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大 理 喜洲
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 喜洲は海抜2016mの街。6世紀から記録に現れる。8世紀には「大厘城」が置かれたが、
明代には既に無かったとのこと。明代には学者として著名な楊士雲(1477-1554)が出た。
商業は古くから盛んで、清代、光緒年間(1875-1908)には喜洲商集団として名を馳せた。
民国時代には、四大家、八中家、十二小家と称される、この地方の大商人を生み出した。

現在 1204戸、3296人。「喜洲白族民居建築群」は省の重点文物保存単位。

16世紀 1
17世紀 1
明朝(1368-1615) 3
18世紀 8
19世紀 15
清朝(1616-1911) 7
20世紀 62
不明 2


  趙勤 著『喜洲白族民居建築群』(雲南民民族出版社、1999)という新書本に
喜洲の古い民居101戸のデータが載っていました。左の表はそれをまとめたもの。
 最も古い家は明代、1526年に建った楊士雲(1477-1554)の家の 「七尺書楼」、
(名前の由来が書いてない!)。今、文化館になっているそうです。

 この表で、○世紀とあるのは、上記の本で建築の年が書いてあったものです。

街の門 グレーの街に青い民族衣装がよく似合う
裏道。緩いカーブが面白い風景を作る。
by 京極寛     この写真の使用はここに連絡。
   薬屋を撮ろうとしたら、オートバイの若いアベックが風のように横切っていった
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