■広辞苑・・・・上記のようにこの説明は少し不親切。
■大辞林・・・・この方が @テン池 Aテン池に模して作った長安に作った池、と二つ出ていて両者の関係が分かります。
■日本国語大辞典(小学館)・・・・国語辞典の親玉。20巻ある。この位になるとちゃんと書いてある。
■大漢和辞典(大修館書店・諸橋轍治著)・・・・漢和辞典の親玉。13巻ある。出典が豊富。
■(A) 劉鈞仁 原著『中国歴史地名大辞典』全6巻(凌雲書房)・・・中国の辞典に日本語の頭注をつけたもの。漢籍の典拠は最多最強。
■(B) 塩英哲 編訳『精選 中国地名辞典』(凌雲出版)・・・・上記の辞典を簡潔に訳したもの。漢籍を訳してくれてるので便利。
■(C) 中国国家文物事業管理局編『中国名勝旧跡辞典』・・・・歴史的なものに、現代の事項を加えたもの。
■(D) 『中国古今地名辞典』(台湾商務印書館)・・・・台湾製で簡易なもの。
(A)(B)所載の漢籍によると、『漢書・武帝紀』には「元狩3年、昆明池を(長安に)掘らせた」という記事しか無いようです。ところが『漢書注』に、臣サン(王へんに賛)曰く、として「西南夷伝によれば昆明国にテン池があり、漢の使いが閉された。これを伐つために長安に池を掘らせた」という記事が書かれました。『漢書』は後漢の成立ですが、『漢書注』は各時代に作られており、臣サンの言を引用した本がどれをさしているのか、不明です。
同じく(A)(B)は「昆弥(こんび・クンミ)」の項目のところで、「昆弥=ジ海=昆明池」としています。典拠は『通典』という書物で、それに「西ジ河は一名昆弥川。漢の武帝がその姿を模して長安に池を掘らせた。テン池とするのは誤り」とあるそうです。『通典』は唐に成立した『通典』を指しているのでしょうか。とすると、唐時代には既に2説あったことが分かります。
reikouban思うに、『漢書注』にあるテン池は、必ずしも現在のテン池を指していない。テン(さんずいに眞)は、今の昆明地方を意味する文字なので、単に『漢書』の「昆明池」を言い換えただけなのだと思います。それに対して、『通典』の書かれた唐代頃から「昆明池はジ海」という考えが出てきます。これは唐〜宋にかけて、雲南の中心地は大理になったからで、大理の南にあるジ海が昆明池と考えられるようになったのではないでしょうか。
『漢書』の昆明池がどれをさしているか、これは不明です。なにせ漢の武帝って紀元前2世紀ですもんね。日本の邪馬台国が、後3世紀で場所分からないんですから・・・・
ちなみに武帝の掘らせた長安の昆明池は周囲40里とありますが、どの位のものか。
1里は周代で360歩、後世は300歩。1歩は20〜30pの諸説あり。
(20〜30)p×(300〜360)歩×40里=(2400〜4320)q
つまり直径8〜14qの池だった。やっぱ中国、やることでかいよね。
雲南は何の南か。
雲南省は雲貴高原の西南部にあります。雲貴高原には潅緬公路がビルマに通じている。雲南は都市昆明をも指します。雲北という語は見ないなあ・・・
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