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■ サン・ジェルマン・デ・プレ教会
サン・シュルピス広場[Place St-Sulpice]広場周辺の散策を終えた後、地下鉄のサン・ジェルマン・デ・プレ[St-Germain des Pre´s]駅からシテ島[Ile de la Cite´]に移動することになった。
もっと近くに別の駅があったのにわざわざサン・ジェルマン・デ・プレ駅を使おうと思ったのは、もちろんサン・ジェルマン・デ・プレ教会を外からだけでもいいから見ておこうと思ったからに他ならない。
道はリュ・ボナパルト[Rue Bonaparte]を通っていく。
この通りも左右にいろいろな店、というかブティックが軒を連ねていた。わたしでも知っているようなブランドの店もあったから、買い物好きな人にはよい界隈だと思う。
道はやがて大きな通りに行き当たった。これが有名なサン・ジェルマン大通り[Boulevard St-Germain]だそうな。
何気にふっと視線をめぐらしたら、交差点にある緑色の張り出し屋根をもつカフェが目に入った。
あ、あれ、超有名なカフェの「レ・ドゥ・マゴ」[Les Deux Magos]じゃんっ!?
いやー、わざわざ見に行くつもりはなかったけど、偶然に見られるとは。
ガイドブックによると、このカフェの2階にはボーヴォワールが、5階にはサルトルが住んでいたそうな(写真で見ると建物は6階建て)。
せっかくだから写真に撮っておこうかとカメラを構えたが、路上駐車の車に店が隠れてちっともきれいに写せない。
憎し、パリの路駐。

レ・ドゥ・マゴを通りの向かいから見た |
当然と言えば当然なのだが、この交差点からはサン・ジェルマン・デ・プレ教会が見えた。
教会ばっかりたくさん見るとひとつひとつの印象が薄れてよくないので、この教会は外から見るだけにしよう、と銀と言い合っていたのだが、なぜか中に入ってしまう。
しかも、教会内にはA4くらいの紙に教会内の詳しい説明を日本語で書いたガイドが2F(1Fだったかも)で売っており、ちはる、うっかり買ってしまう。
これによって、結局サン・ジェルマン・デ・プレ教会をじっくり見ることになった。

教会内で買ったガイド |
サン・ジェルマン・デ・プレ教会の外側でまず目につくのは、とんがり屋根ののったすっきりとした四角い塔。窓などの開口部の上部はほとんどシンプルな半円のアーチ型をしている。
ロマネスク様式で造られた建物は半円アーチで構成されている、という文章を読んだことがあるが、この塔(鐘楼)もずばりロマネスク様式。わかりやすい。

サン・ジェルマン・デ・プレ教会の塔。
青空にそびえ立つ。 |
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サン・ジェルマン・デ・プレ教会内部 |
中は暗い。そしてどこの教会や聖堂もそうだったように奥に長い。
柱頭などの装飾をよく見ると、修復された後があるようだ。おまけに、なんかどこかで見たような気がする形の物が多い。
教会内で買ったガイドを読んだら、いまここにある柱頭飾りは複製で、本物は中世博物館に展示されているそうな。
どうりで見たことがあると思った。
サン・ジェルマン・デ・プレ教会は中世博物館とセットで見るとおもしろいかもしれない。
この教会でいちばん有名なのはデカルトの墓碑があること。
と言っても、高校で倫理を勉強したのなんてえらい昔でもちろんデカルトが何をした人かなんて覚えてない。
「タブラ・ラサ」(tabula rasa:白紙)の人だっけー? とか適当な会話を銀としていた記憶があるが、「タブラ・ラサ」はどうもジョン・ロックというイギリス人の考えたことらしい。
デカルトは「われ思う、ゆえにわれ在り」という言葉で有名な人であった。
むぅ、自分のまぬけっぷりにほとほとあきれる。
というくらいわたしたちはおバカなので、デカルトの墓碑を見ても「Descartes」という文字を見て「おー、ホントにデカルトだー」とうなずくだけで感動はない。ありがたみのない奴らである。
しかも、デカルトの頭蓋骨はどこぞの博物館に展示されているそうな。
なんだ。じゃ、この墓碑は本当に墓碑だけなんだな。
詳しく見てきたはずなんだけど、覚えているのはその程度。
やはり、同じ種類のものは数をしぼって見ないとだめだ。
■ シテ島へ
予定通りサン・ジェルマン・デ・プレ駅からメトロに乗る。
ホームで帽子にベスト、ウェスト・ポーチという、いかにも日本人観光客スタイルをした初老の夫婦が二組いた。おまけにツアー会社のバッチもつけていた。ツアーの自由時間なのかな?
やってきた電車に乗る。この路線の車両は手動式だった。
3つ先のシテ島で降りると、別のドアから先の老夫婦たちも降りてきた。
どうやら手動のドアの開け方がわからなかったらしく、降りる時は現地の人にドアを開けてもらったらしい。
「ありがとうは何て言うんだ?」「メルシーよ」という会話が聞くともなく耳に入ってくる。
まあ、外国で現地の言葉を話すことに対して、気恥ずかしさや照れを感じることはままあるから(わたしは割とそのタイプ)、この初老の男性も照れちゃったのかな? と思ったが、本気で知らなかったとしたら、それは勘弁してほしい。
最低でも「ありがとう」と「こんにちは」は憶えていこうよ。
■ 休憩
シテ島の駅はかなり地下深くにあった。
またしても「年寄り殺しの階段」と名付けたくなるような長ーい階段をのぼってどうにか地上へ。
でも、さすがにこの駅にはエレベータがあった。なかったらマジで誰か死にそうだ。
地上に出たはいいものの、いきなりわたしと銀は迷った。
てっきり地上に出れば正面にどーんとノートルダム大聖堂[Cathe´drale Notre-Dame de Paris]が見えると勝手に思っていたのだが、実際に見えたのは普通の街並みで、大きな通りに出たら今度はきんぴかの建物が見えるだけだった。
地図を見たのだけどいまひとつ現在地がつかめない。
おまけにこの時点で時刻は午後3時。今日はお昼がまだなのでお腹も空いた。とりあえずこのあたりはカフェもいっぱいあるし、適当な店に入って休憩しながら位置を把握しようということになる。
カフェはどこも立派な造りで、わたしが何となくびびってしまって入れなかったが、アメリカン・スタイルとかあおり文句が書かれたコーヒー・ショップを発見したので入る。
この店は商品を自分でトレーの上に取る、カフェテリアのような店だった(せまいけど)。
店の中では料理人のような服装をした女性が、片手にケーキ皿を持った男性と熱心におしゃべり中だった。「ボンジュール」とあいさつしたが、目礼を返されただけで後はほっとかれた。
じゃあ、ホントに勝手に商品をとっていいのか? とちょっと悩んだが、まあいいや、と品物を物色する。
食べ物はパニーニやピザ、ケーキなどが大きなお皿の上に並んでいる。冷蔵庫のショーケースの中には飲み物や冷たいお菓子など。
あれこれ悩んでパニーニ(27F:約424円)とピザ(22F:約345円)をひとつずつとる(種類は忘れた)。
飲み物はアルコール類とソフトドリンクが13F前後で同じくらいの値段だった。当然わたしはワイン(13F:約204円)、銀はビール(13F:前出)を選ぶ。
さあ、品物は決まった、と思ったところで、おしゃべりしていた女性がわたしたちのトレイを無言で奪い、ピザはベルトコンベア式オーブンへ、パニーニはアイロンみたいなトースターの間にはさまれてしまった。
ああ、温めてくれるのか。
まあ、それはいいにしても、いきなり奪うことないじゃん。そっちはずっとおしゃべりしてたくせに。
わしらが悪いのか? ようわからん。
会計を終えるのと同時に、窓際のカウンター席に座っていた東洋系のふたり連れ客が席を立った。すかさずその席に陣取る。外を見ながら食事ができるので、そこそこよい。
窓からはすぐ向かいにあるカフェの中がよく見えた。
パリ市内の地図を広げているお客さんが多くて笑。
本当にパリは観光客が多い。

コーヒーショップの窓から。
いろいろな人が通り過ぎていく。 |
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これが本日のランチ |
食事をしている間に雨が降ってきた。かなり大粒の雨である。
サン・ジェルマン・デ・プレ教会付近にいた時には青空が見えていたのに。パリもロワールにおとらず天気が変わりやすい。
傘は持ってきていなかったので、小ぶりになるまで待つ。
しかし、雨はなかなか降り止まなかったので、雨にぬれてもいいからノートルダム大聖堂に向かうことにする。
コーヒー・ショップで現在地を確認したら、どうやらわたしたちはブールヴァール・ドゥ・パレ[Boulevard du Palais]沿いの、警視庁とサント・シャペルに挟まれたあたりにいたようだ。
コーヒー・ショップの窓から橋が見えていたが、これはサン・ミッシェル橋[Pont St-Michel]だった。
現在地がわかったので、警視庁の建物沿いに歩いてセーヌ川が見えたら左に曲がる。後はまっすぐ行けばノートルダム大聖堂に着くはずだ。
いまひとつ現在地に自信がなかったが、パトカーがたくさん停まっていて、ああ、間違いなく警視庁の建物づたいに歩いているな、ということがわかる。
そうして雨をよけつつ歩いていると、パリ到着2日目にバラビュスの中から見た、白い威容を誇るノートルダム大聖堂が見えてきた。
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