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■ バイヨン寺院へ
アンコール・トム[Angkor Thom]の南大門を見学した後、次は車に乗ってバイヨン[Bayon]寺院に向かうという。
車は南大門近くの空き地(といっても周囲は空き地だらけだが)に停めてあった。そのすぐ近くには木造の外枠に椰子の葉で屋根をふいたほったて小屋のようなお土産屋さんの屋台が並んでいる。
それを見た瞬間、イヤな予感がしたが、予感はずばり的中した。
わたしたちの姿を見たとたん、お土産屋さんのセールス攻撃が始まったのだ。
小さな子供だけでなく大人たちも手に手に商品を持って、わーっとこちらへ向かってくる。
ひえー、勘弁してくれ。わたしゃこういうの苦手なんだ。
こういう時、中国でもそうだったが、現地ガイドの人が助けてくれることはまずない。こちらも心得ているので、さっさと車に乗り込む。そうすればたいていそれ以上追いかけられることはない。中国では1度だけ、観光バスにまで乗り込んできた人がいて、大騒ぎになったことがあるが。
車が走りだし、お土産攻撃から遠ざかることができてほっとする。
こういう情況を楽しめる人もいるようだが、わたしは楽しむどころか、いつまでたっても慣れることすらできない。
ふう、疲れる。
南大門からバイヨン寺院までは1本道である。道の左右には相変わらず背の高い木の森が続いていたが、ふと見たらサルが数匹かいた。
へえ、野生のサルもいるのか。
アンコール遺跡郡では色々な動物を見たが、サルは林の中でよく見かけた。
さすがにサルも暑いらしく、水溜まりで水浴びをして遊んでいた。
1本道をしばらく行くと、目の前の突き当たりに、巨大な奇岩が立ち並んでいるような、黒っぽい小さな山のようなものが現われた。まるで、中国の石林や秩父の昇仙峡を小さく箱庭にしたような眺めだ。
おお〜、これがバイヨン寺院か。
バイヨン寺院はアンコール・トムの中心をなす建物で、シェムリアップ[Siem Reap]の町から来る途中に見たアンコール小児病院の上に乗っている頭像の人物、ジャヤヴァルマン7世の建造である。
▼‥‥‥‥‥‥‥《バイヨン寺院周辺概略図》‥‥‥‥‥‥‥▼
北
┌―┐ ||↑北大門へ ↑
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王のテラス→| | |└―――――――――――
| | |┌―――――――――――
| | || →勝利の門へ
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象のテラス→| | ||
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└―┘ ||
┌――┐ ||
|┌┐|←バプオン ||
|└┘| ||
└――┘ ||
┌――┘└――┐
←西大門へ |┌――――┐| →死者の門へ
――――――――┘|バイヨン|└――――――――
――――――――┐| 寺院 |┌――――――――
|└――――┘|↑
└――┐┌――┘↑
|| →→
||↑
||↑ちはるたちの進路
||↑
南大門へ↓||↑
※アンコール・トムには5つの門がある。
▲‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥▲
車はバイヨン寺院に行き当たると右折し、バイヨン寺院の東側に出で車をとめた。そして車をとめたところには、今度は大きな象が4頭いた。
おー、象だ象だ。
動物園で象を見てもちっともおもしろくないが、森の木陰に立つ象は、見るとなんとなくわくわくするから不思議。
背中にじゅうたんなどをかけられ、乗客を待っているようだった。
■ バイヨン寺院
さて、9時22分、バイヨン寺院観光開始。
バイヨン寺院は東を向いて建っている。

バイヨン寺院・東側正面から |
その東へと続く道を指して、「これは『死者の門』に通じる道」とKさんは言った。そして「勝利の門」は王のテラスへ続いているそうだ。
戦争で死んだ人はバイヨン寺院へ、生き残って勝利した人は王のテラスへ。
うむ、よくできている。
バイヨン寺院に近付くとお線香のにおいがした。ああ、形は全然違うが、アジアの寺だな、と思う。
実際、お供えされているお線香は中国産だそうな。後で見てみたら、ホントに中国でよく見るマゼンダ色の柄の長いお線香だった。
バイヨン寺院は、建物自体は石だけでできている。そのせいか、とっても硬質な感じがする。
正面から入っていくと、足元は横長の大きな石を使った石畳になっている。もっとも、風雨にさらされて表面はなめらかでなく、かなりでこぼこしていた。
寺院というが、ずいぶんオープンというか、ストーン・ヘンジのような巨石を並べただけの遺跡みたいな感じだな、と思っていたが、これは寺院の外周をとりまく回廊の屋根がすべて落ちて、柱と壁しか残らなかったかららしい。
ああ、なるほど。屋根がないから建物って感じがしないんだな。
柱には赤い塗料が残っていて、昔は赤く塗られていたのかな? と思わされた。

屋根が落ちて柱だけが残った |
Kさんに案内されてレリーフを見てまわる。
バイヨン寺院の第1回廊のレリーフは、上段・中段・下段と上から下へ3つの層に分かれていて、それぞれ遠景、中景、近景をあらわしているそうな。
まず見たのは、第1回廊東壁のレリーフ。
チャンパ軍(現ベトナム)との戦いにおけるクメール軍(現カンボジア)の行進の様子が彫りこまれている。
これは、1177年にアンコールの都が一時チャンパに占領され、その後1181年に王都を奪還した時の戦争の様子を描いているとのこと。
歩いて行進する人、象に乗っている人。リヤカーのようなものをひいているのは、戦争に行く兵士についていく家族だそうな。へえ、家族同行で戦争か。

リヤカーに家財道具を積んで戦争へ |
ほほう、と思って見ていると、兵士の中に時代劇の中に出てくる中国人のように髪をひとまとめにくくっている人々がいる。「これは中国人」とKさんが言う。
昔のカンボジアは中国と仲が良かったので、戦争の時に中国人が援軍として来てくれたのだそうな。
ふうん、そんな大昔から交流があったのか。まあ、地続きだもんな。

中国人兵士。
兵馬傭の人物像のような顔をしている |
第1回廊南壁には、1段櫂座という底の浅いオールで漕ぐ舟に乗ったクメール軍とチャンパ軍の戦闘シーンが描かれている。
舟から落ちた人は、ワニに食われてしまっていた。
ふうん、カンボジア、ワニがいるのか。
川の中の生き物としては、その他にカメや各種魚が彫り込まれていた。
「レリーフの中で、耳が大きな福耳をしているのはカンボジア人、そうでないのは外国人。普通の耳でひとつに髪を結っているのは中国人」とKさんが見分け方を教えてくれる。
その言葉どおり、チャンパ軍の兵士は福耳でなく、普通の耳だった。

カンボジア人兵士 |
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チャンパ軍兵士。
よく見ると耳が見えてないや。 |
また、大昔から中国人はカンボジアで商売もしていたそうで、あるレリーフ部分を指して、「これは中国人が経営するレストランのレリーフ。中国人は商売上手だから、今でもカンボジアでもうかっているレストランは、たいてい華僑が経営しています」とKさんが言っていた。ホントか?
その他見たもので印象に残っているのは、下段に描かれた庶民の生活のレリーフ。酒壷からストローでお酒を飲む様子とか、出産、闘鶏、闘犬、投網、天秤、相撲、将棋など。魚を焼いたり猪を煮たり、それを一緒に食べる様子もレリーフになっていた。
また、このバイヨン寺院を造る様子も描かれていたと思う。寺院を造る人の汗を拭く人や、バナナの葉の傘をさしかける人がいた。
南門にある階段をのぼって第2回廊に行く。
途中、すごく天井の高い建物があった。湿気がこもるのか、南大門の時のように水がくさったような匂いがする。
この建物内にはレリーフはあまりないらしく、ほとんど素通り。だが、壁を見ると仏像はないが仏がんがある。どうも後世に入ってきた異教徒に破壊されたらしい。
ああ、どこに行っても時代が違っても、こういうことってあるんだな、とこの時はまだ記憶に新しかったバーミヤンの磨崖仏破壊を思い出しながら考える。
すごく急な階段をのぼってさらに上へ。さすがに急すぎるので、板で補助階段が造られていたりした。

傾斜のきつい階段。はいつくばって昇る。 |
そしてのぼったところが、バイヨン寺院の一番高いところ。大きな岩のような塔が林立し、まるで迷宮のようになっていて見通しは悪い。
「たくさん菩薩の顔があります」とKさんに周囲を指差しながら言われていまさら気付いたのだが、おおっ、なんじゃ、こりゃ?
よく目をこらして周囲を見渡すと、いままで表面がでこぼこした巨大な奇岩みたいだと思っていたものは、すべて彫刻をほどこされた塔であり、その頂上部分四方には、南大門でも見た巨大な菩薩の尊顔が彫刻されているではないかっ!
わー、すげー。
観世音菩薩の顔・顔・顔。
菩薩の顔がぐるりと周囲から覆いかぶさってくるようなこの場所は、まるで別世界のようである。
なるほど、バイヨン寺院は須弥山を模しているというが、それもうなずけるような光景だ。

わたしのカメラだと写りがイマイチ。
でも、本当に顔だらけだったんだよう。 |
この後はしばらく自由時間。マダムとふたり、聳え立つ塔の間を縫うようにして歩く。
いくつかの塔の中では線香がたかれていて、占い師のような老婆がいた。
手招きされたけど、ボラれたりしたらこわいので行かなかった。
菩薩の尊顔以外にも、ガルーダやデヴァター(女神)、アプサラなどのレリーフなどもある。

おそらく今回の旅行における
ちはるのベスト・ショットのデヴァター |
そういや、日本人には「アプサラ」ではなく「飛天」とか「天女」とか説明されていたかな?
しかし、敦煌の飛天もそうだが、飛天は飛天であり女性ではない。
敦煌の莫高窟で飛天を見て、「えー、女性じゃないんですか?」とものすごくがっかりしていた男性がいたのを何となく思い出す。
他の塔では、オレンジ色の衣を着たお坊さんがくつろいでいた。
はて、カンボジアの僧侶の修行は厳しいと聞いたが、こんなところをほっつき歩いてていいのだろうか?
わたしたちも塔の中に腰をかけて一休み。
暗い塔の中から、窓に四角く切り取られた外を見ると、光の中で観世音菩薩は目を閉じて白く微笑んでいた。

暗闇の向こうに観世音菩薩 |
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