ケテルビーの管弦楽曲

●ケテルビー
 @ペルシャの市場にて
 A修道院の庭で
 Bジプシーの少年
 Cエジプトの秘境で
 D時計とドレスデン人形
 E牧場を渡る鐘
 F中国の寺院の庭で
 G月の光に
 H心の奥深く

ジョン・ランチベリー指揮
フィルハーモニア管弦楽団


EMI  TOCE-2225

アルバート・ケテルビー(1875〜1959)という名前を聞いて、誰だろう?と思う人も多いと思われるが、《ペルシャの市場にて》の作曲者といえば、分かるだろう。
イギリス生まれの作曲家で、ロンドンのトリニティ・カレッジで音楽を学び、セント・ジョン教会のオルガン奏者になる。11歳の時に作曲した《ピアノ・ソナタ》を聴いた、E.エルガーが、その才能を絶賛したという。
やがて、劇場の指揮者やピアニストとして活躍するようになる一方で、音楽監督、作曲家、楽譜出版社、レコード会社のディレクターなどで活躍した。

作品は管弦楽の描写音楽が多く、またブラスバンドの編曲、自作の歌曲も作曲した。一方で通俗的といわれてもきたが、親しみやすい作風で人気があるのも事実である。

以下、ケテルビーの代表作をいくつか掲げる。

《ペルシャの市場にて》
(1920年)
もっともポピュラーな作品。ペルシャとは現在のイラン・イスラム。かつて強大であったペルシャ帝国の時代の中近東風な建物も残されているという。
そんなペルシャの市場での描写を「間奏曲」という副題で作曲した。
標題のあらすじは、らくだに乗った隊商、市場の乞食たちの「バクシーン!バクシーン!(おめぐみを!)」、ペルシャ王女の登場、奇術師やへびつかい、カリフ(太守)の行列、そして再び隊商、乞食、王女も姿を消し、静けさを取り戻すといった流れである。
乞食の「おめぐみを!」という男声合唱やアルトサックスなど、印象に残るサウンドである。

《中国の寺院の庭で》(1925年)
「東洋風の幻想曲」という副題を持つこの曲は、大変変エキゾチックな雰囲気を持っている。厳密な意味では中国の音楽とは言い難いかもしれないが、1925年当時の異国風な作品として、面白い曲である。
冒頭から東洋風な雰囲気で奏され、ドラが強打されるとどことなく中国風を感じる。続いて男声合唱「平安神(ペングオンサム)・懇信的(カアソントゥク)・拝天(パイツエング)」という広東語の「僧侶の祈りの声」が歌われる。次に「香の薫りがただよう」様子が静かに演奏。次に寺院の外で「恋人たちの歌」、そして急に「満州の結婚の行列が賑やかに通過」する。そして「中国音階による苦力(クーリー)たちの混乱ぶり」で、「盗賊(ツアクツエイ)!」「警察(チヤイエツク)!」といった叫び声が入り、再び寺院のドラで静かになる。


《修道院の庭で》(1920年)
「標題を持った間奏曲」という副題を持つ。静かな修道院の庭の様子が、鳥たちのさえずりとともに描かれる。
花が麗しく咲き乱れ、木立の中を鳥たちが歌う古い修道院の庭での詩人が見た光景…。そして礼拝堂からは「キリエ エレイソン(主よ、憐れみ給え)」のコーラスが、オルガンとともに聞こえる。
再び冒頭に戻り、曲の最後は、修道院の祈りの合唱が鐘の音とともに歌われ、静かに曲を閉じる。


「ペルシアの市場にて」は、小学校の音楽会でも演奏される曲で、子ども達にとっても分かりやすい描写音楽だと思います。乞食たちの「バクシーン!バクシーン!」の部分は、あちこちパロディにも使われるほど、耳に馴染みのいい曲だと思います。そして和声的にわざわざ平行進行を用いて、オリエンタルな雰囲気を出しています。
「中国の寺院の庭で」も同様で、本来の中国音楽ではないですけれど、この1925年ということを考えれば、イギリス人にとってみるとこんなイメージだったのかも知れません。でも分かりやすいですし、何回も聴きたくなります。

「修道院の庭で」は、楽譜もかなり売れたというケテルビーの代表作です。甘いメロディですし、鳥の声、オルガンの音、祈りの合唱等、大変印象深い作品です。イギリスでは、実際に16世紀にはイギリス国教会に改宗に際して、修道院は閉鎖されたという歴史があるのだそうです。すると、この修道院の庭とは、廃墟であることが分かります。そんなことを思い浮かべて聴くと、ひとしおです。<2003.1.1>