傘をさすほどでもないし、さしている人もほとんどいないので、朝食を食べてから歩いてノートルダム寺院へ行くことにする。
パリ市内を流れるセーヌ川には、中州のような島がいくつかあるが、そのなかのシテ島はパリ発祥の地と言われている。紀元前にこの島にパリシー人が住みついたのが「パリ」という名の由来らしい。
この島には最高裁判所、警視庁、市立病院などがあり、マリー・アントワネットが人生最後の2ヶ月を過ごした『コンシェルジェリー』や、パリで一番美しいステンド・グラスと言われる『サント・シャペル教会』、そしてお目当ての『ノートルダム寺院』がある。
まずホテルを出て、街並を見学しながらルーブル美術館まで歩く。ルーブルは後日訪ねることにして、そこからセーヌ川岸に出ると、映画『ボン・ヌフの恋人』で有名な「ボン・ヌフ橋」へでる。それを渡ればシテ島だ。
サント・シャペル教会を見学する。この教会は裁判所の敷地内にあるので、入るときは空港のようなX線と金属探知機の持ち物検査がある。建物は外壁を改装中。中は薄暗い。1階はおみやげの売店があり、一部を改装中だ。2階のチャペルに上がると、これはすごいわ、荘厳なステンド・グラスが四方を囲っている。内部はフラッシュ禁止なので、カメラの固定に苦労する。ステンド・グラスに描かれているのは旧約聖書の物語とか、キリスト生誕の話とからしい。備えつけの解説書にはいろいろ見所が書かれている。「南側何枚目の何列何段目にはウンヌンカンヌン・・・」聖書を知らないときれいなだけで終わってしまう。
そこから少し歩くとノートルダム広場に出る。世界各国からたくさんの観光客が来ている。この広場のまん中にはフランスの国道の起点を示す道路原標が埋めこまれている。
『ノートルダム寺院』はフランス・カトリックの総本山で、荘厳なゴシック建築の最高峰といわれている。南北に大きな塔があり、中央に尖塔がそびえている。向かって右の塔の中には大鐘楼がある。
寺院の中は暗く、荘厳な雰囲気だ。観光施設ではないので入場料は取らないが、その代わり実際に信者の人たちが使っているので、カメラの撮影は禁止、大声でしゃべるのも禁止、つまりは「信仰の場所なのでマナー(常識)をわきまえろ」ということだ。入り口にも日本語で注意書がある。
上の塔に登ることができる(有料)のだが、エレベーターがあるわけではなし、案内板によると合計2、300段の階段らしい。何人か並んでいる。
私「上がります?」 教授 「・・・」
やめておく。年寄りは大事にしないと。ノートルダムのせむし男には次回会うことにしよう。
そこから歩いて、カルチェ・ラタンへ行く。お嬢Kがフランスの学校でフランス語を勉強していた頃に暮らしていた町だ。細い路地が入り組み、いかにも下町といった風情だ。若い人もたくさんいる。
ちなみに「カルチェ・ラタン」とは「ラテン語地区」という意味だ。この地区には昔からソルボンヌなどの大学が集まっていて、大学の授業はラテン語で行っていた。だからカフェなど町のそこかしこでラテン語の会話が聞かれたためにこう呼ばれるようになったそうだ。
ついでに、「ソルボンヌ大学」という大学はない。パリには国立の大学が13校あるが、そのうちの第3、第4大学の通称が「ソルボンヌ」。これはもともと「ソルボンヌ」という宗教学校を国立第3、第4大学として組み入れたためだ。
そこからしばらく歩くと『サンジェルマン・デ・プレ教会』にぶつかる。 ロマネスク様式のこの教会はパリでも最も古い教会のひとつで、この地区の象徴のような存在だが、度重なる修復にも関わらずちょっと見ただけでも傷みが激しいのがわかる。
その向かいには有名なカフェ、『ドゥ・マゴ』と、『ドゥ・フロー』がある。どちらも観光名所みたいになっていて、日本の若い女の子が厚底靴でカフェを飲んでいたりする。山姥がいないだけでも助かった。
『ドゥ・マゴ』は東急の資本が入ったんだか、渋谷のBunkamura地下にも支店を出していたりして、昔よく通ったというお嬢K も「昔と雰囲気が違う。値段も上がった」と言っていた(すいません。ミーハーしてお茶しちゃいました)。
この周辺は一大ブティック街が広がっていて、各ブランドは「このあたりに店を出している」というのがステータスなんだそうだ。『ドゥ・マゴ』の隣にも『ルイ・ヴィトン』が出店している。
世界中のチャイナ・タウンは華僑という広東地方出身者が多い。横浜の中華街も、広東語が公用語みたいになっている。つまりチャイナ・タウンの料理は広東料理が多い->私の好きな香港料理と同じということだ。
『ミラマ』というこの中華レストランも、間口が狭く奥に長い店で、店先に飴色に焼き上がった叉焼を吊るしてあって、香港そのまんまみたいな雰囲気だ。既に2時近いのだが店内は9割がた埋まっている。おいしそうだったので叉焼麺を注文する。麺はやはり細くて鹹水たっぷりの香港式の麺だ。ラッキー! おいしいなぁ・・・ちょっとぬるいけど。
パリまできてなんで中華だと思うでしょうが、パリの中華はおいしいことで有名なのだ。確かにレベルは高いと思う。でもこれは中華に限ったことではなく何でもそうなのだが、温度が中途半端なのだ。コーヒーもアッチンチンが出てきたためしはないし、ビールもキリキリに冷えたのは出てこない。なんでかなー。ラーメンはフーフー言って食べるからおいしいわけでしょ? ってフランス人に言ってもわかんないだろうな。無駄な論争はこの際避けよう。
St.Michel駅あたりまで戻って、歩き疲れたのでタクシーでいったんホテルに戻ることにする。タクシー乗り場が見当たらないので、手をあげて車を呼んだら、まん中の車線を走っていたタクシーがいきなり路肩に寄せて急ブレーキを踏んだ。呼んだこっちもびっくりしたが、もっとびっくりしたのは後ろを走っていた車のアンチャンだ。
彼は相当頭にきたらしく、すぐ前に車を止めると、我々が乗り込んだタクシーのドアをつかんで運転手を怒鳴りつけている。こちらの運転手は・・・いわゆるオジーチャンだったんだな。
「何やってんだ、このジジイ! いきなり止まるやつがあるか! ぶつかったらどうするんだ、このボケが!」「やかましいわい、この若造がぁ! さっさとうせろ、ガキ!」(以上、超訳)
ボーゼンと後部座席でことの成り行きを見守る私たち。若者はすぐに行ってしまい、こちらも発車。呼んだこっちが悪いのかなあ、でもまさかこの車が止まると思わなかったもんなぁ・・・。それより運転だいじょうぶかなあ、このジーチャン。しかしジーチャンは何事もなかったように、だが相変わらずいきなりの車線変更を繰り返しながらホテルに向かった。よかった、無事ついて。
メトロが止まっているので、歩いて行く。ついでに『パレ・ロワイヤル』を見て行くことにする。
『パレ・ロワイヤル』はルーブル美術館の北側にあり、ルイ13世時代の大臣リシュリューが建てた館だ。一時はルイ13世の未亡人と息子(後のルイ14世)が住んでいたので『パレ・ロワイヤル(皇宮)』と呼ばれるようになった。
それから100年後、当主は変わり、金策のために庭園にコの字型の棟と回廊を作り、借家や貸店舗にした。この借家にはジャン・コクトーやコレットが住んでいたこともある。1階の回廊にはブティックやレストラン、カフェ、アンティーク・ショップなどが入っている。訪ねたときは既に夕暮れが迫っていたため、庭園の美しさと建物のシルエットが何ともいえない雰囲気を醸し出していた。
特に1階には『ル・グラン・ヴェフール』という老舗のレストランがある。常連だったジャン・コクトーの好んだ席には、彼の名前を刻んだプレートが貼ってあるそうだ。外からちょっと覗いただけだが、内装も重厚な雰囲気で、お客さんも年配の人が多い。我々がこんな店で食事をしても浮いてしまいそうだ。
『パレ・ロワイヤル』を通り抜け、ルーブル前の広場に出る。ルーブルは中に入らず敷地内を通過するだけなら通れるので、中を通り、セーヌ河を渡ってフランス学士院の脇を通り、再びカルチェ・ラタン地区に入る。
ここで久々のパリであるお嬢K が道に迷う(まあ日本でも方向音痴だけどサ)。初めてのパリである私達はなす術がない。細い路地に入ると両側のレストランから呼び込みの声がかかる。
「パリも変わったわ・・・こんな下品な客引きはいなかったもん」別に行く手を塞ぐわけでも、腕をとって引っ張るわけでもなく、単に声をかけてくるだけなのだが、パリでは下品なのだ、きっと。
ようやく店を見つけて中に入る。が、様子がおかしい。「夜は混雑して相席になるときもある」くらいの人気店に、客が誰もいない。まだ時間が早い、ことはない。もう7時を回っている。店を間違えたか。そういえば隣もクスクスの店みたいだったけど。
他に客が誰もいないというのも何となく落ち着かない。おまけにこの店は音楽がかかっているわけでもなく、3人の店員(チュニジア人?)も無駄口をきかずに仕事しているので、妙な静寂が流れて行く。クスクスってもっと楽しく食べようよ!
いや、実際これがなかなかおいしい。ソースのほうがいろいろ入っていて、トッピングのソーセージやラム肉もなかなかのものだ。人気店だけのことはある。なんで誰もいないんだ?
それにしても量が多い。クスクスはお腹がふくれるので、あんまりは食べられない。それなのに3人前で、洗面器みたいなボウルに山盛りで出てきた。残さざるをえないが、この雰囲気では帰りにくい。
大量のクスクスと格闘していると、やがてようやく他の客が来はじめ、気がつくと8割がた席が埋まっていた。なんだ、やっぱり時間が早かったんじゃないの。
他のテーブルを見ると、クスクス何人前、というのはあまり意味をもっていないことに気がついた。つまりボウルのサイズが大と小くらいしかなく、それに適当に持ってくるので、残して当たり前みたいな量が来るのだ。一人で隣の席に座った常連らしいおばさんのクスクスは、うどんの丼みたいなボウル(小サイズ)にてんこ盛りだ。半分以上残している。当たり前だよな。
クスクスを食べながらワインを飲んでいるので、ますますお腹がふくれてくる。トッピングで注文した分だけは食べないと失礼なので、それだけ平らげて店を後にする。3人で300FFくらいだったか、けっこう安い。満足。
さすがに今日は歩き疲れたので、タクシーでホテルに戻る。さっきのジーチャンじゃないことを確認。おやすみなさい。
◎◎◎旅行メモ◎◎◎
■挨拶の国
フランスは挨拶の国だ。日本ではお店に入ったときの「いらっしゃいませ」に返事をするやつはいないが、ここでは違う。小さなカフェでもスーパーでも、クスクスの店でも高級レストランでも、人と人が会ったらBonjour, Monsieur/Madame.(ボンジュール、ムッシュー/マダーム)と必ず挨拶を交わす。夜ならBonsoir(ボンソワール)。何かしてもらったらMerci(メルシー)。別れるときはAu revoir(オーボワール)だ。Adieu(アディユー)は2度と会わない別れなどのときに使うので、普段は使わないそうだ。
屋台でサンドイッチを買うときでも、まずお店の人にボンジュール、と声をかけてから(おじさんも笑顔で「Bonjiour!」と挨拶してくれる)、欲しいものを指差して「S'il vous plait(スィル・ブ・プレ)」。お金を払ったら黙って行っちゃわないで、メルスィーとかオーボワールと声をかける。
レストランだったら、なじみの客は店に入ると店主(店員)と挨拶しながら握手をして、二言三言、言葉を交わしてから席に着く。そういうのが当たり前の国なのだ。
「大人の国」というキーワードを ここでも実感する。大人は人と人との関係を大事にする。そのためにはきちんと挨拶するのが基本なのだ。相手に声をかけられても知らん顔しているのは、大人として恥ずかしいことなんだな。子供も、そういう大人を見ているから自然に身についていくわけで、大人がきちんとできないことは子供にもできないということだ。
「フランス語で挨拶したら、フランス語がわかると思ってペラペラと話しかけられるから、挨拶したくない」と言った人がいる。そりゃうれしいでしょう、外国人がフランス語で挨拶したら。だから思わず話しかけちゃってもおかしくない。でも話せないのがわかればそこまででしょう。別に旅行者にそこまで期待しないし。いいじゃないですか、話しかけられたって。
きちんと挨拶しましょうよ。