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■ ショーモン城への行き方
午前8時35分過ぎ。
初めて降り立ったオンザン[Onzain]の駅は、緑の木々と立ち並ぶ住宅の屋根しか見えないプラットホームだけの駅だった。周囲にはまるで人の気配がなく、いかにも田舎駅といった雰囲気。
しかしホームはやたら長い。ふつうの日本の駅がどれくらいの長さかわからないけど、このオンザン駅のプラットホームは300メートルくらいあったんじゃないかと思う。何しろ左右に伸びるホームの端っこがわたしには見えないのだ。
めったに電車がこないのに、何でこんなに長いんだろう?
そんな呆れるほど距離のあるプラットホームが、線路をはさんで上りと下りにひとつずつある。

オンザン駅 |
さて。
これから向かうショーモン[Chaumont]城は、ロワール[Loire]川のほとりにあるという。むかし見たショーモン城の写真では、背景にロワール川が写っていたから間違いない。
そしてロワール川は、プラットホームに立ってトゥール[Tours]方面を向くと左側にある。
じゃあ、線路を渡って向こうに行こうか、と思ったのだが、この長ーいホームの左右両端を見渡しても踏み切りらしきものが見当たらない。どーなってるんだ?
わたしたちが降りたホーム側には小さいけれども一応駅舎がある。
駅舎の中にこの街の地図くらいあるだろうから、踏み切りの場所もわかるかもしれない。試しに見に行ってみるか、と駅舎のドアに手をかけたのだがなぜか開かなかった。
そういえば中に人がいない。無人駅なのか?
困ったな、と思いながらふと何気に振り返ってみると、どこからともなく制服姿の男性が現れて駅舎の中に入っていった。いま開店、ということだろうか?
まあ何でもいいや。開いたのなら行ってみよう。
そうしてオンザンの駅舎の中に入ってみたが、これまたえっらく鄙びた内部だった記憶がある。中をざっと見回してみたが、あると思っていた地図はない。
仕方ない。先ほど外で見て、いまはガラスの窓口の向こうに座っている、あのちょっとドラキュラ入った駅員さんに訊いてみるか。
ショーモン城のフランス語での正しい言い方がわからなかったが、まあ「ショーモン」って入っていれば通じるだろうと思い(もう調べるのが面倒くさかった)、「Could you tell me how to get to Chaumont cha^teau?」(ショーモン城にはどうやって行くんですか?)と訊いてみたら、すぐにペラペラペラ〜っとフランス語で何か言い返された。どうも「ショーモン城に行きたい」という意志は通じたらしい。
駅員さんはトゥールの方角を指差し、手で坂を下りるような仕草をし、そして左に行けと指し示した。
だいたいの意味はわかったので、礼を言って外に出てまずトゥール方面に歩いて行ってみたら、まもなくして線路の下をくぐれる地下道に通じる階段を見つけた。
なるほど、あの駅員さんの仕草は坂を下りろではなく、この地下道をくぐれということだったんだな。
地下道をくぐって線路の向こうに行くと、
Sortie Vers CHAUMONT
←――――――――――――
Acce´s au Quai
Direction TOURS
←――――――――――――
と書いてある看板を発見。
おう、ショーモン[CHAUMONT]の文字がある。あってる、あってる。

これがその看板 |
地下道を出て地上に戻ると、まっすぐな道の左右に低い家並みの連なる通りに出た。
この道をずっと行けば、ロワール川にかかる橋を渡れるようだ。
通りは車の往来は多少あるのだけど、どういうわけか人通りはまったくない。よく映画で見るアメリカの広々とした住宅地に雰囲気は似ているけれど、生活の音がまったくしない。
本当に人が住んでいるのか、ここ? まるでゴースト・タウンみたいだ。
いまここでわたしと銀が誰かに誘拐されても、誰も気づかないんじゃないだろうか? ちょっと不安。
そんな静かな街を、ふたりでロワール川に向かって歩く。
道の右側にはレストランらしきレンガの建物がある。でも、テラス席の椅子とテーブルは積み上げられている。営業しているかどうかは不明。
通りの左側には小さな車の修理工場があった。店先にトヨタのランド・クルーザーがとまっていた。
一直線の道をだいぶ歩いた頃、通りの左右にキャンプ場が見えてきた。左側には森のように木々が奥深く生い茂り、右側のキャンプサイトでは、家族連れがキャンプ用の椅子とテーブルでくつろいでいる。
このキャンプ場のすぐ近くに橋があり、橋の手前は工事中だった。その工事に気を取られて気づくのが遅れたが、すでにここからショーモン城が見えていた。銀が、「ほら、お城」と指差す。おお、ホントだ。
くもり空のロワール川の向こう、なだらかな緑の丘の斜面に、木々に囲まれて鎮座する白い壁と灰色のとんがり屋根を持ったお城が見える。ショーモン城だ。

ロワール川越しにショーモン城を望む |
しっかし遠そうだなあ。ここから見るお城はけっこう小さいぞ。
まあ、駅から歩いて30分くらいかかるそうだから仕方ないか。
駅を出発したのが8時40分くらいで、橋を渡り終わったのが9時だった。どこからともなく時刻を告げる鐘の音が聞こえてくる。
橋を渡り終えると、「ショーモン城はこちら→」と示した看板が立っていた。案内にしたがって右に曲がり、中世のおもかげを残す街路(ルノーの販売店もあったが)をひたすらまっすぐに歩いて行く。
しばらくすると、高さが4メートルくらいある緑色をした鉄柵の門が見えてきた。門の向こうにはいかにもこの先はお城に通じてます、という雰囲気の坂道がある。
よく見るとその近くに「Entree du CHA^TEAU」と書かれた看板も立っている。間違いない。ここがショーモン城の入り口だ。

ショーモン城入口 |
この時、時刻は9時10分。駅からきっかり30分かかったということは、距離にしてだいたい2kmほどあるということか。
わたしと銀は歩くことを苦痛と感じないので、これくらいたいしたことないけど。でも、もっとガイドブックに行き方が載っていてもいい距離だと思う。
せっかくだから門の前で写真を撮る。
銀にさりげなく門の前を歩かせ、それを通りの向かいからわたしが撮ろうとカメラを構えた直後、背後の家の庭に放たれていた犬に思い切り背中から「Bow wow!」(フランス語不明)と吠えられ、ちはる、思わずうわぁと飛び上がる。
何なんだよー、もうっ! 誰にでも吠えればいいってもんじゃないだろう?
あの犬は番犬としては優秀かもしれないが、絶対人を見る目はない。
何とか写真を撮り終え、鉄柵の門の横にある通用口から入り、坂を登り始める。
坂は傾斜がやや急な丘をななめに切り開いたような道で、前方にさえぎるものが何もないので眺めがいい。
右手にロワール川と、はるか彼方の地平線まで続く深い緑の広大な森が見える。フランスって平らな土地だなあ、と今回の旅行で幾度目かに思う。
右側すぐ下の丘の斜面では何人かの植木職人らしき人々が働いていた。これから咲くバラのための手入れだろうか?
坂はけっこう長かった。おかげで息があがる。
坂をのぼり終わると、今度は地面すれすれまで枝を伸ばしたセードル(ヒマラヤ杉)の森の中を歩いて行く。なんだかんだでお城が見える前庭に着くまで、門から15分くらいかかった。
通算すると駅から45分ということか。帰りの電車の時刻に気をつけなくちゃ。
そしてショーモン城。ついにショーモン城。子どもの頃に写真で見て感動して、フランスでロワールに行ったなら、絶対この城だけは見に行こうと心に決めていたショーモン城が目の前にある。
というわけなので、さあ、感動のご対面っ! と思いきや―――
何なんだ? この小汚い城は・・・
わたしの記憶の中にあるショーモン城は、青みをおびて輝く銀色のとんがり屋根と白い壁の円塔がいくつも連なるメルヘンチックなお城で、手前には目にも鮮やかな緑の芝生が広がり、遠くには日差しを受けて水面が光るロワール川が見える「これぞお城」と銘打ちたくなるような美しい建物だったのに―――
いまわたしの目の前にあるのは、苔むした茶色い屋根が陰気な、ごく普通のお城だった。
まあ、壁は白いし芝生は緑だし、とんがり屋根をのせた大きな円塔は確かにたくさんあるけど・・・

あこがれのショーモン城 |
何がいけないんだ? とじっくりお城を見続けて、屋根だ、と思った。
帰国後、手持ちのフランスの城写真集で確認したが、本に載っていたショーモン城の屋根は太陽の光で銀青色に輝いていたのに、わたしの見てきたショーモン城の屋根はすっかり苔むしてしまっていて、輝くどころか茶色に錆びたような色合いになってしまっていたのである。
おまけに天気がくもりだったので、青空にとんがり屋根が照り映えるというわけにもいかなかったし。
そっかあ。屋根の手入れって大切なんだなあ。
期待が大きかっただけに、ちょっとがっかり。
それでも、何はともあれ中を見学、と思ったのだが、ショーモン城は5月は9時半から営業だったのでまだ開いてなかった(この時9時10分過ぎ、笑)。
仕方がないので9時半になるまで、わたしたちはショーモン城のまわりを散策した。
大きな木に囲まれたお城の朝の空気は、まだどことなく湿っていた。

ショーモン城。右はヒマラヤ杉。 |
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ショーモン城。裏から。 |
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