個人的な観点になりますが、絢爛豪華という観点にたてば秋の桜山八幡宮の秋祭のほうがよりきらびやかのようです。ひとつには曳き揃えする場所が桜山の場合は表参道で、両側には土産物店とか各種店があり、賑わい豊かです。さらにこちらには”高山屋台会館”等の観光施設もあり、より観光的になっています。又聞くところによるとそういう各種施設の収入から各屋台の補修整備のほうもいくぶん賄っているようです。従って屋台についてもこちらの方がより絢爛豪華と感じたのは僻目でしょうか。
反面日枝神社の方はそういう施設もなく曳き揃えも普通の道端でで行っており、又屋台も絢爛豪華というより非常に地味に見えます。しかし派手さという面では見劣りを感じましたが各屋台ともそれなりに味わい深いものがあるように感じました。ただ、こちらには”からくり”屋台が3台あります。桜山八幡宮は布袋台1台ですがこちらには”三番叟””石橋台””龍神台”といずれ劣らぬからくり屋台があり、陣屋前での競演は誠に圧巻絵巻のようです。 でもこのようにそれぞれが独立して運用していく、いや、いけるのは先人が残してくれた宝の偉大さであり、又それを引継ぎ、又守り通していくこの神社の氏子の皆さんの感性がこの高山祭を全国の人を引き付けてやまないものとしているのではないでしょうか。
我々観光客」からすると二つの祭は一体のものでどちらをみても一緒かなと思のが常識です。しかしこの祭の原点は我々観光客のものではなく上町・下町別々の町内の祭のようです。上町の祭の時は下町は全く関係なく、下町の祭りのときは上町は全く関係ありません。このことを理解してみれば益々高山祭の凄さをひしひしと感じます。全て国の重要文化財です。お互い年に一回春・秋にそれぞれ目いっぱい自分の力を発揮します、相手の時はそれを尊重するけれども我は我、人は人、決して反目しているのでなくお互い自分達が自分達のすべきことに精一杯打ち込んでいるからではないのかなと感じました。上町は上町の伝統を、下町は下町の伝統を伝え続け、さらに古い昔から受け継いだ先祖の引き出物・屋台をはじめとする重要文化財を、この上町・下町の決して多くないと思われる氏子達が自分の事以上に大事に守り続けさらに自分の子供達にも引き継いでいく気持ちが、この祭を見ている内にひしひしと感じられました。
つまるところ、高山祭は我々観光客の為のものでなく、これらの伝統を受け継ぎ、さらに子孫に引き継いで行く為の数少ない町内の氏子達の精一杯の心の発露の物ではないのかなと感じました。 それがこの高山祭の”魅力”です。秋、春と二回行きましたがまだまだ少し入門した程度で高山祭というより高山はなんなんだろうという高山への不思議を益々感じたのが今回の祭りで感じたことでした
高山祭は、春の山王祭と秋の八幡祭の総称で、それぞれ毎年4月14・15日、10月9・10日に開催されます。承応元年(1652)には山王祭が、享保三年(1718)には八幡祭がすでに行われていました。山王祭は、高山市南半分の氏神様として崇められる日枝神社(山王様)の例祭です。全12台の屋台曳き揃えや3台のからくり奉納、ご巡幸等さまざまな伝統芸能が楽しめます。祭の舞台は、安川通りの南側・上町一帯です。その起源は16世紀後半から17世紀とされる高山の風物詩が、遥かな時を超えて古い町並みを絢爛豪華に彩ります。
又秋の八幡祭は高山市の中央を流れる宮川より東岸の内、北側区域の氏神である桜山八幡宮の例祭です。安川通りの北側・通称下町を舞台とする祭行事は、10月7日の試楽祭、屋台曳行順の抽選祭に始まり、9日・10日が祭本番となります。屋台の曳き廻し、曳き揃え、時代絵巻さながらの御神幸とからくり奉納、幻想的な宵祭などが行われます。