ストラヴィンスキー作曲  バレエ音楽《春の祭典》 (1911〜1923年、改訂:1947年)

●ストラヴィンスキー
  バレエ組曲「火の鳥」
  バレエ「春の祭典」


クラウディオ・アバド指揮
ロンドン交響楽団


ポリドール F28G 22010
 
●ストラヴィンスキー
  バレエ音楽「春の祭典」
  
バレエ音楽「ペトルーシュカ」全曲(1911年原典版)


ピエール・ブーレーズ指揮
クリーヴランド管弦楽団/ニューヨーク・フィルハーモニック

ソニー SRCR2031
 
●ストラヴィンスキー
  バレエ「春の祭典」(1947改訂版)
 

●スクリャービン
  交響曲第4番 作品54 《法悦の詩》

キーロフ歌劇場管弦楽団
ワレリー・ゲルギエフ指揮

フィリップス UCCP−1035

イーゴル・ストラヴィンスキー(1882〜1971)は、20世紀最大の作曲家と呼ばれ、音楽史上に大きな影響を与えた。ロシア生まれであるが、フランス国籍、アメリカ国籍をとり、世界中で活動した作曲家である。

ペテルブルクのオペラ歌手の父の三男で、9歳からピアノをはじめ、作曲も試みるようになるが、父の希望でペテルブルグ大学法学部に入学する。
大学時代に、リムスキー=コルサコフの息子・ヴラディミルと知り合い、父・リムスキー=コルサコフから作曲を師事。

大学を卒業すると作曲家の道を志望、交響曲や管弦楽曲に取り組む。

やがてロシア人舞踊興行師・ディアギレフと知り合い、ロシア・バレエ団のパリ公演の委嘱作品が話題になる。まず大成功したのが《火の鳥》で、ストラヴィンスキーの名前がパリに知れ渡り、ドビュッシー、ラヴェル、サティ、ファリャらと知り合い、影響を受けたという。

そして続く《ペトルーシュカ》も成功、そして最大傑作の《春の祭典》に取りかかるのであった。
1913年の初演のエピソードは大変有名で、賛否両論の激しく、野次や怒号もあったという。翌年の再演では大きな拍手が送られたという。
これら3大バレエを発表したあたりまでは、彼の表現主義、原始主義と呼ばれた時期であった。

やがて1917年のロシア10月革命で帰国できず、スイスを転々とする。その頃は、ハイドン、ベートーヴェンといった古典主義の思考を尊重して独特な語法による「新古典主義」の作風へと移っていく。生活面ではスイスを離れ、フランスに住み、ピアニスト、指揮者としても活躍した。

第2次世界大戦の始まる1939年にはヨーロッパからアメリカに渡り、ハーヴァード大学で教鞭をとり、また創作活動も活発になる。またシェーンベルクの12音技法に興味を持ち、晩年はセリエルな宗教音楽に傾倒する。


この《春の祭典》は、変拍子、復調、無調と複雑である。バレエ音楽であるが、特にストーリー性はないものの、キリスト教化される以前のロシアの異教徒らの原始的世界から題材をとっているという。

曲は第1部「大地礼賛」が8曲、第2部「いけにえ」が6曲からなっている。


第1部「大地礼賛」
 (1)序奏
   
ファゴットの独奏に始まる。高音から始まるこのフレーズは、春の野原をあらわす。
 (2)春のきざし
   
乙女達のおどり。弦楽器のアクセントのきいたリズムにのって始まり、後半はエキゾチックな感じのおどりのメロディがきこえる。
 (3)誘拐
  
略奪結婚の場面。弦楽器、管楽器、打楽器がそれぞれ複雑に音をかき鳴らすように演奏する。
 (4)春のおどり
  
 「春のロンド」ともいい、クラリネットの民謡風な旋律に始まり、弦楽器の引きずるようなフレーズに主題が重なる。怪しげな雰囲気を醸しだす。
 (5)敵の都の人々の戯れ
  
 対立する二つの都をそれぞれの旋律で示す。力強い場面。
 (6)賢人の行列
  
 テューバの響きに、金管楽器群の音が重なり長老、賢人の行列を表す。
 (7)大地への口づけ
   
短い部分。神秘的な雰囲気。大地にひれ伏す。
 (8)大地の踊り
    大地を讃える踊り。金管楽器の叫びのようなフレーズ、突風のような打楽器が印象的。

第2部「いけにえ」
 (1)序奏
  
この序奏は夜を示す。ラルゴで、やはり神秘的な雰囲気。
 (2)乙女達の神秘のつどい
  
弦のテーマ、印象的なフルートソロは、やがの不思議なハーモニーを醸し出す。  
 (3)いけにえの賛美
  
独特なリズムに、エネルギッシュなフレーズが爆発的に聞こえる。喜びのあまり、踊り出す。
 (4)祖先の霊への呼びかけ
  
長老達がいけにえの乙女達を太陽の神に捧げるために祖先の霊を呼び出す。原始的なファンファーレのよう。
 (5)祖先の儀式
  
呼び出された祖先の霊に対する儀式の場面。重々しいリズムにのって、祈りのような呪文でも唱えるかのような雰囲気につつまれる。後半はトランペットの印象的なフレーズがリズムを刻む。
 (6)いけにえの踊り

   踊り狂っていたいけにえの乙女達も息絶えてしまう。また独特なリズムにのって激しさを感じる。中間ではいくらかボリュームを落とし、弦と管とが掛け合うように演奏する。長老達は息絶えた乙女を高々と差し上げ、太陽神イアリロに捧げる。激しいリズムの続く中、急に静かになったかと思うと凄まじい一打で曲を閉じる。


ストラヴィンスキーというと現代音楽!といったイメージでしたが、今となっては《春の祭典》などは完全にクラシックの域だと思います。
いろいろ調べてみると、1959年には日本にも来ており、N響で自作を指揮したそうです。また武満徹の才能を高く評価したという話もあります。

《春の祭典》自体は、30歳前後の作品で、彼の初期の大作の一つといえます。
上記の通り、初演はパリのシャンゼリゼ劇場で、ディアギレフのロシア・バレエ団によって発表されたといいますが、120回ものリハーサルを重ねたほどの振り付けであったようです。
そして序奏で嘲笑が起こったため、ストラヴィンスキー自身は憤慨して席を立ったてしまいます。やがて大騒ぎとなり、新聞、雑誌で支持者、反対者による論争が続いたといいます。

不協和音は当たり前、斬新なリズムで、譜面上はかなり複雑なようですが、ふっと聴いているとそうでもなく感じるのが不思議です。
ロシア民謡風なメロディックな部分もありますし、超・前衛作品といった感じでもなくなりつつあります。<2003.2.21>