出発

あーーーーオナニーしたい。でも今日はムリっぽそうだな。。あぁいつになることやら・・・。現在ソウルからバンコクに向かう飛行機の中。せっかく通路席確保したのに、スチュワーデスのカタコトの「カゾクデスカラ」とかいう理由で席チェンジさせられた。しかもおっさん連中にはさまれた席で。でもまぁ韓国人だからいいおっちゃんらっぽい。スチュワーデスもすごい申し訳なさそうに言ってたし。しかし大韓航空イケてないわー。行きの大阪→ソウルは、機内食期待してたのに茶そばに巻き寿司にいなり寿司にシャケに・・・!?日本の給食でもここまで日本日本したもん出んぞ。ソバにスシにコーヒーにオレンジジュースってのもなんとも・・・・・。うーむ。。。三捗の上は通ったのかなぁ・・・。夜だから韓国の地を上から見ることはできんかった。乗り換えのソウルの空港でもほとんど韓国を感じる事もなく。てゆーかビビンバくらい食わせろー!機内食はまだかー!?このあといつものあのバンコク国際空港に着くんやなぁ。あそこから俺の旅は始まったようなもんやし・・・。てゆーか酒飲ませろー!タイ航空はカンパリでもワインでも何でもあったぞー!なんか何の気合もなくなんか出発してしまった。。でも全てから切り離されて一人になると野生(?)になるんやねー。どう振舞おうがそれが「俺」なんだから。お♡ワインがお目見えや♪フランスにいた頃は23才やってんなー。この旅が終われば俺は25歳になるんか。まぁ日本で何か音楽のメド立てるというのは達成したわけだからこの旅はこれはこれでいいのだろうが。この旅で俺はどうなるんだろなー。一人で飛行機乗ってるってのにまだ大して実感わいてへん。今回は今までで一番危険だから気引き締めなきゃなんだけど・・・。でもまぁ気張ってばっかでも疲れたまって病気の元だしね。まぁ困るのは後回しにしよう。今更どうしようもないしね。いやーしかし関空で見たナビスコカップ決勝はよかった〜!エメ&タツヤの最強2トップが期待どおりの活躍!本山がいなかったのが残念だったなー。これでジーコも田中達也呼ばなあかんやろ〜。今大久保よりいけてるよなー、うまいし。おーワインうめ〜〜!さぁやっと来た機内食らしい機内食くって・・・、なんじゃこりゃ!??うーんまぁいいか。きっとおいしいさ。大韓航空イケてないけど、日本の音楽のトコにハイロウズが2曲も入ってんのはいいけど「夏なんだな」が「真なんだな」になってたのはちょっとおもしろかった。それくらいかな。さーメシ食って寝よ。

***************************バンコク到着***************************

なんかひと眠りしちゃったから変なカンジ。はじめに旅日記書いた場所にやって来ちゃった。この空港には何度も来てるけど、こっから出るのは今回が初めてなんだよな。さっきの横の席のおっちゃんは、英語ペラペラしゃべるからどっから来たのかと聞いてみたら片方はUSAからで、もう片方はタイ人だった。どー見てもアメリカ人には見えんかったが東南アジア系アメリカ人なんだろうか。しかもこのおっさん同士は聞いた事ない言葉で話すもんだから「それ何語?」って聞いたらラオ語!?どーなっとんねん・・・。タイ人の方もやたら世界中周ってるし。京都にも行ってた。しかしタイ語とラオ語が似てるってわかったのは収穫だったな。今頃日本は夜中の2時。さーここで一眠りして日の出と共に出発じゃー!

1日目 バンコク

もう陽も暮れるかな・・・・。
俺はやっぱ良くも悪くも旅慣れてしまったっぽい…。 金のレートも前来た時よりだいぶいいし、乾季だから雨も降らないし湿度も少ない。11月だから飛行機のチケットも安いし、何が必要で何がいらないかもよくわかってる。でも旅ってそーゆーもんじゃなかったような気がする。突然の大雨に降られれば傘をさして、ヒドイ目にあえばそれが一生モノの大切なエピソードになる。目に写る物、肌に感じる物、全てが新鮮で見る物全てに目を輝かしてた頃に比べれば、きっと今の俺はすごく冷めてる事だろう。もう全てが大して印象に残ってない。まぁ初めからこんなバンコクのような街にはひかれなかったりはするとこはあったけど。もっと懐かしさに心ときめいたりもするかと思ったけど。それでもまだこの先の未知の世界に何かがあると期待しつつ。音楽で言えばこれはすでに「パンク」ではないのだ。初期衝動とも程遠い世界にある。旅でも人生でもその先に自己満がなければ意志を貫く意味もないのだ。いや貫くほどの意志力ももはやそこにはないのだ。それでもこの旅は最後までやり遂げてみたいと思う。
えーと今日はなんだっけ・・・。ゆうべ結局寝れず、朝はもたついて夜明け前のバスでバンコクのかの有名なカオサン通り(注:世界中のバックパッカーが集う安宿街)を目指す。ついにね。しかしバス代3.5B(バーツ)だと思ってたらエアコン付きに乗ってたから20Bもとられた。すごいとられた気分だったけど、それでも日本円にしたら60円にも満たへんのよね。どうも20B札が20ユーロ札に感じちゃって・・・。あとは予定どおりビザとって宿もひさびさに探して・・・、で、食って飲んで食って飲んでかな。色んな事も全てもう前に見てるから印象にも大して残らへんのよね。さー明日は7:40分の電車でカンチャナブリーだしさっさと寝よう。あーあ。暑・・・・・・。

2日目 カンチャナブリー

せっかく昼前に着いたのに夜まで眠りこけてしまった〜。まぁええけど。あしたゆっくり観光して。カンチャナブリーいいトコやな〜〜。そしてビールがうまい!ビールをうまいと感じるかどうかも女の子をかわいいと感じるかどうかも所詮その時の気分なんだろーな。決して値段でもブランドでもない。さて・・・・・。
今日は早朝にカオサンの宿を出発して川を渡る船着場へ。それまでに朝メシ食おうと思ってたけど市場もまだこれからっぽくて、しょうがなくさっさと船に乗ってバンコクノーイ駅に向かう。昨日下見しといてよかった。で、ジュースでも買いたいが小銭がない・・・。駅の前にも大きな市場があったが、パイナップルでも食いてーと思っても手頃なのが見つからず。なんとか駅に着いて切符を買おうと、古いガイドブックよりは多少値上がりしてるだろーなーと思ったら、ちょっと安くなってる・・・。あらら珍しいパターン。で、小銭ができたし、ゼータク言わず青のファンタを買うと、やっぱり気分悪くなるほど着色料こってり。で、結局朝メシ食えないまま電車に乗って、バックパッカー道としては邪道だが、あきらめて日本から買ってきた非常食用のカロリーメイトを探してカバンを探ったその時、一人の日本人が話しかけてきた。「これってどこ座ってもいいんですか?」俺が「いいんじゃないの?」って言って、そこから一緒に座って話しながら行くことに。そして、そこで買ってきたというナシみたいな果物を1コくれる。あ〜助かったー。ちょうどよかった。で、日帰りで終点までの切符を買ったというその人と話しながら行くことに。初めそんな人にさえ警戒して日本人も避けてたけどなんかやっと旅らしくなってきた瞬間だったかもしれない。初めは一人で三等車を楽しみたかったから、その人のイライラするようなトークもうっとうしかったが、すぐに居心地よくなった。情報も色々聞けたし。売り子のメシも二人で5Bづつ値切ったし。そして電車のかぎのぶっ壊れたトイレに行ってうんこをした時!生まれて初めて緑色のうんこが出てしまった!何が原因なんだろう??やっぱ着色料の強い青ファンタのせいかなあ。まぁ何にしても今なんともないからいいのだけど。ちなみにうんこしてたら一回ドアガラッって開けられたよ。いいけどべつに。で、カンチャナに着いたら、さっそくサムロー(チャリンコタクシー)のおっちゃんが客引きによってきたけど、5Bで安いゲストハウスまで連れてってくれるというので、歩くと遠いとも言うので、まぁ5Bくらいならいいかと乗ることに。しかしあとでガイドブック見たら近い距離で20B!?安かったんやなぁ。そしてラクチンでおっちゃんは俺と荷物を乗せて一生懸命こいで宿まで連れて来てくれる。たったの5Bでこんなおっちゃんが俺なんかを乗せて一生懸命自転車をこいでくれてることにむしろちょっと感謝と申し訳なさも感じながら実にラクチンに安宿に来れる。いいトコだしここでOK。いやーおっちゃんありがとう。で、部屋にやいって寝転んだらそのまま夜まで寝ちゃう。あーもう今日あちこち回るつもりだったのにー。まぁいいか。いいトコだし明日もここでもう1泊しよう。一番居心地のいい「観光地田舎」な感じだしね。で、晩メシ求めて近くをフラフラしてみると、さすが観光地田舎らしく英語やカタコトの日本語でいっぱい話しかけてくる。でも笑顔を返すしかない俺がそこにはいた。どーしたんだ俺!?バリにいた頃はそんなんじゃなかっただろ?晩飯の店に入るのにも少々勇気がなくて素通りしたり・・・。おいーどーしたんだ俺!?もう旅モードじゃないんか〜!?それにかわいい子が声かけてきたらすぐ「売春婦か?」と警戒しちゃうのも嫌な奴だよね俺って。特に夜で、かわいくて、金髪とかだったら・・・。ここはバンコクじゃねーっつーの。みんなタダの無邪気な女の子なのに。で、英語しゃべる客引き(?)の兄ちゃんにうまいことつかまってバンメシにありつく。チャーハンみたいのとびんビールうまかった〜〜!で、帰ってシャワーして洗濯。さー今日こそ夜寝れるかなー。明日はゆっくりカンチャナ見て、あさってバンコクでビザもらって次の日から駆け抜けるぞー!あータイももうちょっとのんびり来たらよかったかな〜・・・。

3日目 カンチャナブリー

戦場に架けた橋 あーこの日はいっぱい書くことあったのに酔っ払って寝ちゃったよー。まーとりあえずカンチャナの女の子はほんとにかわいくておしゃれでセクシーで、そして曲者だった(笑)
コケッコッコーが聞こえるしっとりした気持ちいい朝に、カンチャナすげーいいとこだなーと思いつつ、宿の近くの地元の人しか来ないような屋台へ。「いくら?」と数字を覚えただけでも会話になるし随分違うねー。たったの10バーツで朝メシ。こんなに外国人なんていっぱい見かけるのに子供達はじっとこっちを見てる。やっぱまだ珍しいんだろうか。そしてレンタル自転車を借りて、まずは戦場に架けた橋、クワイ河鉄橋へ。すると橋の手前にJEATH 戦争博物館が移動してた。地図と全然違うじゃん。先こっち来てよかったー。とりあえず橋見て、で戦争博物館へ。そして考えられるレベルをはるかに超えた日本軍の残虐な行為にショックを受けたというか色々考えたというか。で、書き込みノートが置いてあって、ちらほら日本人の書き込みもあったけど、あまりにもみんなしょーもない事しか書いてないので、以下のような挑戦的な書き込みをしてきたよ。
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6/11/03
罪の大きさが、あまりにも考え得る範囲を超えているので、今すぐここで簡単なメッセージを書き残すにはあまりにも知識も時間も経験も脳ミソも足りなさすぎるので難しいのですが、我々日本人の若者が何をすべきかという以前にしなければならない事は、もっと事実を知らなければならないという事と、それを伝え、また考え続けなければならないという事だと思います。正直ここの事実を知っただけでも、ブッシュもジョンイルもかわいいもんじゃんと思えました。終戦直後に生まれたウチの親父は今でもテンノーヘーカ様が大好きです。きっと彼がここへ来たって(絶対来る事はないと思いますが・・・)きっと何も変わらないでしょう。未だに「○年○月○日に原爆が落とされた〜」などとヒガイ者面な事しか言えない日本の大人どもには、もう何言っても変わんないと思います。だから我々日本の若者達が、自分の目で見て、自分の頭で考え、自分の言葉で何かを伝えなきゃいけないと思います。このノート見ててもしょーもない書き込みしてる奴はいっぱいいますが、この書き込みを読んでくれて、少しでも自分の頭で考える事を始めてくれた人が一人でもいてくれたら嬉しいです。汚い字読んでくれてありがとうございました。

日本の一若者 音楽家兼旅人 古川武史24才 from Kyoto JAPAN

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恐ろしい数の自分と同じ若者のお墓… で、もう一度橋を見てから犠牲になった人達の墓地へ。お墓があるだけでもラッキーな方なんだろうけど、それでもその数に圧倒される。しかし何よりショッキングだったのが、墓石に書かれてる年齢をふと見ると、22才、30才、19才、25才、21才・・・・・・・・・・・・・・・。これみんな自分と同じくらいや、自分より若いような若者達。。たかが一握りの人間の権力欲のために無理矢理連れてこられ、病気になって熱がひどくても例外なく意識を失って倒れるまで働かされ続け、そして死んでいった数え切れない若者達。たかが橋を予定通り完成させるためだけに。ほんとならこれから未来があったであろう自分と同じ若者。セックスしないで死んでいった奴もいっぱいいただろう。後にすばらしい才能を発揮したであろう人も数多くいたことだろう。そしてこんな事のために死ななくてはならなかった彼等の無念と、親、恋人達の深い怒りと悲しみ。日本の犯したあまりにも恐ろしい罪をどうとらえていいのかもわからなかった。
そして墓地を後にすると、チャリンコで水上レストランがいっぱいある所へ。地元の人の安そうなトコもいっぱいあったが、たまにはちょっとぐらいゼータクしようと水上レストランへ。やっぱり外国人も多く来るのか英語のメニューもあった。で、シーフードの麺超うまかった。一休みしてそっからさらに南へ行こうとすると、この日二度目のチェーンがはずれる。しかも、一回目はすぐ直ったが、今回はなかなか直らない。後ろがついても前がはずれ、前がついても後ろがはずれ、一向に直らない。小学校の前だったので、気付けば小学校低学年ぐらいの無邪気な子供達が、珍しそうに窓から顔を出して「ハロー!」「ボンジュール!」「ニーハオ!」と叫び続けてる。チビッコに愛想振りまいてる間もなく修理に苦戦していると、そこへバイクの後ろにめちゃめちゃかわいい彼女を乗せたスーパーナイスガイ登場!彼は俺の近くにバイクをとめると、何も言わずチェーンを直し始めた。でもやはり俺と同じように苦戦しだしたかと思ったら、ものの5分で直してしまった!俺が「コープンマッカッ!(どうもありがとう)」とお礼を言うと彼は何も言わず笑顔で去って行った!俺と同じように手真っ黒になったはずなのに。ほんとおめーら俺が今まで見た中で最高のカップルだよ!最高の彼女に最高の彼氏だよ!いやーなんかやっぱいつの間にか旅らしくなってきたね。
トラ触ってます。さすがにビビった。。 で、また壊れると困るので、自転車をチェンジしようと思い、いったん宿に帰る。すると宿のメロンちゃん(ニックネームだろうな)が、「どこ行くの〜?」と聞いてきたので、「山の上の寺に行く」と言ったらどうやらチャリで行くにはとても無理な程遠いらしい。で、トラを触りに行くツアーに誘ってくれて、そっちに行くことに。このメロンがまたなかなかの曲者だった。「明日去らなきゃいけないけどここが気に入ったしずっとここにいたいよ〜」なんて言ってみると、嬉しそうに「私もあなたがまたここに戻ってくる事を望んでるわ〜」なんて言って、後には「そしてあなたはエラワン滝ツアー(ちょっと高いツアー)に行くのよ〜フフフフフ」ってなもんで。う〜むなかなかやるな(笑)。何も考えてないようでなかなか計算されてる。はじめはタイ版O型の女と思ってたが、俺の女版かもしらん(笑)とりあえず両者心動かず引き分け。で、トラツアーにはもっとめっちゃ好みのかわいいガイドの子がついてくれて、8人程で出発。ワゴン車はどんどんアスファルトの道をはずれ、さらに歩いてやってきたのは険しい渓谷。そしてそこには3人程のお坊さんと3匹の本物のトラ!で、「誰から行く?」ってさすがにこれはみんなちょっとびびってた。でもまぁ言われるままにトラ触って写真撮ってもらったが、俺が写真撮ってくれたガイド(?)の男にヒソヒソ声で「コープンカッ(ありがとう)」と言うと、でかい声で「コープン」ってこっちがびびるわ。で、次は赤ちゃんトラ(といっても十分デカイが・・・)が3匹いる所へ。いじわるだな〜先に大物のとこ連れてって〜。こっちはかわいかった〜!手舐めてくれたけど舌はザラザラ、肉球はデカイ!けどプヨプヨ。あとは猿のチョッキーもおもしろかった。女の人にはすぐ甘えるし。うーむやるな・・・。俺のカメラをあげると、かじってみたり眺め回したり、なかなか返してくれない。すげーおもしろい。まーそんな感じでツアーも終わり、かえって宿の前のバーで晩飯。するとここの子が、日本の音楽好きで、いっぱい日本のCD見せてくれた。ブックオフの\100っていうシールが貼っついてるのもあったし。で、タイなのにトランスあゆ聴きながらメシくってビール飲んで、いったん去ったが、水買って戻って来たらまた呼ばれて、しゃべるだけっつって隣に座ったらすげー絡んできた。ほんとに俺が好きなのかそーゆー商売なのかほんとにわからんかったが、明日去るっつったら「行かないでー!!」「私も一緒に行くー!」とか「私の彼氏ー!」って抱きつかれたら一瞬本気でずっとここにおろうかと思いかけたけどそーゆーワケにはいかんよね。で、結局ずっとその子と酒のんで楽しい夜を過ごしたさ。いやーしかしまじかわいくてセクシーでほんまにいい子やった。この旅でNo1になる率高し。でもこんなトコで女にハマってる場合じゃないので、さー旅を続けるぞー!

4日目 カンチャナ→死の鉄道→バンコク泊

こんな断崖絶壁のジャングルにまで鉄道を作らせてたのか・・・ 今日は朝から近くのトコで朝めし。もう慣れたもんで、めんを指差して「いくら?」「15バーツ」とタイ語で会話して朝メシをのんびりいただく。で、大好きなカンチャナを後にして駅へ。駅では学生を終えて駅でさらに4年研修のような事をしてる女の子二人が話しかけてきてくれてしばらくしゃべる。やっぱカンチャナいいなー。で、この死の鉄道の現在の終点まで乗ってみようと電車に乗り込んだのだが、どーせ誰も乗んないだろうと思ってたのに大量の白人ツアー客やらで超満員。ガイドに「座りたい!」と怒ってる白人女もいるし。何様のつもりやねん。で、終点まで行ったがかなりしんどかった。で、すぐ引き返してバンコクに向かって夕方ついて(かなり疲れた)出てみるとバンコクあちこちでお祭り状態。ほんとにお祭りなのかいつもこうなのかよくわからないが、とりあえず屋台で買い食いしながら宿へ。おそく着いたせいか、ちょっと汚めの部屋に連れてこられてさっそくゴキブリ出る…。穴に逃げやがったから穴をトイレットペーパーで塞いでやったぜざまーみろ!でもどっから出てくるかわからんよねー。で、予定通りビザも取りに行って、さー明日早起きしてカンボジア。バッタンバンか、さっさとシェムリアップか・・・。どーしよっかなー・・・・・。

5日目 カンボジア国境越え

ついに国境越えてカンボジア入国!いやーしかし今日もすごい1日やった。てゆーかこれぞ旅!これぞアジア!って感じやった。
朝、5:55分発の電車に乗るために早起きしてタクシーでバンコクホアランポーン駅へ。はじめ100Bとか言われたのをなんとか60Bで来たが、それでも大きいなぁ。そして予定通り電車に乗り込み出発。斜め前には2人の日本人らしきカップルがいる。東京人だろうか?かなりオシャレ。彼女かわいい顔してんなぁ。こっちのタトゥー入れたタイ人の兄ちゃんは、ワルそうに見えて子供が横に乗ってきたらすごいやさしい兄ちゃんの顔になってた。子供をあやしてすぐに子供もなついた。他にも白人が3人いてあとはタイ人で満員の電車でひたすら東へ。そして11:30分に終点、タイ側の国境の町アランヤプラテートに着く。電車を降りるとやはりトゥクトゥクのおっちゃんらがたかってくる。しかし50Bというので、それならガイドブックに書いてた値段と同じなので、それで行く事に。ここまでは予定通りだった。おっちゃんに「国境までやぞ」って念を押したのに、バス会社に連れて来やがった。ここのおばちゃんいわく、国境へはトゥクトゥクでは行けない。みんなここからバスで行くんやって、嘘つけー。もう完全にグルやなこいつら。でも白人旅行者達もさっきの日本人もここへ連れて来られてたので、ガイドブックから変わったのかなとも思いつつしぶしぶバスで行く事に。するとシェムリアップまで15US$だと!!?なにー!!?ふざけんな。しかししょうがないのでOKする。みんなもそうしてるんだろうか?すると日本人カップルが話かけてくれて、どうやら同じような事らしくて、ガイドブックではトゥクトゥクで50Bで行けるって書いてあるんだけどなぁなんて言いながら15ドル払う。 あれがカンボジア国境 すると払っておつりももらってから今度はあと5ドルでエアコンバスにしてやるとさ。「みんなそれで行くんだ」って意地でもそっちに乗せたいようだったので、こっちも「安い方に乗せろ」って言い張ってプラス3ドルに負けさせる。はーそれでもぼったくりすぎじゃ。そして12:30にバスが出るってんで横になって休んでると、日本人の彼氏が話しかけてきて暫くしゃべる。なんと同い年の京都人!ここまで来てそれは奇跡的やなぁ。で、すぐ仲良くなってずっとしゃべる。しかしこいつがまた英語や交渉ごとは俺の方が上っぽいが(プラス5ドル払わされてたし)頼りになる彼氏だった。3人でしゃべっててもいつまでたってもバスは来ない。あーだこーだ言ってまだかまだかって言ってると、1時間以上遅れてようやく来る。しかしこの二人、俺も出入国カードおばちゃんが書いてくれて、自分が代わりに払っとくからTAXの100B払えって言われて、おかしーやろうと思いつつも払ったんだが、この二人は払ったままカード返してもらってなかった。完全に無意味に100B取られたな。で、国境(すぐそこだった)に着いて降ろされて、ついに、しかも初めて歩いて国境を越え、カンボジア入国。 カンボジア入国 すごい、今までで一番混沌としてる。入ったとたん物乞いの子供がしつこくたかってくる。無視して進んで、また待たされてバスに乗ったらまたバス会社みたいなとこで降ろされる。またかよと思いつつ待たされること・・・・どんなけ待っただろう。彼氏がキレてくれてなんとか乗ったが、また近くで降ろされて、待たされて、結局3時半にようやく出発。いつもは1時半に出るんだけど今日はなんか問題があったみたいだってホントかどうかわからんけど、これじゃ完全に夜になるな。明るいうちに着かないと危ないのに。しかしさっき別の白人も同じだけ払ってるのかと思って聞いてみると、バンコク→シェムリアップで500Bだったとか。くそー完全にやられてる。日本人やと思ってカモりやがって。で、バスはベコンボコンの大悪路をひたすらまっすぐ突き進んでく。前から来るバイクや車にクラクションパーパー鳴らしながら。すげーさすがに旅慣れた俺でもカンボジアの混沌は新鮮だった。サバイバル好きの俺を満たすには十分だった。見渡す限り何もない1本道をひたすら地平線に向かって突き進む。途中すれ違うでかいトラックには子供とかが荷台や連結部にいっぱいに乗ってた。これがカンボジアの交通手段ピックアップトラックってやつか?しばらく走って晩飯休憩という事で降ろされる。外人向けの英語メニューがある。なぜかバーツ表示だ。しかもやっぱ高い。でもまぁほんとにド田舎で、悪質な感じではなく、小さい子も働き手なのか、料理を運んできてくれる。子供はいい子らのようだ。で、また走り出すと、今度はひたすら赤土の地面。道路わきの小屋や植物は、車の巻き上げる赤土で赤く染まってた。しばらくして辺りは真っ暗になる。たまにある木とわらの家などにもなぜか電気の明かりが小さいながらついてる。火の明かりもあるようだったが。道はさらに大大大悪路になり、ベコンボコンガツンゴツンと、何度も椅子から吹っ飛びそうになりながら進む。ガラスも割れそうだし。しばらく行くと何やら止まる。「何があったんだ??」と眠い目をこすりながらとぼとぼ歩いてってみると、橋に乗った瞬間俺の下の鉄の板がガタンとはずれて俺が川に落ちかける。慌てて逃げたらみんな笑ってた。どうやらトラックが左半分壊れた橋にはまって傾いて動けなくなってるようだ。で、2〜30人で、トラックを押し戻して(もちろん俺は近よらず)また出発。しばらく走ってまた休憩っつって降ろされる。田舎で、子供らがすごい話し掛けてくる。日本語を勉強してるという20才の女の子としばらくしゃべる。日本人の女の子を見てキレイだって言ってた。しきりに「また戻ってきてー」って言ってたけどムリなんだな。そーだこの子に折り鶴あげればよかった。すげーしまった。。で、また出発。しかしカンボジアの子達と触れ合えた貴重な経験だった。そこから1〜2時間ほど走ってようやく町が現れる。やっと着いたのか。もう10時半になっていた。一軒の宿に降ろされて(ここもグルだな)まぁキレイだったけど一応ガイドブックで目つけてたトコもバイクで連れてってもらって見て、やっぱ元のトコに泊まる事に。怪しくても俺の経験上こーゆー観光地はほんとに安くてサービスもいい事が多い。競争率が高いだろうからね。あー長い長い移動だった。出発から到着までほぼ17時間の大移動。さー明日はアンコールワットだ。