ジャック・ケルアック「路上」 河出書房新社 1983年

 

<解説>

第二次大戦後のアメリカが舞台。友人ディーン・モリアーティを中心として、主人公のサル・パラダイスたちがニューヨークからデンヴァー、サンフランシスコ、メキシコへと破天荒な放浪を続けてゆく。またこれは、作者ケルアックの自伝的小説の1つであり、サル・パラダイス(以下サル)のモデルになっているのはケルアック自身、奔放な友人ディーン・モリアーティ(以下ディーン)のモデルになっているのは、ケルアックの長年の親友であるニール・キャサディー(以下キャサディー)だと言われている。

この作品の中では、ディーン=キャサディーに対する描写が半分以上を占めていると言ってもよい。ケルアックは、彼特有の流れるような――彼は、ジャズに感化され、その構成の仕方を真似て文章を書いていたと言われている(註1)――文体で、ディーン=キャサディーへのリスペクトと愛情をつづっている。

 

「ディーンの知性はどこをとってもきちんとしたもので、洗練されて完全で、たいくつな知性的臭みが少しもしない。それに彼の『犯罪性』は、すねたところや嘲弄的なところがなく、アメリカ人の喜びを頭から肯定して熱狂的に爆発させるようなものであった。」(P17)

 

「ニューヨークの友人達は、みんなたいくつな型にはまった、政治的な、あるいは精神分析的な理由をくっつけて社会に反抗するという消極的で悪夢のような立場に立っているのに、ディーンは懸命にパンと恋を求めて、社会の中を疾駆していた。パンと恋とどちらであろうと彼は一向にかまわなかった。」(P17)

 

私が、ケルアックを中心としたビート作家たち(註2)や、彼らの描く世界に熱狂していたように、ケルアックは友人キャサディーの奔放で悪意のない生き方に、ひどく熱狂していたのだろう。私はこれを読み、物語に熱狂している自身と、ディーンに熱狂しているサルとを重ねた。そしてその熱狂を、私が、サルが、それぞれを縛るものから自由になるべく、動き出せていることの証なのだ、ととらえ、ひどく感動した。熱狂を共有する場を与えられたことで私は、求める自由への希望と、それを求め続けてゆくことの重要さ――自身にとっての――を確信できたのだ。更に、サルの熱狂は、ディーンに向けてだけではなく、この放浪の旅そのもの――つまりは彼にとっての自由へのアクション――に向けても発信される。

 

「そちらの方向に行きさえすれば、どこかに、女の子も、夢も、あらゆるものも、きっと存在するのだ。その方向のどこかで、真珠がぼくの手に入るのだ。」(P18)

 

「何もかもがまさに到達しようとしている――すべてが分かり、すべてが永久に決定される瞬間がまさに到達しようとしている。ぼくにはそうとしか思えなかった。」(P185)

 

「百マイルくらい走ってからこの男は気が大きくなり、車の後部からバターつきサンドウィッチを出してくれた――(中略)――ぼくはバターつきパンをがつがつ食べた。急に僕は笑い出した。アレンタウンで彼が注文とりに家庭訪問している間、ぼくは1人きりの車の中で、大いに笑った。ぼくは人生がいやになり人生にあきてしまったのだ。それでもこの狂人はぼくをニューヨークまでつれてきてくれた」(P154)

 

「ぼくたち2人は新鮮な空気を吸うために車の外に出た。すると、突然ぼくたちをとりまく闇の中に、かぐわしい緑の草原が横たわり、新しい肥料と暖かい水のにおいがすることに気がついて、2人ともとても嬉しかった。『南部にきたぞ!冬とはおさらばだ!』」(P199)

 

「連中はぼくらを車からおろして胸をなで下ろした。ぼくらの疲れたスーツケースがまたも歩道につみ重ねられた。前途は遠かった。しかしそんなことはどうでもよい。道路が人生なのだから。」(P303)

 

どこかから、誰かから、与えられる希望を待つのではなく、今自身が見ているもの、感じていることに希望と自信を持ち、心の底から熱狂してゆくということ――この作品に限らず、あらゆるディオニュソス作品に、そしてその作品を生んだ先人に私は、こういった姿勢を見出し、積極的に熱狂することを覚えた。また、そのことは同時に、ものごとや自身への失望・絶望から自由になる術を、1つ身につけたことでもあった。(もっとも、何か1つのことに熱狂してしまうということは、しばしば自身を排他的なものにし、そのことで他者を傷付けかねないだけでなく、無数にある別の熱狂に首を突っ込むチャンスを逃してしまうことにもなりかねない、と考えているので、今の私は常に、1つのことだけに熱狂する、ということは極力避けてはいるが。)

 

更に、ディーン自身による熱狂も勿論多く描かれている。彼の熱狂はサルのそれよりも激しく、自信に溢れたものとして描かれているように見える。

 

「おれたちはすばらしい人生に出発しよう。どうしてかっていうと、いまが潮時なんだ。そしておれたちは時ってものを知っているんだ!」(P164)

 

「いいかね、諸君、われわれにはあらゆることがすばらしく、世の中のことは何もくよくよすることはない。本当にくよくよすることは何もないとおれたちが理解することはどういう意味をもつのかを悟らねばならないよ。おれは間違っているかい?」(P192)

 

「『ああ、おれは女が大好き、大好き、大好きだ!女というものはすばらしい存在だ!おれは女が好きだ』彼は窓の外に唾を吐き、唸り、頭をかきむしった。純粋な興奮と疲労のために、彼の額からは玉の汗が流れおちた。」(P202)

 

サルは、自分よりももっと激しく、自信たっぷりに熱狂するディーンそのものに熱狂する。そしてその熱狂するサルをみて、読者である私は熱狂する。ケルアックが、そしてディーンが生み出す熱狂の場の中に、サルが、そして私自身が共存しているような感覚を持つ。その一体感が、この場に居る全ての者に安心と勇気をもたらし、1章2章で書いた独立した淋しさ――これは、どの時代のどの人間にも抱き得る感情だと、今は考えている。それは、この作品の主人公からも見て取れる。そのことは後ほど触れることにする。――から自由になる手段そのものとなっていたのではないだろうか。

この一体感については、後に紹介する「カッコーの巣の上で」の作者であるケン・キージー(以下キージー)も触れている。――「問題は物事の一部になりたいか、それとも受ける立場になりたいか、ということです。私は出来事の一部になりたいと思う。私はコーチではなくフットボールになりたい。試合のアナウンサーではなく、クオーター・バックになりたい。そして観衆が求めるようなプレイをするのです。(註3)」――彼はキャサディーを中心する友人を集め、1964年にメリー・プランクスターズ(註4)を結成する。特性の音響機器とありったけのLSDを積んだバスでアメリカを突っ切り、人々に一体感を提供するべく、アシッド・テスト(LSDを試させる)を各地で実践してゆく。前述したように、麻薬の是非には触れないでおくが、出来事の一部になる――つまりは世界の一部になる――という一体感を得ることは、そこに自らの意志をもって飛び込むのであれば、例の独立した淋しさからの自由への手段になりうるのではないか、と私は考える。だから、ケルアックやキージーが提供する一体感に、人々が飛び込んで行ったのではないだろうか。

また、1967年にはサンフランシスコのゴールデンゲート公園内、ポロ広場において、uman-e-In(別名summer of loveという一体化獲得の儀式としてのお祭り騒ぎが、ビート詩人ギンズバーグ、同じくビート詩人ゲイリー・スナイダー(以下スナイダー)、ドラッグ文化の英雄ティモシー・リアリーグレイトフル・デッド、そして2万人以上の若者らによって成し遂げられている。若者たちはギンズバーグの唱えるヒンドゥーの呪文に耳を傾け、マリファナを吸い、お香を焚き、楽器を鳴らし、花を配り、互いを褒めたたえ、裸で抱き合い、自分たちの作り出した集団の壮大さに陶酔した。この事件はマスメディアによって、アメリカ全土に、そして世界中に報道された。彼らは、世界の一部になることに成功した。

 

さて、前述したように私は、この作品の中でも例の「独立した淋しさ」を見た。主にそれは主人公のサルから発信されている。

 

「ルシールはぼくを決して理解しようとしなかった。ぼくがあまりにいろんなものを好み、しまいには自分が落ちてしまうまで、1つの流星から他の流星へと走りまわって、すべてのものを混乱させてしまうからなのだ。これが夜のしていることなのだ。ぼくには、ぼく自身の混乱のほかには、なにも提供するものがなかったのだ。」(P18)

 

「自分がデンヴァーのメキシコ人であってもよい、あわれな過労した日本人であってもよい。こんなにも淋しく幻滅させられた『白人』以外のものなら何であってもよいとぼくは思った。」(P257)

 

主人公サルによって提示された、このような淋しさは、バグスー・コミューンにあったような、淋しさの共有の場を生み出しているように思える。実際にこの作品を読むことによって私は、その独立した淋しさを共有し、安堵を得ていたのだ。そしてその事実を知った後に、意志をもって積極的にその場に飛び込むことで、私は、前述したような一体感を得て、その淋しさから自由になっていたのだ。尚、こういった場の提示は、「孤独な旅人」「地下街の人びと」「禅ヒッピー」等、ケルアックの他の作品や、同時代、後の時代の映画「理由なき反抗」「エデンの東」「明日に向かって撃て」「イージー・ライダー(後に紹介)」、更にはビートやヒッピーの世界観の一端を担った、ボヘミアンやホーボー――19世紀末から20世紀初頭のアメリカで、職にあぶれた労働者たちが、電車を無賃乗車し、街から街へと仕事を求めて放浪していた。彼らのことをそもそも、ホーボーと呼んでいた。――の世界観からも見られるように思う。また、ビートの世界観について、同国の社会学者であるトッド・ギトリンは、著書「60年代アメリカ」の中で「孤独の連帯感で孤独になる(P72)」と記している。

 

 最後にケルアックは、次のように物語を締めくくっている。

 

「宵の明星がかがやくのは、大地を祝福し、あらゆる川を闇で包み、峰々を覆うて最後に海岸を覆う完全な夜の到来のちょっと前なのだ。そして誰もが、みすぼらしく年をとるということのほかに誰に何が起こるか分からないのだ。そしてぼくはディーン・モリアーティのことを考える、とうとう見つからなかったあの老ディーン・モリアーティ親父を考え、そしてまた、ディーン・モリアーティのことを考えるのだ。」(P436)

 

 この作品の中でケルアックが使う「夜」という言葉は、例の淋しさのメタファーではないだろうか。物語の最後で、この夜=淋しさが肯定されたことによって、私は、まさにその淋しさを抱く自分自身への希望を見出している。そして今、嵐のように過ぎていったディーンに、キャサディーに、サルやケルアック、そして無数の読者と共に、リスペクトの意を添えている。

 

註釈

1.トッド・ギトリン「60年代アメリカ」P74より「ケルアックは、言葉は『個人がアイディアとしての単語をひそかに宿す心から、ジャズ・ミュージシャンがイメージを演奏するようによどみなく流れ出るもの』でなければならぬとし――(以下略)」とある。

2.ジャック・ケルアック、ウイリアム・バロウズ、アレン・ギンズバーグ、ゲイリー・スナイダーらを中心とした、アメリカ50〜60年代ビート文化の一端を担った作家たちのこと。彼らが最初のビートとなった。

3.http://www.moto.co.jp/cover/MWS/chronicle/THIS/Ken.html 

「1995年 キージーインタビュー」より引用

4.ケン・キージーを慕って集まった“陽気なイタズラ者たち”の集団。同インタビュー註釈参照。

 

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