくれた友人というのもいます。で、やはり、内部の人間の薦める人間と言うのは強いです。たとえば二人の候補がいて、そのうちの一人が社員の知り合いで、もう一人が(いやな表現ですが)どこの馬の骨とも分からない、とくればどちらが採用されるかは自明の理だと思います。
その他いろいろ書きたいことはありますが、あまりえらそうなことを書くと嫌われるのでこの辺で。
その1 その2
Cさんの投稿体験記
home