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■ 第三回廊
第一回廊のレリーフを半分ほど見学したところで、次は第三回廊へ。
第二回廊をすっとばされたわけだが、第二回廊は4日目の午後にやはりガイドのKさんに案内してもらった。
つくづく、アンコール・ワット[Angkor Wat]を見せまくるツアー会社である。
「この人たちが龍門の石窟を案内してくれたら、どんなに楽しかっただろう」と、わたしとマダムはあの屈辱(観光よりもお土産屋さんにいる時間の方が長かった)を思い出しながら考える。
第三回廊は、アンコール・ワットの祠堂で一番高いところになる。
先ほどふたりで見学した時に見た、あの急峻な階段をのぼらないと、やはり第三回廊にはいけないんだそうな。
Kさんいわく、もっと緩い階段が西側にあったのだけど、今は修復中だかなんだかで使えないとのこと。残念。
マダムは高いところとかはあんまり得意じゃない。でも、「ここまで来てあそこにのぼらないなんじゃあ、話にならないわ」だそうな。
というわけなので、腹をくくってふたりで険しい階段へ。

第三回廊へ続く階段。きゅ、急・・・ |
階段は横には広いのだが、1段1段のステップの幅がせまい。しかも段差が大きい。
ほとんど垂直の壁をはいつくばって昇るような感じである。
いちおう階段の一番左端にコンクリート製の補助階段と鉄の手すりがつけてある。
しかし、補助階段の横幅はせまく、ひとり分の幅がようやっとあるくらいしかないので、ひとりずつしか昇り降りできない。
無理をすると危険なので、わたしは何人かの降りてくる人を待ってからのぼった。
補助階段でない「素」(す)の階段も、のぼれないことはないようだ。実際、補助階段の順番待ちがもどかしかったのか、「素」の階段をのぼっている白人の観光客もいた。
だが、下から見ているこちらがひやひやするほど危なっかしかった。
聞いたところによると、雨の中、「素」の階段をのぼり、足を滑らせて落ちて死んだ観光客もいるそうな。
ちょとくらい待っても、安全な補助階段をのぼったほうがいいと思う。
さてちはる、階段をのぼる。さすがにすいすいとのぼれる。
だが、マダムはゆっくりと慎重にのぼってくる。よって後ろが他のお客さんで大渋滞になっている(笑)。
でも、ここであせって事故られるよりはぜんぜんいいのでゆっくりのぼってもらう。
その様子を、わたしは上から「マダムがこの急峻な階段をのぼった」証拠写真として撮っておいた。

階段を上からみるとこんな感じ。
みんな、右側のてすりにしがみつきながらのぼる。 |
ふたりでのぼり終えて、回廊から小さなテラスに出る境目あたりに腰をかけ、とりあえず休憩。
第三回廊はひとが少なく、静か。
それにしても暑(あち)ぃー。
ふいてもふいても汗がだくだくと流れ落ちる。
そよ風がちょっと吹いただけで涼しい。
風よ、もっと吹いてくれ〜〜
第三回廊はさすがに高いところにあるので、遠くまでよく見えるが、何があるというわけではない。
はるか彼方まで、緑のジャングルと青い空がえんえんと続くだけ。
空とジャングルしかないこの風景を見ていると、まるで自分たちは天上世界にいるようだ。
そんな中、マダムとふたり、ぼ〜っと遠くを眺める。
空は青い部分も見えているが、厚い雲が多い。
今日はこのあと夕日を見に行くというが、きっとこれじゃ見えないね、とマダムと話す。

えんえんとジャングルが続く |
眼下には第二回廊からテラスに出る門が見える。その周囲で地元のこどもたちが何やら遊んでいる。
そういや、あの子たちってどこから入ってくるんだ??
まあ、地元の人はお金払わなくても入ってこられるんだろう。
第三回廊にも何かあったと思うのだが、あまりよく憶えていない。
天上でのんびりと時を過ごして、わたしたちはまたあの急な階段を降りて地上へもどった。

第三回廊を下から見る。あそこにのぼったんだな。 |

■ プノン・バケン[Phnom Bakheng]
こうして4時51分、本日のアンコール・ワット観光終了。
次は夕日を見にプノン・バケンへ。
プノン・バケンはアンコール・ワットの西参道前の道をアンコール・トム[Angkor Thomの南大門へ向かって行く途中にあるという。
なので、朝も車で走った道をもう一度とおってプノン・バケンへ。
アンコール・ワット前から車に乗ったが、プノン・バケンにはあっという間についてしまった。歩くにはちょっと遠いけど、たいして離れてもいなかったんだな。
車を降りるとさっそく客引きの声がかかる。が、とりあえず気にしない。
そして後ろをふりかえると、そこにはこれまた大きく急な、むき出しの赤土と大きな岩でごつごつした斜面が、こちらに向かって覆いかぶさってくるようにそびえていた。
ええっ、ちょっと待ってよ。
まさかこの斜面を登るのっ!?
「夕日はこの山に登って見ます」とKさん。
ああ、やっぱりこの山を登らなきゃいけないのね。
斜面は斜面であって「道」ではない。まして階段なんてありゃしない。
ただ、大きく張り出した木の根や岩や小石が赤土の斜面に散らばるのみ。
日本だったら「ここは危険なので登らないでください」と立て札がありそうなその斜面を、観光客は夕日を見るために登って行く。
斜面を登るのはそれぞれのペースがあるだろうから、ということで、この斜面の頂上でみんな待ち合わせることにする。
Kさんはさっさっさっと登って行った。さすがに慣れている。
わたしはけっこう難儀した。汗がまたしてもだくだくと流れる。
マダムはもっと大変。「わたしのことはいいから先に行って」とまるで雪山で遭難した登山者のような台詞。
確かにわたしが待っているとプレッシャーになるようなので、先に行かせてもらった。
赤土の急な斜面をひたすら登る。
ここも以前は遺跡だったのか(この時はプノン・バケンは単なる山のことだと思ってて、遺跡だとは知らなかった)、階段状の石がちらほらとある。が、ほとんどは崩れ落ちてしまっていて役に立たない。
必死で登る足元に、5枚花弁の白い小さな花が咲いていた。
こんな荒地にも花は咲くんだな。

これがその白い花。どんなにつらくても写真は撮る。 |
どうにかこうにか斜面の頂上到着。
暑い〜〜。頂上に着くなりTシャツの上に着ていたシャツを脱ぐ。
汗で全身がびっしょりぬれている。うー、気持ち悪いっ。
そんなわたしを、Kさんはにこにこと余裕の笑顔で迎えてくれた。
斜面を登りきったところは平らな広場になっているのだが、その広場の奥に目を向けると、そこにはアンコール・ワットの第三回廊の階段なみにきつい急な角度の階段を持つ、4階層の基壇からできた石造りの遺跡がある。
今度はあの遺跡の階段をのぼれってか?
ひ〜、勘弁してくれよ〜〜

坂道を終えた後はこの階段が待っている。
マジで勘弁してくれ。 |
こんな苦労をして、果たして夕日が見られるのか? いつの間にか空はこんなにくもってしまっているというのに。
だがそんな疑問はこの際無視。気にしていたら足が前に進まん。
マダム到着後、フリーマーケットのようなお土産屋さんが店を広げる広場を抜け、遺跡の急な階段をのぼりに行く。
プノン・バケンの階段も、横幅はあるのだが段差が大きく1段1段の幅が狭く&角が丸く摩滅しきっているので、すごくのぼりにくい。
しかも補助階段などはぜんぜんないので、かたわらの壁に手をつきながら必死にのぼった。
のぼりながらふと気づいたのだが、ここを次に降りるのは日没後のはず。
そしてここにもあの赤土の斜面にも照明はない。
おいおい、ここを完全に日が落ちてから降りるとしたら、その頃には真っ暗なんじゃないか?
ぶ、無事に帰れるんだろうか、わたしたち。
そして今度こそプノン・バケンの遺跡頂上に到着。
このプノン・バケンは以前にも書いたが、ヤショヴァルマン1世という王様が造ったヤショダラプラという都の中心だったところである。
そしていま登ってきた山がプノン・バケン山で、いまいるここはプノン・バケンというヒンドゥー教寺院の遺跡だそうな。
プノン・バケン山の高さはだいたい60メートル。山っていうようりは丘に近い。
プノン・バケンはだいたい10世紀初め頃に造られたそう。
そのプノン・バケンの遺跡なんだけど、この場所で見るメインは夕日というイメージが強かったため、遺跡自体を見た感動はあまりない。
階段をのぼりきったところが正方形のテラスのようになっていて、その中央に祠堂があり、祠堂の周辺に壊れたデヴァター像などが無造作に置かれていたり、カンナの赤や黄色の花も咲いているのを見た。

プノン・バケンの祠堂 |
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壊れたままの遺跡。
こんなんがゴロゴロしている。 |
プノン・バケンからは、南東の方角にアンコール・ワットが見えるはず。
というわけで、まずわたしたちは遺跡の上から、下界に見えるジャングルにあるアンコール・ワットを探した。
こっちの方角にあるはずなんだけどなあ、と目を皿のようにして探していると、あった、あったっ! アンコールワットだ。
ようやく見つけ出したアンコール・ワットは、ジャングルの中に埋もれていた。
その周囲には真っ赤な木がある。Kさんに訊いたら、あれは火焔樹という赤い花が咲く木だそうな。
ジャングルと赤い火焔樹に囲まれたアンコール・ワットは、近くで見るとあんなに大きかったのに、ここからはほんの小さくしか見えない。
へー、あんな程度にしか見えないのか。

プノン・バケン頂上から。
赤い丸でかこった中に
アンコール・ワットがある |
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丸の中拡大。
アンコール・ワットってわかるかな? |
いまはアンコール・ワットも手を入れられ、だいぶ整備されている。
でも、そうでなかった時代は荒れ放題で、木々に覆われていたはず。
きっと、こんなに距離的に近いプノン・バケンからですらその姿を確認することはできなかっただろう。
ああ、本当にアンコール・ワットはかつて密林に埋もれた遺跡となってしまっていたのだな。
北東の方角にはアンコール・トムがあるので探したが、こちらはまったく見えなかった。
だが、その北東の遠くの方に頂上が長く平らな山が見える。
山? あれ、山かな?
空と山の境目が、長〜く平らに続く不思議な風景がめずらしかったのか、メモ帳には下のような略図と文字が残っている。
空
________________________
///\ \
山 /////\ \
///////\ \
↑ここだけ色が違う。他の山?
(※Web版Attention! 後にこの平らな山はプノン・クーレン丘陵であることがわかりました)
Kさんに訊くと、あれはやはり山だそうな。
しかもあの山のある方から、アンコール・ワットの建造に使ったのと同じ石が発見されたとのこと。だからきっとあの辺りから、アンコール・ワットの石は運ばれてきたのだろう、ということだ。
ふうん、あんな遠くから運んで来たのか。大変だな。
ぐるりと祠堂のまわりのテラスを歩きながら周囲を眺める。
シェムリアップ[Siem Reap]は真っ平らな土地だ。
山の頂上から見渡す風景は、銀色に光る水を張った田んぼと、すでに稲を植え終わった緑の田んぼ。そして遠くの方に深緑のジャングルがあるのみ。
高いものはヤシの木と、ときおり古墳のように土が盛り上げられているところが数箇所あるにすぎない。
深緑のジャングルと黒い雲の間にグレーの紗(しゃ)がかかっている。
Kさんに訊いたら、あれは雨だそうな。
へえ、「雨のカーテン」という言葉通りの風景だ。

左側の「もや」が雨のカーテン |
Kさんは「西は向こうなので、あっちに座って見てください」とわたしたちに説明した後、先に遺跡を降りた。帰りはあの斜面の上で待ち合わせることにする。
ちなみに本日の日没は6時15分くらいとのこと(30分だったかな? 憶えてない)。
わたしたちは西の平原がよく見える階段に腰をおろした。
目の前に白く輝く広大な湖が見える。西メボンという、かつての貯水池だそうな。
これで夕日が見られるなら、さぞかしきれいなのだろうが、空には上が白く下が黒い雲が一面に厚く重くたれこめている。一時は晴れそうな雰囲気だったんだけど・・・うーむ、こりゃあちょっと無理だろうな。
夕日を見に来ている観光客は、圧倒的に白人が多い。

夕日を待つ人々。インターナショナル。 |
Kさんの話によると、アンコール・ワットを訪れる観光客の数は、1位がフランス人、2位が日本人とのこと。3位は台湾人だったかな?
1位がフランス人というのは何となく意外だったが、まあ昔カンボジアはフランスの植民地だったから、フランス人にとってはなじみのある土地なのかもしれない。
それにしても、なぜ白人の観光客というのは、どこの国にいってもTシャツもしくはポロシャツに短パン、素足にサンダルなのだろう?
黄色地に黒で「大和魂」と書かれたTシャツを着ている白人がいる。
いったいお前のどこに大和魂が?
そしてもちろん東洋人も多い。
後ろから日本人の男女の会話が聞こえてくる。
女の子の方は学生だそう。あと10日間ほど東南アジアをふらふらするそうな。
――って、待てよ。いま5月の末だぞ? 学校あるだろが。
今時の学生って、どうなってんだろ?
うしろでは「アンニョンハセヨー」という声。韓国人のグループがビデオカメラを三脚の上にすえつけて、夕日を撮ろうと待ち構えていた。
タバコを吸っている日本人もちらほらといる。
日本は古い建造物は木でできているから、絶対禁煙だけどここはOKなのか?
どーでもいいけどお前ら、吸い殻は持って帰れよ。捨ててくなよ。
5時47分。ゴオオオォォォッっという、凄まじい轟音が空に鳴り響いた。
何だ、なんだ? 雷か?
と夕日を待つみんなできょろきょろと見回したら、北から南へと飛んでいく飛行機が見えた。
方角的に、わたしたちが見ていたのはシェムリアップ空港がある方なので、きっとそこから飛び立った飛行機なのだろう。
それにしてもすごい音だった。
後でKさんに「飛行機のジェット音による振動も、遺跡を崩す原因のひとつになっているんです」と聞いた。
そうかあ。アンコール遺跡群を見るためにシェムリアップへ来るには飛行機が一番早い手段だけど、飛行機は遺跡にとっては被害をひろげるもののひとつなのか。
飛行機で来た身としては、ちょっと複雑。
日没が近づくにつれ、遺跡上の土産売りもラストスパート。
となりに座っている日本人の女の子がターゲットとなった。
本来はサロンというのだろうか、巻きスカートを手に土産売りの女性が、「スカート、サンダル、スカート、サンダル」と言っている。
スカートとサンダルを売っているのかと思ったら、これはスカートがサンダル(=3ドル:3$)という意味なのだった。
なぜ「ダル」? ダラーならともかく、なぜ「ダル」?
しかも日本語の「サン」と組み合わせているので、よけいにこれは混乱させられた。
6時近く。まったく太陽見えず。夕焼けする気配もない。

プノン・バケンから西を眺める。
左側にわずかに見えている水面は
西メボン。この雲では夕日は無理だ。 |
夕日を見るのをあきらめて、ちらほらと帰る人が出てきた。
みんなももう今日は無理だろうと思ったのか、続々と立ち上がって帰りはじめる。
わたしたちもさっさとあきらめて帰ることにした。真っ暗になってから遺跡や山を下りるのは怖いし。
みんなではいつくばるようにして急な階段をゆっくりと降り、蹴っつまずかぬよう注意しながら赤土の斜面をくだる。
斜面の途中で、「ギーンッ、ギーンッ」という金属音が山に鳴り響いた。
何かの警報かと思って、斜面を降りるみんなであたりを見回してビビる。
しかしこれはセミの鳴き声とのこと。
ええっ、あんな、旋盤まわして金属削っているみたいな音が、セミの鳴き声っ!?
国が違うとセミの鳴き声も違うんだなあ、と驚いた。
結局夕日が沈むところどころか夕日そのものすら見ることができなかったけど、まあ、ゆっくりできてよかったかな? というプノン・バケン観光だった。
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