「ウラジオストク」と聞いてすぐに「あぁ、ウラジオね。あそこってさぁ・・・」なんて話だすなんて人は、まぁ、そんなにいないんじゃないでしょうか。それでも、ソ連太平洋艦隊の基地だったとか、真冬の凍てついたアパートのニュース報道などで名前を覚えている方もいるかと思います。
小生どういう因果か今年の9月からここウラジオストクに滞在することになり、「やれやれ・・・」の毎日を続けているわけですが、意外とこの街気に入ってしまいました。まぁ、そんなわけでホームページなのです。
さて、ウラジオストクについて、
ロシア極東最大の都市。全12市からなる沿海州の行政中心地で、人口は約63万人。地図を見ても分かるとおり、ホント東のはずれにあります。19世紀末から帝政ロシアの積極的な極東政策により開発されました。中心部には帝政時代の建物がならび、路面電車が走っていたり、地理的に中国、韓国に近いことと港町という街柄からずいぶんとエキゾチックな印象の町です。誰が言ったのかは知りませんが、「ロシアの長崎」「ロシアのサンフランシスコ」にたとえられているそうです(とてもそんな感じしませんけど・・・)。
市の中心部は金角湾に沿って広がり、シベリア鉄道の終着駅、船の発着する「海の駅」、沿海地方政府庁舎、太平洋艦隊総司令部などが並んでいます。このせまい湾は軍艦や漁船、客船がひっきりなしに行き交い活気にあふれています。約20万人が漁業、海運、水産加工など海に関係した仕事に従事しているそうです。

1991年の対外開放以後は、国際化が進み、日本、中国、韓国をはじめとする海外企業の進出が活発です(日本の企業の進出は下火ですが、中韓の勢いはスゴイですよ)。市内には中華、韓国、日本料理店が開かれウラジオ市民にも親しまれています。市内の狭い道路を行き交う車の7割くらいが日本からの中古車です。
日本との関係は古く、明治初頭から邦人が居留し、1876年には日本政府貿易事務所、1907年には日本領事館が設置されました。しかし、シベリア出兵や第2次大戦のロシアによる日本兵のシベリア抑留など日露両国にとっての悲しい過去もこの地では思い出されます。ウラジオから北に約40キロのアルチョムという町には日本人墓地があります。なお、1993年に現在の日本国総領事館がオープンされました。