『アンコール5日間徒然日記』2001年5月29日記

第16号
3日目の2――白い首長竜がいる遺跡/プリヤ・カン の巻
2000年10月3日 発行

   北
   ↑
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   |   今回の進路|┌―――――――――――――――――┐
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   北大門→ ★     プリア・カン           ||
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 バプオン |┌――┐┌―――――┐|            ||
 象のテラス||  ||    |└―┐          ||
 など   ||  ||    └―┐|          ||
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  バイヨン||          ||          ||
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   南大門→ ★                  ||
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 ←空港へ  ||■■■■■■||
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           ||↓シェムリアップへ
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※ 縮尺は適当です。どーみてもアンコールトムが大きすぎる・・・
は環濠を意味しています。
※ ◎はアンコール・ワットです。

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プリヤ・カン[Preah Khan] ―― 外

 次に向かったのはプリヤ・カン(プリア・カンとかプレア・カンとも)という遺跡。Kさんいわく、仏教とヒンドゥー教の複合寺院だそうな。
 建てたのはアンコール・トムと同じジャヤヴァルマン7世で、1191年頃のものだそう。

 この遺跡は東向きに造られているはずなのだが、西側から入っていった。

 車を降りると、左右に1メートルほどの高さの石塔が並ぶ真っすぐな道があった。まるで石灯篭が連なるどこかのお寺の参道みたい。
 参道の両側はジャングル。
 参道は足元をよく見ると、まばらに敷石がある。昔はきちんと整備されていたんだろうな。

 左右のジャングルから鳥の声や虫の声が聞こえてくる。正面から差し込む朝日がまぶしい。なんだか、早朝の明治神宮を歩いているみたいだ。

プリヤ・カンの参道
プリヤ・カンの参道

 石塔を見てみる。
 石塔は仏教の五輪の塔のようにいくつかにくびれていて、てっぺんに未開敷の蓮華が乗り、上半分には火炎型の仏龕のようなものが、下半分にはガルーダが彫刻されている。
 Kさんに訊いたら、これはビンドゥー教のリンガを模しているんだそうな。

 しかし、仏龕の中に仏様はいなかった。明らかに後世破壊されたらしく、削り取られた後がある。でも、ガルーダにはあまり宗教的なないので壊されなかったんだそうな。なるほど。

石塔
上の
仏龕の中はえぐれて空洞。
下のガルーダはそのまま残っている。

 参道の終わりにはかつての環濠のなごりがあり、当然橋がかけられている。
 この橋は短かったけど、アンコール・トムの南大門のように乳海撹拌の綱引き像があった。
 やはり北大門と同じくほとんど神様も阿修羅も首が落ちてしまっている。

プリヤ・カン前の橋
秘技、手動パノラマ写真。
プリヤ・カン前の橋を2枚の写真で撮ってみました。
左右に綱引きの像が並んでいます。

 壊れた石像はそのまま放置されているんだけど、よく見ると断面から大きな鉄釘みたいな鉄の棒がのぞいていた。
 へえ、鉄釘。後世の修復後なのか、それとも建造当時から鉄釘を使っていたのか。

 第一周壁の上の方にも仏龕がある。でもやっぱり仏像は削り取られていた。
 そしてその下、目の高さの壁には、両翼をいきおいよく上にふりあげた大きなガルーダのレリーフ。おお、すごい。彫りも深くてくっきりしている。

 そしてこれは帰国後に写真を見ていて気付いたのだが、このガルーダ、両足でがっちりナーガ(蛇)をつかんでいるのだ。
 おお〜、そうして見ると、まるでナーガを降(くだ)したガルーダが両翼をふりあげて雄たけびをあげているような姿だ。

 ここのガルーダはアンコール遺跡群の中でもかなり大きくて有名だとか、Kさんが言っていた。もちろんばっちり写真に撮った。

ガルーダ
ばっちり撮ったけどいまいち
写りが悪いガルーダ

 橋の下にもレリーフがある、とKさんが土手を降りる。橋桁は水につかったところが赤くなっていたが、ちゃんとレリーフがあった。4本腕の観音さまだそうな。
 こんなところにまでレリーフがほどこされていたなんて、昔はもっとすごかったんだろうなあ。

 この時、土手を一緒になって降りたら、草むらで赤いアリ(蟻)の大行列に出くわした。
 「赤いアリは食べられる」と確かKさんが言ったような(黒だったか?)。
 ええ、アリも食うんかいっ!?

 「どんな味がするんですか?」と訊いたら、「すっぱいです」という答えが返ってきた。
 まあ、蟻酸(ぎさん)というのもあるしな。酸だからすっぱいのか・・・理屈にかなっているようなかなっていないような。

 そういえば、メキシコ料理にもご飯の上に巨大なアリを「ふりかけ」のようにまぶして食べるものがあったはず。
 子どもの頃に、「なるほど・ザ・ワールド」ってTV番組で見たんだよねえ。

 アリふりかけご飯を食べるリポーターの女性を見た時、わたしにはあの仕事 (リポーター業)はできん、と思ったっけ。
 仕事で旅行するなら、なんでも食べられる強靭な精神をもたんといかんのだなあ。

 話は戻してプリヤ・カン。
 門のところにはシンハー(獅子像)があった。
 階段の構造にも歴史あり(注:フランス徒然より)だが、シンハーの姿にも歴史あり。
 Kさんによると、12世紀前半までにつくられたシンハーはだいたい座っているそうなのだが、12世紀後半以降につくられたシンハーは立っているとのこと。

 じゃあ、プリヤ・カンのシンハーはどうだったかというと、まったく憶えていないというのが我が脳みその情けないところなのである(T_T)。
※Attention! メモにはKさんの言葉しか残っていなかった。もしかしたら話だけでシンハーはなかったかも)

 理屈で言うと、プリヤ・カンは12世紀後半に建てられた寺院だから、シンハーは立っているはずなんだけど。
 まあ、12世紀前半に作られても立っているシンハーもいるから、なんとも言えないか。12世紀後半の作である象のテラスのシンハーも座っていたし。

 つくづく、わたしにはメモ帳という外付け脳みそが必要であると感じる(記録してなきゃ意味がないが)

 プリヤ・カン ―― 祠堂など

 赤い砂地の上を歩き、第一周壁内に入ると建物がある。その入口左右には短い手足のどっしりとした立像があるが、いずれも壊れたのか壊されたのか首がない。

 ポーズは微妙に左右の像で違っていて、右側の像は右手に剣を杖のようについて持ち、左手を胸にあてている。
 対して左側の像は両腕がひじのあたりから欠けてしまっている。

門番のいる建物入口
門番のいる建物入口

 これはKさんが、右(南)側の像はヒンドゥー教の門番、左(北)側の像は仏教の門番と説明してくれる。
 ヒンドゥー教の門番は胸に手をあてて尊敬の意を示しているのでわかるとのこと。

左側・仏教の門番
左側・
仏教の門番
  右側・ヒンドゥー教の門番
右側・ヒンドゥー教の門番。
左手を胸にあてている。

 プリヤ・カンは仏教とヒンドゥー教の複合寺院なので、こんなふうにきっちりとわけて作られているのだそうな。
 寺院内部もちゃんと方角別にヒンドゥーの神様と仏教の仏様がまつられているらしい。

 ふうん、参道に並んだ灯篭の仏像は壊されてしまっていたけれど、国の指導者の考え方ひとつで、異なる宗教がひとつの建物に平和的に共存することも可能なんだな。

 入口上のファサードの彫刻を見ると、左下の方に戦車に乗って弓を弾く人が、右下の方にはやはり戦車に乗って弓を弾く腕が8本くらいある神様だか阿修羅だかがいる。
 ファサードの中央にはやはり神様だか阿修羅だかが5〜6人群れている。

 何の物語の場面なんだろう? 残念ながらわたしの頭ではまったく不明。

ファサードのレリーフ
ファサードのレリーフ。
右下に腕が8本ある人がいる。

 第二周壁に囲まれた建物の中に入る。
 この建物もアンコール遺跡群の他の建造物の例にもれず、左右対称に作られていて、回廊には一定間隔で門が連なっている。
 だから、どこかでふと立ち止まって回廊の奥に目をやると、まるで合わせ鏡をのぞきこんだように門がはるか彼方まで続いているかのように見える。

 うーん、まるで異世界に迷い込んだみたい。
 アンコール・ワットでも同じ風景を見たけど、何度見ても不思議な感じのする眺めだ。

 建物を構成する石は大きい。柱はどれも50cm角で4メートルほどの高さの石柱だ。
 どれも苔むしているのか緑色がかっていて、浅く蔓草模様や仏像が彫られている。そして足元の方には交脚バラモン像。柱にも仏教とヒンドゥーが混在している。

 どこかの壁だかファサードに、屋根付きの舟を櫂でこぐ様子のレリーフがあった。これもカンボジアの水上生活を描いているようだった。

 回廊の交差点に四角い石の基壇があり、上に仏像がのっている。
 だが、もともとこの基壇はヒンドゥーのリンガをのせるためのものだったのこと。いつの時代からか仏像に置き換わってしまったらしい。

 この基壇がある辺りの建物は天上が落ちてなくなってしまい、日の光が入ってきて明るかった。

 さらに別の回廊の交差点には、大きな石がどーんと据えられていた。上面には四角い穴が3つあいている。
 「これは、ヒンドゥーの3大神の像が本当ははめこまれていたところ」とKさん。
 でも、もう像は残っていないそうな。

3つ穴があいた石
3つ穴があいた石

 そういや、こういう穴のあいた石はけっこうあちこちで見たけど、像が残っていることはほとんどなかった。残念な話である。

 回廊を進むといくつも門があるのだが、背の高い門と低い門がある。低い門は仏教のための門で、高い門はヒンドゥーのための門だそうな。
 ふうん、門の高さにも宗教の違いがあるのか。

 建物は、火山岩のようにぼこぼこと穴の空いた赤い石でできた壁がところどころ壊れている。そのすきまからちょっと外に目を向けてみると、崩れ落ちた巨大な石材が草むらの中に折り重なっているのが見えた。
 その石材の間から見える建物の壁にも美しいデヴァター(女神)像が。

 ああ、ああやってデヴァターたちも崩壊の陰にうずもれていくんだなあ。

崩れた遺跡の間から、デヴァターを垣間見る
崩れた遺跡の間から、デヴァターを垣間見る

 この建物はあまり修復の手が入っていないのか、あちらこちらが崩れていた。
 崩れるまではいかなくとも、壁などは積み上げた石に歪みがでていて、レリーフのデヴァター像などは首と胴体が左右にずれてしまっていたりした。

首と胴体がずれてしまったデヴァター
首と胴体がずれてしまったデヴァター

 建物の中からいったん中庭のようなところに出る。左右にひとつずつ水はないが池のようなものがある。これも、右側が仏教の聖池、左側がヒンドゥの聖池と左右対称に設けられている。

 ヒンドゥー側の聖池は、周囲の壁にぐるりとやせこけたキリストのような交脚バラモン像のレリーフがほどこされていたが、仏教側は仏龕はあるものの、やはり仏様のレリーフは削り取られていた。
 しかし、高いところの仏龕にまで手をのばすのはは面倒くさかったのか、壁の上の方のレリーフはよくのこっていた。

 そしていずれの聖池も、デヴァターのレリーフは残っていた。壊した人々にとっては、デヴァターはガルーダ同様宗教的な意味がなかった、とKさん。ふうん、そういうものなのか。

 鏡をのぞきこむデヴァター、なんてのも残っていた。

おさげ髪を手に持つデヴァター
おさげ髪を手に持つデヴァター
  鏡をのぞきこむデヴァター
鏡をのぞきこむデヴァター

 建物のほぼ中心に到着。するとストゥーパがある。
 ここはジャヤヴァルマン7世のお父さんの菩提寺をかねているので、そのストゥーパだったのかな?

 ストゥーパのまわりには、三角形と四角形の布(紙?)を組み合わせてつくった人型みたいなが吊るされていた。
 うーん、形が全然違うけど、お盆のナスやきゅうりでつくった馬みたい。

 Kさんの話だと、ストゥーパを中心に、ヒンドゥーと仏教は下図のように住みわけているとのことだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ※◎がストゥーパ

             仏教

           ┌―――┐
           |   |
 《西》 ヒンドゥー | ◎ |  ヒンドゥー 《東》
           |   |
           └―――┘

             仏教

  ―――――→ ―――――→ ―――――→
  わたしたちの進行方向

 プリヤ・カン ―― 図書館、学校、経蔵など

 「こっちに学校があります」と言って、Kさんがプリヤ・カン敷地内の北側の方に移動した。穴がたくさんあいたごつごつした感じの赤い石の壁の向こうに行くと、そこには草地が広がっていたと思う。まあ、ようするに学校跡だったようだ。

 だが、かつては図書館だった建物の基壇や、2階建ての建物が少し残っていた。
 2階建ての建物は、アンコール遺跡群の中ではめずらしく太い円柱が立ち並ぶ壮麗な建物だった。

 わー、まるでギリシャやローマの遺跡みたい。

パーリ語の学校
ギリシャやローマにありそうな建物

 この2階建ての建物の2階がパーリ語の学校だったそうな。図書館で本をとってから学校へ行くという流れになっているらしい。
※Attention! パーリ語=セイロン・東南アジアの小乗仏教聖典に用いられた古代インドの言語だそうです。大辞林より)

 図書館の基壇にはのぼれたのでのぼってみた。すると階段かテラスにいたシンハー像(これは座っていた)の後ろ姿が見えたのだが、シンハーの頭部はまるでパンチパーマかうろこのような模様になっていた。

 基壇の上からKさんが北側を指さし、あちらには沐浴場があった、と言った。現在では草地に石が転がるだけになってしまっていたと思う。

 その沐浴場がある方角に、花火みたいな形の先が赤くて根元が白い花が咲いている木があった。ねむの木だという。ふうん、あれがねむの木か。

 基壇の上から地上を見ると、観光客が捨てたらしいペットボトルが放置されているのが見えた。
 情けないが、現代だなあ、と感じる。

 元いた建物の方に戻ると、今度は劇場があるという。その劇場の空間に入ると、入口上部の秣石(まぐさいし)部分に、横一列になったアプサラがびっしりと彫り込まれている。
 なるほど、劇場らしい装飾だ。

 アプサラの上には仏龕のレリーフがあったが、こちらも仏像は削り取られていた。何というか、執念深いものを感じる。

 「ここの遺跡も木で覆われているところがあります」とKさん。
 示された方角を見ると、東側の第一周壁の上に巨大な白い首長竜がまたがっていた。

 んじゃ、ありゃあっ! と思ったら、あれもスポアン(榕樹:ガジュマル)の木だった。

 ああ、あれ木か。
 遠くから見ると、すべすべした木の表面がまるで爬虫類の肌のように見えた。

白い首長竜のようなスポアンの木
白い首長竜のようなスポアンの木

 スポアンの木は2本あったが、片方は途中で幹がもげていた。
 落雷か何かでもげたのかと思ったら、どうも白アリにやられたらしい。

 あんな巨大な木でも、小さなアリに敵わないんだな。

 第一周壁の東門をくぐり、反対側からスポアンの木を見る。根はこちら側に集まっており、四方に広がる木の根本はまるでタコ(蛸)の足みたいだ。

 張り出した根は複雑に遺跡にからまっている。あれじゃ木を撤去したとたんに遺跡が崩れ落ちてしまいそう。
 木を遺跡から撤去するのも一苦労だな。

 東門から今度は木立の中を歩きながら経蔵へ移動。

 その途中、実がなっている木がいくつかあった。
 チャンバというピーナッツみたいな味の実がなる木と、グロサンというすっぱい実のなる木だった。グロサンの方はスープに入れたりする、とKさんが言っていた。

 経蔵もやはり木立(というかジャングルなんだろうな)の中にあった。どこの国が支援しているかは忘れたが、地元の人が直している真っ最中である。

 経蔵の中からはドリル音が聞こえてくるが、入口のところではゆがんだ建物のすきまに石をつめている作業中だった。
 石のサイズがすきまに合わないらしく、金槌とノミで石を削ってははめ込み直す作業を繰り返している。 

 7〜8人の男性がいたと思うが、半数が働いて半数は地面や倒れた木に座ってその作業を眺めていた。そして働いている人だったか眺めている人だったか、誰かが歌をうたっていた。のんびりとした作業風景である。

 石でできた経蔵のまわりには鉄パイプの足場が組まれていて、そのパイプに洗いざらしのクロマーがかけられている。
 ああ、クロマーはこちらの日常グッズなんだな。買ってよかった。

 作業風景をしばらく眺めて次の目的地に向かうために車へ移動。この時8時 29分。
 この遺跡はじっくり見学したな。1時間くらいいたか。

 ジャングルの中から旋盤で金属を削るような音が聞こえてくる。これも昨日聞いたのと同じセミの声だった。さまざまな鳥の声も聞こえてくる。

 車をとめてある北門の方へまわりこみながら歩いて行く。
 途中、Kさんが「これはミントのにおいがする葉っぱ」と道端の草を指さした。
 葉っぱを摘んでかいでみたら、ホントにミントの香りがした。

 ピンク色の小さな「ぽんぽん」(チアリーダーが手に持っているやつ)のような花が咲いている。何の花かと思ったら、おじぎ草の花だった。
 へえ、おじぎ草ってこんな花が咲くのか。知らなかった。

 第一周壁の北門を抜けて車に乗る。
 さて、次はニャック・ポアンである。

おわり
 

  編集後記 

 
 はい、プリヤ・カンでした。
 この遺跡は3日目にめぐった本格的な遺跡第1号だったので、メモを大量にとっていましたね。おかげで本文も長くなりました。

 ですが、この後めぐった遺跡はそれほどメモないです(笑)。
 疲れていたんでしょうかね。

 それではまた次号でお会いしましょう。
 


3日目の1――朝の町をぬけて/アンコール・トム北大門 の巻
3日目の2――白い首長竜がいる遺跡/プリヤ・カン の巻
3日目の3――風にのる伝統音楽を聞きながら/ニャック・ポアン の巻
3日目の4――カンボジアのゴムの木とは?/タ・ソム の巻
3日目の5――双子のように似た遺跡/東メボンとプレ・ループ の巻
3日目の6――お昼ご飯はフレンチにて休憩 の巻
3日目の7――午後もジャヤヴァルマン七世の遺跡から/
              スラ・スランとバンテアイ・クディ の巻
3日目の8――緑と白の遺跡/タ・プローム の巻
3日目の9――20分で4つの遺跡はやまわり の巻
3日目の10――アンコール・ワットで君は何を見たか? の巻
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