『フランス10日間徒然日記』 2000年5月25日(木)記

  
第40号
 
6日目の6――今度のホテルはからくり屋敷 の巻
  
2001.3.1 発行
  

 パリへ

 ブロワ[Blois]城の観光を終えて、ブロワ駅に戻ったのが13時20分頃。
 小さな駅舎の中で、今度はパリまでの切符を買う。値段はひとり93F(1,460円)。

 しかしこの切符、帰国後に確認したらこれまた「DECOUVERTE 12 25 AGE A JUSTIFIER」と書かれていた。
 つまり、わたしたちはまたしても12歳から25歳までの若者を対象としている「青少年割引」を適用させられてしまったのである(笑)。
 そんなに若く見えるかな〜、東洋人って。
実物はこちら!

 まあ、こちらは気づかなかったことだし、向こうは好意でやってくれたことなんだから良しとする。

 パチコ(=刻印)してからホームへ向かい、ベンチに座って列車を待つ。
 ほぼ時刻どおりにやってきた列車の車内はけっこう混んでいた。通路をはさんで2×2の座席に銀とふたり、並んで座る。

 車窓からの眺めを楽しもうと思ったが、窓ガラスは泥やらほこりやらでえらく汚れていて、景色なんて全然見えない。
 フランスの列車って、外側を掃除しないんだろうか?(でも、TGVはきれいだったような)

 しかたないので、ブロワ城で買ってきたロワールの城の本を読んでひまつぶし。
 途中、リードが首輪からはずれてしまった小型犬が、ものすごい勢いで通路を駆け抜けていった。飼い主があわてて追いかけていた。

 午前中はあんなに雨が降っていたのに、今は太陽がかんかん照りだ。汚れた窓からさしこむ太陽の光が暑い。

 4時20分過ぎ、オルレアン[Orle´ans]駅に到着。
 オルレアンかあ。ジャンヌ・ダルクで有名だよねえ。

 4、5分停車するようだったので、思い切って列車をから降り、観光できない代わりにせめて「Orle´ans」と書かれたホームの看板だけでも撮ることにする。
 列車が発車してしまわないかとひやひやしながらも、無事に撮影。
 また来る機会があるといいのだけど。

オルレアン駅ホーム
オルレアン駅のホーム

 車内に戻って列車がオルレアン駅を出発した時、「ん?」という表情でわたしと銀は顔を見合わせた。なんか、ブロワからオルレアンに来た時と同じ方向に列車が戻っているようなのだ。

 まさか、オルレアン駅で乗り換えが必要だったんじゃなかろうな? となんとなく不安になったが、まあ大丈夫だろ、と流した。実際に大丈夫だった。

 後で確認したら、路線が下記のようになっていて、「Les Aubrais Orle´ans」と「オルレアン」間は折り返し運転していることがわかった。
※Attention! ただしわたしたちが乗った列車は、Les Aubrais Orle´ansでは停まらない列車だった)

 ●ブロワ
   |
   ↓
 ●Les Aubrais Orle´ans ←――→●オルレアン
   |
   ↓
 ●パリ・オーステルリッツ駅

 オルレアン駅って後からできたのかな? 路線図だけで見ると、トゥール[Tours]同様おまけみたいな配置だった。

 その他、車内で特筆するようなことはなし。
 ただし、メモには「トイレで一騒動」と書かれている。
 なんだ? 何かあったんだろう?
 自分が経験してきたはずのくせに、まったくおぼえてない。

 本を読んでいたせいか、時間があっという間に過ぎていく。

 そして夕方5時40分過ぎ、列車はパリ・オーステルリッツ駅[Gare d'Austerlitz]に到着した。3日ぶりのパリである。

 列車を降りた瞬間、大きな駅舎の中の人ごみを見回しながら思ったのは、「ああ、パリってなんて人が多いんだろう」だった。

 ホテルへ

 パリに着いたその足で旅行会社に向かい、ホテルのバウチャーを今日からの宿3泊分の代金と引き換えに受け取る。

 ホテルはラ・デファンス[La De´fense]にあるシタディーヌ[Citadines]。
 前に泊まったのと同じキッチン付きステューディオ・タイプの部屋で、1泊1部屋513F(約8,054円)。
 総額1539Fを財布をひっくり返して小銭混じりのキャッシュでソッコー支払い、旅行会社を後にする。
 これで、この旅行会社とは完全に縁切りとなった。

 ホテルへ行く途中、Aさんのオフィスに寄ってスーツケースを引き上げる。ミシュランのガイドブックをお礼とともに返す。つくづく、この方には世話になった。

 ラ・デファンスは地下鉄1号線上、セーヌ川を越えた向こうにある。
 そして地下鉄一号線はラ・デファンス前ではセーヌ川の上を通っているので、目的地であるエスプラナードゥ・ドゥ・ラ・デファンス[Esplanade de La De´fence]駅は地上にあった。

 この駅はパリ中心部の地下鉄駅と違ってとってもぴかぴか。まだ新しい駅なんだな、と感じさせる。

 またこの駅に関しては、パリにしてはめずらしく出口にもターンスタイル式の改札があった。
 でも切符は入れなくてもいいらしい。じゃあ、いったい何のためにあるんだ? 謎。

 改札を出ると、右側にパン屋さんを兼ねたようなコーヒーショップがあった。日本と変わらんな、と思う。

 改札を出てさらに進むと、線路をまたぐ駅舎のテラスに出られる。するとそこから、凱旋門に向かって一直線に伸びる地下鉄の線路と大通りが見えた。

 おお、すごい。まっすぐだ!

 凱旋門にのぼった時も、その東西にまっすぐ伸びる大通りに驚いたけど、反対側から見てもやはり道は凱旋門に向かってまっすぐなのであった(当然か)。

 あまり高くないところからの眺望だったので、凱旋門のさらに向こうにあるグラン・ルーは見えなかったが、右手には小さくエッフェル塔が姿を見せていた。景色を眺めるにはなかなかよいポイントだった。

 シタディーヌ

 さて、ホテル。
 シタディーヌは駅を出て左手にあるのだが、ホテルに続く道は駅舎のさらに上にある。
 スーツケースを持ちあげながら階段を使って上に行くのは大変だなあ、と思ったが、そこはさすがに新しい駅。ちゃんとエレベータがあった。ありがたくエレベータを使わせてもらう。

 がらがらとスーツケースをひっぱって歩道橋のような道路を歩いていったが、このラ・デファンスという土地はかなり変わっている。

 英語風に読めば「ディフェンス(防御)」なんだから、昔このあたりはパリ防衛の要所だったんだろうなあと思わせる古風な地名を持つラ・デファンスは、その名前の古さに反してえらく近代的、というか近未来的なつくりをしていた。

 というのも、ラ・デファンスの建物はすべてコンクリートの柱に支えられた人工台地でつながっているのだ。
 だから、駅からホテル、ホテルからスーパーマーケット、というように建物から建物へ移動する時に、人は土の大地を踏む必要はない。地上から数メートルの高さに作られたコンクリートの人工台地や橋の上を移動すればいいだけなのだ。

 なんかすっごい非人間的(?)な感じがするけど、これって住む人には便利なことなんだろうか?
 まあ、確かに車は全部この台地の下を走っているから、通行のじゃまにはならないけど。うーむ。

 しかし、ホテルの入り口は人工台地上にではなく1階にあった。うんせ、うんせとスーツケースを持って階段を降り、午後7時、アスファルトの道を歩いてホテルに入る。
 ちなみに、シタディーヌはもともとオリオン[ORION]という名前だったアパート・ホテルを買い取ってできた会社らしく(? 詳しい事情はよく知らない)、ホテルの看板はまだ堂々と「ORION」のままだった。これから付け替えるんだろうか?

 さあ、チェック・インだ。

 もうこの時点になると、基本的なあいさつ以外のフランス語をわたしは放棄しており、「ボンジュール」とフロントの男性に声をかけた後は、「Check in, please.」とホテルのバウチャーをカウンターに差し出した。ま、相手も英語で応対してくれたから、それでいいんだろう。

 だがその報いはきちんと受けた。もう、それはそれは素晴らしく流暢な英語でぺらぺら〜っと言い返されたのだ。そんな早口、わかるわけないじゃんっ!

 それでも、「デポジット(deposit:保証金)」という単語が聞き取れたので、「デポジット?」と聞き返したら、不思議そうな顔をしながらも男性が「そうだ」とうなずいたので、わたしのクレジット・カードを渡す。

 後は簡単に何箇所かサインしただけでチェック・イン作業終了。
 あー、よかった。これで3日間、ここに泊まれる。

 鍵を受け取り、自分たちの部屋がある階へ。11階だったかな? とにかく標高は高い部屋に泊まった。

 エレベータを降りて通路を歩き、自分たちの部屋番号が書いてあるドア探す。そして見つけたのだけど、確か部屋番号がふたつかかれていたような記憶がある。

 疑問に思いながらも鍵を使ってドアを開けたが、そこでわたしと銀は一瞬立ち止まってしまった。

 ドアの向こうに、わたしたちは部屋があると思っていたのだが、予想に反してそこには長さ1.5メートルほどで行き止まる通路があったのだ。
 あれっ? ってなもんである。

 そういやあ昔、ハワイでこんなふうにドアを開けると2部屋共用のポーチ(玄関前広間)があるホテルに行ったことがあったなあ、と思い出す(友人が泊まったホテルなので、自分は泊まっていない)。
 そうか、それと同じなのか。

 アパート・ホテルのくせに、手の込んだつくりだなあ、と思いつつ通路に入り、自分たちの部屋番号が書かれた方のドアを開けると、今度こそ客室だった。

 部屋の中はまあまあの広さ。部屋に入るとすぐ正面がキッチンで、左手にバスルーム。右側は簡単なカウンターで区切られたキッチンの向こうにダイニング・テーブルがあり、さらにその向こうに居間空間。テレビと大きなソファやテーブルが置いてある。
 右奥突き当たりの壁に窓。見えるのは向かいに建っているビルのミラー・ガラスなので、バスティーユで泊まったレジダンス・トゥルーソー[Ho^tel Et Re´sidence Trousseau]の窓から見える古い街並みのような趣は全然ない。

キッチン
玄関を入るとすぐあるキッチン。
食器や調理器具はすべてそろっている。
ないのはスポンジと洗剤とふきん。
居間
キッチンから見た居間。
雑然としているなあ。
右側のソファがベッドとなる。

 それにしてもダイニング・テーブルは便利。レジダンス・トゥルーソーにはこれがなくって、ちょっと不便だったんだよね。

 あー、よーやっとパリのホテルに落ち着けたねー、と銀とふたりで安心していたが、ふと銀が「この部屋、ベッドがないぞ?」と言い出した。

 ええ? マジかよ?

 そしてあらためて部屋の中を見回すと、確かにベッドはなかった。
 強いて言えばあの大きなソファがベッドの代わりになるのか? と思ったが、とてもじゃないけど人ふたり分の幅はない。
 うっそだろー? どーなってんの?

 もしかして、あの内通路をはさんだ向かいの部屋が寝室なのでは? と銀と一緒に考える。
 しかし、わたしたちが借りたのは間違いなくステューディオ・タイプである。2部屋にわかれているとは、ちょっと考えにくい。

 でもそれ以外に思いつく案もなかったので、ふたりでこっそり内通路に行き、向かいの部屋のドアに鍵を挿してみる。しかし鍵は入らない。
 やっぱ、違うよーっ! とふたり、ダッシュで自室に逃げこんだ(笑)。
 うっかりすれば犯罪者かも、わたしたち。

 フロントに行けば教えてくれるかもしれないが、あのちょっと冷たい感じのする男性相手に英語で訊ねる勇気はわたしにはなかった。

 自力解決をめざして部屋にあるホテルの資料(英語版)を一生懸命読み込んでいると、部屋の内部を紹介している写真を見つけた。その写真には、ダブル・ベッドと化したソファの上でパジャマ姿の男女がくつろいでいる姿が写っている。
 ああ、やっぱりあのソファがベッドになるんだ。

 そしてあれこれソファをいじっているうちに、ソファの下部を引っ張るとシングル幅のエキストラ・ベッドが出てくることを発見。
 やった、ベッドだっ!

 シングルの幅もなかったソファも、背あてや肘掛けを外すと立派なシングル・ベッドになった。背あてや肘掛けはそのまま枕になる。なるほど、よくできている。

 こうしてどうにか、ふたり分のシングル・ベッドを確保。は〜、よかった。ダブルだったらどうしようかと思ったよ。
 苦労をさせられたけど、せまい部屋をうまく使っているな、と感心する。

 部屋の設備がだいたいわかったところで外へ買出し。ホテルを出てすぐ近くの人工台地の上に「SUPERMARCHE´ des damiers」という名前のスーパーがあった。


ラ・デファンスにあったスーパー

 中は、まあごくふつうのスーパー。お腹が空いていたせいか、えっらい量の食料を買い込む。

 そうそう、買い忘れちゃいけないのが、台所用洗剤とスポンジ。バスティーユのホテルにもなかったんだよね、これ。結局バスティーユではお部屋の清掃係の人が汚れた食器まで洗ってくれちゃったんで、困らなかったけど。
 というわけなので、キッチン付きホテルに泊まる場合、この2点は必需品。

 パンやチーズ、卵、パテ、2リットルアイス、量り売りのトマトやマッシュルーム、ぶどうのジュースに水、ビール、ワイン、シードル、ちはるの大好きなチリの缶詰などなどなど。今夜のメインディシュにはピザを買う。

 しめて198.85F(約3,122円)。大きな手提げのビニール袋に7、8個分くらいの量になったと思う。
 しかも水物が多いので重い(笑)。部屋へ持って帰るのに一苦労だった。

 買い物を終えて部屋に戻ってきたのが8時過ぎ。
 ピザとチリを暖めて、トマトとチーズを切って。銀はビールでわたしはジュース。

本日の夕食
本日の夕食

 ご飯を食べてちょっとソファに寝そべったら、相当疲れていたのか、身体がソファにはり付いて起きられなくなってしまった。仕方ないので夜10時、しばらく仮眠する。

 1時間半ほど寝て、11時半に起きる。風呂、洗濯、洗面、歯磨き。

 とにかく疲れた。

 夜12時半頃、就寝。

おわり

  
 ● 今回のフランス語 
 
poissonとpoison ・・・(2)母音にはさまれた「s」

 間が開いてしまったのでお忘れの方も多いでしょうが、「poisson」(ポワソン:魚)と「poison」(ポワゾン:毒)。一字違いで意味大違いの言葉ですね。
 今回はこのふたつの内の「poison」の方をやります。

          ・・・・・・・・・・・・・・・

 「poison」のように、母音にはさまれた「s」には次のような法則がありま
す。

____________________________
母音+「s」+母音 =「s」は濁った音になる。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 なので「poison」は、

・p+oi+s+on
    ̄ ̄    ̄ ̄
   母音   母音

だから「s」が濁り、「ポワゾン」という理屈です。

※Attention! でも、「oi」は「ォワ」でなく「ゥワ」って発音する説もあるので、日本じゃあの香水は「プワゾン」って呼ばれてましたね)

 そういや、わたしは普段セゾンカードを使っているのですが、あれは「saison」とつづるから、「ai」(エ)と「on」(オ〜ン)の母音に「s」がはさまれていて「セゾ〜ン」なのですね。

                          

 上記の法則を知っていると読める駅名の例は・・・いいのが(わたしにわかるのが)見つからないな。

 あ、地下鉄ではありませんが、「Amboise」の「s」も母音の「oi」と「e」にはさまれているから「ア〜ンボワーズ」で「ズ」と濁りますね。

 通りの名前の「シャンゼリゼ」も「Champs-Elyse´es」で、

1.最初の「Champs」の「s」は次の「E」とリエゾンするから濁る
 (※第17号でちょっと触れていますが、あの記述はやや間違っている)

2.次の「Elyse´es」の語中の「s」は、「y」と「e´」というふたつの母
  音にはさまれているから濁る

なので「Champs-Elyse´es」=「シャ〜ンゼリゼ」となります。

 今回また出てきたバスティーユのホテル、レジダンス・トゥルーソー[Re´sidence Trusseau]は、最初の「Re´sidence」の「s」は「e」と「i」にはさまれているから濁って「レジダ〜ンス」(※「en」=「ア〜ン」)。

 後ろの「Trusseau」は前回やった、

______________________________
同じ子音が重なった場合、その間が音節の切れ目になる
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
の対象なので、「Trus-seau」となり「トゥルーソー(トゥリュソー)」となります。

 では、今回はこれにて。

※このコーナーは不定期です。
 

 ● 今回のおこづかい帳 
 
ブロワ→パリ: 93F(だたし青少年割引適用)
 ホテル3泊:769.5F(割勘)
  スーパー: 99.43F(割勘)

小計:961.93F
合計:2841.6F(約44,613円)+16,360円

(※レートは2000年5月当時、1F=15.7円で計算しています)
 

 ● 編集後記 

 
 パリ帰還報告と、シタディーヌのからくりベッドリポートでした(笑)。

 実はシタディーヌ、この他にもいろいろとからくりがあります。いや、からくりっていうよりも落とし穴ですね。詳しい報告は7日目の最後でやりますが、同じアパート・ホテルに泊まるなら、わたしはだんぜんバスティーユのレジダンス・トゥルーソーをおすすめします。
 フロント係の人も、レジダンス・トゥルーソーの方が圧倒的にチャーミングだったしね。

 では、次号からまたパリ・リポートです。

 それではまた来週お会いしましょう。
 


6日目の1――雨のトゥールから見知らぬ街オンザンへ の巻
6日目の2――あこがれのショーモン城とご対面っ! の巻
6日目の3――くつろぎの部屋にかけられたタペストリのテーマとは? の巻
6日目の4――フランスの危険な食べ物? の巻
6日目の5――ついにロワールのお城めぐりしめくくり/ブロワ城 の巻
6日目の6――今度のホテルはからくり屋敷 の巻
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