『フランス10日間徒然日記』 2000年5月22日(月)記

  
第17号
 
3日目の4――パリ右岸、練り歩きます の巻
  
2000.10.24 発行
  
 セーヌ[Seine]河畔

 昼食と両替を終えて、時刻はすでに2時過ぎ。
 空がまだまだ明るいので、今日は残りあとわずか、とは思わないけど、あちこちめぐって観光するには中途半端な時間である。

 それでも今日は確か、高いところに登ろうツアーを予定していたはず。
 そんじゃまあ、とりあえず凱旋門でも行ってみようか、と足をそちらに向けた。

 しかし、この後どういうルートで自分たちが移動したのかちょっと記憶がないのだが、写真を見ると、わたしはどこかの橋の上でセーヌ川と何とか橋を背景に写真を撮っている。

 いったいどこの橋の上で撮ったんだろう? と写真をよく見ると、背後の風景の中にコンシェルジュリー[La Consiergerie]がうつっていた。
 しかもこの写真にうつっている橋、よく右端を見てみると、いったん陸地と接続して橋が終っていると思いきや、ただ単にうっそうとした木立にかくされているだけで、さらに右側にその姿をのばしている。

 何だろう? この橋の形、と思いながらさらに風景を細かく分析すると、セーヌ川がこの橋の手前でふたまたに分かれているのに気がつく。そしてそこでひらめいた。

 ああっ! なんてこった、この背後に写っている橋はポン・ヌフ[Pont Neuf]だっ!
 シテ島[Ill de la Cite´]の西の端っこにあるこの橋は、その真ん中を島の上にのせているんだ。島の端っこだから、当然セーヌ川もポン・ヌフの手前でふたまたに分かれることになる。

 わたしはバカか? この橋をポン・ヌフと知らないままに写真を撮っていたなんて。
 

芸術橋
手前の橋がポン・デザール。奥に見える橋がポン・ヌフ。
コンシェルジュリーがポン・ヌフの向こうに見える。
よって右側にあるのはシテ島。

 どうやらわたしたちはRue Ste.-Annneのレートのいい両替所で両替した後、ルーヴル美術館[Muse´e du Louvre]をほぼまっすぐ抜けて、セーヌ川に出たらしい。そしてポン・デザール[Pont des Arts:芸術橋]の上で写真を撮っていたのだ。
 ううう、あれがポン・ヌフだと知っていれば、もっと感慨深かったのに。
 惜しいことをした。

 ちなみにこの橋の上には、ツタンカーメンのきんきらした衣裳をまとってじーっと台の上に立っている、というパフォーマンスをしている人がいた。
 確かこの人、昨日はルーヴルの中庭で立っていたような気がする。
 これと同じパフォーマンスをしている人が何人もいるのか、はたまたこのツタンカーメンが毎日場所を変えて営業(?)しているのかはわからないが、別の日にもわたしたちはまたこの人に会った。けっこうな遭遇率である。

 セーヌ川の川べりには、遊歩道が整備されている。
 ポン・デザールで写真を撮った後、わたしたちは普通の道路から階段をつかってその遊歩道に降り、しばらく歩いてみた。

Pont du Carrousel
セーヌ河畔からポン・ドゥ・カルーゼルを望む(1)
遠くにエッフェル塔が見える。

 遊歩道の壁ぎわには白樺の並木があるんだけど、どの白樺も表皮にナイフか何かで落書きをされまくっていて、これはちょっと木がかわいそう。
 アルファベットのつづりにまじって「中国人民」なんて漢字も混じってる。
まあ、たぶん日本語もあったんだろうけど、この落書きはいちじるしくセーヌ川の趣きを汚していたと思う。
 

落書きだらけの白樺
字が小さくて読めないかな?
各国語でバカのみなさんがメッセージを書き残しています。

 川には遊覧船が行き交っている。
 遊覧船の上から手をふる欧米人がいたので、しかたなく手をふり返してやる。

 たいした距離は歩かなかったが、それでもセーヌ河岸を散策したぞ、といちおう満足し、ポン・ドゥ・カルーゼル[Pont du Carrousel]のあたりで普通の道に戻った。
 

Pont du Carrousel
セーヌ河畔からポン・ドゥ・カルーゼルを望む(2)
だいぶ橋に近づいた。
 

 チュイルリー庭園[Jardin des Tuileries]

 この後わたしたちはふたたびルーヴルの中庭に入り、カルーゼル凱旋門[Arc de Triomphe du Carrousel]を横目で見ながら(あまり興味がわかなかった)、真正面にグラン・ルー[Grand Roue]が見えるチュイルリー庭園に出た。

 銀が、「チュイルリー庭園にある『長靴をはいた猫』の銅像を見たい」と言う。
 「どこにあるんだ?」と訊いたが「わからない」という返事。
 まあ、訊いたわたしがバカだったんだけど。

 しかし、チュイルリー庭園はこれがまたヒジョーに広い。しかも、白い石膏像やらブロンズ像やらがあちらこちらにばんばん立っている。
 「木は森に隠せ」と言うが、こんな彫刻が林立している中から、ただ1体の銅像を見つけることができるんだろうか?

 結局、予想に違わず『長靴をはいた猫』の銅像は捜し出せなかった。何しろチュイルリー庭園は幅が200メートル以上、長さは500メートル近くにもおよぶ。庭園内を真っすぐ歩いてぬけるだけでも大変なのに、ひとつひとつの彫刻を確認しながら行くのはとても無理だった。

 この時のパリの天気はくもり。そんな天気にもかかわらず、そして平日にもかかわらず、庭園にはたくさんの人がいて、椅子やベンチに座ってくつろいでいた。

 あちらこちらにある彫刻は、作者名やタイトルが書いてない物も多い。
 どうしてだろう、と思ったが、名を標されていない彫刻の中には、ルーヴル美術館内で見た覚えのあるものもある。どうやらレプリカが庭園内に飾られていたようだ。
 

Jardin des Tuileries
チュイルリー庭園。右の方に見えてるのは
ルーヴル宮殿の端っこ。

 チュイルリーの庭は、芝生がきちんと整備され、色とりどりの花が咲いている。きれい。
 わたしたちは凱旋門に向かって庭園のど真ん中を突っ切っていたのだが、行く手の正面にはグラン・ルーと凱旋門が真ーっすぐ一直線に連なって見える。
 うーん、この直線はすごい。
 

Grand Roue
チュイルリー庭園から見えるグラン・ルー
オランジュリー美術館
こちらは噴水越しに見える
オランジュリー美術館。
画面左下の椅子が周囲にたくさん置いてある

 庭園内には一人用の椅子がたくさん置かれていて、自分が座りたいところまで勝手に持って行ってよくなっていた。こりゃ便利。
 左手にオランジュリー美術館が見える噴水あたりで、わたしたちも少し休憩した。

 午後2時半過ぎ、グラン・ルー前に到着。
 グラン・ルーはものすごいスピードでまわっていて、勢いのあまりにゴンドラが左右にぶんぶんと揺れていた。
 ひー、これが観覧車? これじゃ、ゴンドラの中にしがみついているのに必死で、風景を観覧するどころじゃないじゃん。

 銀が試しに腕時計で、グラン・ルーが1周するのにかかる時間を計ってみた。すると、なんと55秒しかかかっていない。
 グラン・ルーの直径がどれくらいあるかわからないが、とにかくえらい速度でまわっているのは確かだ。もはや観覧車というよりは、ジェット・コースターにノリが近いのでは?
(※Attention! 仮に、グラン・ルーの直径を30メートルとして計算したら、時速約60kmになりました。ひええ)

 日本の観覧車だとゆっくりまわっているから、観覧車がまわったままで人がゴンドラを乗り降りするけど、このグラン・ルーではどうなっているんだろう? と様子を観察してみる。
 そしたら、さすがに人が乗り降りする時には一時観覧車を止めていた。
 そりゃそうだよなあ。そうじゃなきゃ乗り降りできなよな。

 グラン・ルーの乗車料金は30F(約471円)だった。「乗る?」といちおう銀に訊いてみたが、やはりお互い気が乗らずパスした。

 

 コンコルド広場[Place de la Concorde]

 何だかんだ歩いて、コンコルド広場到着。
 ここは、フランス革命時代に1000人以上がギロチンにかけられたという場所だけど、もちろんいまはそんな面影はちっともなく、観光客でさざめく単なる広場である。このあたり、天安門と変わりはない。

 広場の南端の方に、結婚式を挙げたばかりらしい、ピンクのウェディングドレスを着た女性とタキシード姿の男性がいた。まわりには盛装姿の人がたくさんいて、コンコルド広場をバックに記念写真を撮っているらしい。
 しかし、あれ、どうも日本人みたいだな。こっちに住んでいる人が結婚式を挙げたんだろうか?

 オベリスクはコンコルド広場の中央を占める安全地帯の中州にある。道路を横断してそちらへ向かう。
(※Attention! オベリスク=エジプトにある10メートルくらいの高さの細く長い四角い塔。先端が方錐になっている)

 どうせ西洋人のことだから、このオベリスクも戦争した時にエジプトからぶんどってきたものだろう、とわたしは考えていたが(すんません)、このコンコルド広場に立っているオベリスクに関しては、ちゃんとエジプトから贈られたものなのだそうな。

 いちおう写真とかも撮ったけど、感動はいまひとつ薄い。これは本場で見ないと。
 

オベリスク1
コンコルド広場のオベリスク
オベリスク2
まさかエジプトでなくパリで見るとは。

 中州の北寄りに大きな噴水がある。これがまた古典的&凝った造り。
 15〜20メートルくらい直径がある石造りの囲いに水が張られていて、中央には青銅の円盤を2段に重ねた塔が立っている。
 一番下の水が張られた囲いの中には、魚を抱えた上半身人間・下半身魚の精霊と思しき老若男女のブロンズ像が等間隔に配置され、その手に持った魚の口から水が噴き出し、中央の円盤に降りかかる、といった趣向だ。
 しかも、下段の円盤の下には、塔を背に囲むようにして神々が座り込んでいる。

 濃い。ヒジョーに濃い。
 ヨーロッパの香りがふんぷんと濃密に香ってくるデザインの噴水だ。

 上野公園の噴水の前で写真を撮っている外国人を、わたしはいつも「物好きだなあ」と思って見ていたが、わたしたちも物好きなので、この噴水の前で写真を撮った。

噴水1
とってもヨーロッパな装飾が
ほどこされた噴水。
上の天板からも水が流れる
噴水2
むさいおっさんの人魚(笑)。
手に持った魚から水が噴き出します。

 

■ シャンゼリゼ大通り

 さて、この後の目的地は凱旋門であるが、その凱旋門はわたしたちの真正面に見えている。
 地下鉄かバスで移動するという手もあったのだが、乗り場がいまいちよくわからないし、どうせここまで来たんだから1度くらいはシャンゼリゼを走(歩)破しておくか、ということで歩いて行くことにする。

 ちなみガイドブックによると、シャンゼリゼ大通りの長さは1.7km。ゆっくり歩いても30分くらいのものである。

 全然赤信号を守らないパリ市民に混じって信号を渡り、わたしたちはシャンゼリゼの南側の歩道を歩いて行くことにした。

 シャンゼリゼ大通りは、まあとにかくあきれるほどまっすぐな道だ。歩道も車道並みに幅が広く、両側に並木道が整備されている。コンコルド広場からしばらくはとくに何もないので、ただひたすら歩く。
 

Champs-Elyse´es
ま〜すぐなシャンゼリゼ。
貧乏旅行は体力が勝負。ひたすら歩きます。
支柱の飾り
これは何かというと、街灯の支柱に
ほどこされた飾り。ヨーロッパだ。

 ところでシャンゼリゼ大通りをフランス語で書くと、「Avenue des Champs-Elyse´es」になる。
 しかしわたしはフランス滞在中、長いことこの「Champs-Elyse´es」部分を読めず、「チャンプス・エリーゼ・・・? 競馬場か?」とよくわからない解釈をしていた(なぜ競馬場と思っていたかは、我ながらいまも不明。正確には「エリゼの野」という意味だそうです)。

 ところがある日(確か8日目)、バスに乗っている時に、路線図に書いてある「Champs-Elyse´es」の文字をじーっと見ていたら、「あ、これ、リエゾンしてシャンゼリゼって読むんじゃんっ!?」と突然気がついた。
 こんな、フランス滞在も後半になって気がつくとは。まぬけである。

 シャンゼリゼをだいぶ歩いた頃、左側の木立の向こうに豪奢な建物がちらちらと見え始めた。ガイドブックで確認すると、プティ・パレ[Petit Palais]とグラン・パレ[Grand Palais]という名前の建物のようだ。

 とてもゴージャス&華麗な造りの建物なので、昔の宮殿か何かかと思ったら、1900年のパリ万博の際に建てられた博物館と美術館だそうな。
 凝った建物だなあ。でも、ほんの100年前までは、あんな造りの建物をふつうに建てていたんだな。

 たしかこの両パレのあたりに、軽食を売る屋台が出ていた。記憶では、毒々しい色のシロップをかけたかき氷も売っていたと思う。

 そしてシャンゼリゼを歩いていて、気づいたことがある。

 それはまず、フランス人の歩行者は信号を守らないということだ。歩行者用信号が赤で、すぐ近くまで車が走ってきていても、フランス人は堂々と道を渡る。
 ここで車がきちんと止まってくれるところが、中国と違うところだが、この場合、事故を起こしたら悪いのは誰なんだろう? 

信号無視した歩行者なのだろうか? 歩行者の安全を守りきれなかった車の運転手なんだろうか? 謎。

 そしてもうひとつは歩行者用信号のデザインが違うこと。信号をひとつ渡るたびに、という頻度で信号の「止まれ」と「行ってよし(?)」を表わす人物の絵のデザインが異なるのだ。
 「行ってよし」の方は、それほどおかしくないんだけれど、「止まれ」の方は、ふつうに突っ立っているタイプのものと、どういうわけか両手を腰にあて「ふんっ」という感じでふんぞり返って仁王立ちしているタイプのものとがある(他にもいろいろあった)。

 なんでこいつはそんなに偉そうな態度で信号待ちをしているのだ? ということで、この両手腰当て仁王立ちデザインのものは以後、わたしと銀は「赤信号・いばりんぼタイプ」(いばりんぼ=威張っている人)と呼んでいた。
 日本の歩行者用信号も、こんなにデザイン、ころころ変わっていただろうか?(そんなこと、ないと思いますが・・・)

signal-a
こちらが赤信号・ノーマルタイプ。
signal-b
そして赤信号・いばりんぼタイプ。
よく見ると青信号もデザインが違う。

 シャンゼリゼもロン・ポワン・デ・シャンゼリゼ(シャンゼリゼ・ロータリー)を過ぎると、道の両脇の森がなくなり、どんどん繁華街らしくなってくる。

 カフェは、もう本当にあたりはばかることなく歩道に店を出していた。
 本来の店の床面積の2、3倍の広さで商売ができるんだから、店にとってはありがたい話である。日本とかだと地域の警察に許可とらないと怒られそうだけど、パリのカフェもそういう許可をとって店を歩道ひろげているんだろうか?

 このあたりのカフェは、それこそもう絵に描いたよう。
 赤い張り出し屋根に小さなテーブル、周りを囲うプランターに鮮やかな緑。ウェイターはおしなべて白いシャツに黒いベスト、そして手には銀のトレイ。
 うーん、客層もそこはかとなくバスティーユのカフェとは違うような。
 あそこにわたしが座っても、絵にならんなあ、と思った。

 歩道の左側には、いろいろな店が並んでいた。どんな店があったか、あまりよく覚えていないんだけど、アエロフロートのオフィスがあったことだけはなぜか覚えている。

 凱旋門がだいぶ近くに見えるようになったころ、銀念願の銀行、CCF発見。こんなところにあったとは。
 今後パリを離れると、またいつ来られるかわからないので、銀がここで両替した。

 そして3時40分、凱旋門前ロータリー到着。
 ポン・デザールから凱旋門まで、休憩を入れながらのんびり歩いて約1時間30分。距離は直線でほぼ3km。
 いろいろな表情のパリが見られた散歩だった。

おわり

  
 ● 今回のおこづかい帳 
 
今回もなーし(金を使わんヤツらだ・・・)

小計:0F
合計:298.39F(約4,685円)+16,360円

(※レートは2000年5月当時、1F=15.7円で計算しています)

 

 ● 編集後記 
 
 ルーヴルからシャンゼリゼ横断リポートでした。
 銀も一度はシャンゼリゼを歩き倒したい、と言っていましたので、まあこれでお互い念願は果たしたわけですね。

 ロン・ポワン・デ・シャンゼリゼまでは、街中とは思えないほど緑が多くて、本当にきれいでした。緑がなくなれば、今度はカ フェが歩道に華をそえてきれいでしたしね。
 これが秋になると、今度は紅葉と枯れ葉の季節なんでしょうかねえ。それもまた見物ですね。

 のーんびり歩いていたのでけっこう時間がかかってしまいましたが、やはりとても思い出になりました。時間のある方にはおす すめです。

 それではまた次号でお会いしましょう。

 


3日目の1――路線バスでお気楽車窓観光/
         フォーブール・サンタントワーヌ通りとリヴォリ通り の巻
3日目の2――たかが両替、されど両替 の巻
3日目の3――お昼はフランス人と共に の巻
3日目の4――パリ右岸、練り歩きます の巻
3日目の5――バカと煙は高い所へのぼれっ!/その1 凱旋門 の巻
3日目の6――バカと煙は高い所へのぼれっ!/その2 エッフェル塔 の巻
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