| ■ お城と橋
サン・ガシアン聖堂[Cathe´drale St-Gatien]を出た後、特に行くあてはなかったので、とりあえずロワール[Loire]川を見にいくことにした。
(※Atteition! Cathe´drale=大聖堂)
聖堂前のリュ・ラヴォワシエ[Rue Lavoisier]を北上すると、まもなく右手にとんがり屋根の円塔を持った建物が見えてきた。
瞬間、わたしはワインのシャトー(醸造所)か? と思ったのだが、ミシュランのガイドブックを確認すると、これはそのまんま本物のシャトー(城)だった。
おお、トゥールにもお城があったんだ。
お城の名前は何と言うかわからないが(だって、シャトー[Cha^teau]としか書いてない)、現在ここはトゥールのあるトゥーレーヌ地方の歴史を紹介する博物館になっているそうな。
(※Atteition! トゥーレーヌはフランス中西部の地方名です。現在のトゥールはアンドル・エ・ロアール県の県都になっています)
ガイドブックによれば、165体ものろう人形を使って、王の結婚式や舞踏会の場面を再現しているとのこと。んー、すごい。
まあ、今日は6時を過ぎてしまったので、博物館はOUTである。あきらめてロワール川へ。
のーんびりと歩いてたどりついた橋の名は、ポン・サン・シンフォリアン[Pont St-Smphorien]という。幅が6メートルくらいしかない細い橋で、両端が歩道、中央が対向1車線ずつの二輪車専用道になっている。車が通れない構造になっているせいか、橋を渡る人もバイクもどことなくのんびり。
吊り橋の構造やらなんやらが、けっこう新しい橋だな、と思ったが、ミシュランのガイドブック(1995年版)にはこの橋はまだ建設予定になっていて載ってなかった。ということは、やはり新しい橋なんだな。

ポン・サン・シンフォリアン。
木々の向こうにトゥールのお城の円い塔が見える |
橋を渡っても特に何もないのだが、せっかくだから向こう岸まで行ってみる。
ロワール川はこのあたりでは東から西に向かって流れていたようだ。
川の中にはいくつもの中州が川面から砂地をのぞかせていた。
橋の上を歩いていると、どこからか羽毛のような綿毛がたくさん飛んでくる。
何だろう? 何かの木の綿毛なのかな?
そういう季節なんだなあ、とふと思う。
400〜500メートルほどしかない橋は、あっという間に渡り終えてしまった。
川向こうの街に足を一歩踏み入れると、何となく国境を渡ったような気分。不思議。
しかし、そこにあるのはごくごく普通の商店が並ぶ街。信号が赤から緑に変わって、停車していた車が動き出す。
まあ、要するに田舎だよなあ。
橋を渡ってとりあえず満足。
綿毛の舞う橋の上を、わたしたちはトゥールの街へ引き返していった。
■ 旧市街へ
この後も銀が文句を言わないのをいいことに(きっと疲れていただろうに)、「あっちのほうに教会の塔が見えるよ。行ってみようよ」などとそそのかしてトゥール市街を歩く。
まずはロワール川沿いのドルレアン河岸[Quai d'Orle´ans]を歩き、ロワール川の眺めを堪能する。
ロワール川はセーヌ[Seine]川同様、車道のある通りから、階段で川のすぐ脇に整備された遊歩道に降りることもできるようになっていたが、わたしたちは普通の通りを歩いていった。
この時、わたしたちの進行方向にはいくつかの橋が見えていたが、手前の石造りの橋はポン・ウィルソン[Pont Wilson]という18世紀にかけられた橋そうな。前長434メートルというから、川幅もそれくらいなのだろう。
道を歩いていると、通り沿いの建物の壁に、銃眼のある塔を3つ山形に並べた紋章がよく目につく。
何だかよくわからなかったが、銀とふたりで勝手にこれがトゥールの紋章なのだろう、と決め付ける。
(※Attention! 実際には何なのかわかりません)
だいぶロワール川沿いに歩いたところで、けっこう大きな通りにぶつかった。地図で確認すると、これはポン・ウィルソンへと続くリュ・ナシオナル[Rue Nationale]だった。
この通り沿いにサン・ジュリアン教会[E´glise St-Julien]がある、とガイドブックに載っている。行ってみることにする。
(※Attention! E´glise=教会)
このサン・ジュリアン教会があるリュ・ナシオナルはとっても華やか。午後6時を過ぎてもなお明るい日差しの下、赤や緑の張り出し屋根を持った、パリにぜんぜん引けをとらないきれいなカフェや、ディスプレイのきれいなお店がが軒を連ねていて、ちょっとゴージャスな避暑地のような雰囲気。うーん、フランス。
肝心のサン・ジュリアン教会の方は、どんな建物だったかあまりよく覚えていない(笑)。ロマネスクにゴシックを足したような建物だったなー、くらいである。
どうもこの後複数の教会を見てまわったので、記憶がごっちゃになってしまったらしい。
ただ、教会の地下にトゥーレーヌ産ワインの博物館とワイン・セラー(貯蔵庫)があったことだけはよく覚えている。
時間が間に合ってたら行ってみたかった。残念。
さて、この後どうしてそちらに行ったのかは覚えていないが、わたしたちは道を右に曲がってリュ・コメルス[Rue Commerce:商業通り]に入った。
ここもレストランやらお土産やさんなどが並んでいる。
明らかに君は中華料理屋でしょう、と思われる窓枠や入り口を赤く塗り、入り口の両脇に対聯(ドゥイリエン:おめでたい対句などを1句ずつ紙に書いたもの)を貼り付けた店までが、道路にテーブルと椅子を持ち出し、カフェになっている。
魚を持った子供や「福」の字を逆さまにした張り紙が貼られた窓の下半分にも、きちんとレースのカフェ・カーテンがかけられている。
うーん、フランスに来ると中華料理屋もこうなってしまうのか。恐るべし。
そんな通りを眺めながら歩いていくと、やがて道は広場に行き当たった。
ほぼ四角い形のその広場は、切妻屋根とレンガの壁にむき出しの木骨組みが美しい建物にまわりを囲まれていた。
きゃー、雰囲気は素朴だけど、まんま中世の街並みみたいでこれはすごいぞ。
この広場の名前はプリュムロー広場[Place Plumereau]。
15世紀の家並みを、現存する建物と織り交ぜて整備された広場らしい。
すごい――すごいっ。
むっちゃヨーロッパって感じじゃん、ここ。まるでおとぎ話に出てくる街みたいだ。

これは絵葉書にのってたプリュムロー広場。
でもわたしたちが見てきたのもまさにこれ。
たまらなくヨ〜ロッパ。 |
広場は中央のかなり広いスペースが階段で1、2段低くなっていて、そこに白いパラソル付のテーブルや椅子が、カフェよろしくみっちり並べられている。
おお、超広大なオープン・カフェってことか。
そのオープン・カフェの周囲には、たくさんの食べ物屋さんが並んでいて、この幻想的な風景の中で、みんなビールを飲んだり食事を楽しんでいたりした。うう、うらやましい。
しかしちはる、この時はびびってしまったので、目の前の風景の中に入っていくことができなかった。
銀も後で聞いたらここでビールを飲みたかったらしい。しかし、注文係のわたしがびびってしまったのであきらめたようだ。
うーん、返すがえすも残念なことをした。
時間があれば、また後日来たいなーと思ったが、結局その機会はやってこなかった。
もしまたトゥールに来ることがあったら、次は真っ先にここに来て、絶対食事を楽しもうと思う。
■ サン・マルタン・バジリカ寺院[Basilique St-Martin]
この後も教会などの塔をたよりに街を練り歩く。まずはプリュムロー広場からリュ・デュ・シャンジュ[Rue du Change:両替通り]をまっすぐ100メートルほど歩き、リュ・レ・アル[Rue des Halles]に出た。
このあたりは旧サン・マルタン・バジリカ寺院跡地なのだそうな。
(※Attention! Basilique=初期キリスト教の教会堂。ミシュランでは「聖堂」となっています。)
もともとは11〜13世紀に建てられた寺院だけど、その後、16世紀の宗教改革や18世紀のフランス革命の際に掠奪や破壊にあったり、19世紀初頭に道を作るために取り壊されたりして、いまではいくつかの塔が残っているだけだという。災難続きなお寺だな。
まず最初にわたしたちが見たのは、リュ・デュ・シャンジュとリュ・レ・アルの交差点近くに時計塔。
ちょうど7時の鐘が鳴っていたが、建物自体の記憶は残っていない。このあたり、背の高い建物がごちゃごちゃとたくさんあったんだよね。
次に見たのがリュ・レ・アル沿いにあるサン・ジャック塔。突然独立して古い石造りの塔が建っていたのでびっくりした記憶がある。
道をさらに進むと、円いドーム型の屋根が特徴的な建物が見えてきた。これが、現在の新サン・マルタン・バジリカ寺院[Nouvelle Basilique St-Martin]なのだそうな。
円いドーム型の屋根を見て、ロシアの教会みたい、とわたしは思ったが、これは新ビザンチン様式というそうな。
コリントだかドーリアだかわからないけど、建物を囲むように建てられた回廊の列柱を見て、ギリシャ風も混じっているのか? などとも思ったけど。
この新サン・マルタン・バジリカ寺院のあるリュ・デカルトとリュ・レ・アルのT字路の突き当たりには、だいぶ崩れ落ちた古い石造りの塔が残っていた――ような気がしたが、いま写真を見ると外観はごく普通の塔が写っている。内部が崩れていたのかな?
ま、なんにせよ旧サン・マルタン・バジリカ寺院の現存する一部で、シャルル・マーニュ塔という。
ミシュランのガイドブックを読むと、塔のてっぺんにサン・マルティヌスが自らのマントをふたつに裂いているレリーフがある、と書いてあったので、一生懸命探したような気がする。
実際写真を見ると、塔の上部に茶色ぽい色をした何かがある。でも、誰かが馬に乗っている図柄のような気がするけど。
このあたりを訪れるのは、よっぽど物好きな観光客しかいないのだろうか? ほとんど人を見かけなかった。
空はまだ明るいけど、建物にはさまれた通りはだいぶ暮れなずんできている。あまり暗くならないうちに街の様子を写真に撮りつつ、わたしたちはだいたいこっちだろう、とあたりをつけて駅前へと戻った。
■ 夕食、その他
途中、マルシェ・プリュス[Marche´ Plus]というスーパーでお買い物。わたしは水(1.6F:約25円)とクッキー(4.1F:約65円)を購入。しめて5.7F(約90円)。
カンだけで歩いていたけど、ちゃんと駅前の大通りらしき道に出た。
この道は中央分離帯が両脇に街路樹を植えた遊歩道になっている。その遊歩道を歩いて駅方向へ。
頭上にはこどもが画用紙に書いた両親の絵、みたいなものがえんえんつるされていたと思う。それを眺めつつ歩く。
やがて通りの左手に、うおおー、これはギリシャのパンテオンか? というような豪壮華麗な建物が現われた。横に長い2等辺3角形のファサード(正面入り口上部)に、うねうねとゴージャスなギリシャの神々が刻まれていたような。
(※Attention! この時点では手持ちのフィルムがもうなかったので、写真が撮れなかったのです。惜しい)
これは地図を見ると裁判所と市庁舎だった。
きっと昔からある建物をそのまま使っているんだろうなあ。いまこんなものを建てたら、日本だったら税金の無駄づかいってさんざんたたかれるよ。それでも、わが故郷の城下町では、警察署をお城風というか蔵造り風に建てたけどさ。
この裁判所と市庁舎の前は、広場になっていて、これをわたしがトゥール駅前の広場と見間違えて右に曲がってしまったと思う。
でも、最終的にはきちんと駅前に戻れた。よかった。
駅前のバス・ターミナルで、明日乗るバスをチェックする。が、いまひとつよくわからない。
まあ、案内所もあるから、明日の朝訊けばいいか、と流す。
駅前のマクドナルドがある通り沿いを歩いていると、銀が外で食事をしたいと言い出した。
もうこの日はずっと英語しゃべりっぱなしで疲れていたわたしは、また注文やらなんやらで気を使わなくてはならないのか、と思っていやだったが、銀が自分で注文するから、というのでよしとする。
どこにしようか、とふたりであれこれ悩んだが(気がちっちゃいから 笑)、よく見ているとあちこちの店で店じまいの支度を始めている。
あ、そうか。空が明るいんで忘れてたけど、もう8時近いんだっけ。
カフェなどは遅くまでやっているのでよいのだが、それでも早くしないとな。
そしてえんじ色の貼り出し屋根に、木だか籐でできた椅子とテーブルが並べられている店の前でわたしたちは足を止めた。
外に出ている看板を見ると、
┌ 肉料理 ┐
前菜 +| |+ デザート = 55F!(約864円)
└ 魚料理 ┘
と書いてあった。
(※Attention! 値段はちょっとよく覚えていませんが、確かこれくらいでした)
ふーん、前菜とメインディッシュとデザートで55Fなら安いんじゃん?
ということでここにする。
そして勇気を出して(笑)テラス席に座り、銀がウエイターに注文を始めた。しかし、なかなか話がすすまない。
わたしにも事情がよくわからなかったので、言葉が通じない3人、額を突き合わせて相互理解に努めると、実はあの看板の内容は、
1.前菜 + 肉料理(もしくは魚料理)
2.肉料理(もしくは魚料理) + デザート
という組合せのどちらかを選択してください、という内容であることがわかった。
めちゃめちゃわかりにくい書き方だな〜
(※Attention! でも、実際には他の店でもこういう組合せで表記されていました。ここでおぼえたおかげで、後で役に立ちました)
わかったところで銀は1のセットを、わたしはデザート付きの2のセットを注文する。あとは飲み物。銀は当然ビールだったが、わたしは何を飲んだかな? ちょっと覚えていない。
そしてこの後も、わたしたちの間だけでちょっとしたトラブルがあった。
というのも、日本人的にはこの後は、
(1)銀に前菜、わたしにメインディッシュ
(2)銀にメインディッシュ、わたしにデザート
という組合せで2度サーヴ(給仕)されるとわたしも銀も思っていたのだが、
実際には、
(1)前菜
(2)メインディッシュ
(3)デザート
ときちんと種類ごとにサーヴされたのだ。
しかも最初の前菜であるサラダをわたしの前に置かれたので、「これがメインディッシュ? ずいぶんフランス人ってあっさりしているんだな」と銀とふたりでカン違いしてしまった。
なので、「どうしていつまでたっても銀の前菜が来ないんだろう?」とふたり悩み、わたしがメインディッシュであると信じていた前菜をだいぶ食べおわった頃にその勘違いにふたりで気付いた。
んもー、自分たちのバカっぷりに呆れまくりである。
ちはる・銀、カフェのテーブルで煮え煮え。(笑)
よって、デザートは銀が食った。あまり甘いものを食べたい気分ではなかったらしい銀には苦しかったようだが、わたしだってもう食えん。
数種類あるデザートの内、銀は一番あまさ控えめと思われるアップルパイを選んでいた。
ようやく食事が終わり、さて店を出ようか、という段になって、またしてもこの店はサービス料込みなのかそうではないのかで悩む。
ふたりで周囲の客を見張り、未使用の灰皿の中に置いていくコインの量で、よし、この店もサービス料込みだ、と判断し、8時40分、どうにか無事に店を出る。
(※Attention! よっぽどの高級店出ないかぎり、サ料込みなのでみさなんは安心してください)
ふーう、料理はうまかったけど、気が疲れたよ。
外国での食事は、わたしにはやはりむずかしいなあとつくづく思う。
ホテルに戻って明日の打ち合せ。
お城めぐりをバス・ツアーでやるかどうかをさんざん悩んだが、日本語でガイドしてくれるわけじゃないし、言葉の通じないフランス人に気を使いながら観光するくらいなら、苦労してもいいからふたりで気楽にやろう、ということで決定。
何時のバスがあるとか、いまひとつよくわからないので、明日は早起きしなくちゃ。
入浴、洗濯、歯磨きなどした後TVを見ていると、外国のおもしろいTV番組特集のようなものをやっていた。
そして我らがニッポンの代表TV番組は、なんとビートたけしの「風雲! たけし城」。
おいおい、何年前の番組だよ。少なくとも15年くらいは昔の番組だぞ。
すんごく若いたけしや今田耕司が出ていてびっくり。
フランスって時が止まっているのか? それとも、映画監督・北野武にスポットをあてたからこうなったのか?
しかし、次のおもしろいCM特集に出てきたのはフジフィルムのCMで、首も座っていないような赤ちゃんがおくるみの中から手を出すと、実は手にカメラを持っていて、自分をあやしている両親たちをぱちりと撮影する、という内容。
おいおいおい〜〜
これも何十年前のCMだ? 確かに見た記憶はそこはかとなくあるけど、もんのすご〜く昔だぞ?
ちはる、ホテル・ヨーロッパの客室でタイム・スリップしたような気分になる。
日本を訪れた外国人も、TVの中で大昔に自分の国で流れたTV番組とかを見てフリーズするのだろうか?
んー、まあ、確かにドラマとかではあるだろうなあ。X−FILEだってビバヒルだってアニメのサウス・パークだって、アメリカじゃいまでは古くなってしまったバージョンのものが日本では流れているだろうから。
でもねえ。うーん。
割り切れないものを感じつつも、明日使いそうな英会話をチェックしてから就寝。
明日の観光は、どうぞうまく行きますように。
おわり
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