『アンコール5日間徒然日記』2001年5月30日記

第28号
4日目の4――雨の中のアンコール・ワット の巻
2002年1月4日 発行

 
 
象の門

 3時5分過ぎ、オールド・マーケットを出発。アンコール・ワットへ向かう。

 途中まではシェムリアップ川沿いを車は行く。川の水を見て思い出したのか、「2000年にはメコン川が洪水であふれて大変だったんですよ」とKさんが話を始めた。

 メコン川で洪水かあ。そういえばそんな話、聞いたことあるよなないような。
 長江の洪水と一緒になっているか? わたし。
※Attention! 2000年8月からの豪雨でメコン川が氾濫して、大洪水が起きたそうです、被害はカンボジアだけでなくベトナムでもひどかったとのこと。2001年の10月にもメコン川の洪水で死者が出たというニュースが流れました)

 シェムリアップの町からアンコール・ワットへと続く道を、わたしたちはまたひた走る。

 シアヌーク国王の肖像画があるT字路を左に曲がると、アンコール・ワットを囲む環濠の中に、頭だけを出して水につかっている人々がいた。
 何をしているんだろう? 不明。

 3時25分、アンコール・ワット着。
 この時はまだ空は青く、日差しがじりじりしていた。
 でも、西塔門を見上げると、すでに東の空には白い下弦の月が出ていた。

 昨日・おとといは、西塔門からわたしたちは入ったが、「今日は象の門から入ります」と言ってKさんは西参道を渡りきると西塔門前を右に曲がった。

 西塔門は人が出入りする門なので、階段をのぼって門をくぐるが、象の門は本当に象が出入りするので、階段のない門なのだそうな。
 そして実際行ってみると、階段はなかった。なるほど。

象の門
象の門

 象の門の中に入ると、内側の壁一面にレリーフがほどこされている。
 花と円を組み合わせたレリーフは、円の中に踊るアプサラがいたり、火焔模様の中に神様がいたり。
 彫りの浅いものもあるが、バンテアイ・スレイ並みに深くてエッジのたったレリーフもある。

 うーむ、レリーフだけでいえば、西塔門よりこっちのほうがずっときれいかも。

 象の門を抜けると、門の裏には連珠格子窓や、手鏡を持つデヴァターや踊るデヴァターなどのレリーフがたくさんあった。

 連珠格子窓の上には、馬に乗って剣をふりあげている人物(神様?)像もがずらりと並んでいる。
 おおー、すごい。

 「ここのレリーフはとてもきれいなのに、観光客の人はあまり来ない。だからあなた日本に戻ったら、日本の人にたくさん紹介してください」とKさんがわたしに言う(笑)。

 確かにここは美しいデヴァターが多かった。
 象の門は、ただくぐりぬけるだけではなくて、ぜひ裏手にまわってレリーフ鑑賞をするのがおすすめかも。

 わたしたちもゆっくり見てから祠堂へ向かった。

手鏡を持つデヴァター
手鏡を持つデヴァター
  連珠格子窓とデヴァター
連珠格子窓とデヴァターが
連なる象の門の裏

 スコール

 象の門から祠堂へは、右手に木立を見ながら歩く。
 風が木々の葉を揺らす音が耳に心地よい。
 足下は草地。ここいらへんは人がよく歩くので、土のけもの道ができている。

 そういやいつだったか、西参道からこっちの方を見ると、お坊さんがよく歩いていたっけなあ。

 瞑想には、座ってやる瞑想と歩きながらやる瞑想があると聞いたことがある。
 ここを歩いていたお坊さんは、ただ散歩していたのではなく、歩く瞑想をしていたのかもしれない。

 右手の木を見ていると、緑の葉に赤い蟻がたくさんたかっているところがあった。よく見るとその近くには、カマキリの卵みたいに白い泡が固まっているところがある。
 この白い泡はけっきょくなんだったんだっけな? 蟻の巣だったんだっけ? ちょっと覚えてない。

 確かこの蟻、凶暴で、人間のことを噛んでくるんだったと思う。Kさんが噛まれていたような記憶がある。

 この他に生き物は、羽が先っぽの方だけ透明で、あとは残りの羽も胴体も真っ赤なとんぼを見た。ちょうど木の葉に停まったので、ばっちり写真に撮れた。
 後は草地を一歩すすめば、バッタが四方八方へ飛んでいくのが見られた。

赤いとんぼ
赤いとんぼ

 3時50分頃。
 ついさっきまで青空が広がっていたのに、アンコール・ワットの祠堂の5つの塔が見えるあたりまで来ると、西の空から重たそうなグレーの雲がひろがってきた。

 そういや風が冷たい。スコールが来るのか。

 聖池のほとりでは、イーゼルをたててスケッチしている人とそれを見物している人がいたが、みんなばたばたと後片付けをして祠堂へと避難をはじめた。

 ちょっと前まで日射しがじりじりして「熱い」くらいに明るかったのに、今では夕暮れのように周囲は薄暗くなっている。
 風はさらに強さを増して、祠堂前に立つ背の高いパーム・ツリーを大きく揺らしていた。

 わたしたちも急いで祠堂に逃げ込む。すると、3時52分、どこからか雷鳴がとどろいてきた。
 おおー、本当にスコールが来るんだ。

 この広いアンコール・ワットの敷地内で草むしりをしていた人々も、雑草が入っている大きな袋を抱えて、祠堂に避難してきている。
 しかし、雨は今にも降ってきそうなのに、なかなか天から水滴は落ちてこなかった。

スコールが来る前の空
スコールが来る前の空。暗い。

 第一回廊・復習編

 さて、アンコール・ワットをみたび観光。
 観光初日にも見た第一回廊西面南側の「マハーバーラタ」、第一回廊南面の西側「偉大な王の歴史」と東側の「天国と地獄」、それに第一回廊東面南側の「乳海攪拌」をもう一度つら〜っとおさらいして見てまわる。

 南壁では、「偉大な王の歴史」と「天国と地獄」の間にある階段のある通路を出て、回廊を外から見てみる。
 すると、通路の屋根のファサードにもレリーフがある。
 横一列に合掌した神々が並んだレリーフが2段あり、その上に物語性のある(らしい)神様のレリーフがある。

 何のレリーフかKさんに訊いたら、「4本腕で、こん棒やほら貝を持っているからあれはヴィシュヌ」と教えてくれた(他の2本の手には蓮華と円盤[チャクラ]を持っているそうな)。
 どうやらヴィシュヌが阿修羅を殺している場面のレリーフだったようだ。

 「乳海攪拌」を見ている頃に雨が降り出した。
 あっという間に建物がずぶぬれになる。

雨にぬれた建物
雨にぬれた建物

 ああ、そういえばこれじゃあ第三回廊のあの急な階段はのぼれないな。おとといの晴れた時にのぼれてよかった。

 回廊を先に進む。
 第一回廊東面の「乳海攪拌」を見終わって、次のレリーフに向かう時、Kさんが回廊の入り口頭上に渡されている1本の太い梁のような木を指して、「これはトゥラーという木。800年前の木です」と言った。

 ふうん、800年も前の木なのか。
 こんな湿気の多い土地でよく腐らずに残っているな。硬い木なんだろうか?

トゥラーという木
横に渡されているのがトゥラーという木

 第一回廊東面北側・ヴィシュヌの魔族阿修羅への勝利

 この入り口を過ぎると、観光初日には見なかった第一回廊東面北側の「ヴィシュヌの魔族阿修羅への勝利」というレリーフがある。
 そういやさっきも南面でヴィシュヌが阿修羅を殺していたな。仲悪いんだな。

 ここのレリーフは「マハーバーラタ」同様、象の上で弓を弾く人(神様)や、象の上で指揮をする人や、槍に刺されて象の背中に置かれた輿(こし)から落ちる人や、戦車ならぬ戦象の鼻に持ち上げられている人(象ばっかり 笑)など、壁一面戦いの場面で埋め尽くされていた。

 第一回廊北面東側・クリシュナの魔族バーナへの勝利

 さらに回廊を進むと、今度は「クリシュナの魔族バーナへの勝利」というレリーフがある。

 クリシュナは、もともとは実在の人物(らしい)けど、後に神格化されて、10の化身を持つヴィシュヌの第8の化身とされたそうな。
 インドではとっても人気のある神様とのこと。インドの神さまの絵の中で、クリシュナはだいたい肌が青黒くて横笛を構えている姿で描かれている。

 アンコール・ワットでこのレリーフを見た時は、どんなお話が元になったレリーフか知らなかった(ガイドブックには載ってなかった)。というわけで調べた。

 すると、「クリシュナの魔族バーナへの勝利」は、妻を魔族バーナにさらわれたクリシュナが、バーナのもとへガルーダに乗って妻奪還に向かう、というお話がベースらしい(どこかで聞いたような・・・好きなのか? インド人、妻が悪魔にさらわれるってテーマが)。
※Attention! 何の本にこの話が載っていたのかわからなくなってしまいました。間違ってたらごめん)

 この時クリシュナは1000の頭と8本の腕の姿だったそう。
 確かに、わたしの撮影した写真の中に、顔はいくつだかわからないが、8本の腕がある人物が、両翼を広げたガルーダの肩の上に乗っている。
 そっか、これがクリシュナだったのか。

 ちなみにクリシュナを化身とするヴィシュヌのヴァーハナ(乗り物)もガルーダ。姿を変えてもヴァーハナは同じなのか。

 レリーフの最後の方には、無数の顔と8本腕の人物に、ひざまずき、手を合わせて懇願している人がいる。

 「クシュリナの魔族バーナへの勝利」のお話では、バーナはクリシュナに敗れた後、シヴァに命乞いをして助かった、ということになっている。

 じゃあ、これはそのシヴァに命乞いしている場面なのか? でもこれ、どうみてもシヴァっていうよりはクリシュナだよなあ。謎。


バーナがシヴァに命乞いしている、のか、
命を助けてもらってクリシュナに感謝しているのか。

 この東面北側のレリーフは、メモに「見づらい」という感想が残っている。

 うん、そうそう、彫りが浅くて見づらかったんだよね。

 何でかな? と思ったら、このレリーフは16世紀の作なんだけど、彫ったのはカンボジア人ではなく中国人だったんだそうな。だから、今まで見てきたレリーフとはちょっと出来が違う、とKさんが言っていた。

 第一回廊北面西側・「神々と魔族阿修羅の戦い」

 次の「神々と魔族阿修羅の戦い」のレリーフも中国人製だったと思う。
 でも、「クシュリナの魔族バーナへの勝利」よりは若干彫りが深いのか、少しは見やすかった。

 さて、「神々と魔族阿修羅の戦い」。
 なんで戦っているのかというと、「乳海攪拌」によって作られた不老不死の薬アムリタを飲もうとして奪い合い、戦いになったんだそうな。
 うーむ、神さまのくせにあさましい。

 ここのレリーフも戦いの様子だらけ。
 さすがに戦いばかりでわたしも飽きたらしい。写真はほとんどない。
 数少ない写真の中に、大きな鳥の背に乗って弓を構える人物(神さま)のレリーフ部分がうつっている。

 誰だろ? 天蓋がさしかけられているから高貴な人だと思うけど。
 鵞鳥でブラフマーかな? とも思ったが、顔がひとつしかないので(ブラフマーはたいてい4面)、やっぱ違うようである。不明。

 このレリーフも赤い塗料がたくさん残っていた。
 昔からついている色なのか、拓本をとる時についた色なのか。ふむ。

 この後、1日目にマダムとふたりで見た第一回廊西面北側の「ラーマーヤナ」をふたたび見て、第二回廊もちょっとふらふら〜っとして、本日のアンコール・ワット観光はおしまい。

 さまざまな髪型のデヴァターも、もうこれで見納めなんだな。ちょっとさみしい。

 祠堂を出て、まだ雨の降り続く参道を西塔門へ向かう。

 もう一度だけ、アンコール・ワットを見ておこうと思って立ち止まり、ふりかえった。

 そうして見た雨の中のアンコール・ワットは、白い雲を背景に、暗く黒く沈んでいた。

おわり
 

  編集後記 

 
 はい、アンコール・ワットの象の門と、第一回廊の残りのレリーフ部分リポートでした。

 よく見ましたね〜、アンコール・ワットは。
 もう少し自由時間があるとよかったんですけど。もうちょっとふらふらしたかったです。

 今考えると、同じくらいの時間をかけてバイヨン寺院も見たかったな〜

 あ、さて、今回でアンコール遺跡群の観光はすべて終わりです。
 というわけで、次回は一気に帰国までのリポートをお届けします。

 ううう、年越しちゃったけど、『アンコール5日間★徒然日記』もようやく最終回です。

 それではまた次号でお会いしましょう。
 


4日目の1――牛にさえぎられつつもバンテアイ・スレイへ の巻
4日目の2――赤い遺跡・バンテアイ・スレイ の巻
4日目の3――民家訪問とオールド・マーケット の巻
4日目の4――雨の中のアンコール・ワット の巻
4日目の5――あたたかい雨・涼しい風/日本帰国 の巻
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