米沢・天童・上山編(その2)
| 3日目、天気はどんよりと曇り空。3日目は、蔵王の御釜を見ようと思っていたのに・・・。天気予報だと快復に向うというのだが、山の天気はそうもいかないだろうと思った私は、蔵王から山形の観光へと急遽変更。宿にて自転車を家に送り返した。蔵王は次回にリベンジだーーっ! 山形駅に着いた私が最初に向ったのは、『霞城公園』。霞城と呼ばれた山形城の跡を利用した公園である。現在残っているのは二の丸の堀と石垣だけだが、それだけでも昔の面影がしのばれる。 公園内では、守り神のように勇ましい最上義光公の銅像があった。 |
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| そして、霞城公園内にある『山形市郷土館』を見学。ここでは、かつて病院として使われていた経緯から、幕末から明治にかけての医学・医療関係の資料が展示されている。 |
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| ・・・うーん、この類があまり得意でない私には・・・。足早に見学を済ませてしまいました(笑)。 霞城公園を後にした私は、その近くにある『最上義光歴史館』へ。その名のとおり、最上義光公に関する資料が展示されている。関が原の戦いなどの戦利品なども展示されていたが、ちょっとびっくりしたのは戦場で振るったとされている鉄の指揮棒。あの銅像にも握られているが、その重さがなんと1750gもあるという。思わず、「何ですとーーーっ!」と言わずにはいられなかった(もちろん、心の中でね)。 そしてそこから少し歩くと、西洋的な建築物が見えてきた。旧山形県庁舎と県会議事堂の『文翔館』である。 |
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| 外観もすばらしいが、内部はもっとすごかった。照明や家具などは忠実に再現しているとのこと、いやあ金使ってますなあ(笑)。また内部では、『置賜』・『村上』・『最上』・『庄内』の4地方の風土や文化などの特色がよくわかるようになっており、山形への理解を深めるにはもってこいの場所。 さてそろそろお昼になりそうだったので、昼食場所へ。3日目のお昼は、旅計画時に絶対食べようと思っていた『冷やしラーメン』。栄屋本店に行くと、行列になりそうな気配。急いで列に並ぶと、それほど待つことなく店内へ。注文した『冷やしラーメン』を見てびっくり。スープに氷が入っているのだ。なのに、油が固まっていないのだ。まずはスープを飲む、おお、かなりあっさりしている。山形来た時には、ぜひ話のネタに食べてもらいたいな。 昼食後は、運動がてら『山形教育資料館』へ。 |
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| すぐ隣が高校ということもあって、ブラスバンド部の演奏やら体育系の部活らしき格好をした学生らの姿が目に映った。 さて内部は、校舎を利用したこともあって教室ごとに時代別の学習風景のジオラマ模型、教科書等の資料が展示されている。 山形の観光を終えた私は、山形駅に戻り奥羽本線で『かみのやま温泉』へ。着いた頃には、チェックインの1時間前。中途半端に時間があったので、中心部にそびえ立つ『上山城』へ向かった。 |
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| この城の内部は郷土資料館になっているのだが、やっぱり城に入ったら周りの眺望を楽しまなければ! 「・・・なんとかは高いところが好きというけどねえ・・・」と自分自身にツッコミつつ、城内へ。 |
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| やっぱいいねえ、すんばらしい眺めだっ!! このすばらしい眺めも、心地よい風もこの城主は感じていたんだろうなあ、ちくしょう、うらやましいぜ! 見学後は、そのまま今回の宿『月岡ホテル』へ。あまり泊まっているお客が少なかったのか、お風呂を独り占めできました。いいよね、独り占めの温泉は。 最終日、朝食前に温泉に浸かった。隣では、従業員が温度を測っていた・・・。温泉に浸かっている私と従業員、あまりに重たい空気が風呂場に漂っていました。 さて、最終日はたまたまタイミングよく新庄にて『新庄祭り』をやっているとのことだったので、奥羽本線で新庄へ向かった。新庄に近づくにつれ、だんだんと車内に人が増え、新庄に着く頃にはラッシュアワーのような混雑ぶり。電車を降り、新庄駅を出るとまたさらに人があふれていた。おお、すげえなあ。 |
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| かなり大きい山車(?)が数多く出されており、それぞれの飾りが舞台のようになっているものやきれいなものなど、うーんすばらしいっ! ・・・暑いなあ。この旅の中で一番天気がよくて、さらに暑い。それに加えて祭りの熱気、・・・暑いよう。 さて祭りを堪能し、帰路につこうと新幹線に乗り込もうとしたとき、携帯電話が鳴り出した。「もしもし?」、相手はバイトで一緒に働いていた仲間からだった。 仲間:「ねえ、今日、祭り来るんでしょ?」 私:「・・・あの、今、山形なんだけど・・・」 仲間:「・・・えっ!?」 私:「・・・けど、今日帰りだから、そのとき寄るよ」 そう、実は私の地元も祭りだったのだ。毎年、かなりお世話になったバイト先の社長に挨拶しに行っていたのだ。今年はどうしようかと思ってたけど、電話があっちゃあ寄らないと。 駅構内にて社長用のお土産を買い、新庄を後にしました。(その後、寄ったけど当の電話の仲間はいなかった。・・・おーい・・・) |
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