花巻・遠野・盛岡編(その2)
| 2日目、8時過ぎに旅館をチェックアウトした私は、ここでのおみやげを買おうと、駅近くの観光案内所に隣接する『遠野物産センター』に入る。そこで、変わった飲み物を発見。名前は、『ビアンラルク』。なんでも良質の米に、新鮮な牛乳とリンゴ果汁をタップリ入れて醗酵させた飲み物だそうで、そのセットを家に宅配を頼む。味は、帰ってからのお楽しみにということで。 遠野駅を午前9時11分発の釜石線に乗って出発、約1時間電車に揺られ、午前10時18分に第2の目的地の『花巻』に到着した。そしていつものように、コインロッカーに余計な荷物を預け、近くの『ヤマザキショップまるろく』にてレンタサイクルを借りる(ここも時間ごとの精算)。 まず、最初に訪れたのは花巻駅から約6,7キロほど行ったところにある『羅須地人協会・賢治の家』である。 |
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| 宮沢賢治が花巻農業高校を退職した後に暮らした家が、高校の敷地内にある。1969年に桜町から移築された。ここで、村の青年たちに指導を行うかたわら、芸術についても説いていたらしい。旅行本では高校でカギを借りれば内部を見学できるそうだが、夏休みということもあってか、内部は解放されていた。その教室として使われていたところの椅子に座って、少し宮沢賢治の空気に触れました。 そこから同じ位(約6,7キロ)新花巻駅方面に戻ると、『宮沢賢治記念館』、『宮沢賢治童話村』などが見えてくる。私は、『宮沢賢治記念館』を訪れることにした。 |
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| 今まで宮沢賢治と言えば、「銀河鉄道の夜」や「風の又三郎」などの童話(物語)というイメージが支配していた。そのイメージは、この記念館を訪れたことで払拭された。 この記念館では、環境・信仰・科学・芸術・農村などの7部門に分けられ、賢治に関する資料を展示している。賢治が相当法華経を信仰していたこと、小さいころから石の収集をしていたことなど、知らなかったことが一杯(ありすぎ)。 そのまま賢治記念館の前にある広場を通ると、南斜花壇と日時計花壇が見えてくる。この二つは、羅須地人協会時代の教え子に依頼され、賢治が設計したものだそうだ。 |
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| さらに進むと、『宮沢賢治イーハトーヴ館』が見えてくる。ここは、賢治作品の愛好者・研究者が集う施設。賢治に関する資料が分類整理されている。1階の展示場では、企画展なども開催されている。今回、ホールでは宮沢賢治作品のアニメが放映されていた。また、売店では賢治の書籍や絵葉書などが販売されている。 |
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| お腹が空いてきた私は、そこから花巻駅まで戻り、その近くにある『やぶ屋』を訪れる。ここは、1923年創業のわんこそばの老舗。農業高校勤務時代、この店の常連客だった賢治は天ぷらそばを食べながら、サイダーを飲んでいたのだそうだ。メニューには、キチンとサイダーの品名が。 夏なので、天ぷらそばの代わりに天ざる(900円)とサイダー(170円)を注文。宮沢賢治の食文化の一つに触れ、ちょっと感動した。味は、…なぜサイダーを頼んでいたのか理解できなかった。けど、そばはコシがあって、かなりうまい!! 昼食後、北上川にある『イギリス海岸』へ。 |
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| ・・・イギリス海岸、見えへんやんか!!・・・そりゃ、そうだ。だって、台風11号が過ぎ去った後だもんね。1日目のカッパ淵が全然増水してなかったから、大丈夫だとふんでいたんだけど。全然、イギリス海岸の岸が見えなかった。 本当なら、下の写真のようになっているんだけどね。 |
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| そこから、川沿いにあるサイクリングロードを通って、『桜地人館』、『宮沢賢治詩碑』のあるところへ向かった。 『宮沢賢治詩碑』は、「雨ニモマケズ」の賢治の詩を高村光太郎の筆により刻まれたもの。後に誤字が発覚し、ところどころに修正の跡がある。近くに住む人の憩いの場所なのだろう、この場所は風通しが良く、過ごしやすい。私も、少し涼ませてもらった。 |
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| 『宮沢賢治詩碑』の入り口にある『桜地人館』。ここは、賢治が病気で倒れた時、治療に当たった佐藤隆房医師が建設した資料館。宮沢賢治の作品の他、高村光太郎の書や萬鉄五郎の絵画などが展示されている。 |
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ここで、私はまた「一人旅っていいなあ…」と思う出会いがあった。この資料館の管理するおっちゃんである。私が資料館に入ると、受付に誰もいない。「あれっ?」と思い、資料館の周りを見回すと、遠くから「入って見ててええよーっ」との声。おっちゃんは、資料館前の庭の手入れをしていた。私は、お言葉に甘えて先に資料館を見学させてもらった。
見学後、おっちゃんにキチンと入館料を払い、その場を後にしようとしたところ、「おい,兄ちゃん」とおっちゃんが私を呼びとめた。何かと思ったら、おっちゃんは小さいトウモロコシをくれた。「食べながら行きな」とのおっちゃんの言葉、けっこううれしかった。もちろん、自転車に乗りながらトウモロコシをいただいた。トウモロコシはかなり甘く、とてもおいしかった。どんなに高いものを食べても、この味にかなうものはないだろう。「おっちゃん、ありがとう!!」 さて、2泊目の宿だが、本来花巻温泉郷で泊まろうと思っていたのだが、予約時点で満杯状態。しょうがなく、盛岡まで足を運び、そこからバス(無料送迎バス有り)で40分ほど行ったところにある『鴬宿温泉』にある『ホテル森の風鴬宿』に泊まることにした。 この宿は、いわゆるリゾート風のホテル。近くには『けんじワールド』という波の出るプールや温泉が楽しめるビーチドームがあり、ホテルと直結している。 ここでも、いい出会いがあった。夕食時に行った『風の館・南部亭』の給仕さん。見た目は、マギー司朗。しゃべりも、マギー司朗。一人だということで、少し気にかけてくださったのだろう。 |
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| 3日目、無料送迎バスにて盛岡に戻った私は、電車の発車時刻まで盛岡市内を散策することにした。まず最初に私が訪れたのは、『啄木新婚の家』。石川啄木が1905年に1ヶ月間、妻の節子と両親、妹で暮らした家。節子が愛用した琴などが保存されている。 |
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| そこから中央通を歩いていくと、裁判所が見えてくる(ちょっと歩くけど)。そこに、『石割桜』がある。巨大な花崗岩の割れ目から伸びているアズマヒガンザクラ(樹齢約400年といわれている)。花見の季節、4月の下旬頃が見頃なんだそうだ。 |
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| そこから455号線を行き、途中で右側に入ると(看板があるのでわかるけど)、『三ツ石神社』が見えてくる。ここには、岩手山噴火の際に飛んできたといわれている3つの巨岩がある。その岩には、『鬼の手形』が残り、鬼が二度とこの地には来ないと誓ったという伝説があるそうだ。ちなみに、『鬼の手形』がどこにあるのか、私にはさっぱりわからなかった。 |
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| そして中津川沿いを進み、おみやげとして南部せんべいを買っていこうと思い、『白沢せんべい店』へ。紺屋町番屋の斜め向かいにある、70年以上も南部せんべいを作りつづけている老舗。約30種類もの南部せんべいが店内に並んでいる。オーソドックスにピーナッツが入っているものから、チョコやチーズ、冷麺などが練りこまれているものまで多種類におよぶ。けど、やっぱオーソドックスが一番でしょ? 購入後、そのまま進み、『旧岩手銀行建物』前までやってきた。中ノ橋通にあり、1911年建築のものだそうだ。 |
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その建物近くに有る『やぶ屋』(花巻駅近くの店は、本店)に行き、30杯限定ではあるがわんこそばを試してみる(2000円)。30杯なら軽いものかなと思っていたけど、結構しんどい。限定で良かったと、しみじみ思った。
最後は、『盛岡城跡・岩手公園』を訪れる。 |
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この城は、南部信直が築城し、1633年に完成した。唯一残っている城跡の石垣は、盛岡産の花崗岩を積み上げて出来たものだそうだ。紅葉の時が、一番見頃なんだそうで、秋に訪れた際は、ぜひ立ち寄って見てはいかがかな?
今まで一人旅してきたが、全て雨は降っていない。今後も「晴れ男」として旅をしていきたいな・・・。今度の旅の場所も、大体考えたんだけどね。今回訪れることが出来なかった『小岩井農場』、山形の方のへと足を運んで見ようと思ってます。予告は、はっきりとたててから・・・ね。 |
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