| ■ 朝の支度
朝6時半、起床。
昨夜はたっぷり休養をとったせいか、今朝は目覚ましが鳴らなかったけれど目が覚めた。
さっそく起きて朝食づくり。
メニューはトースト、オニオン・スープ、マッシュルームの炒め物、ゆで卵、パテ。
そしてパテの調理法に悩む。
この時わたしがパテと呼んでいたものは何かというと、何かの肉をフードプロセッサーにかけてすりつぶしたものをゼラチンで固めたような食べ物である。たぶん、テリーヌと同義だと思う。
色は白っぽいピンク。で、パテの周囲には薄い脂肪のような白い部分と透き通った黄色いゼラチン質部分がある。
これが中華料理だったら、肉・脂肪・ゼラチンが三位一体となった見事な東坡肉(とんぽうろう)だ。
しかし、果たしてこれは生で食うものなのだろうか? それとも焼いて食うものなのだろうか?
まあ、フランス料理屋では当然生で出てきたとは思うのだが、何か生のままじゃまずそうに見える。
で、とりあえずそのまま食べてみたが、あまりおいしいとは感じなかった。
貧乏人の舌にはなじみのない味だからか?
さて、今日は丸1日フランスに滞在できる最終日である。
銀とどこに行こうかと相談したのだが、わたしはもう1度ルーヴル美術館[Muse´e du Louvre]に行って、ルーベンスが描いたマリー・ド・メディシスの生涯絵巻(みたいなもの)を見に行きたかったが、銀はノートルダム大聖堂[Cathe´drale Notre-Dame de Paris]の上にのぼってキメラの石像を見てきたいという。
だが、わたしはもう聖堂はトゥール[Tours]のサン・ガシアン聖堂[Cathe´drale St-Gatien]を見て満足だったし、サン・ガシアン聖堂の印象を薄れさせないためにも、ノートルダムにはあまり行きたい気分ではなかった。
というわけで、今回わたしと銀は旅先で初めて別行動をとることにした。
実は、こいつと旅行するようになってもう10年以上たつが、いままで旅先で離ればなれになったことは1度もなかったんである。
まあ、フランスに来て1週間以上になるし、街の勝手や治安の良さはだいたいわかっていたので、お互いを満足させるためにはそれが一番よかろう、ということでこういう結論になった。
ただし、午後は一緒にルーブル美術館を少し見て、そのあと装飾博物館(銀の希望)に行きたかったので、12時半にルーヴル美術館で待ち合わせることにする。
ノートルダム大聖堂の塔にのぼるなら、早く行かないと大行列になるため、銀、8時20分に部屋を出る。
この時、銀は外廊下に出てから「あ、上着持ってくるの忘れた」と思って部屋に戻りたかったそうなのだが、内通路と内扉にはばまれて「開けてくれー!」という声が部屋の中にいるわたしに届かず(鍵は1個しかなくて、後に出て行くわたしが持ってた)、結局あきらめて薄着で外に出て行った。
どうも、ノートルダムの塔の上は風が吹いていたせいで寒くてきびしかったらしい。かわいそうなことをした。
考えてみりゃこのホテル、外廊下に呼び鈴がなかったのかな?
おまけにオートロックじゃないから、最後に部屋を出る人間が必ず鍵を持っていなきゃいけないし。
なんか、考えるとつくづく不便だ。
銀に遅れること30分の8時50分、ちはる出発。
今日は洗濯物を乾かすために、窓を細く開けて出て行った。
■ スペイン絵画・他
ホテルの外に出ると空は快晴。
朝から天気がいいなんて、フランスに来てから初めてのことではないだろうか?
南の空には細く白い月が浮かんでいた。
さすがに今日は土曜日。昨日と違ってラ・デファンス[La De´fense]の駅周辺にビジネスマンの姿はまったくない。
そのせいか駅もホームも人が少なく、閑散としていた。
1号線の電車に乗る。
ラ・デファンスのあたりはメトロとは言え地上を走っているので眺めはいい。
しかも、今朝は土曜日だからなのか快晴だからなのか空気が澄んでいるらしく、電車がセーヌ川の上を走る時に、パリの街並みがはっきりくっきり見えてきれいだった。
パレ・ロワイヤル・ミュゼ・ド・ルーヴル駅[Palais Royal Muse´e du Louvre]に到着。
しかし前回来た時とは違う出口から駅を出てしまったため、ルーヴル美術館がどこにあるのかわからなくなってしまった。
あれ? と思いながら歩いている内に地上に出る。建物の外に出たら、目の前に見たことのある免税店があった。
あ、ここ、2日目にカフェを探してる時に来たリュ・ド・リヴォリ[Rue de Rivoli]の通りじゃん。
すぐに自分の現在地を把握できたので、この後はすぐ問題なくガラスの逆ピラミッドがあるホールにたどりついた。
そして、そのホールの壁際にびっしりと人が並んで行列ができているのを見てびっくりする。
なんだ、こりゃ? まさか、ルーヴルの入場待ちとかっ!?
しかし、この人たちはルーヴル美術館に入る人たちではなかった。
うーん、あの人たちはいったいなんであんなところにいたんだろう。謎。
手荷物をX線に通し、お土産屋さん街を抜けてガラスのピラミッド直下のナポレオン・ホールへ。
チケット売り場には、さすがにもう行列ができている。昼にはもっと混んでしまうはずだから、銀の分も一緒に2枚買う。今日は土曜日なので、おひとり様45F(約707円)。

この日のルーヴルのチケット |
チケットを手に入れて、時刻はだいたい9時20分。まず見に行こうと思ったのが、ドゥノン[Denon]翼にある有名なエル・グレコ(スペイン)の「キリスト磔刑」(Le Christ en croix adore´ par deux donateurs)。
なんで見に行こうと思ったのか、その動機は忘れた。まあ、有名な絵だったからかな?
目的の絵は、2日目にグランド・ギャラリーで力尽きた場所のもう少し先にあった。
なんだ、もうちょっとがんばれば2日目に見られていたんだな。
一度来たところなので、道はだいたいわかっている。
なので、わき目もふらずにがっしがっしとグランド・ギャラリーを歩いていたが、あっ! イーゼルにキャンバスを置いて絵を模写している男の人発見っ!
うわさには聞いてたけど、ホントにいるんだ〜〜
2日目に来た時には見なかったので、ちょっと得した気分になる。

左から2番目の絵の天使の部分を模写していた |
そしてエル・グレコの絵の前に到着。
絵を見た感想はメモによると、「青と白と黒で描かれたおどろおどろした絵」だそうである。 どうもこの人はこういう絵を描く人らしい。
エル・グレコの絵を見たらこの場を離脱する予定だったが、ついつい他の絵も見てしまう。この時見た絵で、わたしの心の琴線に触れメモが残っているのは下記の通り。
●【La Cuisine de anges】(Bartolome´ Esteban Murillo 作)
(※Cuisine=料理、anges=天使たち)
男の人が跳ねて宙に浮かび、その下に紙切れが落ちている。
まわりでは大小さまざまな天使が料理の支度をしている。
●【La Messe de fondation de l'ordre des Trinitairs】
(※Messe=ミサ、fondation=設立?、ordre=修道会、
Trinitairs=三位一体)
祭壇の前で踊る司祭たち。輝石が起きたかのように目を輝かせている。
絵の上のほうでは天使がらっぱを吹き、イエスと主がいる。
水晶玉を持ち上げる天使たち。
●【L'Immaculee´ Conception avec
les saint Anselme et Martin】
(※L'Immaculee´ Conception=処女懐胎)
ハゲ(?)の人が何か書いた紙とペンを持って両腕を広げている。
その下では民衆が火に打たれている。
上空には三日月を踏んだ女の人(マリア?)がいる。
聖アンセルモはイギリスのカンタベリー大司教。スコラ哲学の基礎を作った人でもある。
●【La Flagellation】(Jaume Huguet 作)
(※Flagellation=キリストや聖人の鞭打ち形図)
金縁の額。
装飾された市松模様の床。遠くには半円のアーチでつながれた列柱。
建物中央の柱に結び付けられた半裸の男性を、左右の男性が鞭で打っている。流れ落ちる血を、天使が手に持った器に受けている。
その様子を画面の左右に並んだ人々が見ている。

あ、しまった。フラッシュをたいてしまった。
ちと見づらいけど、鞭打ち刑図です。 |
なんとなーくわかっていただけるだろうか?
詳しい(?)説明が残っているのは、Francisco de Zurbaran(スペイン)という人が描いた「L'exposition du corps de saint Bonaventure」。
意味は「聖ボナヴェントーラの遺体安置」だったかな?
これは解説か何かがあったんだと思う。
聖ボナヴェントーラ(イタリア生まれ)は、ギリシア教会とラテン教会を一時的にではあるけれど和解させることに成功した人だそうな。1221年に生まれて、1274年に亡くなったとのこと。
ちなみに、ボナヴェントーラとは「運がよかった」という意味らしい。
このひとは子どもの頃大病にかかって、病気が治ったら教会に身を捧げるというような誓いをたてたら、たちまち病気が治ったのだそうな。
その時言われたのが「ボナヴェントーラ!(運がよかった!)」。
で、それ以降名前をボナヴェントーラと変えたとか。
まあ、逸話なので話半分に聞いておこう。
絵に描かれているのはその聖ボナヴェントーラの葬式シーン(?)。真っ白な服を着させられた聖ボナヴェントーラが、金色とオレンジ色の豪奢な布がかけられた輿の上に横たえられ、その周囲でたくさんの人が、さまざまな表情と仕草で彼の死を悼んでいる、らしい。
中央の聖ボナヴェントーラが着た白い服と真っ黒な背景、そして陰影の濃い人物像がとても印象的で、何気に歩いていても思わず足を止めてしまうような絵だった。
次に気になったのは4幅1対の絵。
作者はBernardo Martorell(スペイン)で、タイトルは「Quatre sce`nes de la legende de saint Georges」。
フランス語がわからなくても、「聖ジョルジュの伝説4場面」というような意味であることはわかる。
ちなみに聖ジョルジュは竜を退治したことがある伝説を持つ聖人だそうな。

聖ジョルジュの伝説4場面 |
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左から順に見ていく |
しかしこの絵、どーにもこーにも血なまぐさい。
一番最初の絵の名前はわかっていて、「Jugement de saint Georges」ってんだから「聖ジョルジュの判決」とか「聖ジョルジュの審判」か。
絵の内容は、精緻な彫刻を施された金色の大きな椅子の前に、白い大きなカラー(襟)付きの黒い服を着て金の装飾がついたピンク色のとんがり帽子をかぶった男の人が立っている。
椅子の後ろではさまざまな民族衣装を来たいろいろなな国の人々が、物見高そうにその男の人を眺めていて、男の人の足元には犬が1匹うずくまり、手前には何やら深刻そうな顔で話をする男性たちや床に座り込んだ人々がいる。
ま、この絵はどうってことない。
しかし、次からの絵がすごくて、以降この聖ジョルジュは腰布1枚の姿にむかれ、まず2枚目では鞭で打たれ、3枚目の絵では足を縛られた縄を馬だか象だかにくくりつけられたあげく引きずりまわされている。そして最後の4枚目では思いっきり首を斬られ、胴と首が泣き別れになっているのだ。
ひー、子どもが見たら引きつけ起こして泣き出しそうな絵だ。
しかもこの絵、4幅全部がふんだんに金を使って描かれている。うう、これじゃゴージャスな残酷図絵だ。
後半3枚の背景はいずれも武装した人々と馬、槍がみっちり描かれた戦争のような場面。ところどころに赤い旗がひるがえっていて、4枚目の絵では、聖ジョルジュ意外にもばたばたと人が死んでいる。
うーむ、とりあえずは受難の物語だな。
とてもドラゴン退治の絵には見えなかった。
はっ、いかん。こんなところで時間をくっている場合じゃなかった。
これからわたしは3階のフランス絵画を見に行んだってば。
それでも途中、Matteo Rosselliの「Le Triamphe de David」(ダビデの凱旋)という、2日目に見たのとはまた違うダビデの絵に引っかかってしまう。
こちらのダビデはどこかのどかな雰囲気の野中の道を、片手にゴリアテの首をひっさげ、まわりをトライアングルやタンバリン、リュート、横笛などを演奏する女たちに囲まれながら歩いている。
ふむ。なるほど、凱旋か。
そういや、2日目に見たダビデの絵の中に、後ろにタンバリンを持った女の人がひとり描かれていた絵があったっけ。あれはこういう場面の一部を描いたんだな。
――というようにところどころ足を止めながらも、わたしはどうにか午前10時にはグランド・ギャラリーを離脱した。
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