第8日目(2000.2.6/Dimanche)

■ヴァンヴの蚤の市

 今日は日曜日。マダムY の家の近くに蚤の市が出ている。パリ市内には週末になると蚤の市があちこちで開かれる。良いものはどんどん売れてしまうので、早めに行こうということになった。

 朝8時半に「ポルト・ドゥ・ヴァンヴ」駅を出たところで待ち合わせることにする。ところが8時過ぎに着いてしまった。距離感がつかめないので早めにホテルを出たのが裏目になった。外へ出たらようやく空が白みはじめたばかりで寒いのなんの! 

 交差点のところにカフェがある。助かったぁ。日曜の早朝だけあって道路はまだガラガラ。車はほとんどいない。だからって、交差点のまん中に二重駐車しちゃいけないよな。ガラガラなんだからちょっと離れればよさそうなもんだが。運転手がいないけどどうするんだろう。

 カウンターでコーヒーを飲みながら時間をつぶす。店内はカウンターに5〜6人、テーブル席に2〜3人。どう見てもみんな常連。隣で飲んでいた人は、出ていったと思ったら二重駐車のドライバー当人だった。

 しばらくするとお嬢KマダムY がやってきた。ヴァンヴの蚤の市は、駅の近くの「マルク・サンニエ通り」と、その先の「ジョルジュ・ラフネストル通り」という二筋の通りにズラッと露天の店が並ぶ。出店しているのは、自分の店をもっているプロや、こういう市専門のプロに混じって、一般の人が自分の使っているもの(いたもの)を売りに来ることもできる。他と違って、市に払う場所代が格安なのだそうだ。早朝だけにまだ人出も少ない。お店のほうも開店準備のところが多い。掘り出し物を探すなら今が狙い目だ。

 並んでいるのはアクセサリーなどの宝飾品、食器類、布地、破れた絵画(誰が買うのか?)、古い写真、古本などなど。道が狭いせいもあって、あまり大きな家具などは見かけない。面白いもので、誰かが店先の商品を観ていると、そこに人が集まる。人が見ていると気になるものなんだろうな。マダムY は仕事があるので途中で別れる。

 お嬢K は一通り見て、本格的に買い集める気になっている。手持ちの現金がなくなってしまったので、近くのキャッシュ・ディスペンサーへ行く。ところで、フランスでは銀行口座から1日に引き出せる金額が決まっているらしい。数千フランまでらしいのだが詳しいことはよくわからない。外国人も同じなのかしらん。出さないからいいけど。

 再び戻ると、先程より人出が多くなっている。やはり早めに来て正解だったようだ。目星をつけておいた店へ行き、交渉開始。ここでは店の言い値で買う人はいない。店のほうも始めから言い値で売れると思っていないようで、値札は一応付いているものの「サ・フェ・コンビヤン(いくら?)」から話が始まる。

 売るほうは「これは何世紀のどこどこの・・・」「この時代のものでこれだけそろったリモージュのセットはもうない」みたいなウンチクを言ってくるのだが、こちらも動かない時計とか、割れて接着した痕のある食器をつかまされても困るので、慎重に目利きをしていく。

 アクセサリー類はだいたい言い値の7〜8割くらいが相場みたいだ。金額が下がらなくなると、「じゃあ、これをおまけに付けてよ」となる。もちろん会話はフランス語なので細かい意味までわからないが、だいたいの内容は想像がつく。 「今200フランって言ったの?」 「あら、わかるの? すごーい!」すいません、自慢モード入ってました。m(__)m

 買い付けた品物をもって家に戻る。明日帰国なので、品物を梱包しなくてはならない。機内持ち込みにするつもりだが、陶器類はエアキャップでくるんで厚紙で作ったケースに入れる。

 「もっと包むもの、ない?」お仕事中のマダムY に電話をして家捜しの許可をもらう。「こういうこと全然気にしない人なのよね」そういう人、好きです。日本から何かを送るときに使った「郵パック」の空き箱が3個もある。これ、ぴったりじゃない!いただきましょう、3個とも。

■モンマルトルへ

 梱包作業が一段落してから、お嬢K が古くからの友人に会いに行くというので、ご一緒することにした。電話すると、お昼ご飯をまだ食べてないらしい。途中で何か買っていくことにする。パリ市内では、道路に日常的に露天の市場ができていろいろ売っている。八百屋さんや肉屋さんや惣菜屋さんなどいろいろ出ていて、店をたたんだあとも、歩道には鉄パイプの骨組みが残してある。

 メトロの駅まで行くあいだにも路上市場が出る通りがあるのだが、時間が遅くなったのでほとんどが片づけ終わっている。肉屋さんに「このハム欲しいんだけど」「もう金庫閉めちゃったからダメ」。ショーバイしようよ! 

 その先で惣菜屋さんがまだやっている。鳥のから揚げとサラダ、チーズを買っていく。八百屋さんだったところは道路にクズ野菜が散乱している。片づけなくていいの? いいんです。店が閉まる頃を見はからって、清掃局の人がやってくる。市も協力しているというわけだ。

 パリに来て、気温が安定しないのと、けっこう強行軍できたせいか疲れが出てきたようだ。身体がだるい。メトロに乗ると空いている席を探して居眠り。初めて乗ったときは席に座るどころじゃなかったんだから、我ながらよく慣れたものだ。

 ムッシュT さんは、パリ在住ウン10年だそうだ。なにしろ初めてパリに来たときはシベリア鉄道だったそうだから年季が入っている。家はモンマルトルにあるマンション。建物の外見は古いのだが、中に入るドアはオートロック、ロビーは近代的だ。

 マダムY の家もそうだが、やはり日本人の住まいは入り口で靴を脱いで入るようにしている。フランス人は部屋の中で靴を脱ぐ習慣がないから、ホテルにもスリッパの用意がない(持っていって正解)。やっぱり日本人は靴を脱ぎたいよね。

 ムッシュT さんはこちらでガイドや通訳の仕事をしながら、アンティークの家具や食器などの輸出もやっている。「元気だったら車であちこち連れて行ってあげるんだけどさあ、いま挫骨神経痛でひどい目にあってんのよ」お大事に。

 友人がフランスのオーディオ雑誌の編集長をしているということで、見本誌を一部いただいた。どうやら高級オーディオの専門紙のようだ。テストCD付き。帰国してからの楽しみがひとつ増えた。

 しばらくいろいろ話をしていると電話が鳴り、別の来客があるらしい。ムッシュT さんはパリ在住の日本人の中では有名人みたいで、いろいろな相談に乗ったりしているのだ。入れ替わりでお暇する。

■ウサギのディナー

 Cat  今日はマダムY に夕飯をご招待されているので、手ぶらというわけにはいかない。ワインでも買っていこうと帰り道に酒屋を探すが、日曜日はほとんどの商店が休みなんだな、パリは。

 ようやく1件のパティスリーを見つける。デセールを買っとこう。そうしたら店の中にワインが置いてある。これもください。ちょっと高いけど、しょうがない。店の外に出たら、右隣がなんと食料品店。中にワインがずらり。もう1本買っておく。

 家に戻るとマダムY はもう戻っていて、準備をしている。「お友達を呼んでおいたから、もうすぐ来ると思うわ」在仏日本人会の輪、だな。オリーブを食べながらさっそくワインを飲んでいると、役者の卵という彼女もやって来た。カンパーイ!

 ウサギはよく煮込んであって肉が蕩けそうだ。ソースもよくできている。ふだん牛、豚、鳥しか食べてない人は「ウサギとか仔羊、鹿みたいな肉は、独特のクセ(臭み)があってあまり好きじゃない」という人が多い。それは、たいていの場合は新鮮な素材を使っていないからだ。日本ではそういう肉はなかなか売れないので、時間がたってしまったものだったのかもしれないし、そもそも流通経路に問題があったのかもしれない。新鮮な素材であれば臭みはないし、独特の旨味がある。

 ウサギはそもそもそれほどクセがあるわけではないので、ほぐして「鶏肉だ」といえばたいていの人はそう思ってしまう(骨が多いからそのままだとバレるかな)。だからこの料理はソースが命、というところがある。マダムY のソースはなかなかよく出来た傑作だった。

 ワインの空きビンがみるみる並んでいく。なぜか「動物占い」の話になる。インターネットで「動物占い」のサイトを開き、誰がなんだでまた盛り上がる。

 時計を見るとすでに夜中の1時を回っている。空いたワインは4本。でも1本はマグナム壜(2倍の大きさ)だからね。実質5本開けたことになる。アハハハ・・・ハァ。タクシーを呼んでもらって、ホテルに戻る。

 ホテルに戻るタクシーの中でいろいろあったんだけどね。またそのうち

 明日(もう今日だけど)は、いよいよ帰国だ。なんか、早かったなぁ。


◎◎◎旅行メモ◎◎◎

蚤の市
 1850年代のパリ大都市改造計画でパリ郊外に追い出された廃品回収業者が、市内と市外を隔てる城壁の門周辺に露天を出したのが蚤の市の始まりといわれている。だから蚤の市が開かれる場所にはポルト(門)という名前が残っている。

 我々が行った「ポルト・ドゥ・ヴァンヴ」の蚤の市以外にも、パリ最大の蚤の市「クリニャンクール(ポルト・ドゥ・クリニャンクール駅下車)」や「モントルイユ(ポルト・ドゥ・モントルイユ駅下車)」などがある。

「クリニャンクール」はいくつかのエリアに別れた露天のほかに、数百のアンティークの店が入ったビルもあり、観光客も多いそうだ。逆に「モントルイユ」はどちらかというと、日本でいう「フリーマーケット」的な市だということだ。

 パリを訪れた時は、ちょっと覗いてみるのもおもしろい。ただし『スリに注意』ですね。


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■参考文献
個人旅行「パリ」(昭文社)
「カタコトのフランス語がらくらく話せる本」(中経出版)
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