重治放浪記>>日光東照宮
東照宮「眠り猫」日光東照宮
徳川幕府の始祖家康が眠る聖地
(一)参道、五重塔、表門
(ニ)神厩、御水舎、輪蔵
(三)南蛮灯篭、柵越えの獅子、廻転燈篭、鐘楼
(四)陽明門
(五)神殿と奥社
(六)招運の木ニ荒山神社
男体山を御神体とする延喜式内社
大猷院
徳川3代将軍家光の廟所
| 栃木県日光市に徳川家康を祀る東照宮はある。家康は遺言で「関東八州の鎮守になるため」と、この地を選んだといわれているが家康自身三河の国に生まれ、秀吉の時代に関東に移るも、日光には生涯に一度も訪れることはなかった。では、なぜこの地を選んだのか?「関東の鎮守」という遺言を考えるに、長年の宿敵であった豊臣家を滅ぼした次の宿敵として関東以北の勢力、特に伊達政宗の存在を意識したものだろう。しかし、これとは別に、家康後年の政治顧問であった南光坊天海僧正の存在も浮き上がってくる。天海は家康の信頼厚く、日光山一帯の統括者としての地位もあったことから、天海が家康の御分霊を日光に勧請してきたともいわれる。いずれにせよ、家康の遺言と天海の思惑が一致した結果、この地に祀られることになったと考える 東照宮は家康が没した元和二年(一六一六)より着工し、工期わずか半年で翌元和三年(一六一七)で完成した。この元和の創建時は現在の久能山東照宮と同規模であったと推測されている。この後、伊勢神宮の式年造営にならい20年から30年周期での修営が行われており、現在の色彩の基礎は天和三年(一六八三)の大地震によって大破した社殿修理以降のものといわれている。 さて、前置きが長くなってしまいましたが・・・・。東照宮は見るにその豪華絢爛さに目を奪われるのですが、東照宮にまつわる謎かけを考えるのもおもしろいでしょう。豪華絢爛かつ謎も多い東照宮をニ荒山神社、大猷院(現在作成中)とともに紹介します。 |