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■ ショーモン城
午前9時30分。ショーモン[Chaumont]城開城。
ヒマつぶしにショーモン城の周囲をぐるぐるまわっていたわたしたちも、お城の正面に移動する。
そういえば、城のまわりをひとめぐりしてみたけれど、入り口らしきものはなかった。どうなっているんだろう?
そしてお城の前に戻ってみると、先ほどまで上がっていた跳ね橋が降りて、アーチ状の門が姿を現していた。門の向こうにお城の中庭が見える。
へー、あんな古い跳ね橋が現役なんだ。
シュノンソー城でもびっくりしたけど、古い設備をよくまあそのまま生かして使っているもんだなあ。
ちなみに、こんな風にふだんは跳ね橋で見えなくなっている門は、ポルタル(隠し門)と言うんだそうな。

お城の門 Close |
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お城の門 Open |
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門の手前右上にあった飾り |
わたしたち同様、すでに何人かの観光客が入り口前で開城を待っていたので、一緒になって跳ね橋を渡って門をくぐる。
跳ね橋を渡ったところにもお城の職員さんがいたが、お金は中で払うらしい。
その職員のひとりである初老の男性が、わたしたちを見ると「Japon[ジャポ〜ン]?」と話しかけてきた。
ああ、「ジャポ〜ン」(日本)ってフランス語なのか、と思いつつ、日本人ってカモになりやすいから、海外でうかつに自分から「日本人です」って言っちゃいけないんだよなあ、と同時並行で考えたりする。
でも、こんなお城の職員さんしかいないような場所なら大丈夫だろ、と判断して「うん、ジャポ〜ン」とうなずきながら言い返したら、初老の男性はにこにこ笑っていた。
お城の中に入る。まずはチケットとお土産を売っている部屋がある。
というわけでチケット購入。ひとり32F(約502円)。フランスでよく見るピンク色の小さなチケットだった。

ショーモン城のチケット |
この時黄色いA4の紙を三つ折りにたたんだショーモン城のガイドをもらう。なんと日本語版もある。驚き。
なんだ、載ってるガイドブックは少ないけど、来る日本人は多いのか。
ま、確かにショーモン城はドイツのノィシュヴァンシュタイン城(白鳥城)と並んでディズニーランドのシンデレラ城のモデルになったことで有名なお城だから、日本人に広く知られていてもちっとも不思議じゃないんだけど。
だったら、もっと詳しく行き方をガイドブックに載せとけよ、とこのお城に本当にたどりつけるかどうか不安だったわたしは思う。
以後はもらったガイドにしたがって城内を歩く。
チケット売り場には、ショーモン城と城主の歴史を年表で解説した大きなパネルがある。が、フランス語なのですっとばし。まあ、ガイドにも詳しく書いてあるからいい。
ガイドによると、このお城もシュノンソー同様カトリーヌ・ド・メディシスとディアーヌ・ド・ポワティエに縁の深い城となっている。
アンリ2世は愛人であるディアーヌにシュノンソー城を正当な権利付きで与えたのだけれど、アンリ2世の死後、正妻であるカトリーヌはショーモン城を買い取って、無理矢理ショーモン城とシュノンソー城をディアーヌに交換させたのだそうな。むむ、すごい。
でも、シュノンソー城を追われたディアーヌは、結局ショーモン城には住まなかったとのこと。別のお城で生涯を終えたそうな。
よくよく考えれば女の執念うずまく2城である。
チケット売り場を出ると、まずチャペルがある。しかし入り口に柵があって、中には入れない。なんでや?
しかたがないので順路に基づき外に出る。どうやらいったん外に出て、隣の西棟に移るらしい。
外に出ると、そこは3方を建物に囲まれた石畳のテラスだった。ここからもロワール川と川向こうの広々とした風景が見渡せる。うーん、眺めがいい。

ショーモン城の中庭 |
景色を堪能し、テラスにある井戸をのぞきこんだりした後、建物の中へ。
入った部屋は、けっこう広いけれど壁にも床にも柱にもなーんの装飾も施されていないものすごくシンプルな広間だった。めずらしい。
暖炉脇にこの広間の往時の写真が飾られているのを発見。
見ると、やはり昔は超ゴージャスだったらしく、柱全体に彫刻が刻まれていたり、華やかな文様の壁紙が張られていたらしい。この時見たのは白黒写真だったと思うが、どういうわけか見た瞬間は極彩色のカラー写真に見えた。それくらい、写真の中のかつての広間は華麗だった。
床も現在はただの板張りだったけど、暖炉前の床にだけ青地に黄色いユリの紋章を描いたタイルが残されていた。これも、昔は部屋全体の床に敷き詰められていたんだろうな。
タイルのある暖炉の上の壁には、ややはげちょろけてしまっているけど彩色されたハリネズミのレリーフがある。

ハリネズミのレリーフ |
暖炉を飾る彫刻の中に、ローソク台を重そうに背負わされた7人の小人みたいなじーちゃんがいる。ちょっとかわいそう。
次の部屋は「ビリヤード広間」。部屋の真ん中にどーんと大きなビリヤード台が置いてある。
しかしこのビリヤード台、よく見たらポケットがない。
ええっ? ポケットがなくてどーやってビリヤードするの? などと一度もビリヤードをやったことのないわたしは思ってしまったが、実際にはビリヤードにはポケットのある台で行うゲーム(ナインボール、エイトボール、ローテーションなど)と、ポケットのない台で行うゲーム(四つ玉、スリークッションなど)があるのだそうな。知らなかった。
近くの壁には点数計算用のそろばん、というか、よく幼児学習用に売られている色違いのそろばん玉のようなものが横棒にささっていて1、2・・・と数えていくようなやつがあった。

点数計算用そろばん? |
この点数計算盤の両脇の壁には、向かい合うようにしてタペストリが飾られていた。両方ともハンニバルに関する絵だ。
絵の内容は覚えていないけど、一方のタペストリにはハンニバルの名前がちゃんと「H」から書かれていたのに、一方のタペストリでは「A」から書かれていた。
どーせ「H」は発音しないんだから、書いても書かなくてもいーじゃん、ということなのだろうか?
ちなみにこのタペストリが作られたのは16世紀。フラマン製とのこと。古い、ということだけはわかる。

ハンニバルのタペストリ |
上を見上げると、天井や梁一面に文様や絵が描かれている。太い梁の側面には、ショーモン城の絵があった。芸が細かい。
ショーモン城の模型がある(あったと思う)通路を抜けて、次は「旧書斎」へ。
部屋の真ん中あたりに、人物の横顔を描いたレンガ色のメダルをたくさん並べたショーケースがある。
このテラコッタ(粘土を焼いて作った素焼きの塑像や器)のメダルは、ショーモン城に住んでいたジャン=バティスト・ニーニという18世紀の陶芸家が、ショーモン城を訪れた人々や当時の有名人たちをモデルに作ったものだそうな。
ルイ15世やルイ16世のメダルもあるというが、男なんてどうでもいい。あれは何だ、これは誰だと言い合いながら、エカテリーナ2世(1729―1796)やマリー・アントワネット(1755―1793)の名前と横顔を確認。自分たちが知っている人がいておもしろい。

中央のメダルは確かエカテリーナ |
この部屋の床はレンガで、壁にはタペストリが3枚かかっていたが、絵の主題はぜんぜんわからなかった。
次に向かったのは食堂。ものすごく目のつまった重そうなカーテンと、こってこてに装飾されたゴージャスな大理石の暖炉がある。
ガイドによると、この暖炉はネオ・ゴシック製。どこがネオ・ゴシックなのかさっぱりわからないけど、暖炉を飾る彫刻をひとつひとつ見ていくと、いろいろなモノがあっておもしろい。わたしがメモに書き留めてきたのは以下の通り。
・鷲とトカゲが争っている姿
・ヘビににらまれたカエル
・ギターを弾く人、バイオリンを弾く人
・本を読む人
・かたつむり
・角が立派な山羊
・ヒナを養っている鳥
この他にもリボンや紋章やらイニシャルなどなどなど。細かく見ていたらきりがなさそうだった。

これがその暖炉 |
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カタツムリや鹿など |
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これは蛇かな? |
次はらせん階段をのぼって2階へ。このらせん階段の壁には、ビン底のように丸く、フチと中心で厚みの違う直径10cmくらいのガラスをきっちりと並べられて造った窓があった。ふうん、変わってる。
ちなみにこのビン底ガラス窓、パリに帰ってからルーヴル美術館でも見ることになる。
2階の最初の部屋は「衛兵広間」。部屋中に剣と甲冑がたくさん展示されていた。
この時、ふと窓の外を見たらなんとどしゃ降りの雨。
おいおい、マジかよ〜。外に出るまでにやむといいんだけど。
次は「ディアーヌの間」。赤い壁が妙に暗く感じる部屋だ。
3人掛けの背もたれ付きの椅子がある。3人掛け、というよりは、背もたれ&肘掛け付きのひとり用の椅子をみっつくっつけたような椅子なのだけど、なぜかすべてオリンピックの表彰台のように座面の高さが違う。ガイドではこの椅子を「奇妙な椅子」と紹介していた。
次の「諮問会議の間」は四方の壁を7枚のタペストリーで覆われた部屋。
7枚1セットのタペストリは「惑星と曜日」というタイトルがついていて、神様それぞれに1つの惑星と曜日、それと1〜2の黄道十二宮が割り当てられているのだそうな。ほほう。
確かにタペストリを見ると、ヴィーナスやらアポロンらしき神々が、それぞれいろいろな動物に引かせた車に乗っている。
この部屋にだけはプラスティック・ケースに入れられた解説書があり、「あれが月曜日で、あれが火曜日・・・」というように銀とふたりで確認しあった。
メモしてきた内容は下記の通り(※日本語部分のみ、ちはるの追記。ほぼローマ神話から。読みは自分でも何語かよくわかりません(^ ^;))。
・Diane(ディアーヌ:月の女神)
→lundi(月曜日)・・・Cancer(かに座)
・Mars(マーズ:軍神)
→mardi(火曜日)・・・Scorpion(さそり座)
・Mercure(マーキュリー:神々の使者)
→mercredi(水曜日)・・・Ge´meaux(ふたご座)
・Jupiter(ジュピター:神々の王)
→jeudi(木曜日)・・・Poisson(魚座)
・Venus(ヴィーナス:美の女神)
→vendredi(金曜日)・・・Balance(てんびん座)
・Saturne(サターン:農業神)
→samedi(土曜日)・・・Capricorne(山羊座)
・Appollon(アポロン:太陽神)
→dimanche(日曜日)・・・Lion(獅子座)
次の部屋はディアーヌの宿敵、「カトリーヌの間」。存在を誇示するかのように、有名な黒い服を着たカトリーヌの絵のレプリカが壁にかけられている。

カトリーヌの絵 |
この部屋もタペストリが何枚かあったが、その中の一枚に、切断された首からプッシュー! と勢いよく血が噴き出している絵が描かれているものがあった。何だ、こりゃあ?
ひえー、くつろぐ部屋の壁に飾るにはちょっと、っていうか、かなりどぎつい絵じゃないの? と思ってまじまじ見ていると、銀が「あ、これペガサスの誕生シーンだ」と言う。
曰く、ペルセウスがアンドロメダを救うために怪物を倒すにはメデューサの首が必要で、そのメデューサの首を切り落とした時に吹き出た血の中から生まれたのがペガサスなのだそうな。
おお、本当だ。タペストリをよく見ると、頭からたくさん蛇を生やしたメデューサの生首がある。
その他、同じ絵の中にペガサスが大地を蹴った所から泉がわきだした、というエピソードの場面も描かれていた。
う〜む、泉の方はいいが、誕生シーンの方はなあ。
こういうの、昔の人は何とも思わなかったんだろうか?
ちなみにガイドブックによると、このペガサスのタペストリは15世紀末に作られたもので、ショーモン城では一番古いタペストリとのこと。
この部屋には背もたれにユニコーンのレリーフを刻んだ椅子もあった。
例によって例のごとく、銀がこの椅子を写真に撮りたがる。しかし、椅子には人が座れないようにと、肘掛けに黄色と黒のロープが渡してあり、このままじゃ綺麗に撮影できない。
ちはる・銀、あたりをさささと見回し、誰もいないのを確認してからロープを外してシャッターをきる。小悪人である(※みんなはマネしないように)。

ユニコーンの椅子 |
次は1階から2階へと吹き抜けになっているチャペルを見下ろせるテラスに出た。尖塔アーチ状の壁3面に造られた色鮮やかなステンドグラスがよく見える。
あ、そうだ。ショーモン城はチャペルのステンドグラスの美しさでも有名なんだっけ。見るまですっかり忘れてたよ。
もちろんこれもばっちり写真に撮る。

ステンドグラス |
これでショーモン城内の見学できる部屋はひと通り終了。時刻はすでに10時40分を過ぎている。
行きに駅からここまで45分かかった。次に乗る列車はオンザン[Onzain]駅発11時37分。単純に考えると、10時50分頃にはお城を出なければならない。となると、もうほとんど時間がない。
あーあ、まだショーモン城の広大な庭やガイドブックにも載っている厩舎もまだ見ていないのに。
余裕をもって観光できるよう時間配分したつもりなのに、全然時間が足りないや。
お城と庭で合わせて2時間くらい見学できるよう時間をとっておけばよかった。
心残りはあったけど、次のブロワ[Blois]に行くために、わたしたちはショーモン城を出てオンザンの駅に向かった。
おわり
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