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■ 西参道から西塔門へ
お昼ご飯を終えて、いざアンコール・ワット[Angkor Wat]観光へ。
空は相変わらず雲が多く、陽がささない。まあ、雨季だからしかたない。
前知識としては、アンコール・ワットはスールヤヴァルマン2世が1113年から建造を開始。建設当初はヒンドゥーのヴィシュヌ神をまつる寺院として建てられたそうな。
現在では仏教寺院になっているらしい。
西参道の入り口で、近寄ってきた係の人にパスを見せる。
西参道は北半分が修復中だった。修復済の参道は表面が平らだったが、修復されていない方は敷石が波打ってでこぼこしている。
せっかくだから昔のままの姿をしている未修復の道を歩く。
それにしても暑いな・・・
日差しはないのだが、紫外線がめちゃめちゃ強いのはわかる。
ふだんわたしは帽子をかぶらないので、今回も持ってこなかったが、こりゃ帽子を持ってこなかったのは失敗だったか?
しかも、参道表面からも紫外線は照り返すのだろうか? 倍増して暑い。
しかし、文句は言わず、参道を進む。
アンコール・ワットの塔を備えた祠堂は、環濠の外側からでも見えるのだが、アンコール・ワットの敷地を囲む外壁の前に来ると、その姿はいったん見えなくなる。
しかし、西参道正面にある西塔門前の階段をのぼると・・・おお、門の入り口の形のまま、四角く切り取られた風景の真ん中に、アンコール・ワットの中央の尖塔がふたたび姿をあらわしたではないか。
確かこれはめちゃくちゃ有名な構図のはず。
もちろんちはる、すかさずシャッターを切る。

めっちゃ有名な構図。
西参道から祠堂を望む。 |
階段をのぼりきって西塔門内に入ると、今度は左右に合わせ鏡をのぞきこんだように、果てしなく向こうまで四角い門がつづく風景が広がっていた。
お〜、なんかすごいぞ。
この西塔門がある回廊には、オレンジ色の衣をまとった仏様の立像があった。
鼻が横に広いなー、と思った。
(※Attention! これはシヴァ神だったかもしれません)

合わせ鏡のようにはるか彼方まで続く回廊 |

■ 西塔門から祠堂へ
西塔門を抜けると、いよいよアンコール・ワットの祠堂と真正面からご対面である。
成田を飛び立ってからすでに26時間。
ああ、ようやっとここまで来たんだな。

アンコール・ワットとご対面 |
西塔門からアンコール・ワットの祠堂までは、まっすぐに石畳の道がのびている。
左右には草原。その向こうは森があり、ここからは見えないけどさらにその先には環濠がある。
よって頭上からふりそそぐ紫外線をさえぎるものは何もない。
だが、この石畳の道を行くより他はない(実際にはある)。
あきらめて灼熱の石畳の上へ。
しかし、これにはまいった。
空は曇っていたから、日光はまったくなかったのだけど、暑さと湿気と肌をじりじりと灼く紫外線にわたしは負けた。
あっつ〜〜
この暑さは非常識だよ。
(※Attention! 今年の7月の東京が、ちょうどこんな感じでした)
それでも、建物内に入れば涼しかろうと思い、先を急ぐ。
参道を真っすぐ行くと、やがて両端にシンハーの像をすえた階段のあるテラスに出た。昔からあるのであろう、角が摩滅し表面がでこぼこした石の階段には、最近つくられたばかりのようにきれいな木製の階段が取り付けられている。
後でKさんに聞いたら、この階段は先月だか先々月に中国の首相がアンコール・ワットを訪問したそのちょっと前に取り付けられたものだそう。建物内は段差が多く、その多くがすべりやすくなっているので、歩きやすくするためにつくられたのだそうな。
ふーん、なるほどね。
おかげでわたしたちも歩きやすくて助かったが、中国の首相は建物内のすべてを歩きまわったわけではないので、木製の補助階段があるのは建物内の一部だけだった。

アンコール・ワット内。
入口下にあるのがその補助階段。 |
建物内に入ると、案の定やや涼しい。
大きな珠を連ねたような彫刻がされた縦線のみの格子窓の枠に腰をおろし、しばし休憩。水を飲む。
しかし、マダムがここでトイレに行きたいという。
無論、アンコール・ワットの建物内にはトイレなどない。
だが、ガイドブックの地図を見ると、祠堂の建物を出て右側に行くと屋台が並んでいるところがあるが、その先にトイレがあると書いてある。
屋台の向こう、というあたりがくせものだが、ここで我慢してもしかたない。ふたりでそちらに向かう。
そして、北側の聖池をまわりこんで屋台街のあたりに出ると、案の定いっせいに店の人たちが日本語で呼びかけてきた。子どもたちは手に手に商品を持ってわーっと駆け寄ってくる。
ひーん、勘弁してくれ〜、とわたしは内心半泣きだったが、どうもトイレは有料らしい。2〜3のドアが並ぶトイレの建物を見たら、それぞれの入り口に鍵がかけられている。
マダムはトイレ代としてクロマーを数枚買った。わたしも日除けがほしかったので、帽子代わりにクロマーを2枚ほど買う。
しかし、バプオン近くて買った時は1枚1ドルだったのに、ここでは2枚3ドルだった。
ここで2枚で2ドル、と値切れないのが小心者たるゆえんである。おとなしく1ドル札を3枚出す。
で、さっそく頭にクロマーをかけてみたのだが、なぜかわたしだとスカーフというよりも「ほっかむり」のようになってしまった。同じことを他の人がやるとかっこいいのに。
うう、わたしはやはり純粋な農民顔なのだ。
マダムがトイレに入っている間は、子どもたちは非常におとなしい。どうやらわたしからは「もうほしいものは買った。後はいらないから買わん」というオーラが発せられていたらしく、話しかけられることはなかった。
でも、お買い物大好きマダムからは、いくら隠しても「お買い物大好き」オーラが発せられているのだろう。トイレから出た後も子どもたちに「絵はがきはどうだ、本はどうだ」とセールスされていた。
ちなみに、トイレはやはり清潔だったそうな(設備の面では簡素なのできれいとかゴージャスにはならないが)。
わたしは身体中の水分が汗となって出てしまうらしく、観光中は一度もトイレに行かなかった。
飲み物はずっと日本から持参したポカリスウェットだったけど、もしこれがただの水だったら、ミネラル不足で体調を崩してしまったかもしれない、と思う。
▼‥‥‥‥‥‥《アンコール・ワット祠堂概略図》‥‥‥‥‥‥▼
北
↑
┌┐ ↓第一回廊 ┌┐ ┌┐ ┼
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↑ └┐┌――――――――――――――――――――┐┌┘|
トイレへ ||┌┐ ||
||└┘┌┐↓第二回廊┌┐ ┌┐ ||
|| ┌┘└―――――┘└―――――┘└┐ ||
ラーマーヤナ→|| └┐┌――――――――――――┐┌┘ ||
のレリーフ || || ↓第三回廊 || ||
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||↓*|| ┌┘└―┘└―┘└┐ || |└┐
←西参道へ |└――┘| └┐┌―┐┌―┐┌┘ || |┌┘
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―――┌┘└――┘└┘└┘└┘└┘└―┘└―┘└┐ |└┐ |└┐
―――└┐┌――┐┌┐┌┐┌┐┌┐┌―┐┌―┐┌┘ |┌┘ |┌┘
↑└┘ |└┘└┘|└┘|| || || || ||
シンハー像 |┌――┐| ┌┘└―┘└―┘└┐ || |└┐
木製の階段 || || └┐┌―┐┌―┐┌┘ || |┌┘
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*十字型中回廊
■ 第一回廊西面北側・ラーマーヤナから第二回廊へ
さて、祠堂に戻り本格的にレリーフの見学開始。
まず最初に見たのは第一回廊西面北側にある古代インドの叙事詩「ラーマーヤナ」のレリーフ。
北から南へ物語が進行しているそうなので、一番端っこの北側まで行ってから見る。
「ラーマーヤナ」は、古代インドの英雄ラーマ王子の伝説がつづられているのだけど、ここのレリーフに描かれているのは、その中の「ランカーの戦い」という場面。
内容をすごく簡単にいうと、ラーマ王子はシータ妃と結婚後旅に出たけど、森の中で羅刹王ラーヴァナにシータ妃をさらわれてしまう。シータ妃を取り戻すために、ラーマ王子は諸国を遍歴し、ついに羅刹の住む都にある島、ランカー島でラーヴァナを倒してシータ妃を取り戻す、というお話。

雨のように矢が飛んでくる中、
猿の将軍ハヌマーンに乗って
弓を弾くラーマ王子 |
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10の頭と20本の腕を振り上げて戦う、
魔王ラーヴァナ |
その際、ラーマ王子は猿王スグリーヴァの猿軍を援軍に得ている。
だからレリーフの中には、ラーヴァナの羅刹軍と猿軍の兵士たちが入り乱れつつ戦っている。
武器も使われているが、やはり猿軍は猿なので、噛みつき攻撃などもある。ラーヴァナ軍の羅刹たちは、お尻やすねなどあらゆるところに噛みつかれていたが、頭からがっぷり噛みつかれているというか食われているかのような兵士の様子なども描かれていた。
レリーフの手前には、あまり近付き過ぎないように、という意味なのか、ロープを張った柵がある。
そういや、人の手の届く高さの位置にあるレリーフがやたら黒いな。ところどころ赤い色が残っているところもある。

猿の兵士に頭から噛み付かれている
羅刹軍の兵士。みんなが手で
触るのか、黒光りしている。 |
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レリーフの前に
ロープがはられている |
拓本でもとったのだろうか、と思ったが、後でKさんに聞いたら「みんなが触るので黒くなった」と言っていた。
ああ、やっぱり触る人いるんだな。
だが、それほど彫りの深くないレリーフは、わずかに入り込む光が反射すると、光って見えづらくなってしまうのだが、黒いところは陰影がはっきりして見やすかった(笑)。
このあたりも、壁や柱などのいたるところにレリーフがほどこされている。
レリーフの中には線彫りの状態で終わってしまっているものもあれば、アプサラを囲む火焔模様だけで終わってしまっているものもあった。

線画だけで終わったレリーフ |
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これも未完成。顔がない。 |
階段をのぼると、十字型中回廊と呼ばれるところに出る。
十字に区切られた4つの区画は、石組みでできた深いプールみたくなっていて、昔はここに水が貯められていたのだろうな、と思った。
この十字型中回廊を囲む壁には、美しいデヴァター(女神)像がいっぱい。
3〜4人が1組で彫られているんだけど、まるでグラジオラスの花のようにすうっと上に高く結いあげられた髪型や服装がどれも違う。
彫りも「ラーマーヤナ」のレリーフと違ってかなり立体的で、これは何度見ても飽きなかった。

4人組デヴァター |
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彫りが深く、肉感的 |
これらのデヴァター像も赤い彩色の後がだいぶ残っていたが、十字型中回廊は柱や天井にも赤い彩色が残っていた。しかも、蓮の花の形のような赤い文様も残っている。
ふうん、ということは、この十字型中回廊は以前は真っ赤に塗られていたのかもしれない。
ふと、回廊の柱の足元を見ると、あごひげをはやして足を交脚させた、やせこけたキリストのような男性のレリーフがある。
んじゃ、こりゃあ。なんでこんなところにキリストが、と思っていたら、後でKさんに訊いたらこれはヒンドゥーのバラモンだそうな。
うむ、言われて見ればバラモンである。

赤い色と文様が残る柱 |
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ヒンドゥーのバラモン |
十字型中回廊を見てまわった後、階段をのぼって今度は第二回廊へ。
第二回廊は人が少なく、ひっそりとしていた。
窓からさしこむ光が、回廊の床を青白く照らしている。
回廊内側の壁にはレリーフもほとんどなく、後背を備えた仏さまの座像が壁際に点々と置かれているくらいだった。

第二回廊。ひっそりとした雰囲気。 |
しかしこの仏像、よくみたらとぐろを巻いた蛇の上に座っており、後背は7つくらいの頭を持つナーガ(蛇)になっていた。
インド神話だとナーガの上に座るのはヴィシュヌだったと思うから、これは仏像ではなくヴィシュヌ神像だったのかもしれない。

ヴィシュヌ神像(?)・表 |
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ヴィシュヌ神像(?)・裏 |
ヴィシュヌの像(らしき)にはオレンジ色の布をかけたものなどがあったが、そのほとんどに首がなかった。
長い年月の間に壊れたのか、誰かに壊されたのか。
その壊れた像が並ぶ回廊というのは、何やらちょっとさみし気だった。
第二回廊のテラスに出る。
くもっていたはずの空は、いつのまにか青空。
強烈な日差しがビシバシとわたしたちを射る。
第三回廊はこのテラスにそびえたつ塔の上にあるのだが、塔をのぼる階段というのがものすごく急。
うーわっ、この階段、下から見上げるとほぼ垂直に見えるぞ。
きっと、あとでKさんと来た時にのぼるだろう、と推測し、とりあえずこの時はのぼらなかった。
ゆっくりと見て歩いて、この頃3時近く。
祠堂から西参道入口まで、結構時間がかかることがわかっていたので、わたしたちは見学を切り上げ、Kさんとの待ち合わせ場所に向かった。
おわり
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